reader reader先生


5月、皐月。本州では、山萌えるゴールデンウイークです。
コロナは終息していませんが、それ以上にウクライナの戦争、ロシアの動きなど、世界の構図や時代を画す出来事が続いています。
学校では高校での新学習指導要領がスタート。新科目「公共」などに取組んでいる先生方も多いかと思います。連休といっても公式戦など対外試合の引率などで動員されることも多く、休みにならない先生方も多いかも知れません。それでも貴重な休日。新学期の多忙な日々からギアチェンジをして、英気を養っていきたいものです。
そんな今月も、ネットワークの活動報告と、授業に役立つ情報をお伝えします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【今月の内容】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 1 】イベントの案内と最新活動報告
 企画中の「夏休み経済教室」のご案内と22年4月の活動の報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…新シリーズ開始です。
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業のヒントになる本や雑誌を紹介します。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 1 】イベントの案内と最新活動報告
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■「夏休み経済教室」の日程と内容が決まりました。
・大阪教室
8月15日(月)中学校向け、16日(火)高校向け
会場:大阪取引所OSEホール(オンライン併用のハイブリッド予定)
・東京教室
8月18日(木)中学校向け、19日(金)高校向け
会場:東京証券取引所東証ホール(オンライン併用のハイブリッド形式)
中学校向けプログラムは、地理的分野、歴史的分野、金融を経済や情報の観点からどう教えるか、授業に役立つ授業提案と情報提供の予定です。
高等学校向けプログラムは、新科目「公共」のスタートを視野に入れて入試、職業選択、国際政治、経済学の新動向など授業に役立つ情報提供と講演です。
企画内容は決定次第HPにアップいたします。また、コロナの状況ではリモートによる実施などの変更もあり得ることをご承知ください。

■大阪部会(No.79)を開催しました。
日時:2022年4月23日(土) 15時00分~17時15分
場所:TKP大阪梅田駅前ビジネスセンターミーティングルームとZoom
内容の概略:参加者29名(会場11名+zoom18名)
今回はじめて参加される方の自己紹介と事務報告のあと4人の先生からの授業提案、報告がありました。

(1)安野雄一先生(大阪市立東三国小学校)から、「小学校における金融教育プログラム ~老後2000万円問題!君はどう資産運用する!?~」の報告がありました。
この報告は、小学校5年生を対象とした9時間の授業プログラムです。
老後2000万円問題から将来の資産形成を提起して、金融商品の種類をインフレ・デフレ軸、円高・円安軸による4つの象限にわけて、国内と海外の預金、株などの金融資産にどの比率で投資をするかを考えさせる流れです。 
安野先生が作成した金利のシミュレーションや株式に関する外部講師による出張授業、多くの調べ学習のための問いかけなどで構成された授業実践です。
報告では、抽出された生徒の判断の変化と最終レポートが紹介され、生徒が調べ学習やグループ討論、教室全体での意見共有などを経て、多面的・多角的に認識を深めてゆく様子が紹介されました。
この授業を作るまでの経過、生徒の取組みの様子、家庭との関係や金融商品の分類などに関する質問がでましたが、公立小の生徒にむけた意欲的な実践に高い注目が寄せられました。

(2)阿部孝哉先生(羽曳野市立誉田中学校)から「貨幣の役割りを体感させるゲーム教材の開発と実践」の報告がありました。
中学3年生の経済で、阿部先生が開発したゲームとその授業の報告です。
貨幣の役割と金融(直接金融、間接金融)の理解のための、物々交換ゲームを貨幣ゲームに広げ、さらに資金調達ゲームとして1時間で実施したものです。
質疑では、それぞれのゲームの改善点、三つのゲームの内容をワンセットにするメリットと問題点などが検討されました。

