reader reader先生

十二月、師走。
早くも年末。毎年書いていますが、教員は年末に走るだけでなく毎日走っているのが最近の学校です。とはいえ、学期末の慌ただしさを超えると冬休み。この期間を活用して英気を養いたいものです。本を読むのも良し、芸術作品に触れるのも良しです。何にも仙人というのもまたありかもしれません。
そうしているなかでも世界では大きな地殻変動が進行中。一年の総括として、学校という足元に軸を置きつつ、ひろく世の中の動きも注視してゆきたいものです。
そんな今月も、ネットワークの活動報告と、授業に役立つ情報をお伝えします。
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【今月の内容】
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1 】最新活動報告
 2311月の活動報告です。
2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
3 】授業のヒント…「捨てネタ」の効用③
4 】授業で役立つ本…今月も授業のヒントになる本を紹介します。
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1 】最新活動報告・情報紹介
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■東京部会(No.137回)を開催しました。
 日時:20231118日(土) 1500分~1700
 会場:慶応義塾大学三田キャンパス+オンライン(zoom形式)
 内容の概略:26名参加(会場7名、zoom19名)
(1) 熊田亘先生(筑波大学附属高校)から「おもしろ授業の秘密を探る」と題して、4つの授業が報告されました。
報告では、熊田先生自身の授業づくりの姿勢が紹介されたあと、『「おもしろ」授業で法律や経済を学ぶ パート3』(清水書院)から次の4つの授業の紹介がありました。
 授業①「社会科学でマスクを考える」は、コロナのマスクを題材として、経済学、政治学、社会学、経営学という4つの社会科学の眼鏡をかけると同じ現象がどうみえるか紹介するイントロダクションの授業です。
授業②「多数決について考える」は、前提条件を満たせれば、陪審原理に基づいて正しい選択ができることを紹介する授業です。
 授業③「経営分析とは」は、商業の教科書も参考に、貸借対照表や損益計算書について講義し、任意の会社の分析を生徒の課題とした授業です。
 授業④「ゲーム理論」では、3種類のゲーム理論を示したうえで、それぞれの利得表で表現できる例を考えさせる授業です。
 検討では、新井明先生からのコメントと質問に対して、熊田先生から教材の工夫の例の補足的な紹介がありました。また、ゲーム理論での教師の想定と生徒の回答の齟齬が生じる点についての質問に対しては、篠原代表から前提条件が鍵であり、それが的確でないと単純化したモデルでの説明は焦点がぼやけるとの指摘がありました。

2) 中山諒一郎先生(昭和学院)から「ICTを使った労働問題の授業」についての報告がありました。
GoogleスライドやGoogleクラスルームを用いたペーパーレスの授業の報告です。
労働問題に関する教師の説明は長くても10分として、その後は生徒の活動により授業を構成していて、最後にその日の学びを振り返る流れの授業です。
 検討では、ペーパーレスのメリットやデメリットは何か、労働法の立法趣旨を生徒は想像できるのか、校内での理解や普及の苦労などについて質問があり、それぞれ中山先生からの回答がありました。
また、評価に関して、ルーブリックを使うと教師への忖度がうまれてしまうのではという指摘には、ルーブリックの特徴を踏まえて自由な学びを阻害しないための工夫をしているとの回答がありました。
 労働問題の扱いに関しては、「公共」の職業選択との関連、ケーススタディの設定における適切性についての質問と指摘があり、同じく中山先生からの回答がありました。
 部会内容の詳細は以下をご覧ください。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2023/11/tokyo137reportHybrid.pdf

■来年3月に「春の経済教室」を開催します。
 日程:2024323日(土)午後
 場所:慶応義塾大学三田キャンパス、対面とzoomによるハイブリッド方式
 テーマは国際経済で、講演に開発経済学がご専門の島田剛先生(明治大学情報コミュニケーション学部教授)を招いて、グローバル経済の授業づくりをエコノミストと考えてゆきます。
プログラムの詳細は決まり次第HPに掲載いたします。 
*訂正とお詫び:前号で日程を326日(土)としましたが、正しくは323日(土)です。誤記をお詫び致します。

