reader reader先生
 何かいいことがありそうな7月を迎えました。
 先生のための「夏休み経済教室」の申し込み受付が始まりました。
 まずは、次のリンクをクリックしてみてください。
  大阪会場   https://econ-edu.net/2026/06/01/8435/  
  東京会場   https://econ-edu.net/2026/06/01/8438/
 どのような教室にすれば多くの生徒に「経済」をわかりやす学んでもらえるのかを考え続けながら企画を検討してきました。当日は、皆さんと「授業づくり」について語り合いたいと思います。それでは7月号のスタートです。
────────────────────────────────────────
【今月の内容】 今月は次の5つの内容をお届けします。
────────────────────────────────────────
【 1 】先生のための「夏休み経済教室」 申し込み受付 はじまりました!!
【 2 】最新活動報告・・・2026年6月の活動報告です
【 3 】定例部会のご案内・情報紹介
【 4 】授業のヒント…【タブレットを叩く教室で「鉛筆を転がさない」選択を教える】
【 5 】授業で役立つ本…授業づくりのヒントになる本を2冊紹介します。
────────────────────────────────────────
【1】先生のための「夏休み経済教室」 申し込み受付 はじまりました!!
────────────────────────────────────────
 「2026年 先生のための「夏休み経済教室」」申し込みはこちらです!!
  大阪会場の申し込みはこちらです
    https://econ-edu.net/2026/06/01/8435/  
  東京会場の申し込みはこちらです
    https://econ-edu.net/2026/06/01/8438/
────────────────────────────────────────
【2】最新活動報告・・・2026年6月の活動報告です
────────────────────────────────────────
2026年6月は、部会の開催がありませんでした。
この間、「先生のための「夏休み経済教室」」の準備をすすめています。
7月には4日、5日に東京部会、大阪部会が開催されます。
詳しくは次の【3】をご覧ください。
────────────────────────────────────────
【3】定例部会のご案内・情報紹介
────────────────────────────────────────
■ 東京部会(No.150)を開催します
日時:2026年7月4日(土)15:00~17:00 
  場所:慶応義塾大学三田キャンパス東館4Fのオープンラボ
  お申し込みはこちらです
 https://econ-edu.net/application/event-application/
                    よりフォームにてお申し込みください
■ 大阪部会(No.98)を開催します
日時:2026年7月5日(日) 15:00~17:00
  場所:同志社大学 大阪サテライトオフィス
お申し込みはこちらです
  https://econ-edu.net/application/event-application/
                    よりフォームにてお申し込みください
────────────────────────────────────────
【 4 】授業のヒント
────────────────────────────────────────
タブレットを叩く教室で「鉛筆を転がさない」選択を教える
    執筆者 金子幹夫
1.「用語集」をパラパラ見ると・・・
 今月は『政治・経済用語集』(山川出版社)をパラパラみるところからはじめます。
 2023年版を見ますと「政治・経済]の教科書は6冊発行されています。2014年版の同用語集を見ますと8冊でしたので、約10年で2冊減っていることがわかります。
 せっかくですので、本連載で注目している「希少性」「トレードオフ」「機会費用」 について見ることで経済教育の変化を感じ取ってみたいと思います。

2.全教科書に記載されるようになった?
 ここ10年間で、どのような変化があったのでしょうか?まとめると、次のことがわかりました。3つの用語について、左側が2014年版で8冊中何冊に記載されているのかを、右側には2023年版で6冊中何冊に記載されているのかを示すことにします。
 希少性    :3冊(8冊中)→6冊(6冊中)。
 トレードオフ :5冊(8冊中)→6冊(6冊中)。
 機会費用   :2冊(8冊中)→6冊(6冊中)。
 ここから,約10年前とは異なり、現在「政治・経済」を学習している生徒は、全員が「希少性」、「トレードオフ」、「機会費用」について学習するようになったことがわかります。
 
3.「公共」では?
 それでは「公共」ではどうでしょう?
「公共」が誕生してから、数年しか経過していませんので、ここでは参考データとして2019年の「現代社会」と比較してみることにします。
 2019年時点で「現代社会」の教科書は12冊発行されています。一方の「公共」も2023年時点で12冊発行されています。どちらも12冊ですので、先ほどの三つの用語が何冊の教科書に記載されているかという数値のみをあげると次のような結果でした。
 左側が2019年時点の「現代社会」、右側が2023年時点での「公共」を示しています。
 希少性   :0冊→0冊
トレードオフ:0冊→7冊
 機会費用  :0冊→8冊。
 トレードオフと機会費用は、「政治・経済」と同様に記載数が増えました。希少性が気になりますね。教科書は4年ごとに改訂の機会があります。それに合わせて用語集も改訂されるはずです。近々発行されるであろう『公共用語集』に注目したいと思います。
 参考データではありますが、筆者の手元にあります新しい「公共」の教科書(全てではありません)を見てみますと、「希少性」は少なくとも7冊に記載されていることがわかりました。確実に数値は増えているようです。

