reader reader先生
2024年、辰年の新年です。
昨年来、地球規模での変動、変調が続いています。異常気象、ウクライナの戦争、パレスチナでのジェノサイドなど収束の気配がありません。今年は選挙の年でもあります。アメリカ、ロシアと選挙から独裁が生まれる可能性がある時代です。辰年には大事件が起こるとのうれしくない予想がありますが、国内では地震、飛行機事故と多難な幕開けとなりました。
過剰な危機感をあおることは自制しなければいけないのですが、内外の変動を受け止めて次のビジョンが提示できる経済教育のあり方を今年も探ってゆきたいと思います。
そんな今月も、ネットワークの活動報告と、授業に役立つ情報をお伝えします。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 23年12月の活動報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…「捨てネタ」の効用④
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業のヒントになる本を紹介します。
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【 1 】最新活動報告・情報紹介
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■「春の経済教室」の募集を開始しました。
 日程:2024年3月23日(土)13時00分~17時00分
 場所:慶応義塾大学三田キャンパス北校舎大会議室、対面とzoomによるハイブリッド方式
 テーマは国際経済。、前半の講演では、開発経済学がご専門でJICAや国連などの国際機関に勤務された経験がある島田剛先生(明治大学情報コミュニケーション学部教授)を招いて、「途上国に必要なのはフェアトレードなのかビジネスか?」のタイトルで、グローバル経済のなかで経済格差をどう生徒に教えるかの問題提起をいただきます。
 後半は、藤井剛先生(明治大学文学部特任教授)の教科教育からの提言をもとに、杉浦光紀先生(都立井草高等学校)、小谷勇人先生(春日部市立武里中学校)の授業提案をもとに、講演者の島田先生も加えて、エコノミストと教育関係者のコラボによる国際経済の授業づくりのあり方について考えてゆきます。
申し込み方法とプログラムは以下からご覧ください。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2023/12/2024.12HaruKeizaiHybrid1229.pdf

■大阪部会(No.87回)を開催しました。
 日時:2023年12月9日(土) 15時00分~17時05分
 会場:同志社大学大阪サテライト+オンライン方式
 内容の概略:参加者28名、会場19名+zoom参加9名
 今回は久し振りの大阪部会単独開催となり、多くの報告と初めて参加の先生方が多数参加した部会となりました。
(1)前田一恭先生(交野市立第一中学校)より、「経済視点から学習するアジア州」の発表がありました。
中学1年地理のアジア州の単元において、経済的視点をメインに学習する内容です。
まず、単元を貫く課題を生徒自身に設定させるために4つの資料を与え、そこから読みとれたこと、疑問に思ったことを、ロイロノートを使ってまとめるさせます。
そこから、アジアの成長の秘密を学習課題として、韓国、中国、インドネシア、カタールの成長の理由と課題をつかませ、最後に「アジアはなぜ急速な経済成長をとげてきたのか」という単元レポートを書かせるという流れです。
検討では、資料の活用が素晴らしい、物産地理から抜け出すことができたのではという評価が寄せられました。

(2)田沼亮人先生(明石市立金城中学校、兵庫教育大大学院)より、「知識構成型ジグソー法により認識を深める経済学習」の発表がありました。
 需要・供給と価格との関係を、ジグソー法を使って、身近な例からスタートして抽象的概念を理解させようとした授業です。
クラスを6人のグループに分け、USJの入場価格、明石だこの価格など、生徒が関心のもてる6つの商品の価格変化の理由について考察して、教科書にある需要曲線、供給曲線の学習に進み、具体例から概念を定着させるような流れです。
報告に対しては、高く評価する意見がでる一方、グループ学習の人数に関する意見も出されましたが、ジグソー学習の学習資料を増やすためもあって6名にしたとの回答がありました。

