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水無月、六月。水がないのに雨の続く梅雨の月、そして祝日が一日もない月です。
各学校では中間テストが終了し、天候を心配しながら体育祭などの行事に取り組んでいるところもあるかもしれません。新入生も学校に慣れ、授業も導入的な部分が終わり、経済分野はまだ始っていないかもしれませんが、本格的にそれぞれのテーマに取り組むことができる季節になってきました。
そんな今月も、ネットワークの活動報告と、授業に役立つ情報をお伝えします。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 23年5月の活動報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…タブレットを授業で活用する
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業のヒントになる本を紹介します。
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【 1 】最新活動報告・情報紹介
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■「先生のための夏休み経済教室」今月中旬から申し込みを受け付けます
 チラシをアップしました。ご覧ください。
日時:8月21日(月) 高等学校向け 午前と午後4コマ
   8月22日(火) 中学校向け  同じく午前と午後4コマ
場所:両日とも慶応義塾大学三田キャンパス北館 
方法:会場での対面(50名限定)とオンラインのハイブリッド形式で行います。
内容:
<高等学校向け>
 現実の経済の動きと経済学の見方を解説する3人のエコミストの講演と、講演内容をいかに授業につくりあげてゆくか、現場の教員が考えてゆきます。
 登場する講演者は、中島隆信(慶応義塾大学商学部教授)、鹿野嘉昭(同志社大学経済学部教授)、中川雅之(日本大学経済学部教授)の三人の先生です。
 4コマ目で討論する現場教員は、杉田孝之、大塚雅之、金子幹夫の各先生と進行役の塙枝里子先生、加えて栗原久(東洋大学文学部教授)先生です。
<中学校向け>
経済の観点から地理、歴史、公民をどう教えるか、現場からの授業提案をもとに教育、歴史、経済の専門家が考えてゆきます。
最初のセッションでは、共催者の東京証券取引所から教材紹介があります。
次のセッションから、現場教員として、地理は行壽浩司先生、歴史は梶谷真弘先生と玉木健悟先生、公民は小谷勇人先生がそれぞれ授業提案をします。それに対して、地理は三橋浩志(文部科学省初等中等教育局教科書調査官)、歴史は横山和輝(名古屋市立大学経済学部教授)、公民は野間敏克(同志社大学総合政策学部教授)の先生方がコメントと指導をされる予定です。

■拡大札幌部会を開催しました。
 日時:2023年5月20日(土)14:00~17:00
 場所:キャリアバンクセミナールーム+Zoom のハイブリッド形式
 内容の概略:参加者30名(会場11名、zoom19名)
 テーマの「経済学習における政府の教え方」について、まず、中学校の立場から、三枝利多先生(教師支援塾、元目黒区立東山中学校)から問題提起がありました。
 中学生にとって政府の理解は難しいこと、それをつかませるためには社会科三分野の全体として見通しをもった授業計画が求められること、そのためには生徒の実態をふまえたねらいや観点が明確な授業作りが必要なことが説明されました。
また、経済30時間の公民分野で政治と経済を融合させながら政府について考えさせるには学ぶ順序性とともにパッケージで授業内容を提示することが必要であるとの説明があり、具体的な事例では、無人島シミュレーションを使って、そこから政府の役割まで考えさせる事例やディベートに代わるパネルディスカッションの方法、防災をテーマとした地方自治での授業などを紹介されました。
次いで、阿部哲久先生(広島大学附属高等学校)から、高校公民科で政府をどう扱うかの提起がありました。
 阿部先生は、生徒の常識的な政府理解を崩してゆくために、長年続けられている「チロル分配ゲーム」を紹介され、そのうえで、教科書で登場してくる大きな政府か小さな政府かという問いかけが妥当なのかという問題提起をされました。
 それに応える教材として、福祉と財政に関して、エスピン・アンデルセンの福祉国家のレジームと、その具体例としてアマゾンKindleを巡る障害者裁判の事例を紹介され、政府の三つの役割を理解させる授業構想を提示されました。
 二人の先生の報告をうけ、山崎辰也先生(北海道津別高等学校)からはアメリカの政府を扱った教材の紹介、佐藤英司先生(福島大学)からは経済学からみた政府の位置づけ、兼間昌智先生(札幌大学)からは三枝先生の無人島シミュレーションの有効性の指摘、杉田孝之先生(千葉県立津田沼高等学校)からは教材選択の視点からのコメントがそれぞれありました。
また、進行役の川瀬雅之先生(札幌新川高等学校)からまとめのコメントがありました。
 質疑では、会場とzoom参加者からそれぞれの報告に関する質問と回答、感想などが寄せられました。
最後に、篠原代表から、先生方は、これまで政府を教えるときにその本質を押さえた教え方をしてこなかったのではなかったか。しかし、本日の報告、コメントを通して、その本質に迫ってきている議論ができつつあるのではないかとの感想があり、このテーマだけでなく市場の教え方など、さらに幅広く論点整理と議論をしてゆきたいとの表明がありました。
部会内容の詳細は以下をご覧ください。
http://test.belle-music.site/wp-content/uploads/2023/05/Sapporo032report.pdf
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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<定例部会と企画中のイベントのご案内です>(開催順)
■東京部会(No.134)・大阪部会(No.84)を合同で開催します。(既報)
日時:2023年6月10日(土) 15時00分~17時00分
場所: オンライン(Zoom形式)のみで行います。
内容:家庭科とコラボした金融教育の授業、テスト問題からみる授業改善
申し込みは以下からお願いします。
 http://test.belle-music.site/wp-content/uploads/2023/03/tokyo134Osaka84flyerZoom.pdf