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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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<定例部会のご案内です>(開催順)

■大阪部会(No.87回)を開催します。
 日時:2023129日(土) 1500分~1700
 会場:同志社大学大阪サテライト+オンライン方式
 内容:ネタ研メンバーの若手の先生からの授業提案があります。
 申し込みは以下からお願いします。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2023/10/Osaka87flyerHybrid.pdf

■東京部会(No.138回)を開催します。
 日時:202416日(土) 1500分~1700
 会場:慶応義塾大学三田キャンパス東館オープンラボ+オンライン方式
 内容:グローバル経済の授業報告ほか。
 申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2023/11/tokyo138flyerHybrid.pdf

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【 3 】授業のヒント  捨てネタの効用 第3回
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外国為替、私ならこう教える 〜教え方の工夫と国際比較データの使い方~
執筆者 篠原総一

生徒の思い込み。1ドル120円と1ドル150円とでは、150円の方が円高だと思いがち。為替の授業はそんな誤解を解くところから始まるようですが、残念ながら先生方の努力は完全には成功していないように私には見えます。

為替レートは通貨と通貨の交換比率です。日本の場合、普通は「1ドル◯円」のように表しています。そして正しくは、この◯の中の数字が大きいほどドル高円安、数字が小さいほど円高ドル安になったと言います。今回は、この関係を間違えないように教える方法の提案と生徒を深い学習に誘う小ネタの紹介です。

*為替レートの読み方
1ドル◯円」という表現は、例えばりんごの価格を「りんご1個□円」と表すようなものです。ここでは、りんご1個を手に入れるための支払額が□円だという意味ですから、□のなかの数字が大きいほどりんごは高くなったと言います。それと同じように「1ドル◯円」の◯のなかの数字が大きいほどドルが高くなっていることは自明でしょう。

*円高・円安の意味を徹底的に分からせる工夫
問題は、◯のなかの数字が大きくなったとき、ドル高であると同時に円安だということが、どの生徒も、極端に言えば小学生でも肌感覚で理解できるような教え方を工夫することです。そのために、私ならまず二つの問を用意してみます。

①「日本人Aさんがアメリカに行って、サンドイッチを食べました。値段は5ドルで
したが、日本円に直したら一体いくらかかりましたか。」
②「アメリカ人Bさんが日本に来て、600円のカレーライスを食べました。その費用はドルに直すと何ドルだったでしょうか。」

最初の設問は単純明快。先生方も授業で普通に使っていらっしゃる方法だと思います。
ポイントは②のケースです。アメリカ人Bさんは普段の生活の中で日本円を持っていることはありません。ですから日本でカレーライスを食べるためには、自分で持っているドルを使って円を買っておく必要がありますが、600円に相当するドルの額は為替レートによって増減します。
例えばレートが「1ドル100円」の時には600円は6ドルになりますが、「1ドル200円」のレートなら600円は3ドルで買えてしまいます。このようにごく単純な計算結果を黒板に書いておけば、どの生徒も「1ドル200円の方がアメリカ人Bさんにとって日本円が安くなっている」ことが一目で了解するはずです。

ここで、例として600円の商品を選びましたが、それには二つの理由があります。本来、円の価格を「1円△ドル」(これを内国建て為替レートと言います)のように表せればことは手っ取り早いのですが、実際にはわずか1円で買える商品が見当たらないこと、さらには「1円△ドル」表記に現実味のある為替レートを当てはめれば、△の中が0.01とか0.005のように生徒には肌感覚でついていきづらいドルの額になってしまうからです。

さらに、ここではサンドイッチとカレーライスを例にしましたが、生徒にもっと強烈な印象を与える例を使えれば、彼らはここで学んだ結果を長く知識として活用するように思います。(教育の効果が長く定着するという意味です。)

今回はそんなパンチの効いた小ネタとして、日本経済新聞(電子版)「世界お値段調査隊」の価格比較の報告記事、とくにそのなかの「世界ラーメンHOW MUCH ? 1杯に見えた安い日本」 という記事を紹介します。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN1907E0Z10C23A7000000/