(3)河原和之先生(立命館大学講師他)より、 「ストンと腑に落ちる経済概念の授業~ホテルと市場原理、ダイヤモンドと政府の役割」の二つの授業案の提案がありました。
一つめの「ホテル代の高騰から 価格メカニズムを考える」では、まず最近の日本の旅行パンフでホテル代の金額が明記されておらず QRコードになっている話題から始め、生徒にホテル代の動向を調べさせ、全国的な値上がりの理由を考えさせるという流れの授業です。
二つめの「ダイヤモンドが産出されたら?~コンゴ民主共和国とボツワナ~」では、ダイヤモンドの産出国であるコンゴとボツワナを比較し、政府の役割を考えさせようとしたものです。
同じダイヤモンドでも、「紛争ダイヤモンド」と呼ばれるコンゴ産と、「小さくともキラリと輝く国」のボツワナ産ダイヤの違いがどうして生じるかを生徒たちに調べさせ、議論させ、違いは政府にあり、法の支配に基づいて人権や自由の保障された、国際的に開かれた国が経済発展の条件となることを理解させようとする授業です。
質疑では、なぜ両国の法制度がこれほど違ったのか、その歴史的経緯や背景を知りたいという意見や、両国の一人あたり GDP を比べるとよい資料になるとの助言がありました。

(4)関本祐希先生(大阪府立市岡高等学校)より、二つの授業実践の報告がありました。
一つめは、高校1年「地理総合」での「経済的視点から学習する比較地誌―オーストラリアでは自動車がつくられていない?」です。
オセアニア、東南アジアの学習のあとの、比較地誌の時間に実施された授業です。オーストラリアでは、 現在自動車が生産されておらず、大部分タイから輸入されている理由を調べ考えるジグソー学習で、人口や貿易協定などの資料を読み取り、共通知識をもとに議論し、考えをまとめる授業構成です。
二つめの「生徒が知りたいことからはじめる社会保障学習」は、高校3年の「政治・経済」で実施された社会保障単元の授業です。
年金についてのアンケートから始め、賦課方式と積立方式の選択を中心に、どのような年金制度が望ましいかを、生徒と教師、生徒どうしの対話を通してすすめてゆく授業です。
検討では、前者の授業に関して、なぜオーストラリアへの自動車輸出がインドからではないのかという質問があり回答がありました。
また、それぞれの授業で3観点評価をどのようにしたかとの質問があり、回答がありました。

(5)最後に、李洪俊先生(大阪市立矢田南中学校)から高校入試問題の分析の途中経過、森下将悟先生(大阪市立梅花中学校)からテスト問題の配付がありましたが、時間の関係で次回にまわすことになりました。
 部会の詳細については以下のHPをご覧ください。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2023/12/Osaka87reportHybridR1.pdf
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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<定例部会のご案内です>(開催順)
■東京部会(No.138回)を開催します。
 日時:2024年1月6日(土) 15時00分~17時00分
 会場:慶応義塾大学三田キャンパス東館オープンラボ+オンライン方式
 内容:グローバル経済の授業報告ほか。
 申し込みは以下からお願いします。(既に前日ですのでZoomのみ受付可能です)
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2023/11/tokyo138flyerHybrid.pdf

■大阪部会(No.88回)を開催します。
 日時:2024年2月24日(土) 15時00分~17時00分
 会場:同志社大学大阪サテライト
 内容:授業報告と検討
 申し込みは以下からお願いします、
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2023/12/Osaka88flyerHybrid.pdf
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【 3 】授業のヒント  捨てネタの効用④
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私ならこう教える 「二刀流大谷翔平選手の契約金1000億円」
  ~経済の規模を「納得できるサイズ」でイメージさせる~

執筆者 篠原総一

■大谷選手の1000億円
日本のGDPが2024年には600兆円に届きそうだ、トヨタ自動車の年間売上43兆円(2023年度見通し)になりそうだと言われても、その額があまりにも大きいため、生徒が「経済活動の重要性」を肌感覚で捕まえることは至難です。その規模が1000億、100億、10億、1億になっても、同じことでしょう。
しかし、データや数字はそのまま見せるのではなく、生徒が「なるほどあの額と同じくらいか」と受け止めやすい話題を探すことができれば、話は別です。
今回取り上げる捨てネタは「大谷翔平選手10年7億ドル(約1015億円)で契約」という世界驚愕のニュースです。どの生徒も聞いたことがありそうは「数字」を利用して、1000億円規模の経済現象(企業の売上、企業のコスト、企業間の取引、政府の支出やプロジェクトなど)の規模感を生徒にイメージしてもらおう、というわけです。
この契約は単純に平均して、1年101億円の収入、月収はその12分の1だから8億4500万円、日給は2780万円、時給115万円、1分あたり1万9300円という数字です。
この数字から生徒がどんな反応を示すか興味はつきませんが、とにかく授業ではいろんな考え方を引き出す一助になるはずです。
その中で、1000億円という額を経済の活動を結びつけてみるという例をまず二つ紹介しておきます。