■東京部会(No.135)・大阪部会(No.85)を合同で開催します。
 日時:2023年7月8日(土) 15時00分~17時00分
 場所:慶応義塾大学三田キャンパス+オンライン方式
 内容:経済から見る中学社会科の授業、高校公民での金融・財政の教え方
 申し込みは以下からお願いします。
 http://test.belle-music.site/wp-content/uploads/2023/05/tokyo135Osaka85flyerZoom.pdf

<情報紹介>
■中川先生の都市問題の解説が日経新聞で掲載されました。
 「夏休みの経済教室」に登場予定の中川雅之先生(日本大学経済学部)が、日本経済新聞の「やさしい経済学」のコーナーで、「人口減少時代の都市政策」のタイトルの現在の都市問題に関する解説を書かれました。
 5月16日から29日まで全10回の連載です。 日経新聞のHPから検索が出来ます。https://www.nikkei.com/theme/?dw=17092100
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【 3 】授業のヒント  タブレットを授業で活用する
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■(中学校)  ICT機器によって公立中学校の社会科が変わる
執筆者 行壽 浩司(福井県美浜町立美浜中学校)
*タブレットで広がる教育の幅
生徒たちにタブレット端末が配布されたことにより、教育の幅が広がりました。
私が最も実感するのは、日本証券業協会が主催している「株式学習ゲーム」の導入時です。
資本金1000万円を用いて、実際の株式を買い、一日ごとに変化する株価を確認しながらチームで資本金を増やしていくゲームです。基本的には100日間のゲームであり、生徒たちは楽しみながら株式の売買を行っています。
このゲームは1996年から実施されているもので、目新しいものではありません。しかしこれを実施するには、これまでは高い壁がありました。

*タブレットで可能になる主体的な学習
公立中学校でこのゲームを実施するには、機器が不足していたのです。やりとりはインターネット上で行うため、教員はまずパソコン室を確保しなければなりませんでした。他のクラスとかぶらないように配慮し、またパソコン室と教室の移動時間を考えて授業を行う必要があります。これは大変な手間であり、普段の授業の中で実施するのは困難な印象でした。
ゲームを通して楽しみながら学ぶというのは、生徒にとっても主体的に学ぶ機会であるし、教員にとってもより意欲的・自主的に学んでいくため、魅力的な授業ができます。それにも関わらず、公立中学校の機器の不足と教員の手間によって教育現場に普及しないのは、大変な損失です。
一人一台タブレット端末が配布されたことで、これが大きく変わりました。タブレットによって授業の最初5分間というような細切れの時間であっても実施ができるようになりました。それこそ休み時間に継続して取り組み、学んでいる生徒も出てきます。
タブレット端末が普及したことによる一番大きな功績は、学びたい生徒により多くの機会を与えていることではないでしょうか。