4.大きな変化を細分化して・・・
 さて、ここまでで公民科における経済学習の内容に大きな変化があることがわかりました。そこで、教師はこの変化をどのように受け止めればよいのでしょうか?
 新しい用語が増えたのだから、それをわかりやすく説明すればよい、というものではないところが本稿の立ち位置です。この変化は、これまでの「仕組みを理解する」ことに加えて「選ぶという意思決定を行うための考え方を学ぶ」という方向転換だからです。
 そう考えますと、この問題はものすごく大きな問題です。本エッセイ一ヶ月分の分量で捉えるには大きすぎます。そこで、この大きな問題を細分化し、手に負えそうなところを見つけて皆様と共に考えていきたいと思います。

5.「選ぶ」を整理する
 手に負えるかどうかわかりませんが、はじめに注目したのは問題の入り口です。
 経済学習の内容変化に関する問題の入り口には、教師が「選ぶ」という行為を教えるために、どのような準備をしなければいけないのかという課題が見えてきます。
 はじめに教師は「選ぶ」という行為を整理する必要があるわけです。その整理とは「生徒が自分のことに関する選択を学ぶ(自分の人生に関する意思決定)」ということと、「生徒が政策選択を学ぶ(社会全体に影響する意思決定)」とに分けることからはじまります。
 教科書や資料集を見ますと、前者では「生徒個人の進路選択の例」が、後者では「いろいろな政策の存在」が記述されています。いったい誰の? 何を選ぶことを学ぶのか?ということを整理して教える、という準備が必要になります。

6.鉛筆ではない
 前者の「生徒個人の選択」という言葉で、皆さんはどのような授業を思い浮かべますか?目の前の生徒の状況に応じて、いろいろな素材が出てきそうです。
 どのような素材でも、目指すものはきっと「人生、いろいろな場面で選択に出会うでしょう。その時に、鉛筆を転がして決めるのではなく、これこれこうだから・・・だから私はこれを選ぶのだ」ということを学んでほしい、ということだと思うのです。

7.経済学習で学ぶのは?
 それでは後者の政策選択についてはどうでしょう? ここで準備すべきことの一つに「わからないことに耐える心構えを持つ」ということをあげたいと思います。
 経済学習では、私たちは世の中の仕組みを学ぶと同時に、選択するための判断材料を学ぶことができます。
 例えば、「消費税を上げたら財政はどうなって消費はどうなるか・・・」、「最低賃金をあげたらどのようなことが起こるのか?」、「レジ袋を有料化したらどうなるのか?」、身近なところでは「学校の予算をグランドの芝生化に使うか図書費に使うかでどのような違いが生じるのか?」といったことを学ぶことができます。

8.未来のことはわからない
 共通していることは、正解はわからないということです。
 わからないことに出会うと生徒は困った顔をします。「わからないこと」そのものにストレスを感じる生徒もいれば、成績のことを気にする生徒もいます。「・・・が理解できたか?」という項目でマイナスに評価されてしまうことを恐れる生徒もいそうです。
 生徒には、政策選択をするにあたって、選択肢の背後にはどのようなことがあるのかを
理解してもらいたいのです。そして、「これこれこうだから・・・だから私はこの政策を選ぶ」と考えてもらうことを目指したいのです。鉛筆を転がして1票を投じるような選択では困るのです。
 この時に、未来のことや世の中のことにはわからないことがたくさんあるということ、むしろわからないことの方が多いことを皆で共有したいのです。「わからないことに耐える心構えを持つ」というのも公民科の学習に必要だと思います。

