reader reader先生
早くも2月、如月です。
辰年は激動の年になるかもしれないという予想通りというか、内外、特に政治と社会での変動、変調が続いています。
身近なところでは、先月に実施された共通テストの「政治・経済」「倫理、政経」では、満点をとった受験生がゼロというという「珍事」がおきました。足を引っ張ったのは、経済の問題です。「政治・経済」を選択した受験生が泣くだけでなく、経済教育からみても問題で、どこかで声を上げなければいけないかもしれません。
そんな今月も、ネットワークの活動報告と、授業に役立つ情報をお伝えします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【今月の内容】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 1 】最新活動報告
 24年1月の活動報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…「捨てネタ」の効用⑤価格、私ならこう教える
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業のヒントになる本を紹介します。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 1 】最新活動報告・情報紹介
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■「春の経済教室」が参加募集中です。(既報)
 日程:2024年3月23日(土)13時00分~17時00分
 場所:慶応義塾大学三田キャンパス北校舎大会議室、対面とzoomによるハイブリッド方式
 テーマは国際経済。前半の講演では、開発経済学がご専門でJICAや国連などの国際機関に勤務された経験がある島田剛先生(明治大学情報コミュニケーション学部教授)を招いて、「途上国に必要なのはフェアトレードなのかビジネスか?」のタイトルで、グローバル経済のなかで経済格差をどう生徒に教えるか、問題提起をいただきます。
 後半は、藤井剛先生(明治大学文学部特任教授)による教科教育からの提言をもとに、杉浦光紀先生(都立井草高等学校)、小谷勇人先生(春日部市立武里中学校)の授業提案をもとに、講演者の島田先生も加えて、エコノミストと教育関係者のコラボで、国際経済の授業の作り方について考えてゆきます。
申し込み方法とプログラムは以下からご覧ください。
 2024.12HaruKeizaiHybrid1226f.pdf (econ-edu.net)

■東京部会(No.138回)を開催しました。
 日時:2024年1月6日(土) 15時00分~17時10分
 会場:慶応義塾大学三田キャンパス東館オープンラボ+オンライン方式
 内容の概略:29名参加(会場10名、zoom19名)
(1)臼井太一先生(都立足立新田高校)から「国際経済の授業」の報告がありました。
今回の報告は、実践前の構想のもので、教科は「公共」。全三時間を想定して、1次でタイ米と国産米の価格と消費動向の矛盾からはじめて、2次で農作物に関する日本の貿易について資料をもとに特徴と問題点を考察させ、3次で農作物を輸入に頼り切ったままでよいかをテーマに討論させるというプランです。
進路多様校の授業プランなので、生活している中で素朴に判断できる材料を使うこと、矛盾する現象がなぜ起こるかを考えさせること、議論に入る前に教師から補助線を提供することの三つを授業づくりの視点としてあげられていました。
検討では、多くの先生から意見が出されました。
 杉浦光紀先生(都立井草高校)からは、農産物貿易での関税に関する質問が、藤巻朗先生(並木中等教育学校)からは、誘導するより生徒に自由に議論させて、広がった内容から、教師がここはぜひやりたいという内容を絞るやり方がよいのではというアドバイスが、善財利治先生(印西市立西の原中学)からは、生徒はタイ米を知っているかという質問があり、直接食べさせなくとも、写真などで具体的なイメージをつかませるところから始めるとよいという示唆がありました。
 河原和之先生(立命館大学他)からは、前半の食糧自給率の問題と、後半の貿易の問題が分かれているので、後半に入る前に生徒に討論させる場を作ると良い、また、農業貿易に関しては、いくつかの国を具体的にあげて考えさせるとよいとのアドバイスがありました。
 篠原代表からは、視点が多岐だが、理論はいらず生活実感だけでゆけばよい、その際はデータの出し方が重要。この授業の場合は、日本の農産物でどのようなものが輸入され輸出されているか商品別に分けて提示するのも一方法であるとの指摘がありました。
 大倉泰裕先生(大学入試センター)からは、食糧安全保障は政治も含めた広がりがあるので、大項目Cで実施するとよい、また、解決策は何かという問いを議論させることがあるが、生徒に解決策が分かればとっくに大人が解決しているので、生徒には関心を持ち続けて欲しいということが伝えられれば良いのではないかというアドバイスがありました。

