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2月、如月となりました。
先月に行われた第二回目の共通テストでは、傷害事件やカンニング事件が起きて世間を騒がせています。内容的には、平均点が大幅に下がった教科がでてきて、特に数学では悲鳴に近い声が聞こえてきています。
コロナもオミクロン株による第6波が急速に拡大。先生方の勤務校でも学級閉鎖や遠隔授業の実施など、対応のための慌ただしい日々を送られているのではないでしょうか。
ネットワークの部会もハイブリッドを追求してきましたが、当分はzoomでの非接触型の研究活動を余儀なくされそうです。
そんな今月も、ネットワークの活動報告と、授業に役立つ情報をお伝えします。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告とイベントの案内
 22年1月の活動の報告と企画中の「春休み経済教室」のご案内です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…授業改革の要請は本気だ
【 4 】授業で役立つ本…行動経済学関連の3冊
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【 1 】最新活動報告とイベントの案内
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■「冬休み経済教室」を開催しました。
日時:2022年1月8日(土) 14:00~16:00
場所:慶應義塾大学南校舎 443 番教室、zoom による Web 参加
参加者:会場 15 名、Zoom 50 名(関係者含む)
主な内容
(1)杉浦光紀先生(都立井草高等学校)による進行で、東京証券取引所による挨拶に続いて、新井(目白大学非常勤講師)による「行動経済学を使った経済の授業の作り方」の講演がおこなわれました。
(2)講演では、「夏休み経済教室」での大竹文雄先生の講演からの知見をまとめて、それを踏まえた経済の授業での教材の作成に関する試論、大竹先生の著作にある事例を教材化する際の整理、これからの課題の提起がありました。
(3)問題提起を踏まえた授業のケーススタディが三つ報告されました。
 1番目は、行壽浩司先生(福井県美浜町立美浜中学校)による「身近な例から学ぶ中学校の経済学習での行動経済学の使い方」で、割引券・ポイントカードを行動経済学の見地から取り上げた授業例です。
2番目は、大塚雅之先生(大阪府立三国丘高等学校)による「金融デジタル化と行動経済学の使い方」の授業で、キャッシュレス決済を行動経済学からとりあげ、ナッジを使って使い過ぎを防ぐ方法を考えさせる授業例です。
3番目は、塙枝里子先生(東京都立農業高等学校)による「労働市場におけるジェンダー格差と行動経済学の使い方」の授業で、ジェンダー・バイアスを行動経済学により解消する方法を考えさせる授業例です。
(4)中川雅之先生 (日本大学経済学部)から、行動経済学は伝統経済学にとって代わるものではなく、微修正を加えるもという視点から、三人の先生方の実践に対するコメントがありました。
そのなかで、伝統経済学でそれらの事例がどこまで解明できているかを押さえた上で、事例を絞り込んで、行動経済学の知見をうまく生かすことを考えるとよいのではないかというアドバイスがありました。
内容の詳細と問題提起の資料は以下のHPをご覧ください。
https://econ-edu.net/2022/01/13/3718/

■大阪部会(No.78)を開催しました。
日時:2022年1月29日(土)15:00~17:00
場所:オンライン(Zoom形式)
主な内容:参加者
・安野雄一先生(大阪市立東三国小学校) による「中学校段階を視野に入れた小学校高学年における金融教育の単元開発~老後2000万円問題!君はどのように資産形成をする!?~」
・新井(目白大学社会学部非常勤講師)による「冬の教室の総括と、行動経済学の教材づくりの提案」
・阿部哲久先生(広島大学附属中・高等学校)による「「公共」の経済単元の開発と実践」
の三つの報告と質疑が行われました。
 内容の詳細は以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/02/Osaka78report.pdf

■「春休み経済教室」を開催します。
日時:2022年3月26日(土)14:00~16:00
場所:慶應義塾大学三田キャンパス+Zoomによるハイブリッド方式
テーマ:家庭科と社会科・公民科における金融教育の在り方
内容:報告予定者
・モデレーターと問題提起:東京都立農業高等学校主任教諭 塙 枝里子
・現場からの報告とエコノミストからのコメント:
家庭科の視点から 筑波大学附属駒場中学校・高等学校教諭 植村 徹
公民科の視点から 昭和学院中学校・高等学校教諭 中山諒一郎
エコノミストの視点から  同志社大学想像政策学部教授 野間 敏克
・報告者、コメンテータによる質疑、討論
内容の詳細、申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/02/2022.3HaruKeizaiHybrid.pdf
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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<定例部会のご案内です>(開催順)
■札幌部会(No.29)と東京部会(No.178)を合同で開催します。
札幌部会と東京部会はオンライン会議で行います。
日時:2022年2月26日(土) 15時00分~17時00分
場所:オンライン(Zoom形式)
申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2021/11/Sapporo029flyer.pdf