(3)大津圭介先生(福岡県春日市立春日南中学校)から「行動経済学の見方を組み込んだ情報化社会と財政の授業モデル」が提案されました。
行動経済学の知見をいかした、中学3年生向けの二つの授業提案です。
一つは、キャッシュレス決済が進まない現状を現状維持バイアスで説明しナッジなどを使って改善してみようという授業です。もう一つは、軽減税率の問題点を同じく行動経済学の知見をつかって探究してみようという授業です。 
質疑では、主にキャッシュレス決済に関して、行動経済学の学習かそれぞれのテーマを深めるための学習か、ねらいに関する検討などが行われました。

(4)河原和之先生(立命館大学非常勤講師他)から「社会的排除」と「包摂」から考えるウクライナ危機 ~クラスに例えて考えてみましょう~」が紹介されました。
ロシアのウクライナ侵攻を教室でのいじめと捉えて、シナリオを作りロールプレイをさせながら考えを深めさせようとする授業案です。
現在の事象を、身近な状況に設定して、その原因、回りの生徒(国)の言い分や立ち位置、それまでの人間関係などを踏まえて、考えさせてゆくタイムリーでユニークな内容です。
質疑では、歴史的展開や国際関係の複雑な状況をどこまで取り入れるのか、教室でのロールプレイは可能かなどが検討されました。
部会の詳細は、以下の記録をご覧ください。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/04/Osaka79report.pdf
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<定例部会のご案内です>(開催順)
■東京部会(No.128)を開催します。
日時:2022年5月6日(金) 19時00分~21時00分
場所:慶應義塾大学三田キャンパス校舎とZoomによるハイブリッド形式
申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/04/tokyo128flyerZoomHibridR.pdf

■札幌部会(No.30)を開催します。
日時:2022年6月4日(土) 15時00分~17時00分
場所:キャリアバンクセミナールームとZoomによるハイブリット形式
申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/03/Sapporo030flyer.pdf

■大阪部会(No.80)を開催します。
日時:2022年7月2日(土) 15時00分~17時00分
場所: 同志社大学 大阪サテライトとZoomによるハイブリッド形式
申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/04/Osaka80flyerHybridZoom.pdf
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 3 】授業のヒント 「6回シリーズ 金子Tの授業づくりノウハウ その1」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
         教室の扉を開ける前に-「税」の授業をつくる
                   神奈川県立三浦初声高等学校 金子幹夫
1.教室の扉を開ける瞬間
 何年やっても緊張する時があります。それは、新年度にはじめて教室に入る直前です。
 全生徒が強い視線でこちらを見ます。
 “怖い先生なのか?”、“厳しい先生なのか?”、“分かりやすく教えてくれる先生なのか?”生徒にとっては不安でいっぱいなのでしょう。
 ところが、教師の方も不安で心は揺れています。この心の揺れは、不安感ではなく好奇心に近いものかもしれません。いったい今年はどのような生徒と共に学ぶことができるのかという好奇心です。生徒の視線に負けないように、強い心の視線をもって教室の扉に手をかけます。心の視線を支えるのは事前の教材研究です。
 
2.教師と生徒の“ズレ”を見る
教師が教えようとしている教科内容の枠組みは、おおよそ決まっています。問題は、目の前にいる生徒がどのような知識を備えているかです。小・中学校で何を学習してきたのか。経済学習で言えば、日常生活で経済に関するどのような知識に出会っているのか。何しろ教室で初めて会うわけですからわかるわけがありません。
 小・中学校の社会科教科書に書かれているからといって、その内容を理解しているという前提で授業案を作成すると、時として教師は火傷をします。火傷にもいろいろありますが、ここで問題にしたいのは“自覚症状のない火傷”です。
教師も生徒も「わかっているつもり」と思い込んでしまうことで、気が付かないうちに両者の持つ認識がどんどんズレていってしまうという問題です。

