reader reader先生


九月、長月。今日は新学期のはずでしたが、近頃はすでに二学期がはじまっている学校も多いかもしれません。
今夏の異常気象、これが通常になってしまうのではないかと思われる日々でした。今月、文化祭や体育祭を行う学校では、生徒の安全管理にこれまで以上に細心の注意が必要になる時代になってしまいました。
授業では、そろそろ経済分野の登場の月です。「夏休み経済教室」の学びを生かして、生徒が自分事として取組める経済の授業づくりを目指したいものです。
そんな今月も、ネットワークの活動報告と、授業に役立つ情報をお伝えします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【今月の内容】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 1 】最新活動報告
 23年8月の「夏休み経済教室」の報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…ICTを活用する②
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業のヒントになる本を紹介します。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 1 】最新活動報告・情報紹介
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■「先生のための夏休み経済教室」が終了しました。
・今年は、久し振りの対面とウェビナーによるハイブリッド開催となりました。
・会場は、両日とも慶応義塾大学三田キャンパス北館大会議室でした。
◆8月21日(月)<高等学校向け>
・時間:9:30~15:55
・参加者:会場+zoomによる視聴者(申込者数:245名 実出席者数:172名)
・主な内容:塙枝里子先生(東京都立農業高等学校)の進行で以下のプログラムが実施されました。
(1)講演:中島隆信先生(慶応義塾大学商学部)による「経済学ではこう考える」
中島先生は、経済学を学ぶ意味を、考え方を持つことであるとして、演繹と帰納を往復しながら、現象の背後にある構造を論理的につかむことが大切と指摘しました。そして世の中に存在しているものには理由があり、それを考えない善悪論に陥らないためには「なぜ」を考える手がかりとして経済学が有効であることの例として、牛丼とラーメンの価格の違い、最強のおかし・果物、伝統文化がなぜ残っているか、なぜ合格祈願をするかなどをあげて、経済学の視点から解説してゆきました。
質問者の杉田孝之先生(千葉県立津田沼高等学校)からは、中島講演を踏まえた回転すしの授業提案と、大学生で教えなければならない体系をどのように事例と結びつけているのかという質問がありました。
中島先生からは大学ではエピソードだけでは終わらせることはできないこと、大学一年生では完全競争の世界しか説明できないので説明しやすい事例を探して、それをきっかけにして経済学の大系につながる講義をしているとの回答がありました。

(2)講演:鹿野嘉昭先生(同志社大学経済学部)による「現代の金融政策をどう捉えるか」
鹿野先生は、貨幣の払う、貯めるという二つの流れから話をはじめて、まず、払うという側面から貨幣の進化をたどりました。次に、貯めるという側面から貯蓄の運用形態、銀行の仕事や機能を紹介し、それを受けて中央銀行の金融政策、日本銀行の金融調節などの解説をされました。
質問者の大塚雅之先生(大阪府立三国丘高等学校)からは、中高の教科書を読んでの感想、教える際に気を付けるポイント、キャッシュレスは進むか、日銀の政策は変わるかなどの質問がありました。
鹿野先生からは、教科書は詰め込みすぎ、具体的な事例をもとになぜを考えることが大事、キャッシュレスは進んでゆく、日銀の政策は課題が変わってきているので変わるだろうなどの回答がありました。

(3)講演:中川雅之先生(日本大学経済学部)による「財政制度の背景にある考え方」
 中川先生は、今の教科書で財政制度を単独で教えることでは政府の役割や存在意義は見えてこないという点を指摘して、政府の役割を理解させるための、所有権が定められない状態でのシミュレーションや公共財ゲームを紹介してゆきました。そこから、財政が集団的な意思決定であること、その意思決定に参加できる投票の意義、実感を伴った公共の学びとしての財政を学ぶ意味を説明されました。
 質問者の金子幹夫先生(神奈川県立三浦初声高等学校)からは、財政制度の背後にある大きな文脈は何か、ゲームで罰則をいれた意味、日本の財政は破綻しないというがどうか、知識はどの程度必要かなどの質問がありました。
 中川先生からは、財政の背後にある大きな文脈は抽象度が高いのでゲームを通して実感させると良い、罰則は脅しではなくルールの意味を理解させるため、財政はこのままだと破綻する可能性が大きく被害は今の高校生が一番受ける可能性があるのでしっかり考えさせたい、知識はあった方がよいという回答がありました。