■大阪部会(No.79)を開催します。
 日時:2022年4月23日(土) 15時00分~17時00分
 場所:会場(未定)とZoomによるハイブリッド形式
 申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/01/Osaka79flyerHybridZoom.pdf

■加藤一誠先生のNHKラジオ、2月の登場は2月21日(月)の予定です。
『三宅民夫のマイあさ! 』のコーナー「マイ!Biz(ビズ)」での、加藤一誠先生(慶應義塾大学商学部教授 )の今月の登場は2月21日(月)の予定です。 時間は午前6時40分過ぎです。
番組ホームページ https://www4.nhk.or.jp/my-asa/
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【 3 】授業のヒント 「授業改革の要請は本気だ」
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(1)物議をかもした今年の共通テスト
 第2回目となった今年の共通テスト。
 傷害事件やカンニング事件などで受検生が追い詰められてることが話題になっただけでなく、共通テストは、学校教育の内容にも大きな影響力を持ってくることが、改めて浮かび上がりました。
 平均点が過去最低になった数学では、その理由に、出題傾向が変わったという要員が大きいことが指摘されています。
 「これって国語の問題じゃないか」という声も聞こえるくらい、設問にたどり着くまでの文章が長く、そこについても、さらに小問でダメ押し的な新しい状況が登場して計算を要求するという形です。
 これまでの、例題、ドリルの繰り返しで得点できるという問題ではなくなって、授業の方法も変えざるを得ないという「圧力」を現場の先生は感じていることが報道されています。
 これは一時的なものではなく、出題者はかなり本気であるということがわかります。

(2)経済分野も変化してきている
 数学の変化が顕著なだけではなく、公民科、地歴科も含めて、要求されている内容がかなり変化しているのは先生方承知の通りです。
 「政治・経済」の経済分野で言えば、数学の問題ほど複雑な長文の設定はありませんが、ホワイトボードに書かれた授業の内容をもとにした設問、学校新聞のスタイルがだされています。
 この形式は、予備調査以来の予想されていた形式であまり変化はありませんでしたが、設問に関しては、かなりの変化があります。
 例えば、機会費用についての理解が問われる問題が出されています。
 これまで機会費用という概念を授業で聞いていなかった生徒は、はじめて見る言葉と定義から内容を理解するのは大変だったかも知れません。
 ちなみに、機会費用については、これまでの経済教育関係者の調査、例えば山岡道男先生(早稲田大学名誉教授)らのグループの国際比較の調査では、日本の高校生の理解度がきわめて低い概念の一つとして、その普及が課題として指摘されていたものです。
 他にも、銀行の貸借対照表、マネーストックとマネタリーベース、購買力平価説(ビッグマックレート)、労働力調査の定義の読み取り、消費税率の逆進性の計算など、授業ではあまり扱われなかったり、表面的な説明で終わっていたりしていた部分に関する突っ込んだ設問が登場しています。
 平均点は、昨年に比べて大幅な変化がなかったようですが、少なくとも、教える内容、どこまで教えるか、その方法に関して、共通テスト対応という点からみても、授業の内容ややり方を変えてゆく必要に迫られることになりそうです。

(3)心配な合成の誤謬
 入試問題が変わることで、高校の授業を変えるというメッセージが強烈に読み取れる共通テストですが、これがうまく行くかどうかはまた別問題かもしれません。
 一つは、現場の授業が本当に変わることができるかどうかです。
 変えることは、圧力をかければ変えられかもしれませんが、変わるのは主体的な行為となります。
 学校の先生たちは真面目だから、過剰に反応すると「合成の誤謬」がおきないとも限りません。つまり、それ読解力だということで、試験対応のための準備教育に力を注ぐことが予想されます。
 これは、アクティブラーニング(主体的・対話的で深い学び)が必要だということで、それ話し合いだとなった風景に近いかもしれません。
 もう一つは出題者側の問題です。
来年、多少揺り戻しがあったとしても、出題側の「本気」で授業を変えようとする姿勢は変わらないでしょう。
すべての出題者がその気持ちで作問すると、ほとんどの問題が複雑なリード文で、設問にたどり着けないような「良問」だらけになってしまう恐れがあります。
 今年の数学の問題などは、典型的な合成の誤謬の結果と筆者は推定しています。それが繰り返される可能性は否定できません。