*教員にもメリットが
教員が教材研究し、授業を行っていると、教員の認識の枠の中で学習が閉ざされてしまいがちです。しかし、生徒が教材を自ら研究をし、学びを深めていく授業は、時として教員も知らなかった知識までも取り込んで学んでいく可能性がひらけます。
これから求められる「良い授業」とは、教員が名人芸を披露し、生徒が観客となってそれを楽しみ学ぶ「パフォーマンス型授業」ではなく、生徒自身が教材研究し、それぞれが学びを深めていく「ゼミ型授業」のはずです。
それを実現するためのツールとしてタブレット端末は大変効果的です。生徒の興味関心から学びを深めていくために、是非、タブレット端末を上手に使っていきたいものです。

■(高等学校)  デジタルネイティブに迫る
執筆者 塙 枝里子(東京都立農業高等学校)
新課程から一人一台端末の環境が整備され、本校のさまざまなシーンで活用されています。私も授業だけでなく、部活動や生徒への周知、学校広報誌の配布、授業評価アンケートなどで使用していますが、これで大丈夫なのか不安になることばかりです。今日は悪戦苦闘しながら社会科の授業で扱った一部をご紹介します。

*Chat GPTで何でもできる?!
 今年の授業開きでは話題のChat GPTを取り上げました。
サイトから「日本の少子高齢化について教えてください」、「日本の税と社会保障の問題点は」などと入力し、結果を見せるというものです。AIによる秀逸な解答ぶりを生徒たちにも体験してもらおうとタブレットを持参させましたが、残念ながら既にアクセス制限がかかっており(!)叶わず、スマホで行いました。
 一方、Chat GPTは未来のことを予測したり、特定の意見を述べたりすることは出来ません(実際にその画面も見せました)。そして、「AIの進化は私たちにどのような変化をもたらすのでしょうか」と投げかけました。
生徒たちからはさまざまな意見が出ましたが、私からは人間だからこそできることが研ぎ澄まされていくのではないか。未来を描き、創造していくためにこれからともに学んでいこう…というようなことを伝えました。

*ニュースの見方から考える デジタルとアナログでは何が違う!?
また、年度当初にインターネットと新聞で見るニュースの違いを考察させました。
まずはタブレットで「今日の気になるニュースを探してみよう」と検索させ、「ソース(情報元)はどこかな?」などと声掛けをします。すると「○○ニュース!」とほとんどの生徒はニュース配信サービスを言います。しかし、実際には提供元メディアがあるため、そこまで探してもらいます。
その後、記事のタイトルや長さ、なぜ気になったのかなどペアワークでシェアしてもらいました。
次に、学校で定期購読している新聞を一人一紙ずつ配布し、いわゆる新聞の読み方を解説しました。その後、「気になるニュース」を探させます(あと新聞の値段を探させると盛り上がります)。
所属校では生徒の新聞定期購読率は3年前から3割を切っており(授業者調べ)、久々に新聞を触った生徒もいるため、読み方が分からなかったり、選んだ記事が実は広告記事だったり、そもそも新聞がバラバラしてしまったりと大騒ぎ。紆余曲折を経て全員が記事を選び終わったら、インターネットと新聞記事の違いを話し合ってもらいました(新聞活用は帝国書院の『ライブ!現代社会』が参考になります)。
デジタルネイティブと言われる彼らですが、インターネット、新聞それぞれの良さを体感したようです。

*タブレットはツール
今後もタブレットを用いた匿名意見投稿やプレゼンテーション資料の共有、クイズ形式の確認テストや株式学習ゲームへの参加などに使用していく予定です。
でも、忘れていけないのは、タブレットはあくまでツールであるということ。これからは「よい授業とは何か」という問いと同様、「よい端末との付き合い方とは何か」という問いに向き合うことになりそうです –––
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【 4 】授業に役立つ本 
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 今月も、幅広く3冊の本を紹介します。梅雨の合間にどうぞ。

■東京大学法学部「現代と法」委員会編『まだ、法学を知らない君へ』有斐閣
①どんな本か
東大法学部が、駒場キャンパスで1,2年生向けに開講した総合講座「現代と法」の2021年度の講義をもとにまとめた現代法学入門の本です。