(4)討論「経済学習のパラダイム転換のストラテジーを考える」
最初に栗原久先生(東洋大学文学部教授)から総括的な報告がありました。
栗原先生は、エコノミストと一般市民の「経済的な見方・考え方」の相違の最近の調査からのデータを示し、このギャップをどう埋めるかが課題という話から始められました。次に、40年前の「現代社会」創設当時の内容と現在の「公共」の経済分野の解説などから、「公共」は現代経済学の知見をかなり入れていることを示し、生徒の「わかった」を支援するための問いの立て方のヒントを提示されました。
 それをうけて、進行役の塙先生を含め、杉田、大塚、金子の各先生から、それぞれの講演の提起をうけた金融や財政に関する「問い」が提示され、さらに生徒が授業を通して何が「出来るようになる」ことを目指しているか、ゲームの位置づけや活用に関する意見交換が、フロアから質疑を交えて行われました。
引き続いて、一日の総括が塙先生から行われ、高校の部が終了しました。

◆8月22日(火)<中学校向け>
・時間:9:30~15:55
・参加者:会場+zoomによる視聴者(申込者数:214名  実出席者数:158名)
・主な内容:小谷勇人先生(春日部市立武里中学校)の進行で以下のプログラムが実施されました。
(1)鈴木深氏(東京証券取引所)からJPXの紹介と教材紹介がありました。
 JPXの概要では、新しい取り組みが紹介され、親子経済教室からよくある質問から、「株式の売買は何歳からできる?」などの質問と回答が紹介されました。また、市場区分の見直しなどに関する紹介もあり、新教材「18歳から始める積み立てNISA」の紹介がありました。
後半には、東京証券取引所、大阪取引所からのライブ配信も行われました。

(2)「経済の視点から地理の授業をつくる」
 授業提案が行壽浩司氏(福井県美浜町立美浜中学校)からありました。
行壽先生は、中学の授業では分かりやすさを求めて「需要と供給」で説明をしがちだが「希少性」の方が生徒にとってのインパクトは強いのではないかということで、香辛料の価格の差などの事例を紹介しました。
 また、インドの牛肉、IT産業を経済の視点から捉え直す授業や、「蛇口から○○」シリーズ、地政学のチョークポイントなど、「コスト」と「希少性」の視点や環境可能論から授業をつくる提案がありました。
 三橋浩志氏(文部科学省 初等中等教育局 教科書調査官)からコメントがありました。
 まず、経済地理学習という視点が、学習指導要でどう位置づけられているかの紹介があり、「18歳成人」への対応、物産の暗記だけからどう抜け出すか、現実の経済現象と学習内容の乖離にどう向き合うか具体例をまじえて紹介がありました。また、「経済効率性」だけで人間は生きていけないことにも気づかせることが社会科教育では重要として、「地球全体での幸福」と「個人としての幸福」とのバランスを図る視点を持つことも肝要とまとめました。
 質疑では、数学の先生から、SDGsを取り組んでいるが数学×経済を結び付けて授業を出来ないか、また、評価についての質問があり、行壽先生、三橋先生からそれぞれ回答がありました。