3.注目したい、教科書に何回も登場する用語
 教師が火傷を負う場面の多くは、教科書に何回も登場する用語を教えようとするときにやってきます。「教科書に何回も登場する用語はたくさんあるではないか」と指摘されそうです。
ここで取りあげたいのは、まず、登場する場面によって意味する内容が異なる用語についてです。社会科、公民科では、例えば、“国家”であるとか“契約”といった用語がそれにあたるでしょう。
 歴史的分野で学習する“国家”と公民的分野で学習する“国家”は、意味が一致しない場面があります。
公民的分野に限定すると“契約”は、社会契約、神との契約、契約自由の原則の契約と様々な意味で用いられます。
生徒にとっては同じテキストデータなのですが、教科内容としては意味が異なることもあるわけです。教科書は、そのたびごとに意味が異なることを示してはくれません。「えっ?その違いは分かっていますよね?」という前提で授業をすすめてしまうと、やがて“自覚症状のない火傷”になってしまうのではないかと思うのです。

4.「税」の授業をつくる…「税」は要注意
 今回と次回の「授業のヒント」では、この何回も登場する用語の中から「税」を取りあげてみます。「税」は要注意なんです。
歴史の授業では、聖徳太子が登場する場面から「税」は登場します。年貢で苦しめられる人々の記述もたくさん出てきます。やがて突如として「関税」が登場します。公民の授業では「納税の義務」について学習します。
1つひとつの税のどの部分が同じで、どこが異なるのかという説明は教科書には登場しません。「税」という1つの用語を整理するだけで、教師の持つ知識と生徒の持つ知識のズレがグッと狭くなるはずです。

5.「税」に対する教師と生徒のズレ
 用語を整理すると同時に、生徒は税をどう見ているか、それを探ることが生徒と教師のズレを埋めるために必要な作業になります。
実は、筆者は生徒が税をどのように受け止めているのか、ということに関して「思い込み」をもっていました。
その思い込みとは、「税を納めることについて肯定的に捉えている生徒は少ない」というものです。
 テレビを見ると“増税に反対する人々”の映像が流され、政治家は減税を主張し、書店に行き「節税対策」と表紙に大きく書かれた本が売られている光景を見ているうちに税についての思い込みが形成されていったと言えるでしょう。
 実際に教材研究をするために購入した文献には次のように書かれていました。
財政学者神野直彦さんは雑誌のインタビューで「(日本では)自分たちの外部に存在する支配者が取っていく、あるいはその支配者に上納するお金だという意識なので、税に抵抗観をもっている」と述べています(『税とは何か』別冊環 藤原書店p.10)。
同じく財政学者の石弘光さんは「税とか税金とかいうのはあまりいい印象を人々に与えていないと思われます」と書いています(『タックスよ、こんにちは!』日本評論社p.1)。
新書に手をのばしても多くの本は税に関するマイナスイメージを指摘しています。30分ほど書店を歩くだけで、同じような傾向の文献にまだまだ出会うことができます。
筆者はこれらの文献を読みながら教材研究を続ける中で、生徒が税について否定的な見方をしているのではないか、という先入観をもってしまったようです。

6.実際に調べてみると・・・
 授業開きにあたって筆者は、生徒を対象に税についての印象をたずねてみました。その1つが「税金についてどのような印象を持っているか、次の用語をランキングしなさい」 というものです。
用語は「寄付・会費・罰金・献金・料金・没収」の6個で、これらを1位から6位までランキングさせました。「寄付・献金」は肯定的な意味を、「会費・料金」は中立的な意味を、「罰金・没収」は否定的な意味もつとして、回答結果を分類すると次のようになりました。
 約100名を対象に行った調査は、税について肯定的態度を示す傾向がある生徒は約27.3%、中立的態度を示す傾向がある生徒は約51.5%、否定的態度を示す傾向がある生徒は約7.1%という結果でした。
否定的態度を示す生徒が極端に少ないというのが筆者にとっては驚きだったのです。「えーっ、納税することに抵抗がないんだ!」というのが職員室で発した声です。
 次に思い浮かんだ記号が「?」です。もしかしたら「公民科」の授業案を作成しようとしている時に、目の前の生徒が「税に抵抗を持っている」という前提に立って計画を進めようとしているのではないかと不安になったのです。まさに思い込みです。
 