(2)杉浦光紀先生(都立井草高校)から「グローバル経済の授業-生徒にどう教えるか?-」の報告がありました。
春の経済教室で紹介する予定の実践例の紹介です。
テーマを勤務校の生徒の実情(自由服の学校)であることを踏まえ、テーマを「ファストファッションは、なぜ安いのか?」として、1コマ目は、写真と映像を用いて、なぜ国際貿易をおこなうか、その結果ファストファッションではどんな問題が起きたのかの問題提起。2コマ目は、あなたは一年で何枚の服を買っているかの問いからファストファッションによる利益構造や途上国の貿易構造の変化、環境破壊に関する事実をしらべ。3コマ目に、貿易ゲームに取り組ませるという流れの実践です。
振り返りでの生徒の書いた文章(80字程度を二文で書く)や、写真タイトル付けやインタビューに赴いた生徒の例、テストでの評価問題の紹介がありました。
検討では、新井からの感想とこの授業から生徒に何をつかませるのかという質問があり、杉浦先生からの回答と、春の経済教室でさらに検討して紹介したいとの表明がありました。

(3)小谷勇人先生(春日部市立武里中)から「経済の視点を意識した「貧困」についての授業実践現在の方向性」という報告がありました。
杉浦先生と同じ、春の経済教室でのパネルディスカッションで提示する実践例の取組みに関する報告です。
 実践は2月に予定されていて、「貧困の解決にどのような取組みが必要か」をメインテーマとして、二つのプランが紹介されました。
プラン1は、既習の政治・経済の視点で貧困問題を整理し、「貧困問題の解決に向けて、どのような取組みが必要か?」という問いを解決しようとするオーソドックスな実践です。
プラン2は、地理的分野でのアフリカに関する負のイメージを打ち破る意味も込めて「21世紀はアフリカの時代といわれているのはなぜか?」、「アフリカ経済成長大作戦」などの課題をいれた授業の構想で、高校との接続などから見て、どうすべきかのアドバイスが欲しいとの報告でした。
 検討では、塙枝里子先生(都立農業高校)から高校では国際経済には踏み込めていないとの報告と、杉田孝之先生(千葉県立津田沼高校)からは、同じく高校では踏み込めていないこと、貧困の問題では地域による違いに注目させて、違いと共通性をつかませることが目指す方向になるのではとの意見がありました。
 河原和之先生からは、中学でもほとんどやっていないが、最近のブラックサンダーの会社の取組みなどを紹介して、「きみたちはどう行動するか」と問う、年間最後の授業ができるのではというアドバイスがありました。また、アフリカの貧困に関しては、前回の大阪部会で報告したダイヤモンドの例のように政府の役割も大きいことを伝える授業が求められるとの指摘がありました。
 大倉泰裕先生からは、貧困に関しては、現実とのつながりを自覚させる授業となればよく、解決をいたずらに求めないことが大切ではとの指摘があり、プラン2の要素も含めたプラン1の授業を検討されたらどうかとの示唆がありました。

(5)最後に、新井から、春の経済教室の案内、1月1日の能登半島地震に対する支援のアピールがあり、また、1月2日の羽田での飛行機事故の背景やそこでの情報に関して、加藤一誠先生(慶応義塾大学)からの情報提供があり、部会を終了しました。
部会内容の詳細は以下をご覧ください。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/01/tokyo138reportHybrid.pdf
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<定例部会のご案内です>(開催順)
■大阪部会(No.88回)を開催します。
 日時:2024年2月24日(土) 15時00分~17時00分
 会場:同志社大学大阪サテライト
 内容:授業報告と検討
 申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2023/12/Osaka88flyerHybrid.pdf