(3)「経済の視点から歴史の授業をつくる」
まず、梶谷真弘先生(茨木市立南中学校)から理論編として、なぜ歴史学習に経済の視点が必要かの説明があり、歴史学習に取り入れる経済の視点、概念の紹介がありました。それをもとにした、例として、明治維新の単元のなかで、「明治新政府は何にお金をかけるべきか」を設定することで、同じ構造で、戦後史の授業で「戦後の日本は何にお金をかけるべきか」を設定することができ、深めることができるという提案がありました。
 次いで、玉木健悟先生(奈良県・式下中学校)から、実践編として、戦後史で経済視点を導入した例が紹介されました。その一つとして、吉田茂首相の全面講和と単独講和の意思決定の例が紹介され、どの単元でも「インセンティブ」と「コスト」で実践可能ということで、東京オリンピックの誘致の授業の紹介がありました。
 横山和輝先生(名古屋市立大学経済学部)からは次の感想が述べられました。
授業を作るとき、何を教えたいかが先行し、教わる側の実態が置き去りにされがちだが、当事者意識をつくる授業では、題材の生々しさ、臨場感を伝える教材選びが大切であること。社会科では、それを行うことができるのは「史料を読む」ことで、公文書、日記、画像、統計などがそれにあたる。石油ショックの時の米の値段のデータや気象の変化を日記から読み取るなどの例もある。
授業提案の「明治政府にお金がなかった」を、生々しく伝えるには、明治政府の歳入・歳出見込を見せてみるとよい。そこから不確実性に対する当事者としての挑戦的態度を史料から読み取ることができるのではないか。ただ、歴史では、結果が明確ゆえに、誤った因果推論の危険性がありその落とし穴には注意したい。また、教科書が史料になる例として、複利計算を載せていた明治期の教科書からそれがだんだん消えてゆく背景の事例の紹介がありました。
 質疑では、歴史的分野の世界恐慌や金解禁を教えるのに苦労しているが現場はどうしているのか?の質問に対して、梶谷先生と横山先生からそれぞれ回答がありました。

(4)「経済の視点から現代社会の授業をつくる」
小谷勇人先生(春日部市立武里中学校)から公民分野の冒頭の現代社会の単元の授業提案がありました。
 地理・歴史学習を終えて、さらっと流してやってしまいがちである現代社会単元だが、地理・歴史と政治・経済・国際単元への接続を意識する重要な単元として位置づける観点から、調べ学習を焦点化させるための自作HPを活用して、2025年大阪万博を教材として扱う授業の実践報告です。報告では、生徒がグループで取り組んでつくりあげた結果の発表資料が紹介されました。
 野間敏克先生(同志社大学政策学部)からのコメントがありました。
 軽視されがちな現代社会の単元に関して、小谷先生の実践では、地歴と公民の接続を意識して、それぞれの項目でぶつ切りにせずに「大阪万博」というテーマを使った挑戦的実践になっていると評価されました。一方、大阪万博の扱い方やグローバル化の例が適当か、経済的な見方や考え方の言及の仕方、AIの扱い方などの指摘があり小谷先生からの回答がありました。
 質疑では、フロアから中学の経済の学びが進路選択で商業高校に向かない傾向があるがどうかという質問があり、小谷先生から起業家教育の実践がポイントになろうとの回答がありました。
 続けて、進行役の小谷先生から一日の総括が行われました。
 最後に、経済教育ネットワークの篠原代表から補足の説明で、会場で配布された、東証のメルマガコラム(*)をまとめた冊子が、授業のネタとして有効に使えるものなので活用して欲しいとのメッセージがあり、二日間の教室を終了しました。
なお、(*)東証メルマガコラムについては、【2】の ■東京証券取引所の{TSE教育ホットライン}コラムで紹介しています。
 二日間の記録及び当日の配布データは整理が付き次第HPにアップします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<定例部会と関連団体のイベントのご案内です>(開催順)
■東京(No.136)大阪(No.86)部会を合同で開催します。
東京(No.136)大阪(No.86)部会はハイブリッド形式にて行います。
日時:2023年9月30日(土) 15時00分~17時00分
場所:未定 +オンライン(Zoom形式)
内容:夏休み経済教室の総括、新教材、授業実践の報告
 申し込みは以下からお願いします。なお、Zoomでの参加の先生方もアクセス情報と資料をお送りする関係で、こちらから申し込みをお願いします。
 https://test.belle-music.site/wp-content/uploads/2023/07/tokyo136Osaka86flyerZoom.pdf

■東京証券取引所の{TSE教育ホットライン}コラムを紹介します。
 夏休み経済教室の会場で配布された冊子のもとになったメルマガのコラムです。
 冊子では、石田慈宏氏(東京証券取引所金融リテラシーサポート部)の執筆による『渋沢栄一と東京株式取引所』と『歴史の中の市場と証券~証言市場について歴史を遡って見つめる~』の二本が掲載されています。
 Zoom参加の先生方、メルマガ読者の先生方は以下からお読みください。
  https://www.jpx.co.jp/tse-school/program/column/index.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 3 】授業のヒント  ICTを活用する②
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
<中学校>
グループ学習をICTで組織するためのハウツー
執筆者 埼玉県鳩山町立鳩山中学校 中西 覚
みなさん、ICTは何の略だか知っていますか。そうです、「一回ちょっと使ってみる」です。
どんなことでもそうですが、大切なのは初めの一歩です。こんな授業をしてみたいという希望をICTは叶えてくれることが多くあります。まずは一回ちょっと使ってみて、合わなければ別の方法を模索しましょう。こうして繰り返すうちに、必要な場面で効果的にICTを活用できるようになります。
数多くのツールがありますが、今回はMicrosoftのOneNoteをご紹介します。ぜひ“ICT”してください。