7.納税の義務=納税の○○?
 もう一つ、生徒が税についてどのような意識をもっているのかを知りたくて「“納税の義務”の義務を別の漢字2文字で表現すると、どのようになりますか?」という質問をしてみました。
同じく、約100名の生徒を対象にした回答結果は、「約束」と書いた生徒が25名、「権利」と書いた生徒が9名、「責任」と書いた生徒が9名、「絶対」と書いた生徒が8名でした。
 ここから先は推測です。約束という言葉の周囲には「契約」という用語がちらつきます。そして何と言いましても注目したのは「権利」や「責任」と書いた生徒が複数名いたことです。
以前「夏の経済教室」に登壇されたことのある諸冨徹先生は、著書『私たちはなぜ税金を納めるのか-租税の経済思想史-』(新潮社)において、租税を「国家から提供される便益(生命と財産の保護)への対価として市民が支払うもの。この租税観は市民革命期のイギリスで確立された、いわば『権利』としての税である」(同書p192)と指摘しています。
諸冨先生の著書で紹介されている池上惇さんの『財政学』(岩波書店)を読んでみると「国民の納税に対する関係を表現しようとすれば(略)『納税の責任』と表現する方が適切な訳語であろう」(同書p9)と書かれています。生徒の感性の方が筆者の認識よりもすすんでいる、というのが率直な感想です。
授業案をどのようにつくるかのヒントを生徒から教えてもらったわけです。
 
課題は、ここで得られた情報を、どのように授業につなげるのかということです。その具体的な提案は来月号に書かせて頂きます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 4 】授業に役立つ本 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 今月は、経済の本とウクライナ関係の本を紹介します。
■小野善康『資本主義の方程式』中公新書
①どんな本か
・マクロ経済学では小野理論と呼ばれている独自の需要サイドの経済学の提唱者である、大阪大学特任教授の小野善康さんの近刊の本です。
・現在の経済停滞と格差拡大の原因は、人間が持っている資産選好であるという認識をもとに、それを一本の方程式から説明しています。

②本の内容は
・目次は以下の通りです。
 第1章 資本主義経済の変遷
 第2章 「モノの経済」から「カネの経済」へ
 第3章 成熟経済の構造
 第4章 格差拡大
 第5章 国際競争と円高不況
 第6章 政策提言
・著者が意図する、メインの章は、2章、3章でしょう。そこでは、現代経済を理解するための基本方程式が提示され、それが成熟社会になり変質を遂げてゆくことを、方程式の要素を加えたり変化させたりして説明されています。
・著者が強調するのは、成熟経済では、人々の興味が消費(流動性選好)からお金や富の保有願望(資産選好)にシフトしていて、それまでの政策が今や無意味になっているという点です。

③どこが役に立つか
・著者の意図とは異なりますが、「はじめに」の部分、第1章の資本主義の変遷の箇所、第6章の政策提言、「おわりに」の部分です。
 ここでは、著者の主張の根拠とそこから抽出される政策提言がコンパクトにまとめられています。
 著者である小野さん自身も、まず1章と6章の二つの章を読んで概略を押さえた上で、第2章にもどり順番に読んでいくようにすすめています。
・途中の各章は、著者の言うように「基本方程式に関する記述を読み飛ばして」読んでも理解できる記述になっていて、橋本内閣や小泉内閣、さらには安倍内閣での政策の変遷が浮かび上がるので、時代変遷のストーリーとして読むことで役立つことができるでしょう。
・もちろん、マクロ経済学をある程度学んだ事がある先生方には、基本方程式がどのように拡張され、入れ替えられてくるか、著者の理論を追いかけることもできますが、そこまでやるには相当腰をすえて、理解してゆこうという覚悟が必要になります。