(4)授業を変えるだけでなく
 このような変化に対して、どうするか。
 一つは、共通テストのメッセージに対して、本気で授業を変えることです。
 授業を変えるには、大きなストーリーをもって授業構成を考えることが必要になるでしょう。
 教科書をベースにしたとしても、個々の知識や対象をつなぐ論理をもった物語にできるかどうかです。三枝利多先生(目黒区立東山中学校)が書かれている教科書での「パン屋の話」などがそれにあたります。
 逆に、一つのテーマから多くの関連事項が生まれるようなテーマを探し出せるかという方向もあります。丹松美代志先生(おおさかまなびの会)が報告された「厠・トイレ考」の話などはそれにあたるでしょう。
 もう一つは、おかしいものはおかしいと声を上げることです。
 だいたい、現場のベテランの先生が問題に挑戦して時間内で解答が終わらない問題を出題すること事態がおかしいのです。
 そのおかしさ、正しさ故のおかしさを様々なルートで発言することが必要だと感じます。研究団体を通しても良いし、個人でできる範囲での発言でも良いと思います。
 
(5)与件を変える
 前号で紹介したシュンペーターは、『理論経済学の本質と内容』で静学的均衡の世界を描き、『経済発展の理論』で動学的世界を描きました。
 それに関して、「静学の中心問題は、経済外部からの適応であるとすれば、動学の中心問題は経済内部からの変化としての革新である」と故塩野谷祐一氏はその著『シュンペーター的思考』のなかで述べています。
 共通テストからの挑戦に対して<適応>で臨むのか、<革新>を目指すのか、問われているのは私たち現場教員だろうと思います。(新井)
 
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【 4 】授業に役立つ本 行動経済学関連の本3冊
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 今月は、授業に役立つ行動経済学関連の近刊本3冊を取り上げます。
■翁邦雄『人の心に働きかける経済政策』岩波新書
①どんな本か
 元日銀金融研究所長をへて京大教授をつとめたエコノミストが、行動経済学の知見加えて、マクロ経済学を論じた本です。
 行動経済学では弱い分野であったマクロ経済学、特に中央銀行の金融政策を中心にメインストリームの経済学による政策と行動経済学を加味した政策について対比的に分析しています。

②本の内容は
「はじめに」のあと、全体は6章に分かれています。
第1章 自己実現的予言
第2章 ヒトはどのように判断・行動しているか
第3章 マクロ的な社会現象へのフレーミングやナッジ
第4章 メインストリーム経済学の「期待への働きかけ」
第5章 「期待に働きかける金融政策」としての異次元緩和
第6章 物価安定と無関心
「はじめに」では、コロナ対応と金融政策での人々への「働きかけ」の違いは、背景としている人間観が違うとの指摘がされています。
そこから現在のメインストリームの経済学と行動経済学の違いの話になってゆきます。
第1章では、パニックやバブルの事例からメインストリームの経済学では説明しきれない事例があることが紹介されます。
第2章では、行動経済学の知見がコンパクトにまとめられています。「ヒト」と書かれているのは行動経済学が措定している人間を指しています。
第3章では、マクロ的な社会現象を行動経済学的にどう理解するか、貿易摩擦、移民政策、新型コロナ対策の三つの事例を、フレーミングやナッジから分析しています。
第4章から後半になります。4章では、金融を中心としたメインストリーム経済学による「期待への働きかけ」が論じられています。
第5章では、アベノミクスによる日銀の異次元緩和が取り上げられ、その「期待に働きかける金融政策」の現在までの帰結が吟味されます。
第6章では、物価を取り上げ、インフレ目標2%の政策が検討されます。