(1)準備するハードウェアとOneNoteについて
タブレット、PC、スマートフォン、どれでも利用可能です。
OneNote はMicrosoftアカウントがあれば無料で使用できます。多くの学校ではMicrosoft Office 365 EducationかGoogle for Educationのアカウントを利用しているでしょう。Googleの場合は、Google Keepが類似アプリです。そちらをお試しください。

(2)OneNoteの使い方と利点
操作方法はYouTube等を見ながら学ぶのがおすすめです。
以下にグループ学習でのOneNote利用の利点を3つ紹介しますので、どのような使い方ができそうか思い描いてみてください。
①共有の容易さ
OneNoteでは複数の人が同じノートブックにアクセスして情報を共有・編集ができます。共有範囲を変えて作成・閲覧したり、教員が進捗を確認したりできます。教室外からもアクセス可能で、様々なニーズに対応した協働学習が可能です。
②多様なメディアの統合
OneNoteではテキストだけでなく、画像や動画などの多様なメディアを挿入できます。教員が作成した資料を生徒に配布することもできるので、生徒は手元の資料を確認しながら円滑な話し合いができます。
③整理と検索の容易さ
ページやセクションを自由に作成できるため、科目やトピックごとに整理されたノートを作成できます。検索機能もあるので、必要な情報を素早く見つけることができ、思考も整理できます。

(3)具体的なグループ学習での活用方法
例えば、プリントに考えを書かせて班で共有し発表させる場合、OneNoteを使うとプリントをカメラで撮影して共有できます。班の意見をまとめる際には文字入力だけでなく手書きも可能です。作成したノートは大型モニターに映し出すこともでき、タブレット端末からも閲覧できます。ですから文字が小さくて見えないといった問題も起こりませんし、思考させたい内容そのものに時間を取ることができます。
今回は数多くあるツールの中からOneNoteを紹介しました。ICTを活用することで、授業の充実度を高めることができます。この機会に「いつもちょっと使ってみる」ようになってもらえれば幸いです。

<高等学校>
ChatGPT以後の教育~教師はどう向き合うか~
執筆者 東京都立井草高等学校 杉浦 光紀
(1)高校生とChatGPT
ChatGPTは自然な対話形式で、高校生にとっては日常的な存在になっている。しかし、ChatGPTを使って宿題や課題を作成する生徒がいるかもしれない。生成AIが書いた文章を見分けるのは不可能であり、丸投げして作成されたレポートなどを高く評価しては、教育の本質と学習評価の公平性を損なう。

(2)生成AI時代の学習評価のあり方
学習評価は本人の能力を測ることが目的であるが、生成AIを使うことで、その能力が拡張されてしまう。テクノロジーや文化資本によって拡張された能力を測るのか、それともその人自身の能力を測るのか。この問いに答えることが、学習評価における課題の本質である。
生成AIの心配を減らすためには、課題の内容や出し方や方法を工夫する必要がある。たとえば、論述問題は、事前に問い自体を教えなければ、試験時間内で考える力を問うことができる。
生成AI時代において、生成AIに頼らない思考力や表現力(創造性)を育むことも重要である。