■東京部会(No.139)を開催します。
 日時:2024年4月6日(土) 15時00分~17時00分
 会場:慶応義塾大学三田キャンパス(予定)
 申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/01/tokyo139flyerHybrid.pdf

<情報提供>
■NHKラジオで加藤一誠先生の「ビジネス展望」が放送されています。
 1月18日(月)では、東京部会でお話しされた羽田事故から飛行場の安全管理の問題など公共インフラとしての空港に関する話をされていました。
 次回は、3月18日(月)に予定されているとのことです。早朝6時40分すぎの放送ですが、聞き逃しても「ラジルラジル」などで聞くことができます。
https://www.nhk.or.jp/radio/ondemand/detail.html?p=5642_02
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 3 】授業のヒント  捨てネタの効用⑤ 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
価格、私ならこう教える
-単なる価格を見るよりも、財と財の価格を比較することに意味がある-

執筆者 篠原総一

「価格」は実に教えづらいトピックのようです。価格はどう決まるのか、そして市場で決まっていく価格が消費や生産にどのような影響を与えるのか、そんな経済の本質的なことを生徒の肌感覚でわかるように説明したいものです。
■ゲーム機、選ぶ基準は?
 今回は、「ゲーム機を買うなら、任天堂のSwitchにするか、それともソニーのPSにするか」という選択問題を例にして、価格学習のポイントを整理してみたいと思います。実際にありそうな例さえ使えば新しい抽象的な概念も一発で頭に入る、という授業案の一つです。
 経済は希少性、だから私たちは家計も企業もつねに「何かと何かのどちらを選ぶか」という意思決定をしています。こんな経済の本質を念頭において、「ゲーム機選択で任天堂Switchを買うとした場合、何が決め手になるか」、意思決定の条件について生徒の反応を集めると、どちらを選ぶか、あるいはどちらも買わないか、彼らの出してくる選択の条件は間違いなく次の3点に集約できるはずです。
(1) 任天堂とソニーのゲーム機の魅力の違い(遊べるソフトの違い、画面や音響の違い、友達の多くが持っているので一緒に遊べる、などなど)
(2) 任天堂SwitchとソニーPSの値段の比較
(3) 生徒にゲーム機を買える余裕があるかどうか
(1) については、どの教科書でもあまり触れていませんが、需要の決め手として最重要要件であることは自明でしょう。
(2) の価格条件は、選択対象になる別の財の価格と比べて初めて、この商品が高いか安いかの判断ができるということです。いくらSwitchの値段が低くても、PSの値段と比べなければ、Switchが割安かどうか決められないからです。
(3) についても、ゲーム機を買うか買わないかは、小遣いや所得の額ではなく、その額で他の商品をどれだけ買えるか、という所得の購買力に依存するはずです。仮に手元に10万円持っていても、ゲーム機の値段も10万円であれば、小遣いを他の用途に振り向ける余裕はゼロになります。ですからSwitchもPSも10万円なら、どちらも諦めて別の商品を探す生徒も少なくないはずです。

■実例から一般へ
 私なら、授業でこのような実例に即した論点を整理をした上で、一般的な「財の需要を決める条件」の整理にすすんでいきます。
(1) 買おうとしている財の魅力や必要性と、その他の財の魅力や必要性の比較
(2) その財の価格と、他の財の価格の比較
(3) お小遣いや所得の余裕(=購買力)
 繰り返しになりますが、とくに生徒に強調しておくべきポイントは、任天堂Switchの需要は任天堂Switchだけの条件(性能・魅力、価格)で決まるのではなく、あくまでソニーPSなど他の商品との比較から考えること、という経済の本質(希少性、選択、交換)です。
なお、経済学では (2)は相対価格(=財と財の価格の比率)、(3)は実質所得(あるいは貨幣所得の購買力)と呼びますが、中高の生徒にはこのような面倒な学術用語の名称まで教える必要はないと思われます。
■経済で意味のある価格は?
 ここまでできたら、今度は供給側についても、生徒にも肌感覚で分かりそうな企業の例を用意して供給の条件を整理してみます。
そして、経済で意味があるのは、実は,
 価格では「1個◯円」という名目価格ではなく、他の財との比較、つまり相対価格であること、
 所得も同じように、意味があるのは「1ケ月△万円」という名目所得ではなく、その購買力(実質所得)だ、
という点を徹底させたいものです。
 そうしておけば、どのようなときに相対価格が変化するのか、そして相対価格の変化が消費や生産にどのような影響を与えるのか、といった価格に関する深い学びに生徒を誘えるというものです。