9.経済学習の役割
 ここ10年における経済学習の変化について、その入り口周辺をうろうろと考えてみました。ここまで書いて気付いたことですが、教室を見渡すと、誰も鉛筆をもっていません。用語だけではなく学ぶための道具も激変しているようです。このこともあらためて考えなくてはなりません。 今月はここまでです。
出典
政治・経済教育研究会編『政治・経済用語集』山川出版社2014年
政治・経済教育研究会編『政治・経済用語集』山川出版社2023年
現代社会教科書研究会編『現代社会用語集第2版』山川出版社2019年
公共教科書研究会編『公共用語集』山川出版社2023年                          ────────────────────────────────────────
【 5 】授業に役立つ本 
────────────────────────────────────────
今月紹介する本は
宇野重規『政治とは何か』講談社現代新書 2026年
平賀 緑『お金儲けしない経済学』-食べ物から考える<共>のしくみ 岩波ジュニア新書2026年の2冊です。
■ 宇野重規『政治とは何か』講談社現代新書 2026年
① なぜこの本を選んだのか?
 経済の授業をする前に、このようなことを知っておくと教科書全体の流れがつかめる、という知識の整理ができると考えて選びました。もしも今、政治的分野の授業をしていて、まもなく経済的分野の授業準備に入るというタイミングでしたら、より一層参考になるのではないかと思います。

② どのような内容か?
1.今の政治がどう見える?
 本書の中心課題は、西洋中心主義を疑いながらも、そこに生まれた概念の中で今も価値あるものを継承し発展させようと試みるところにあります。
 この課題を追究するために、歴史を振り返りますと、今の政治が、本当の意味での政治と異なる姿に見えるというのです。どのように見えてくるのでしょうか?

2.科学技術の発展は人類にとって困難の始まり?
 はじめにアレントの『人間の条件』が登場します。アレントは人間の行為を「labor(労働)」、「work(仕事)」、「action(活動)」の3つに分けている、というのが教科書的な解釈ですが、本書では政治において重要なのは「活動」だと受け止めています。なぜ「活動」に注目したのでしょうか?
 ここで『人間の条件』の冒頭に書かれている「人工衛星スプートニク打ち上げ」を紹介します。同書では、この人類が宇宙に行ったことを、素晴らしいと捉えるのではなく、人間の不幸や困難がはじまったと書いているのです。

3.言葉を失う、そして政治が危機を救う
 科学技術が発展すると,どうして人類は不幸や困難に直面するのでしょうか。その理由は、科学技術の発展によって、人間の言葉が失われるからだとアレントは考えました。
 人間は、いろいろと迷いながら他者と言葉を介してコミュニケーションをとり、さらに迷いを重ねながら生きていくわけです。科学技術は、この大切な言葉を人間から奪ってしまったとアレントは考えたのです。
 しかし、彼女は「政治」がこの危機を乗り越える鍵になるのではないかと模索します。

4.「政治」のもつもともとの意味
 政治は人類を危機から救い出してくれるのでしょうか? この政治そのものについて歴史的な振り返りがここから始まります。
 政治というのは本来、「学問」であると同時に「技芸」だったようです。西洋語の「politics」と漢語の「政」と日本語の「まつりごと」がそれぞれ何を意味するのか? それぞれの違いを教えてくれます。

5.アメリカ合衆国のお手本
 歴史的な振り返りは、古代ローマまで遡ります。共和制ローマの政治体制は①執政官、②元老と呼ばれる少数の有力者、③民会という3つの要素から構成されていました。
 アメリカ合衆国の建国は共和制ローマがお手本になったことが紹介されています。執政官に相当するのが大統領、元老院が上院、民会に相当するのが下院だそうです。なるほど・・・社会科教師が読みたくなるようなエピソードが小刻みに登場します。

6.対立は悪いとは限らない
 この共和制ローマの権威を近代に継承したのはマキアヴェリでした。ここでローマが発展した秘訣を内部対立に見出したことを紹介します。内部対立? どういうことなのでしょうか。 
 この枠組みは、本書で繰り返し登場します。政治を発展させるためには、対立を絶対悪として捉えないという考え方です。対立そのものを適切に制度化すれば、むしろ相互の力を引き出して、一国の活力の拡大につながるという発想が本書で繰り返し登場します。
 モンテスキューも古代ローマに関心を寄せたとして登場します。古代ローマのモデルに司法権の意義を加えて「三権分立」論を理論化する過程が描かれています。 

7.古典的理解を一言でまとめると
 この時点で本書は、政治には一定の定義があると言います。それは「透明性を確保された公共の場において、暴力ではなく言葉によって、共同の意思決定を行うこと」です。 一方で、気になることもあります。それは、ここまで西洋の歴史しか振り返っていないということです。この限界に果敢に挑戦したのがアメリカの政治学者フランシス・フクヤマの『政治の起源』でした。同書は中国から政治の歴史を語り始めます。