④感想
・この本、新書ですが内容が濃く、ここで紹介するのをためらったのですが、朝日新聞の4月19日付のオピニオン欄に著書へのインタビューが掲載されていて、それがわかりやすく著者の主張をのべていたので、紹介した次第です。
・経済学の前提となっている合理的な個人への批判は、行動経済学など、これまでも私たちの目に触れていますが、著者のお金を愛好する、資産を愛好する人間を前提に理論を組み立てるという方法を吟味してみるのも面白いのではと思われます。
・著者は民主党政権時代のブレーンでしたが、今の岸田内閣の「新しい資本主義」(どんなものかまだ未知数ですが)との親和性があるのではというのが、紹介者の直感的感想です。

■ウクライナの戦争を理解するための本や雑誌
 先月号の「授業のヒント」に「戦争で経済を教える」という文章を掲載しました。その時に使った文献とその後の情報収集に関する文献を紹介します。また、ウクライナ戦争だけでない戦争に関する本も紹介しました。連休中の読書の参考にどうぞ。

①黒川祐次『物語 ウクライナの歴史』中公新書
・元ウクライナ大使だった黒川氏が書いたタイトル通りウクライナの歴史の本です。中公新書の物語歴史シリーズの一冊で、2002年初版で、この戦争が起こる前は品切れだった本です。
・何かがおこるとそれに関する忘れられていた本がにわかに注目を浴びますが、これだけまとまってウクライナの歴史が書かれた本は他にはあまりなく、基本書と言って良いと思います。
・内容は、紀元前のスキタイからはじまり、キエフルーシ公国、リトアニア・ポーランド、コサック、ロシア・オーストリア両国支配の時代と続き、ロシア革命中の中央ラーダの成立と壊滅、ソ連時代、独立1990年代までの歴史が記述されています。
・読んでいて気づくのは、ウクライナは国家として独立することがほとんど無く、1990年の独立後も安定した政権が続かなかったことです。ロシアが一体論で攻め込むことができてしまう弱点を抱えていたこともわかります。
・読んでいて胸が痛くなったのは、ロシア革命の最中におきたウクライナ民族主義者とボリシェビキによるキエフの攻防の話です。革命末期には二ヶ月でキエフの主が14回も変わったことが紹介されています。
悲しいことですが、そんな民族の歴史が今回も繰り返されているということなのかもしれないと思わざるをえません。
・この本には、ウクライナで独立運動が失敗していった原因も分析されています。その指摘を読むだけでも、歴史面から、現在のウクライナを取り巻く大国の動向、ウクライナ内部の問題などの事態の推移を分析することができるかもしれません。

②松里公孝『ポスト社会主義の政治』ちくま新書
・①で紹介した『ウクライナの歴史』が1999年で記述が終わっているのに対して、その後現在までのウクライナの政治を概観するための本といえます。
・ただし、この本、旧社会主義国5国の政治体制の分析書で、ウクライナに関しては全体の5分の1しか扱っていないので、記述はあまり親切ではありません。
・なによりウクライナでは政権の交代、指導者の交代が続いていて、人物名、政権名をチェックするだけで頭がクラクラするくらいに不安定な政治情勢が続いていたことがわかります。
・ウクライナ内部の一番の問題は、ウクライナ民族主義をどう評価するかであることがこの本から伝わります。ロシアの侵攻は分裂状態のウクライナを団結させたという逆説がここから読み取れます。