(3)2つの対処法
・対処法①「生成AIの利用を義務付けた学習課題」
全員に生成AIを使わせ、内容の真偽は、作成者の責任だと理解させる。
ChatGPTは、存在しない文献を生成したり、学習データに含まれる偏見を反映したりする。ファクトチェックが必須と実感させられる。
ChatGPTに5回まで質問をして、そのやりとりも添付させ、結果を考察する課題を出した先生がいた。他に、今の日本経済の状況ついて、AIに質問をして、回答が事実かどうかを分析する課題や、SDGsを意識した起業のアイデアをAIに検討させ、より優れたアイデアにする課題も考えられる。
全員が利用しているので、機械に拡張された能力の評価という点では公平な扱いとなる。生成AIの積極的な活用と限界を理解する学びが重要である。
・対処法②「自分の力だけで考察や表現をさせる学習課題」
題材設定、生徒間の話し合い、まとめの文章化など、授業内で段階ごとに生成AIを利用しないでアウトプットさせる機会を全員につくり、評価の対象とする。定期考査と同様に平等である。
校内でエッセイのコンテストをしている学校の先生は、途中でフィードバックを与えながら自力で文章を作成する過程を重視していた。たとえば、金融や年金に関する小論文コンクールがあるが、生成AIの作品をそのまま出すのは不適切である。自力で書く力をつけさせ、その能力を発揮する機会とするのはどうか。今まで以上に、思考し表現する過程に着目して、教室空間での指導を尊重することにもなる。

(4)AI活用学習とこれからの教育が目指すもの
AI活用学習の可能性は、ネット上の情報から生成された内容と対話し吟味しながら考えを深めることや、質問力や問い続ける力を育成することにある。
AIは教師にも役立つツールであるが、生徒が答えを導き出す過程への支援が重要である。教育の目的は、AIと協働して具現化し、善悪を判断し、批判的思考をもつことである。自分で考える教育が必要であり、人間の世界とAIの世界を区別することが大切である。
生成AIは「悪の凡庸さ」であり、目的を吟味できる知性が人間の最後の仕事である。本稿も機械に学習されるが、その言葉に流されず、生徒が問い直す主体となる方法を考えていきませんか。

<お気づきになっただろうか?>
 この文章のオリジナルは、杉浦が作成した3700字程度の論稿です。実は、(3)以外の(1)、(2)、(4)は、Bing Chatにオリジナルを読み込ませて生成した要約(約2600字→約700字程度)でした。(少しの修正は加えていますが)
プロンプトは次のようにしています。
「次の文章を、高校の先生の参考になるように、〇〇字程度でまとめてください。その際、もとの表現はなるべく使ってください。」
AIの理解力がどの程度であるか、以下の経済教育ネットワークHPのURLに飛んで、ぜひ原文と読み比べてみてください。オリジナルは、より具体例が豊富にあります。生成AIを使うときのヒントにしてもらえると幸いです。
https://test.belle-music.site/2023/08/31/4514/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 4 】授業に役立つ本 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 今月は、経済の本と小説を紹介します。
■ベンジャミン・ホー『信頼の経済学』慶応義塾大学出版会
①どんな本か
ゲーム理論、行動経済学の研究家である筆者が、信頼(trust)をキーワードにして、経済システムだけでなく人類史、社会史全体を概観した本です。原著のタイトルは、Why Trust Mattersで、サブタイトルはAn economist’s Guide to Ties That Bind Us。このタイトルとサブタイトルが本書全体を表しています。

②どんな内容か
全体は6章で構成されています。
第1章は「信頼の経済学」で、なぜ経済学で信頼を研究するか、また、著者がなぜ信頼を研究するようになったのかが、問題意識と課題が書かれています。
第2章は「信頼の人類史」で、赤ん坊の微笑みからはじまり、贈与、文化、宗教、制度(市場)、政治、法など幅広く信頼が人類史のなかでどう形成されてきたのかを心理学、人類学、社会学、法学や政治学、哲学など隣接科学の知見が紹介されます。
第3章は「経済システムにおける信頼」で、貨幣、金融市場、契約、仕事、ブランド、信頼の未来形としてシェアリングエコノミーやブロックチェーンまで、経済学と信頼の関係が扱われてゆきます。
第4章は「専門家を信頼する」で、政治家、メディア、医療、科学、気候変動のそれぞれの分野での信頼の状況、不信の現実が、プリンシパル・エージェント問題の応用として紹介されます。
第5章は「私たちは互いをどう信頼すべきか」で、信頼醸成のための手順が示されます。
第6章は「信頼のゆくえ」で、ここはこれまでの総括が簡単に述べられます。