②どんな内容か
半期2単位の講座なので、はじめにという講座の趣旨と全体像を扱った講義をふくめ全13講の内容です。
講義のタイトルと扱っている内容は以下になります。
第1講 デジタル社会と憲法(憲法)プライバシー、SNS
第2講 同性カップルと婚姻(民法)
第3講 刑法は個人の尊厳を守れるか(刑法)性刑法
第4講 金融サービス仲介業制度導入(商法)
第5講 役員報酬と法(会社法)
第6講 非正規をなくすには(労働法)
第7講 著作権法の過去・現在・未来(知的財産法)
第8講 プラットフォーム全盛時代に適正な競争を確保する(競争法)
第9講 ビッグテックの台頭(競争法)
第10講 GAFAの利益をつかまえる(租税法)グローバルタックス
第11講 国家間のサイバー攻撃をどう規制するの(国際法)
第12講 契約とContract(英米法)パンデミック、オリンピック
第13講 一人一票の原則を疑う(法哲学)

③どこが役立つか
高校の「公共」「政治・経済」を担当している先生向けの本でしょう。特に、法学部出身の以外の先生にとっては、現代の法学が具体的にどんな問題を対象にしているのかがハンディに理解できる本となっています。
法の授業で扱える項目では、第1講のプライバシー事件の現代的な事例、第2講の同性カップル裁判事例、第12講のパンデミックやオリンピックの契約であらわになった欧米との違いなどが直接の事例として役立つでしょう。
経済との関連では、第5講から第10講までの会社、労働、競争、税の部分がそれぞれの箇所の法的側面からの説明に役立ちそうです。第13講は選挙の授業で扱えます。
全体として内容、記述に濃淡があるので、法理論的な箇所は飛ばして、具体的な事例を探しながら読まれると授業のネタがさがせます。

④感想
本メルマガ2022年の8月号で紹介した、東大経済学部の総合講座の法学部版です。http://test.belle-music.site/2020/08/01/2982/
二つを読み比べると、経済学部と法学部の体質の違いのようなものが出ていて、興味深く読みました。「書名や装丁を親しいものに」したと書いてありますが、法学部は堅いなあというのが正直な感想。
それでも、「はじめに」で出てくる、「具体例から出発する」「法の多様な側面や多様な担い手に触れる」という学び方は、経済での教え方にも通じる大事な指摘と感じます。
「主権者教育に経済教育の風を」というのがネットワークメンバーによる法教育への問題提起でしたが、今度は「経済教育に法教育の風を」もスローガンになりそうな本です。

■中島隆信『お寺の行動経済学』東洋経済新報社
①どんな本か
春の経済教室での好評を受けて、夏休みの経済教室でも登場される中島隆信先生の新しい本です。
2002年に刊行された『お寺の経済学』を「祈り」という観点から見直し、行動経済学の知見も取り入れてバージョンアップされた本です。

②どんな内容か
全体は4章からなっています。
第1章は「祈りの行動経済学」で、私たちがなぜ祈るのかを行動経済学から分析しています。
登場する行動経済学の理論や概念は、プロスペクト理論、確率加重関数、クローズドループ現象、プラセボ効果、バーナム効果、認知的不協和、ナッジ、デフォルト・オプション、ヒューリスティック、アンカリング、メンタルアカウンティング、最後通牒ゲームなどです。
これらの理論や概念を使って、一見不合理な人間行動、特にそのなかでも個人の価値観や行動に影響を与える「祈り」を分析してゆきます。
第2章は「仏教における祈り」で、原始仏教での祈りからはじまり、それが宗教的行為になるプロセスをたどります。そのなかで、日本の仏教における現世利益の扱い方、葬式仏教化した仏教における「祈り」を分析します。
第3章は「お寺のガバナンス」で、寺院を非営利組織としてとらえ、そのガバナンスの難しさを分析してゆきます。
第4章は「お寺は生き残れるか」で、ここまでの議論をまとめて、現世利益や葬式仏教の今後、さらに現代における祈りを展望します。

③どこが役立つか
公民科でも「公共」「倫理」の担当の先生には、第1章や第2章の記述や事例が、直接役立つ本でしょう。また、「政治・経済」でも第3章の非営利組織のガバナンスに関しては、株式会社と対比して扱う事ができるでしょう。
特に、最近の政治的事件の背景にあるカルト的宗教教団の行動やそれに巻き込まれる人間心理を理解する手がかりをえることができるでしょう。
行動経済学に関心のある先生にとっては、大竹先生の『行動経済学の使い方』などでは扱われていない宗教に関して考える手がかりを与えてくれる本です。