■ラテ指数からみる「真の価格」
 相対価格と実質所得の意味をアピールする実例やデータはどこにでも転がっています。今回は最後に、私が最近見つけたユニークな捨てネタを紹介しておきます。
それは、スターバックスのコーヒーの「ラテ指数」という価格指数です。
(日経電子版、「世界のお値段調査隊」より)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN271CF0X21C23A2000000/
 取り上げる価格は2種類、通常の価格(コーヒーとお金の交換比率)と、「ラテ指数」(労働のラテコーヒーの交換比率)です。

まず、日米欧アジア10カ国のスタバのラテ(トールサイズ)の値段(2023年12月)を見ると、一番高いのはアメリカで一杯770円(チップを入れると910円)、ついでヨーロッパで650〜720円、中国600円、韓国550円、タイ510円と続き、10カ国中8位が日本490円。日本より安かったのはフィリピン410円とインド402円だけでした。
 これはこれで予想通り、安い国日本の一面を示す数字でしたが、私が感心したのは一日の平均収入で何杯のコーヒーが飲めるかという「ラテ指数」も調べていたことでした。これは、経済用語に直せば一日の賃金をコーヒー価格で割った相対価格(労働とコーヒーの交換比率)に他なりません。

 10カ国の順位は、1位ドイツ(33杯)、2位アメリカ(30杯)、3位フランス(29杯)、4位韓国(25杯)、5位英国(25杯)、6位日本(21杯)、7位中国(6杯)、8位タイ(4杯)、9位フィリピン(3杯)、10位インド(3杯)でした。
生徒はこの数字から何を読み取るでしょうか。私なら、スタバコーヒーの「真の価格」の重みを肌感覚で理解できる、例えば次のような授業にしてみたいと思います。
 ドイツでは、汗水流して働いた稼ぎ一日分はラテ33杯の値打ちがありますが、これを逆に読めば、ラテ一杯は一日の稼ぎの33分の1で済むということです。ですから、ドイツではスタバで一杯のコーヒーを買っても、まだ稼ぎの33分の32を他の消費に回せる、なるほどそうか、だからドイツでは誰でも気軽にスタバの店を訪れているのか。
 逆に南アジアでは、ラテ一杯買うだけで一日の稼ぎの3分の1が消えてしまうほどスタバのコーヒーは高いということ、これではインドやフィリピンではスタバのコーヒーは贅沢品、皆がしょっちゅう行ける店ではないこと納得、だから安い飲み物を提供する露天カフェが流行るのかなど、経済理解は深まっていきます。
 そして最後に、では日本のラテ指数21という数字はどう読むか、そんな議論も経済を我がことに引き寄せる楽しい授業になるのではないでしょうか。
 いずれにしても、価格学習では、価格(値段)だけを見るのではなく、相対価格を取り上げるからこそ深い学びが可能になる、ことを強調しておきたいと思います。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 4 】授業に役立つ本 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■飯田泰之『財政・金融政策の転換点』(中公新書)
①どんな本か?
 多くの啓蒙書で有名なリフレ派の経済学者が、2000年代以降これまでの財政・金融政策を総括して、新たな政策提言をおこなった新書です。