■1000億円あればできることを探す
例の一つ目はこうです。
日本ではデパート店舗を用意する際、「はこ」だけで500億位円が相場だそうです。ですから大谷選手の1000億円は、デパート2つです。しかもデパートでこれですから、コンビニ店舗だといくつ分になるのかな、と話を身近なケースに引っ張っていけば、生活感覚からかけ離れた数字(=1000億円)の大きさを肌感覚で捉えられるのではないでしょうか。
二つ目として、生徒の住む地域の市町村の経済規模も実感できそうです。
大阪府下人口23万ほどのN市の場合、その年間予算(令和5年度)をみると
①一般会計964億円、②特別会計(社会保障費など)530億円、③公営企業会計(水道事業など)が190億7000万円になっています。(*)
人口23万人都市の年間財政活動1685億円は、大谷翔平、山本由伸2選手の契約金に相当します。 23万人分の社会保障費なら、大谷選手の契約金で2年もカバーできる額です。
ここからさらに、学校(小中学、私立幼稚園など)、ごみ収集のための予算額などを拾い出していけば、生徒も、私たちの街の政府が果たしている役割を「肌感覚で」イメージできるのではないでしょうか。

■大谷選手の1000億円は「国際収支表」のどこに?
関連して、大谷選手がらみの捨てネタをもう一つ紹介しましょう。
国際収支表は教えづらい、という声を先生方からよく聞きます。経常収支の中でもとくに第一次所得収支、第二次所得収支といった抽象的な項目名が並ぶので、分かりづらさはひとしおです。これに対して、すぐに思いつく解決法は、生徒が実感できる実際の例を探すことでしょう。
先生方も、国際収支を構成する各項目の詳細な定義に当てはまる実例を使っているかと思います。
トヨタ自動車が輸出したら貿易収支の収入に、自動車生産に必要な半導体部品を韓国から輸入したら貿易収支の中の支出に入れる、そしてその差額を貿易の収支(つまり収入と支出の差額)に反映させるといった手法でしょう。
この手法でいけば、大谷選手の1000億円は海外で働く非居住者である日本人の所得である「雇用者報酬」に相当しますから、「日本の第一次所得収支」の収入部分に当たるという分かりやすい例になるはずです。
先日、イギリスBBCで「今、日本の優れた輸出品は自動車からスポーツ選手は移りつつある」という主旨の記事を目にしました。もちろん、大谷選手をはじめとしてスポーツ選手の収入は財(モノ)の輸出の代金ではないので、国際収支表の中で記載する場所は貿易収支ではなく第一所得収支になり、なおかつその額(大きさ)も異なりますが、日本の収入源としては目立つ項目だという意味でしょう。
最近、プロ野球に限らず、サッカー、バレーボールなど、海外で活躍する選手が増えているので、確かに生徒が納得できる項目の実例にはうってつけの捨てネタのようです。
(*)https://www.city.neyagawa.osaka.jp/organization_list/zaimu/zaiseika/yosan/yosan/R5tousyoyosan/20616.html#
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【 4 】授業に役立つ本 
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 今年も、授業の参考になると思われる、経済関係の本を中心に紹介してゆきます。どうぞよろしく。
■山根栄次著『子ども,学校,地域を元気にする起業家教育─子どもの「生きる力」を養おう』(22世紀アート)
①どんな本か
 ネットワークの評議員をつとめていた山根先生(三重大学名誉教授)が、研究代表をされた科研費の平成14年~16年の『総合的な学習の時間における起業家教育の方策の研究』の研究成果報告書を中心に、起業家教育の理論と実践をまとめた本(kindle版)です。