④感想
中島先生が、2005年の本をさらに深めたこの本を書く動機が書かれた「あとがき」を読んで、学者は実存的問題を学問の形で昇華してゆくのだなというのが感想です。
また、私事ですが、「墓じまい」に関わらざるをえなくなり、その時に、お寺のやり方や祖先崇拝の問題などを考えさせられてきました。
檀家が減少してゆくなかでの寺院の維持の問題、そもそも論として、なぜ墓という装置が必要なのか、祖先を祀るとはどのような意味があるかなど、本書を読んでその疑問の一端を解くことができました。それでも残るのは、信じること、祈ることの意味ですが、これは自分の生き方の根底にある価値の問題として受け止めてゆく必要ありと感じました。
本書で取り上げられているのは仏教ですが、キリスト教だとどうなるのか、祈りと教会、教団の関係などさらに広げて考えてゆきたいと思わせる本です。

■松井琢磨著『コンテナから読む世界経済』(KADOKAWA)
①どんな本か
海運経済学を専門にしている著者が、コンテナを通して現在の世界経済の動向を読もうとする本です。
また、物流という観点から日本経済の将来の課題を読み解こうとする本です。

②どんな内容か
大豆を事例として、コンテナ輸送の実際を紹介した序章にはじまり、全6章で構成されています。
第1章では、「コンテナの動きでなぜ世界経済が分かるか」のタイトルで、コンテナ海運の全体像がざっくりと紹介されます。
第2章がメインになります。ここでは、コンテナとは何かから始まり、どこで造られだれが保有しているか、大きな航路、主要な港はどこか、どんなコンテナ船の会社があるか、何がどのくらい世界で運ばれているかなどコンテナ経済を巡る実態が紹介されています。
第3章は「海運物流・コンテナ輸送はどう発展してきたのか」で、コンテナの歴史が扱われます。
第4章では「今世界で起きている海運の問題」として、コロナによる物流の変調、サプライチェーンの動き、貿易戦争による物流の変動などが扱われます。
第5章、第6章では、「海運から読み解くこれからのビジネス」「今後、コンテナ船は」で課題と展望が書かれています。

③どこが役立つか
経済の授業だけでなく地理の授業で使える本です。
日本の輸出入のうちコンテナ輸送で輸送される割合が40%であること。
世界各地の港湾で扱われているコンテナは約8億個あるのに対して、日本の港では約2000万個でしかないこと。
そのコンテナの90%以上は中国で生産されていること。
インバランス問題といって片道は空のコンテナを運ばなければいけない問題があり、日本から中国やアメリカへは空のコンテナを運ぶケースが多いこと。
コンテナ船がスエズ運河やパナマ運河を越える通行料金は一回約50万ドルであり、支払いはSDRであることなどなど、興味深いデータやエピソードが満載です。きっと、授業のネタが拾えるでしょう。
航空貨物、鉄道貨物、2024年のトラック輸送問題など、物流は表には登場しないけれど経済にとっては重要な役割があること、サブタイトルにある「経済の血液はこの箱が運んでいる!」という実際が具体的にわかる本になっています。

④感想
日本の港の地位低下が時々報道されていますが、この本を読むと予想以上に日本の港の扱い量の少なさにびっくりします。
ちなみに、ベスト10には上海をトップとして中国の港が7カ所を占め、中国以外では、シンガポール、釜山、ロッテルダムがかろうじて入っています。日本は東京港がトップで46位です。
これに関しては、「日本が巨大な工業製品の輸出国」であるという昭和の時代の社会科の教科書に書いてあった認識をアップデートすることが求められる」という本書の指摘(p257)は、昭和の頭で生きている紹介者には痛い記述でした。
逆に、この現実を押さえたうえでの今後の世界のなかの日本経済のあり方を考えさせる授業などがあってよいなとも思いました。(新井)
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【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
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4月から大学生になりました。放送大学の科目等履修生です。どの科目をとろうかと迷ったのですが、経済学とは違う分野にしました。
その科目の単位認定の課題の締め切りが5月末で、1000字の小論文を書きました。これまでは採点をする方でしたが、採点される立場になり、四苦八苦。テストをうける生徒の気持ちを実感しました。はたして、どんな評価がくるか、楽しみのような不安のようなちょっと複雑な心境です。(新井)
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