8.複雑な仕掛けで西洋中心主義に挑みます
 フクヤマの政治に関する解釈を読んでみてください。どうして中国から説明を始めたのか? その説明で西洋中心の説明をどのように捉えるのか? フクヤマは、西洋中心主義を批判して中国から議論を始めるのですが、結末は意外なものでした。
 政治を「国家」、「法の支配」、「説明責任」から説明し、国家の発展と法の支配を確立したのはいったいどこなのか? を説明するのです。西洋中心? 中国? アメリカ? 西洋中心主義を打破する難しさを教えてくれます。

9.近代ヨーロッパ独特の発明
 ここまでで西洋中心主義という枠組みは、頑丈だということが伝わってきます。その中で、今も価値があるものは何でしょう?その一つに「政党」があるとねらいを定めます。古代ローマと近代ヨーロッパを比較して次のように説明します。
 古代ローマでは,社会全体に共通した善があり、それに向かって政治は進むべきだと考えていました。個々の特殊利益にこだわる集団の存在よりも共通善を重視したわけです。 近代ヨーロッパは、ここで独特の発明をします。それは、個々の特殊利益にこだわる集団をあえて正面から認めようとしたのです。前述した、対立は悪とは限らないという枠組みの再登場です。政党の存在が見えてきました。
 
10. 楕円の思想? それとも一般意志?
 その見えてきた「政党」の誕生を説明するために2人の人物が登場します。デイヴィッド・ヒュームとルソーです。2人は、政党のあり方をめぐり次のように対立します。
 ヒュームはホイッグ党とトーリー党を例にして「楕円の思想」を展開します。お互いが主張を譲らなければ内戦になってしまいます。比重は違うにしてもお互いの主張を認め合い合意しようというのが「楕円の思想」です。政党と呼べるものの誕生です。
 ところがこの考え方にルソーが反対するのです。人間がそれぞれ持っている特殊意志を合計しても共通意志にはなりません。社会には真の共通意志があるはずで、それを追い求めるべきだというのです。
 バラバラのまま合意を目指すのか? それとも一般意志を目指すのか? 政党をめぐる2つの考え方を私たちは受け止めるのです。

11.ダメといってもなくならない。 だったら・・・
 歴史的記述は、アメリカ独立革命に移ります。ここで紹介されているのは「建国の父」たちが執筆した論説集『ザ・フェデラリスト』第10篇の論文です。著者は第四代大統領マディソンです。
 第10篇では、党派を積極的に肯定しています。「党派が政治を牛耳ってはいけない」ではなく、むしろ派閥を増やして競争させるべきだと主張したのです。中途半端に規制するよりも、フェアに競争させるわけですね。
 
12.選挙区から当選した代議士の仕事は?
 この流れに乗って、政党の存在を正当化する理論が発展します。その中の一つであるエドマンド・バークの記述は、授業づくりの素材がたくさんあります。
 「近代的政党に必要な2つの要件」、そして「選挙で選ばれた代議士は地方の代表者なのか?それとも国全体のことを考える代表者なのか?」という内容は、どちらも生徒に話し合いをさせる時の新鮮な素材になります。

13.政治家の仕事って何?
 選挙で選ばれた代議士が登場しましたので、次は政治家について考えます。ウェーバーの「政治のために生きるか?」それとも「政治に生きるか」というお話、そしてマキアヴェリの「ヴィルトゥ」と「フォルトナ」のお話が登場します。
 さらに日本におけるマキアヴェリ像を大きく変えた佐々木毅先生の研究が紹介されます。西洋思想史研究に取り組んでいた佐々木先生が、なぜ選挙制度改革研究に取り組まれたのか?、その改革はどのようなものなのか? を知ることができます。

14.自分で考えて発言していると思っていたが・・・
 次の話題は1920年代から30年代にかけてです。現代を考える上で重要な時期という位置づけです。この時期に刊行された貴重な古典が紹介されます。
 その中の1冊がE・H・カーの『危機の二十年』です。カーは、個人の意志を踏みにじる力が世界に敢然として存在することを繰り返し説いているところに注目します。個人の意志こそが踏みとどまる最後の砦だという認識なのです。
 もう1冊は『イデオロギーとユートピア』です。著者のカール・マンハイムは、人がものを考えることについて危機意識をもって追究しています。人間は自分でものを考えているつもりでも、実際には自分で考えていないというのです。どういうことでしょう?
 人は成長する中で見たり聞いたり接したりしたものを無意識に身に付けます。そして自分で考えて発言していると思っていても、それはいつかどこかで聞いたことを口にしているだけかもしれないと同書は主張しているのです。 
 カーとマンハイムに共通していることは、人間の思考は私たちが思っているほど強固でもありませんし自立もしていないということです。