③どこが役立つか
大きく二つの部分が役立つでしょう。
一つは、第3章の「経済システムにおける信頼」の箇所です。ここは特に金融を考える場合の前提となる信頼に関する考え方が得られます。なぜ取引で貨幣が登場するのか、貨幣の信用を担保するのは何か、なぜ銀行や中央銀行が必要なのか、それを信頼という概念から説き起こします。金融を制度としてではなく、それを支えている人間関係、システムから理解する手がかりが得られます。また、ここでは金融だけでなく、労働の問題、企業を含む組織の経済学が紹介されています。
もう一つは、経済学の隣接の様々な研究が紹介されているところです。第2章の「信頼の人類史」での一対一の関係から集団へ、社会へという広がりを、心理学や社会学、人類学から解いている箇所です。ひろく哲学や経済学以外の社会科学への言及は、高校の「公共」での授業作りのヒントになるでしょう。また、著者の紹介する「信頼ゲーム」などは中学だと道徳での活用も可能です。

④感想
解説者の佐々木宏夫氏(早稲田大学名誉教授)が指摘しているように、この本、数式が一つも出てこない経済学の本です。その意味では、ひたすら読む必要がありますが、それでもたくさんの収穫が得られる本です。
人間がコントロールできるコミュニティ規模の限界は150人であるというダンバー数の紹介(p63)など、確認してみたくなる事例も登場しています。
信頼の回復方法を指摘した第5章には、カントが登場し、スミスが登場します。先にも触れましたが「公共」という科目を一貫した視点で、かつ総合的に年間授業を構想するという「野望」を持った先生には格好の刺激材になるオススメの本だと思います。

■エルナン・ディアス『トラスト』早川書房
①どんな本か
本年のピュリッツアー賞をうけた小説です。それぞれ著者名が違う『絆』『わが人生』『追憶の記』『未来』という4つの部分から構成される、ミステリー風味がある小説です。

②どんな内容か
中心となる人物は、1920年代から30年代ウォール街で一世を風靡した投資家ベンジャミン・ラスクとその妻ヘレンです。
第1部の『絆』の内容は、ラスク一族や夫妻をキャンダラスに描いた本で、1937年にベストセラーになったという設定です。それに対する対抗で書かれて、中座して未完になったのが次に出てくる第2部の『我が人生』というドラフトです。これはラスクの口述をもとにした自伝です。
その自伝を代筆したラスクの秘書が50年後にその時の思い出を書いたものが第3部の『追憶の記』です。
最後の『未来』はラスクの妻ヘレンが残したノートです。そこには、『絆』『わが人生』で描かれたヘレン像とは全く違った女性像が浮かび上がります。

③どこが役立つか
二つの点で注目してもらえるとよいと思います。
一つは、1920年代から30年代のアメリカの金融世界の様子です。投資家として、どんな行動を行ってきたのか、29年の暗黒の木曜日をどうしのいだのかなど、アメリカの繁栄とそれを金融面で担った人物の行動と思想に対する注目です。
『偉大なるギャッツビー』に似た物語ですが、ギャッツビーでは経済活動の具体的な記述はありません。それに対して、この本ではどんな投資をしてどのように資産を形成したか、リアルに描かれます。この部分は、「歴史総合」の資料に使えるかもしれません。
また、ラスクの思想は、現在でもウオール街の主流派の考え方、日本でも似たような考えの人物はいるだろうと思わせるものです。ラスクのニューディールに対する批判、連邦準備制度に対する批判など、今日のアメリカの共和党主流派の見解そのものかもしれません。
もう一つは、第3部の著者とされているイタリア系移民のこどもアイダの手記の部分です。アナーキストの父のもとで育ちながら、投資家の秘書になるという階級の裏切り者となった女性の追憶と自分がかかわった『わが人生』というドラフトの奥にある真実を追究する物語は、スリリングであると同時に、20年代の移民労働者の様子や移民を敵視しながら利用するするアメリカ社会の特質が見事に浮かび上がってきます。ここも、「歴史総合」で役立つでしょう。