*「世界ラーメンHOW MUCH ?」から小ネタ、捨てネタを作る
まず、データを並べてみると、生徒はラーメン一杯の値段に驚くはずです。ニューヨークで3100円、ロンドンとバンコクで2200円、香港で1800円、マニラが1300円、ついで上海が1000円と続いていきます。もちろんラーメンにもいろいろな種類があるのでどの国でも値段に幅がありますが、とりあえず平均的なラーメンの値段だとしておきます。そして、日本では平均609円(総務省の調査、2023年2月の全国平均)だということも付け加えておきます。

ここから生徒は何を読み取るか、現場経験のない私には興味津々たるものがありますが、為替学習としては、今回紹介した手法で、①一杯20ドルのニューヨークのラーメンの(為替レートごとの)値段を円で表わす、②一杯600円の日本のラーメンの価格をドルで表わす。その結果の一覧表は、表を見るだけで生徒に「為替レートの意味」をはっきり伝えられる捨てネタ、小ネタになるはずです。

その上で、外国の商品と比べると日本の商品はずいぶんと安いことを実感するはずです。ここから
・「為替レートが少々変化しても、ニューヨークのラーメンは普通の日本人には手が出ないほど高い、これではアメリカから輸入する他の商品も原材料も高いだろうな」
・「ああそうか、日本の商品はとにかく安いから、旅行先に日本を選ぶ外国人が増えているのか」
・「外人が多く来るから日本のホテルサービスの需要曲線が右にシフトして、そのために、今、ホテル料金がべらぼうに高くなっているのか」
などなど、教科書には決して書かれていない、生きた経済学習に進めるのではないでしょうか。

*今回のまとめ:為替学習のミソ
この小ネタが深い学びや発展学習につながるのは、実は、今回紹介した教える工夫が「外国為替を何のために購入するのか」という需要の理由、需要の経済目的をはっきりさせているからに他なりません。需要の目的が具体的にわかっているからこそ、為替レートの変化が経済にどのような影響を与えるのか、という経済学習の本質につながっていくのです。

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4 】授業に役立つ本 
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 今月は、授業の参考になると思われる、今年刊行された経済の新書三冊を紹介します。紹介順は刊行順です。

■山形辰史著『入門 開発経済学』中公新書
①どんな本か
 タイトルは開発経済学となっていますが、国際開発の歴史と現状を紹介しながら、世界に横たわっている「理不尽な悲惨さ」を改善するための手がかりを経済学の観点をもとに提示している本です。

②どんな内容か
 全体は大きく4章で構成されています。
 第1章は、「開発経済学のはじまりとおわり?」と題して、第二次大戦後の植民地から独立した国々の経済の歩みと、それを分析する二重経済論や発展段階説が紹介されます。
 第2章は、「21世紀の貧困」と題して、現在の世界の貧困とその削減の状況を数字で示しながら、それでも貧困が深刻な国々を紹介します。また、不利な立場の人々として、女性と性的少数者、子ども、難民、障害者を取上げ、貧困撲滅のためのプログラムを紹介します。
 第3章は、「より豊かになるために」と題して、経済成長のメカニズムの解説と技術革新の役割、担い手が紹介されます。あわせて、感染症と知的財産、新型コロナウイルスの医薬品開発の問題が取上げられます。
 第4章は、「国際社会と開発途上国」のタイトルで、政府開発援助を巡る論点、中国の支援問題、SDGsと国際開発の問題の三つが取上げられています。

③どこが役立つか
 三つの点で役立つでしょう。
 一つは、グローバル経済のなかで、開発に成功した例とうまくゆかなかった例を具体例とデータで紹介しているところです。貧困問題もデータを見ると、全体では確実に成果が上がっていることがわかります。それでも貧困から脱出できない国々もあり、そこでの不利な立場の人々に目を向けている第2章の複眼的な視点が問題の把握に役立つでしょう。
 二つ目は、中国のプレゼンス拡大、HIVやコロナ禍でみられた特許問題、SDGsと開発問題との関わり、ODAの現状と課題など、ホットなテーマを取上げている箇所です。ここからは探究活動のヒントを得ることができるはずです。
 三つ目は、経済学に関する部分です。特に、経済成長のメカニズムを資本の量と資本の生産性から説明するAKモデルを説明している第3章は、経済成長のためには何が必要かという手がかりを与えてくれるでしょう。