②どんな内容か
 全10章で構成されています。
 はじめにでは、イギリスでの起業家教育との出会いから著者の実践がはじまったことが書かれています。
Ⅰ 起業家とは何かと、Ⅱ 起業家教育とは何かでは、起業家教育の理論がまとめられています。
Ⅲ 今の日本に起業家教育が必要な理由
 学校教育の目標と、日本社会からの要請の二つの理由がまとめられています。
Ⅳ 私が外国で見た起業家教育の例
 著者が調査したフィンランド、イギリス、カナダ、アメリカの起業家教育の紹介です。
Ⅴ 中学校用の起業家教育プログラム「会社をつくろう」
日本の中学校向けの起業家教育のプログラムが紹介されています。この本のメインの部分です。
Ⅵ 「会社をつくろう」の中学校での実践とその評価
Ⅶ その後の「会社をつくろう」の実践
Ⅷ 津市立一身田中学校での「会社をつくろう」の実践
この三章は、著者の開発した起業家教育のプログラムの実践例とその評価です。実践した学校は、大学附属中、公立の中学校、小学校まであります。
Ⅸ 中学校社会科公民的分野の経済学習における起業家教育の導入
Ⅹ 学校における起業家教育を進めるために
 起業家教育を教科書で導入した例、学校で導入するための提言がまとめられています。

③どこが役立つか
 関心の持ち方で多様に活用できます。
 起業家教育の理論を知りたい先生にとっては、最初の3章が役立つでしょう。また、4章からは現地での調査の必要性が重要であることがわかります。また、最後の10章も参考になるでしょう。
 実際のプログラムはどのようなものかを知りたい先生にとっては、メインとなるV章「会社をつくろう」が役立ちます。この章と、参考資料でのパーワーポイント資料やワークシートなどを参照することで実践に取り組むことができます。
 現実の授業はどうなのか、授業実践に関心のある先生には、6から8章が参考になります。大学附属の中学、地域の公立中学などいろいろな学校での実践が紹介されていますから、所属校と比較しながら「会社をつくろう」の取組みを構想することができるでしょう。
 特に8章の一身田中学の実践からは、起業家教育を起爆剤とした学校の立て直しということだけでなく、著者の継続的な関わり方から、山根先生の教育への情熱、使命観が浮かび上がります。
 
④感想
 著者の起業家教育との出会いからはじまり、調査、教材の作成、実践、評価、課題と起業家教育の全体像が達意の文章から浮かび上がる本です。
 ○○教育というと一時的に関心が高めるけれど、その後は停滞するケースが多いとされています。20年前の研究、実践の記録が、このタイミングで刊行されることで、起業家教育のまかれた種が、どこまでひろがっているのかを確認する意味で、意義のある刊行だと思いました。
 ただ、アナログ人間の紹介者にとっては、紙ベースの本でないためになかなかじっくり読むという形にならないところは残念でした。
 逆に、本というスタイルに固執しないで、このようなkindle版での出版によってバリアが低くなるという効果もあることが分かり、デジタル時代の知のあり方を考えさせられる契機になりました。
  
■ハジュン・チャン『経済学レシピ』東洋経済新報社
①どんな本か
 ロンドン大学で経済学を教えている自称「食いしん坊」の韓国出身の経済学者が、にんにくなど18の食材を入り口にして、経済の歴史、経済学の概略を語ったユニークな本です。