②どんな内容か?
 全体は4章からなっています。
 第1章は「財政をめぐる危機論と楽観論」のタイトルで、最初に財政の現在の状況のデータと財政をめぐる基本的な理論が論じられ、公債は誰の負担になるかでは、中立命題をはじめとして伝統理論と新正当派とする新しい理論が紹介されます。それを受けて財政政策で重要なのはGDPギャップで、それを埋める需要創出の重要性が提案されています。
 第2章は「金融政策の可能性と不可能性」のタイトルで、最初に金融政策の論理として金融に関する基本的な理論が紹介されます。次に、金融政策の波及経路と非伝統的金融政策として黒田日銀時代の政策に関する理論が紹介されます。それをうけて、自然利子率をキーワードとしたこれからの金融政策の理論と政策が提示されます。
 第3章は、「一体化する財政・金融政策」のタイトルで、国債と貨幣の違いはあるかからはじまり、財政政策と金融政策の依存関係、財政の維持可能性が紹介されます。ここでの結論は、日本の財政が破綻する可能性は低く、これからは財政と金融を一体化させた統合政府として経済政策を推進すべきであるというものです。
 第4章は、「需要が供給を喚起する」のタイトルで、高圧経済論という新しい経済理論が提示されて、求められるのは長期的な総需要管理への転換であるとして、中立的な需要促進政策、より具体的には人材と経営の流動化、社会保障からの成長政策が提案されています。

③どこが役立つか?
 リフレ派の現在の到達点とこれからの政策提言を知るという点では役立つでしょう。ただし、基礎理論と新たな理論的な提言のための理論の説明、さらに具体的な政策提言が区別、整理されて書かれていないので、それぞれ腑分けをして読む必要があります。
 先生方の関心の持ち方で言えば、財政と金融の基礎理論を確認したい場合は、各章の1の部分を、財政の持続可能性や日銀のこれからの政策に関心がある場合には、各章の最後の結論部分を読めば良いかもしれません。
 著者のグループの見解を知りたい場合は、各部分にある著者の見解をピックアップするとその主張が見えてきます。
 基礎理論を書いた部分では、「国債と1万円札の違いは?」、「一人あたり1000万円の借金?」、「マネーって何?」、「貸し出しがマネーを創造るの?」などから、財政や金融の授業で生徒に質問する問いと答えが見つかるでしょう。

④感想
 この本、メルマガ176号で紹介した、湯本雅士『新・金融政策入門』(岩波新書)と併読することを勧めます。
 https://econ-edu.net/2023/09/01/4508/
 湯本本では、タイトルが金融政策となっていますが、財政も扱っているので、かなり今回の飯田本とオーバーラップしています。
 立場、結論は真逆ですから、同じ現実が、立場によって違って見えることがよく分かります。個人的には、統合政府論に対して慎重な湯本本の立場を好ましいと思いますが、政策は政治ですから、アベノミクス(クロダノミクス)のように、政治と結びついて、だれかを悪者にして、それとは逆の政策をおこなえば解決というような形で一世を風靡する可能性もあります。
 自分の頭で考えろと生徒には言いますが、まずは、先生方が手に取って二つの本を比較して、分からないところは専門家の意見を聞きながら自分なりの見解を持ってみることを勧めます。
もう一つ、加えておくと、同じ中公新書でも最新刊の小林慶一郎『日本の経済政策』では、同一のシリーズでも反対の結論が展開されています。こちらの併読も勧めます。

■宮永健太郎『持続可能な発展の話-「みんなのもの」の経済学』(岩波新書)
①どんな本か?
 環境経済を専門とする若手の経済学者が、持続可能性、環境ガバナンスをキーワードとして、わかりやすく幅広く経済の視点から環境問題をとらえた本です。