③どこが役立つか
 前半の第1章から3章が授業づくりに役立つはずです。特に、行動経済学を授業に取り入れる場合の人間像を扱った第2章は、マクロの社会現象やマクロ政策を取り上げるときに参照されると良い箇所です。
 著者のまとめた人間像は以下のようなものです。引用しておきます。(同署p57)
・ヒトは利益の喜びより損失の痛みをはるかに強く感じる(プロスペクト理論)。
・取り返せない過去の出費が無駄になることをもったいないと感じて判断を誤る(サンクコストの罠)。
・責任者は自分の失敗を正当化するために戦線を拡大して、「泥まみれ」に引きずり込む。
・現在の快適さを無意識に優先してしまい問題を先送りする(現在バイアス)。
・ちょっとした異常は無視する(正常性バイアス)。
・行動の選択にあたっては、その時々の社会規範、他人の目を強く意識する。
・選択肢がどう示されるかで判断が大きく左右される(フレーミング、選択アーキテクチャ)。
・企業や政府の意図的、あるいは意図せざるナッジに大きな影響を受ける。
 もう一つ役立つであろうという箇所は、第3章です。
 ここでとりあげられている、貿易摩擦、移民政策、新型コロナ対策の三つの事例を切り口にして授業の構想が立てられるのではないでしょうか。
 後半の三つの章は、やや専門的ですが、黒田日銀の政策やアベノミクスに深く触れたい場合の参考になるでしょう。

④感想
 シカゴ大学で「合理的期待を強くすり込まれていた」とあとがきで書いている著者が、行動経済学に触れることで、新たな政策提言や政策評価に向かっているところは、著者の柔軟な思考が見えて興味深く読みました。
 日銀時代には、日銀理論の代表としてリフレ派から批判の矢面にたっていた著者の黒田日銀の政策に対する辛い評価が見えていて、その点でもヒトの特性が出ているかと感じました。
現在のメインストリームの研究者の再生産構造(専門誌への査読論文によりポストが決まる)の指摘なども職業選択の観点から参考になるのではと思います。

■大竹文雄『あなたを変える行動経済学』東京書籍
①どんな本か
 大竹先生が、オンラインで行った、早稲田塾という予備校の高校生にむけの行動経済学の特別講義と、東進ハイスクールの「悩み相談Q&A」で回答したものをまとめた本です。
 「若い世代を念頭に」書かれたと「はじめに」であるように、高校生への講義、質疑、問いに対する回答など、若い世代向けに行動経済学を理解させるための工夫が随所に見られる本となっています。

②本の内容は
 序章と全7章からなっています。
 序章は、「直感が邪魔をする」というタイトルで、三つの問題から直感的な意思決定が合理的な意思決定とずれてしまう例が紹介されます。
 第1章は、「「もったいない」を考える」というタイトルで、サンクコストの罠を扱っています。
 第2章は、「損失は避けたい」というタイトルで、リスクに対する選好、プロスペクト理論が紹介されます。
 第3章は、「先延ばしの心理」というタイトルで、現在バイアスが扱われています。
 第4章は、「暗黙の選択の利用」というタイトルで、第3章までの復習と、先延ばしの対策としてのデフォルトが紹介されます。
 第5章は、「みんながしています」というタイトルで、社会規範についてヒューリスティック、コミットメント、アンカリングなどが紹介されます。
 第6章は、「ナッジとは何か?」というタイトルで、ナッジとリバタリアンパターナリズム、スラッジとの違い、ナッジを巡る論議が紹介されます。
 第7章は、「仕事や勉強のなかの行動経済学」というタイトルで、仕事や勉強の場面で使える行動経済学の知見が紹介されています。

③どこが役立つか
 本書のすべてと言って良いでしょう。
 行動経済学の概観を高校生のレベルで押さえることがこの本でできます。また、高校生が参加するときに、『行動経済学の使い方』(岩波新書)をあらかじめ読んでおくという課題を与えていたので、この本と『使い方』が丁度、裏と表の関係になっている点でも、参考になるはずです。
 各章の「Q&Aタイム」にある、高校生の質問の箇所は、先生方が生徒から質問されたらどう回答するかを考えながら読むと良いでしょう。
また、各章の「ブレイクアウトタイム」の高校生に対する課題とその回答を参考に、授業のなかでの課題に活用することもできます。
活用可能ですが、経済の授業に関して言えば、授業のどこの部分で使うことができるかは、それぞれの事例にあわせて、読者の先生方が考える必要があります。
④感想
 高校生に行った実際の授業を基にしている本なので、そのリアル感が生きている本だと思いました。
 私たちが生徒に授業をするときの概念の噛み砕き方の良い事例ではないでしょうか。
 「あとがき」に書かれている、「アフターコロナの行動経済学」でナッジを使う例としてあげられている高校生の回答、また、「経済学部の女子学生比率はなぜ低い」の箇所は、あとがきだけではもったいないと思われる箇所でした。
 特に、経済学部になぜ女性が少ないのかは、進路指導の観点からも参考になる指摘でした。ここにでてくる経済学の特質の理解と行動経済学の普及により、女性の経済学部進学者が増えるかどうか、数年後が楽しみです。