②どんな内容か
 序章でにんにくが登場します。にんにくフリークスを自称する著者がイギリスに留学するところから話がはじまり、イギリスの食文化がグローバル化のなかで変化してゆく話から、経済学を学ぶ意義が書かれます。
 以下、全体は5部構成です。
 第1部「先入観を克服する」では、どんぐり、オクラ、ココナツが取上げられて、それぞれ、文化と経済発展、自由な経済がもたらす問題、貧しさと生産性の関係をひもといています。
 第2部「生産性を高める」では、片口鰯、えび、麵、にんじんが取上げられて、同じくそれぞれ、技術力と経済発展、幼稚産業保護、起業を巡る日韓の比較、特許制度について解説してゆきます。
 第3部「世界で成功する」では、牛肉、バナナ、コカ・コーラが取上げられて、自由貿易の問題、多国籍企業、新自由主義の経済政策が俎上にあげられてゆきます。
 第4部「ともに生きる」では、ライ麦、鶏肉、唐辛子が取上げられ、社会保障制度、平等の問題、ケア労働が取上げられます。
 第5部「未来について考える」では、ライム、スパイス、いちご、チョコレートがとりあげられ、気候変動、株式会社、機械化と人間、スイスの工業が取上げられます。
 最後に結論で、自分に合った食べ方をして経済学を食べてみようと、経済学へのすすめで締めくくります。

③どこが役立つか
 三つの点で役立つはずです。
 一つは、経済学習のネタを探している先生方にとって、さまざまな食品と食事に関するエピソードから授業のネタを探すことができるでしょう。すでに教科書でとりあげられているバナナやえびだけでなく、オクラやどんぐりなどあまり登場しない食品も取上げられています。チョコレートはスイスの工業力として取上げられるなど、これまでの切り口とは違う導入に使われています。多くの食品からどんな物語を紡ぐことができるか自分の関心と比較しながら読むことができます。
 二番目は、経済学に関心のある先生方向けです。様々な食材のエピソードから経済学への誘いが書かれていますが、ここでの経済学は、新古典派経済学だけではありません。著者がアメリカでなくイギリスに留学した理由が「韓国の大学で教わった偏狭で専門的な新古典派経済学に幻滅したから」と書いているように、対象によって使える多くの経済学の視点を取り入れた記述となっています。その意味では、どの食材が、どの経済学で説明されているかを見て、それが正鵠をえているかを検討してみることもこの本のおもしろさになるでしょう。
 三つ目は、比較文化に関心のある先生方向けです。教科でいえば「公共」です。食文化の違いを楽しむの当然ですが、第1章のどんぐりで、儒教が東アジアの経済発展の要因と一時もてはやされていたことをステレオタイプであると喝破している箇所などなかなか読ませる箇所です。
 
④感想
 この本、メルマガの昨年の10月号(177号)で紹介した『イングランド銀行公式 経済がよくわかる10章』と比較して読むと面白いと思います。
 https://econ-edu.net/2023/10/01/4618/
著者は、紹介した本の前に、「ケンブリッジ式経済学ユーザーズガイド」と銘打たれた『経済学の95%はただの常識にすぎない』(東洋経済新報社)という本を書います。同じイギリスの経済学の世界でも、こんなに違いがあるのだという点でも、イングランド銀行の本と併読されることを勧めます。
ただ、両者に共通しているのは、具体的な例やものから出発して、それぞれの経済学を説いているところです。このあたりは経験論の伝統をもつイギリスならではの特徴かと感じました。
紹介者は、『経済学のレシピ』の序章に書かれた著者の経済学のすすめ、新古典派批判の文章は、なかなか読ませるマニフェストになっていて、ちょっと感動しました。一部を紹介します。「…教えて欲しい。あなたは今の社会の設計のされた方に満足しているか。政府の方針と、あなたが人間にとって最も重要であると考えることは一致しているか。……。私はそうは思わない。」
これは著者のウオームハートにのせられてしまったのかもしれません。
 
■雑誌『世界』2024年1月号(岩波書店)、雑誌『中央公論』1月号(中央公論新社)
①どんな雑誌か
 斜陽と言われている総合雑誌の代表二誌です。ほかに、総合雑誌には『文藝春秋』がありますが、授業に使うことは少ないと思われるので今回は除外してあります。