④感想
 教えている高校三年生で国際関係に進みたいという生徒に、「開発経済学って何ですか、いい本があったら教えてください」と聞かれて、この本を勧めました。
 海外支援や国際機関で働いている人の体験を基にした本はたくさんありますが、本書は、ウォームハートを持ちつつ、経済学というクールな部分も持っている本と言えるでしょう。
 開発援助に関する政府対市民運動の対立など、紹介者(新井)がこのテーマに関心を持っていた時代からの対立点もとりあげられていて、懐かしい気分になりました。また、日本政府が海外援助の評価に「国益」を入れていることに対する著者の評価は一読の価値ありで、かつ要検討の課題だなと感じました。
 
■牧野百恵著『ジェンダー格差』中公新書
①どんな本か
 男女共同社会参画基本法があり、内閣府に男女共同参画の特命大臣がいるにもかかわらず、ジェンダーギャップ指数では先進国最下位の日本の現状と課題を、世界との比較と実証経済学から切り込んだ本です。

②どんな内容か
 序章、本文8章、終章の全10章で構成されています。
 序章では、ジェンダー格差の現状と経済学からのアプローチの方法を述べています。特に実証経済学の方法、因果推論の方法がここでは詳しく紹介されています。
 最初の二つの章は女性の労働参加がテーマです。 
1章は、「経済発展と女性の労働参加」で、これまでの女性の労働参加の歴史と家事労働、経済成長と女性の労働参加の関係が分析されます。
 第2章は、「女性の労働参加は何をもたらすか」で、家庭内交渉力、児童婚の問題、家庭内暴力が取上げられます。ここでの事例はアジアやアフリカです。
 次の二つの章は歴史的な分析です。
3章は、「歴史に根づいた格差」、第4章は、「助長する「思い込み」」と、歴史的な格差を発生から現代まで追いかけます。そのなかで生まれたステレオタイプが与える影響、それを突破したロールモデルの重要性、クォータ制の導入による影響が実証的に分析されます。
 続く四つの章は家庭と女性の話になります。
5章「女性家庭に縛る規範とは」 、第6章「高学歴女性ほど結婚し出産するか」、第7章「性・出産を決める権利をもつ意味」、第8章「母親の育児負担」と、結婚、出産、育児とジェンダー格差の現状と課題の提示が続きます。
 終章では、ここまでの総括として、「なぜ男女の所得差が続くのか」のタイトルで、格差の原因を学歴、キャリアの中断、差別という、三つの経済学からのアプローチで再論して課題を再確認した上で、賃金以外の要因、心理的な要因も重要であることを述べてゆきます。

③どこが役立つか
 教科書にも登場するジェンダー問題ですが、教科書の記述の背後にある具体的な事例を知っておくために活用できるでしょう。
 また、「実証経済学は何を語るか」のサブタイトルにあるように、ジェンダーギャップを研究してきた実証経済学の知見を、巻末に掲載されている参照文献、用語解説を参照することで、その概略を知ることが出来る本です。
 特に、日本の問題だけでなく、先進国での状況、途上国での深刻なジェンダー問題を対比させながら、この問題を考えることが出来る本です。その点では、先に紹介した『入門 開発経済学』とリンクして読むとよい本かもしれません。

④感想
 ノーベル経済学賞にジェンダー経済学の研究者クラウディア・ゴールデンさんが受賞して、その著『なぜ男女の賃金に格差があるか』(慶応義塾大学出版会)が翻訳出版されています。
 紹介者はこの本も読んでみましたが、名門女子大の卒業生を追って分析をしているゴールデンさんの本より、ここに紹介した牧野さんの本の方がコンパクトでありながら幅広く問題を扱っていて、私たちが授業で扱うのには手頃と感じました。
 ただ、ジェンダー問題を授業のどこで焦点化して扱うか、差別問題か、それとも労働問題か、総合的であるが故に考えなければいけないなと思いました。このあたりはネットワークの部会で検討してみたい課題です。