■下川哲『食べる経済学』大和書房
①どんな本か
 農業経済学の枠組みを使って「食」の問題をとりあげ、その解決の道を探った本です。
 著者は早稲田大学の政治経済学部の准教授で、早稲田大学と出版社が手を組んでシリーズ化しようとしている、「学びのたね」シリーズのはじめての本です。

②本の内容は
 全体は四部12章に分かれています。
 第一部は、「地球と食卓をつなぐ感覚」ということで、1「食べると食料生産」、2「食糧事情が社会をつなぐ」、3「食料市場の限界」の3つの章で構成されています。
 ここでは、「食べる」を取り巻く社会のしくみと、経済学的な考え方が概観されています。
 食料をつくる(生産)、食料を売買する(市場)、食料を食べる(消費)が扱われて、食べることの特殊性、それにもかかわらず作られた食料が市場でされていること、しかし市場の交換も限界をもっていることが解説されます。

 第二部は、「飢える人と捨てる人」ということで、4「避けられない自然の摂理」、5「市場が効率的だとしても」、6「市場の失敗のせいで」、7「つきまとう政治的な思惑」、8「人間らしさの難しさ」の5つの章で構成されています。
 5つの章は、自然の摂理に関する問題(4)、食料市場の限界に関する問題(5,6,7)、人間らしさに関する問題(8)の三つのテーマにわけられています。
 ここでは、食料生産と食料市場の問題が多くの具体例をまじえて紹介されています。
 事例には、肥満と貧困、食品ロス、偽装、環境破壊、食料をめぐる貿易戦争など、身近なところから地球規模までの問題が登場します。
 また、8「人間らしさの難しさ」では、行動経済学の紹介がされて、行動経済学から見た食べることのバイアスが取り上げられています。
 
第三部は、「未来への挑戦」ということで、9「自然の摂理に立ち向かう」、10「食料市場の限界をふまえて」、11「人間らしさを加味する」の3章で構成されています。
 ここでは、それぞれの章が、第二部の三つのテーマに対応して、解決策の模索、その到達点、課題が書かれています。
 
最後の第四部は、「未来をイメージする」ということで、12「これからの食べるについて」で、健康で持続的な食生活を考えるための二つのワークが紹介されます。

③どこが役に立つか
 「授業のヒント」で触れたような、食を切り口にした大きなテーマの授業を構想するときにヒントになる本です。
 農業問題という枠組みではなく、もっと自分たちの生活から世界、現在・未来を構想させる広がりをもつ授業が構成できるのではないかと思われます。
 SDGsに関する授業でも、1,2,3、13,14,15などと関連させたテーマでの参考になるでしょう。
 8章と11章は、食の問題に行動経済学の知見を加えて問題を提起しています。8章では行動経済学の簡単な紹介もされています。こんなところからも行動経済学が使えるのだという事例になるのではと思われます。

④感想
 本屋さんで行動経済学の本をブックハンティングしていて偶然見つけた本です。
 ダイエットは行動経済学の本に必ず登場する事例ですが、その背景にある食まで行動経済学の知見を加える試みの本がでてきたことに、驚いています。
 最後の章にある、将来世代の未来を見据えた「フューチャーデザイン」というワークショップに興味を持ちました。
 この本では詳細が書かれていませんが、貿易ゲームなどと同じように、アクティビティの定番になるとよいなと感じています。(新井)
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【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
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大学入試ではフランスのバカロレアが論述式でかつ哲学が必修ということで、プラスイメージで取り上げられることがあります。ところが、最近読んだ本のなかに、バカロレアの合格率は9割近くあり、そんなに優れた入試制度ではないという記述がありました。
これまでの経験則からいって、どんなに入試制度を変えても、所詮、「歩留まり」は50%ではという印象をもっています。ということは、制度いじりより、本体の授業を自発的に変えてゆくことが授業改革の一番の近道になるのかと考えたりしています。
でも、自発的に何かをやるのが一番難しいのも事実で、ヒトは難しいものと嘆息する日々です。(新井)
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