➁どんな内容か?
 全体は6章に分かれています。
 第1章は「人が死ぬ理由は環境破壊?経済の停滞?」のタイトルで、持続可能な発展という概念に関して、その起源、展開の歴史、経済とのかかわりに関して、キーワードと視点を提示しながら説明します。
 第2章は「それぞれが頑張れば問題は解決?」のタイトルで、コモンズと環境ガバナンスという言葉を手掛かりに解決の道筋を提起します。
 ここまでが総論で、第3章以下は具体的な問題が取り上げられます。
 第3章は「日本はリサイクル先進国だから大丈夫?」のタイトルで、ごみ問題とリサイクルの問題、限界が取り上げられます。
 第4章は「日本よりもアメリカ・中国が頑張るべき?」のタイトルで、地球温暖化が取り上げられます。
 第5章は「人の命と生き物の命、どちらが大切?」のタイトルで、生物多様性と自然共生が取り上げられます。
 最終の第6章は「上下水道とダムさえあれば安心?」のタイトルで、水資源問題が取り上げられます。

③どこが役立つか?
 地球環境問題を授業で扱う場合のコンパクトな参考書になるでしょう。
 地球環境問題は、教科書では経済の部分と現代社会の諸問題の二か所で取り上げられていますが、複数の視点から総合的、学際的に取り上げるのは問題の複雑性からみて必要ですし、著者も強調している態度ですが、教える側としてやはりどこかに一貫した視点を持つこと、もしくは一貫した視点からはどう見えるかを知っておくことは大切でしょう。
 その点で、この本の1,2章から、経済の視点で環境問題をどうとらえるかの視点や、冷笑や批判的な意見も多いSDGsを環境ガバナンスの視点からどう扱うかのヒントが得られるでしょう。
 具体例に関しては、リサイクル問題、水問題を扱った3章、6章からネタが拾えるでしょう。特に、水問題は教科書ではほとんど扱われていないので、参考になるはずです。5章は扱っているのはひろく生物多様性と共存問題ですが、最近の熊の出没をどうするかなど具体的な問題に関しても参考になるはずです。

④感想
 あとがきの、「落語的な環境ガバナンス論を展開してみたい」という部分に注目がゆきました。そのこころは、落語は伝統芸能であり大衆芸能であるということで、具体的には「学術的知見にきちんと根ざした、しかし同時にあらゆる立場の人が手に取って読める」本にしたいということでした。
 各章のタイトルを紹介しましたが、そこに現れているようにその意図はかなり成功していると感じました。ただし、落語と違って、これらのテーマそのものは一筋縄ではゆかない問題群ですので、落語のような「落ち」はありませんが、これは仕方ないところでしょう。
 「SDGsはアヘンである」といいう斎藤幸平さんの言葉が有名になりましたが、その言葉に対する環境経済学からの見事な応答だと一読して感じました。

■島田剛『ミクロ経済学への招待』新世社
①どんな本か?
 「春の経済教室」での講演をお願いしている島田先生(明治大学教授)が書かれた初学者向けのミクロ経済学のテキストです。

②どんな内容か?
 はしがきと総論部分の第1章、それと、完全競争市場を扱う第1部、不完全競争市場を扱う第2部、ミクロ経済学の応用を扱う第3部から構成されている本です。
 総論部分の第1章は「経済を見る目」のタイトルで、経済学の定義、ミクロとマクロの違いなど全体のイントロの部分です。具体例としてコロナ時のマスク、格差問題が登場しています。
 第2章から9章までの第1部は、「市場がうまく働く時、経済はどう動くか」のタイトルで完全競争市場を扱います。
 第2章は、希少性、トレードオフ、インセンティブの三つの経済を見るレンズと、家計、企業、政府という経済の舞台が説明されます。
 第3章は、需給曲線、シフト、所得効果、代替効果など需給理論が扱われ、第4章では、弾力性が登場します。ここまでは、高校の教科書でも扱われる部分です。
 第5章からは、大学レベルになり、消費者理論が、第6章と第7章では企業の行動と利潤最大化が扱われ、余剰の概念が登場します。また、第6章では、三つのタイプの費用として機会費用、限界費用、サンクコストが扱われています。
 第8章では、余剰分析を使ってなぜ完全競争市場が望ましいかを解説し、それをうけて第9章では、完全競争市場で政府の介入があった場合の経済への影響を、死荷重の概念を使って解説します。最後に完全競争市場と平等の関係が論じられて第1部が閉じられます。
 第2部は、「市場が失敗する時」のタイトルで不完全競争市場を扱います。
 第10章は、「市場の失敗①」として独占、寡占、外部経済が、第11章は、「市場の失敗②」として情報の非対称性、公共財、政府の失敗が扱われています。
 第3部は、「ミクロ経済学のもっと先へ」のタイトルで応用ミクロの領域が扱われます。
 第12章は、貿易の理論と政策がミクロ経済学の応用として解説されます。ここでは、比較優位の理論と貿易による利益と不利益、保護主義の話が登場します。
 第13章は、ゲーム理論、行動経済学、データを使った実証研究としてランダム化比較実験など最近の経済学のトピックが紹介されています。