③小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』ちくま新書
・自ら「職業的オタク」と称している、ロシア軍事研究家の著者による、現代ロシアの軍事戦略を分析した本です。
・ロシアがなぜウクライナに侵攻したのか、その論理を軍事面から解説しています。また、その戦略をハイブリッド戦争と位置付け、これまでのロシアの軍事行動を分析しています。
・注目すべきは、今回のロシアの侵攻の前哨戦であった2014年のクリミヤ併合における戦略をロシアの軍事力行使の実際として分析されているところです。14年段階では国際世論も日本でもあまり注目されずにロシアの行動が既成事実化されていましたが、経済的にも軍事的にもNATO諸国に比べて劣勢だったロシアが、ハイブリッドな戦略で電撃的勝利を収めてしまったことが紹介されます。
・ロシアの行動を軍事面から分析するこの本は、プーチンの精神分析をするような本よりも事態を理解するのに役立つと思われます。
・4月号で、情報は取り上げないと書きましたが、情報こそが現代の戦争の重要ファクターであることが分かる本です。

④雑誌『世界』臨時増刊「ウクライナ侵略」岩波書店
・日々の戦争報道を追いかけるだけでなく、一度たちどまって考えてみる情報源としては雑誌が有効です。
・ウクライナ侵攻に関しても各雑誌の5月号から論考やエッセイの掲載がはじまっています。新聞と同じように、立場によって執筆者、立ち位置が違いますが、情報源として使い易いのは、『世界』『中央公論』『文藝春秋』の三誌でしょう。
・現在のところ、役立つ分析が紹介されているのは『世界』だと思います。ここでは、臨時増刊をとりあげましたが、5月号の緊急特集も参考になる記述がありました。
・一つだけ取り上げると、臨時増刊での、ロシアの社会学者エカテリーナ・シュリマンさんの「戦下に社会科学は何ができるか」という3つの講演記録です。
・そのなかの高校生向けの講演は、高校生向けのメッセージですが、私たち教員がこころしなければいけない原則や原点が述べられていて、教える気力を呼び起こしてくれます。
・『中央公論』や『文藝春秋』などが本格的な分析の論考やエッセイを紹介してくれることを期待したいものです。その多くの論考の中から、本当に役立つものを自らの頭で選択することが今求められているのではないでしょうか。

⑤スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』岩波現代文庫
・第二次世界大戦(旧ソ連では大祖国戦争)に従軍した女性兵士や動員された女性たちの聞き語りの本です。
・③で取り上げたようにどんなにハイブリッドな戦争になっても、実際に戦っているのは生身の人間です。今回のウクライナ侵攻では女性兵士に関する報道はあまりありませんが、第二次大戦の独ソ戦下のソ連では多くの女性が動員されました。
・除隊後に女性兵士達は過去を隠して生きてきたとこの本で紹介されています。なぜなのか、彼女たちはどんな経験をしたのか、また、なぜ沈黙を強いられたのか、そもそも戦争の実態はどんなものだったのか。その真実がウクライナ生まれ、ベラルーシ出身のアレクシェーヴィチさん(2015年ノーベル文学賞受賞)によって紹介されました。
・戦争を政治や経済の観点から分析することも大事ですが、抽象化され記号化される言葉の根底にある現実に目を向けておく必要があると思います。そのための一冊です。
・今回のウクライナ侵攻でのロシアの残虐行為が報道されています。それをやったのは人間です。戦争は人間をどう変えてしまうか、ウクライナ軍、ロシア軍という言葉の背後にある人間の存在、また、戦地になっているそこに済んでいる人々に関心を寄せるために一読しておきたい本です。
・これはロシアの女性達の証言ですが、日本でも同種の証言は沖縄、旧満州などたくさんあります。、また、軍隊の行動というのは国の違いよりも共通性があることがわかります。そんな観点から読んで見るのも良いかも知れません。
・なお、この本をもとにしたコミックもあります。(新井)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 オフピークというキャッチフレーズで時差通勤をすすめる鉄道会社の広告がありました。一発屋で人気が後退している芸人が登場しています。よくOKを出したと思いますが、なかなかシュールな味わいです。
編者が昔書いた本が、データなどを新しくして17刷りとなります。オフピークの人間でも、更新しながら細く長く生きることができるのかもしれません。(新井)
Email Marketing Powered by MailPoet