■伊藤宣広著『ケインズ』岩波新書
①どんな本か
 岩波新書では三冊目になるケインズの紹介本です。この本ではケインズの時事問題との関わりに焦点を当ててケインズの行動と理論を読み解いています。

②どんな内容か
 全体は5章構成で、「はじめに」と「おわりに」が付いています。
 「はじめに」では、著者のケインズ研究のこれまでの紹介と本書のねらいが書かれています。ケインズが直面した時事的課題への応答と、その提言の底流にある合成の誤謬の認識に焦点をあてることが表明されます。
 第一章は、「初期のケインズ」で、経済学との出会い、ケインズの貨幣理論が紹介されます。
 第二章は、「第一次大戦と対独賠償問題」で、有名なパリ講和会議に対するケインズの批判が取上げられています。
 第三章は、「イギリスの金本位制復帰問題とケインズ」で、イギリスの金本位制復帰を巡る動きと、『貨幣改革論』、『貨幣論』との関連が取上げられています。
 第四章は、「大恐慌とケインズ」で、世界恐慌時にケインズがどのような提言をしたのか、ニューディールとケインズの関係が紹介されます。
 第五章は、「『一般理論』とその後」で、『一般理論』の意味、その後の普及と評価の変遷が取上げられます。
 「おわりに」では、合成の誤謬が再論されて、「マクロ経済学のミクロ的基礎づけ」が主流となっている近年の経済学の動向に対する危惧が表明されています。

③どこが役立つか
 役立つ箇所は第二章、第四章でしょう。第一章、第三章は専門的です。
 第二章では、パリ講和会議の対独賠償に反対して委員をやめたケインズの行動の理由、その後の賠償問題のゆくえが詳しく論じられています。この部分は、「歴史総合」でも大きく扱われている箇所です。ケインズの主張がどれだけ正鵠をえていたかを確認することができるでしょう。
 第四章では、世界恐慌に際してのケインズの提言とニューディールの関係に注目です。授業では、ローズベルト、ニューディール、ケインズと三題噺で語ることが往々にありますが、ローズベルトはケインズを無視し、ニューディールも大規模な公共投資(TVAなど)で大恐慌を救ったわけでないことがここでは指摘されています。このあたりは、教科書の記述や他の専門書と照らし合わせて、どう整理して教えるかを考えるきっかけになるところでしょう。

④感想
 ③でも触れましたが、第四章の部分は、役立つというより新たな宿題がなげられたな、というのが感想です。これまでの通俗的なケインズ理解をどう修正して授業につなげるか、なかなか重たい課題です。
 同じような例では、スミス、見えざる手、自由放任という理解はスミスの全体像を捉えていないという批評が大竹先生からも提起されています。それに似た指摘です。
 歴史理解も経済理論の理解も、これまでの学校現場の「常識」を一端棚上げして、最新の研究を踏まえた再構成が必要になっているなということを強く感じさせる一冊でした。
 ケインズが一貫して持っていたと著者が指摘している「合成の誤謬」に関しては、「おわりに」にでてくる、貯蓄のパラドックスをはじめとする日常生活や社会でのミクロ的な正しさがマクロ的な正しさを保証しない例が、これも考えに値する事例として提示されていて、頭を刺激する要素をたくさん含んだ本だと思いました。(以上、新井)

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5 】編集後記「みみずのたはこと」
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3年ぶりに高校生を教えることになり、旺文社の「政治・経済」入試問題正解を手にしました。一橋大学や早稲田の政経学部が「政治・経済」(一橋は「倫理政経」の出題を止めたことや、これまで出題をしてこなかった大学が出題していることなどを、今更ながらですが、発見しました。
入試問題そのものは、相変わらず知識問題のオンパレードでしたが、それでも、リード文に『「家族の幸せ」の経済学』が登場していたり、ウクライナ戦争を取上げていたり、時代とともに工夫をしているものもあり、玉石混交だなと感じています。
これからの注目は「公共」がどんな問題になるかですが、意欲がありすぎて受験生がオーバーフローを起こしてしまうような合成の誤謬だけは避けて欲しいところです。(新井)
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