③どこが役立つか
 はしがきに、想定する読者として、①はじめて経済学を学ぶ人、②実務家で経済学を勉強したい人、復習をしたい人、③データ分析について興味があるが、まだ勉強したことがない人の三つのグロープをあげていますが、私たち教員は、第2のグループの実務家に分類されるかと思います。
経済学を大学で取ったけれどよく理解できなかったなあと思っている先生、教科書に書かれている記述と経済学の関係はどうなっているか教えながら困惑されている先生には、完全競争市場と不完全市場を明確にわけて説明している本書は、最適な一冊になると思われます。
 データ分析に関心のある先生に関しては、1章、2章、5章、7章にあるコラム、最後の13章にあるランダム化比較実験などが参考になります。
 授業で使える具体的な事例が欲しいという先生には、マスク、格差、最低賃金の引き上げ、政府の役割や失敗の原因、日本の貿易、保護貿易などそれぞれの箇所から具体例が拾えるでしょう。
 受験対応をしなければいけない先生にとっては、理論的な箇所、例えば弾力性などをじっくり読んでおくことで、指導の手がかりがつかめるでしょう。私大などの入試問題では、このテキストに出てくる理論部分がそのまま登場することも多々あるので、その点からも一読を勧めます。
 この本、ミクロ経済学のもっとも易しいレベルに設定したとありますが、それだけでなくその先の理論や社会学や歴史学、文化人類学など周辺の理論にも触れられていて幅広い関心にも対応出来る本になっているので、地歴の先生にも役立つ本になっています。

④感想
 今の大学のテキストはここまで親切になっているというのが最初の印象です。これは経済学部以外の学部での講義を母体にしていることがあるのかと思いました。
有斐閣のストゥーディアなども丁寧ですが、それに劣らずの丁重さ、かゆいところに手が届くように書かれています。演習問題も解答付きですから、挑戦してみるとよいでしょう。
 もう一つ感じたのは、著者の経歴による事例の厚みです。JICAや国際機関に勤務してきた体験や、その間にであったスティグリッツなどの経済学者の見解や事例が書かれています。特に、12章の貿易の箇所はそれが出ていて、国際経済のテキストを著者が書いたらどんなものになるか、興味深いところがあります。その点では、「春の経済教室」の前に一読すると講演の予習になると思います。
 一つだけ気になったのは、スミスの言葉が「神の見えざる手」となっているところです。後半では「見えざる手」となっている箇所もあり、増刷の時には修正出来ると良いと感じました。(新井)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
やってしまいました。
 放送大学を受講していますが、前期は試験期間を逃して不可。後期こそと思って15回分の課題(1回300字)は提出したのですが、最終レポート(1400字以内)の締め切り日を間違えて提出できませんでした。
 中学生の時、修学旅行の集合時間を1時間間違えて、出発されてしまったという経験の持ち主ですから驚きはしないのですが、それにしてもです。
フロイト流に分析すると、こころのどこかにテストや評価を忌避するコンプレックスがあるのかもしれません。いや、単純な高齢化に伴う認知の衰えですかね。
 ともあれ、そろそろ引退のゴングがなりそうな新春でした。 (新井)
Email Marketing Powered by MailPoet