②どんな内容か
 このコーナーで紹介するきっかけは、『世界』がリニューアルされたことです。編集長が昨年10月に女性になりました。堀さんという方ですが、その方が新聞のインタビューで、「自分自身も、「世界」のよい読者ではなかった」と言っているのに注目したことです。
 リニューアルの1月号では、2つの特集、一つは「ふたつの戦争、ひとつの世界」というタイトルでパレスチナ、ウクライナ戦争を特集しています。もう一つは「ディストピア・ジャパン」というタイトルで桐野夏生さんのインタビューやジャニーズ問題など日本社会の問題を扱っていて、12月号と比べてずいぶん、柔らかくなり読み物的なエッセイや論文が目立ちます。
一方、『中央公論』の1月号は、「独裁は選挙から生まれる」という特集で、アメリカ、台湾などの選挙を扱っています。また、AIと民意、投票率の世界的な低下、くじ引きで政治に参加するベルギーのルポなどが掲載されています。

③どこが役立つか
 総合雑誌は、新聞と違い、解説や長文のルポなどが掲載されているので、じっくり使えるネタを探したり、問題を考えたりするのに適しています。
 新聞には毎月10日前後には、両誌の広告が掲載されるので、ちょっと注目しておき、面白そうな特集や記事があったらピックアップしておくと良いでしょう。
 今回紹介した1月号では、『世界』では、教育を巡る武田砂鉄氏によるインタビュー、ウクライナ戦争の現状と展望を分析した松里公孝氏の論文が直接、間接的に参考になると思います。
 『中央公論』では、世界的な投票率の低下を分析した松林哲也氏の論文が選挙を扱う時、日本の主権者教育での道徳論的な流れに対する冷静な一撃になると思われます。また、ウクライナ戦争に関しては、鶴岡路人氏の「支援疲れ」からの分析があるので、松里論文と比較すると同じ現象に対するアプローチの違い、両誌の違いが浮かび上がって参考になるでしょう。

④感想
 異例な紹介をしたのは、非常勤で出校している学校の準備室の書棚に古い『世界』が処分されずに残っていたからです。
 かつては、高校の社会科準備室には教科予算で『世界』を買って読むという雰囲気があり、みんながPCの前に座り、中途半端なオフィス状態になっている現在とはちがっていたなというノスタルジックな動機がありました。
 もう一つ、現役の時に、学校図書館の予算が削られたので、生徒が読まなくなっている『世界』と『中央公論』を止めたら良いかと司書の方からの相談をうけたことを思い出したことも動機になりました。
現在、『世界』は公称4万部、『中央公論』は約2万部が発行部数で世論への影響力は大きく低下していることは事実でしょう。一方『文藝春秋』は一桁違いの40万部以上発行されています。
総合雑誌の読者は圧倒的に男性が多く、特に『世界』の場合は団塊世代前後の公務員、教員が多いという数字が岩波書店のHPにありました。
『世界』の新編集長堀さんの「女性の読者に身近に置いてもらえる、カバンに入れてたずさえてもらえるように」という方針は、目次で登場した44名中20名が女性の書き手や対談者であるということからみて、なかなかの健闘ぶりかなというのが今月の印象でした。
 両雑誌とも、経済に関する論考が一月号にはなく、ビジネス雑誌との棲み分けが進んでいるのかとも思いました。
 ちなみに、紹介者は最近先祖返りで、『世界』を結構よく購入するようになりました。『中央公論』は特集や書き手を見て時々です。『文藝春秋』は芥川賞(最近だと、市川沙央さんの「ハンチバック」)の時に購入して、あとは図書館で見ることにしています。
ちょっと思想調査のようになってしまいますが、ネットワークのメンバーの方々はどんな雑誌を手にしているのでしょうか。興味深いところです。(新井)
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【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
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我が家から歩いて7~8分ほどのところに、総合大学の工学部があります。そこの図書館が地域の人間が利用できることがわかりエントリーしました。公共の図書館にはない経済学や政治学など各種の専門書を本部の図書館からネット経由ですぐに取り寄せてくれます。
いままで工学部だからご縁がないと思っていたのですが、年間1500円でこんな知の環境が提供されることに今更ながらですが、時代の変化を感じています。
ただし、試験がある1月と7月は使えないのが玉に瑕。でも、今時の学生さんは試験だからといって図書館にこもって勉強するのかな? (新井)
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