④感想
『信頼の経済学』のトラストと、この小説のトラストがシンクロして、偶然手に取った小説です。
ピュリッツアー賞をとっただけあり、読みやすく、かつミステリー的な要素もあり、一挙によみました。ただし、最後はどんでん返しというより、予想がつくものでしたが。
もう一つの感想は、フェミニズム小説だというものです。ネタバレになりますから詳細は書きませんが、現代的だなとその点では思いました。
ラスクの妻ヘレンは、チャリティに熱をあげますが、音楽家に対する支援で登場する演奏家、作曲家などに関する記述部分でも面白く読むことができました。

■湯本雅士『新・金融政策入門』岩波新書
①どんな本か
日本銀行のOBの著者が10年前に出版した『金融政策入門』の改訂版です。第一部の基礎編と第2部の政策編に分かれていて、金融や金融政策に関する基礎的な知識とこの10年間の日本銀行を含めた世界の中央銀行の政策が分かる本です。
夏休み経済教室に参加された先生にとっては、復習のための本にもなります。

②どんな内容か
著者が建物の基礎工事部分、土台と呼ぶ、第一部の基礎編は5章に分かれています。
第一章で、金融政策の定義、担い手、目的など金融政策の前提の知識を押えます。
第二章は、金融政策の波及過程が説明されます。ここでは金利の変化を利用するチャンネル、中央銀行のバランスシートの変化を経由するチャンネル、期待への働きかけを使うチャンネルの三つが説明されます。
第三章は、金融政策と財政政策の関係を整理します。ここでは、財政赤字のファイナンス問題が中央銀行の立場から説明されます。
第四章は、金融政策と為替政策で、国債収支の構造と為替相場の関係、金融政策と為替相場の関係が説明されます。
第五章で、中央銀行のデジタル通貨に関しての説明があります。
建物の柱、屋根に相当する第二部の政策編は三つの章です。
第六章、第七章でアメリカのFRB、欧州中央銀行、イングランド銀行の政策運営が紹介されます。
最後の八章で、日本銀行の政策運営の歴史が、黒田総裁時代まで振り返られまる。ここでは特に黒田時代の日銀の政策が詳しく紹介、分析、評価されています。

③どこが役立つか
金融を教える準備として、基礎編の第一章から第三章が役立ちます。
先に紹介した『信頼の経済学』が貨幣や金融、銀行、中央銀行がなぜ存在するかという本質論を展開しているのに対して、現実に、貨幣や銀行、特に中央銀行の制度を整理しています。その点では、教科書の制度に関する記述を専門家の視点から整理し直すことができます。
また、金融政策に関しては実体経済との関係や、金融政策の波及過程など、教科書にはさらっと書かれている箇所を実務家だった立場から整理しています。
さらに、財政に関して金融、中央銀行の立場からそのファイナンスの問題を扱った箇所は、財政赤字を扱う場所での参考になるでしょう。また、MMTやデジタル通貨に関する著者の評価もこの問題を考える手がかりを与えてくれるでしょう。
応用編では、黒田日銀の政策、黒田ノミクスの整理とそのその総括が、バランスがとれたものとなっていて参考になるでしょう。

④感想
旧著を読んでいなかったので、新鮮な気持ちで読み、感心しました。
日銀OBの本ではこのメルマガでも紹介した翁邦雄さんの『人の心に働きかける経済政策』岩波新書の日銀の政策部分と併せて読むことで複数の目でこの10年の金融政策を見ることもできます。
複数ということで言えば、日銀の政策員会のメンバーだったリフレ派の人たちも総括的な本を出していますので、巻末にある参考文献を手がかりに、そちらも参考にすることが良いかもしれません。でも、そうすると三ツ目になってしまうかもしれませんが。(新井)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
先月号で書いた放送大学の評価が送られてきました。不可です。「なんじゃい」と思ってもう一度よく調べたら、どうやら期末のテストを受験していなかったことがわかりました。つまり、6月のレポートは中間レポートだったのです。
昔、大学で必修の科目のテストを1時間間違えて、再履修したことを思い出し苦笑しました。何歳になっても変わらずです。それにしても、放送大学のHPの使い勝手の悪さは最悪です。経済では情報の非対称性が問題になりますが、情報処理力の非対称性が高齢社会、いや情報社会では問題であることがよく分かりました。
さて、お金を出して再試に挑むか、まあよく勉強したからそれでよしとするか。迷うところです。これも経済ですね。(新井)
Email Marketing Powered by MailPoet