15.自分の思考・判断・表現
 その強固ではない人間の思想をどのように考えればよいのでしょうか? たしかに全てを自分で判断しようとすると多くの人は戸惑ってしまいます。「みんなそう思っているでしょ」というような社会の総合的な判断とされるものに無条件に従ってしまいそうです。
 さらに、持続可能な未来のことを考えろと言われても、そのための練習もしていないし習慣だってありません。政治はAIに任せるわけにはいきません。人間でないとダメなのです。いったいどうすればよいのでしょうか?
 本書はトクヴィルが「利己主義」と「個人主義」を区別したこと、そしてアレントが「孤立」と「孤独」を分けたことを紹介しながら、この問題にアプローチしていきます。

16.本書の全体像
 以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
 目次
 はじめに
 序章
 第一章 政治とは何か
 第二章 政党とは何か
 第三章 政治家とは何か
 第四章 政治と危機
 終章 なぜ政治をしなければならないのか
 むすび

③ どこが役に立つのか?
 生徒に「選挙(政策選択)」とはどのようなものかを考えさせるための素材がたくさん書かれています。例えば、本書の「選挙は何のためにあるのか」という次の記述を紹介してみてはどうでしょう。
 「間違いなく選挙によって、意見や利害の違いが目に見えるようになります。その一方、可視化された違いのなかから、ここは折り合って、ここは妥協するという合意形成の動きも生じる。選挙という仕組みは、その可能性に賭けているわけです」(p.91)。
 「選挙を通じて、相互の違いを明確化した上で合意をつくり直し、国民を再統合する。このような一連の機能をはたすことができて、はじめて選挙には意味があるのです」(p.91)という一文から、生徒の選挙観形成に向けての授業ができるのではないかと思います。

④ 感 想
エピソードが満載でした。ホイッグ党とトーリー党の名前の由来は、思わず誰かに話をしたくなるようなものでした(実際、近くにいた人に話をしました)。政党や新聞がコーヒーハウスから誕生したことも知りませんでした。
 もう一つ。私たちは春の経済教室でフューチャー・デザインについて学び、本コーナーでも西條辰義先生の『フューチャー・デザイン』を紹介したところです。このことに関連して、本書の最終章に「民主的社会というのは、どうしても未来のことまで考えられないのです」という一文があります(p.240)。時間軸を設定して持続可能な社会について教えなければいけない教師の難しさとやりがいを感じています。

■平賀 緑『お金儲けしない経済学』-食べ物から考える<共>のしくみ 岩波ジュニア新書2026年
① なぜこの本を選んだのか?
 夏休みを前に、高校生に紹介できそうなジュニア新書はないかな? と探していたところ、本書が目にとまりました。タイトルは「お金儲けしない?」、第3章は「宇沢弘文の社会的共通資本から食を考える」とあります。高校生だけでなく社会科教師にとっても読んでみたくなるような1冊になると思い選びました。

② どのような内容か?
<読書ノート>
0.平賀 緑先生について
 平賀先生は京都橘大学で食料農業経済や食料政策について研究しています。本書では「日本の平凡なサラリーマン家庭に生まれ育った私が、香港の道ばたから金融街まで、日本でも農村から元帝国大学の経済学研究科まで、そしてロンドンの大学院や国際学会まで、幅広い世界を体験」(p.210)したと書いてありました。  

1.本書の目的は?
 本書は、従来の経済学が見落としてきた、故意か不注意か『忘れてきた』領域を見直して、『経済学』を根本から考え直すことを目指しています。さて、いったい何を忘れたのでしょうか?

2.忘れ物の姿
 忘れ物の姿を見つけようと読んでいきますと、「つながり」という用語に目がとまります。「人と人」、「人と自然」のつながりを大切にしなければいけないのですが、「無償労働」、「自然環境」、「生活の知恵」などに見られるつながりを主流派経済学が扱わなかったところに忘れ物の姿が見えるのではないかと提案しています。
 この忘れ物を見るために、どのようにアプローチを試みるのでしょうか? 本書は「非営利な」「お金儲けをしない」経済学の考えを探すところからはじまります。

3.その忘れ物を見つけることがどうして大切なのか?
 なぜ、忘れ物が気になるのでしょうか? それは、何かがおかしいからです。食べものが大量に生産されます。食べ過ぎて不健康になって医者にかかります。健康食品も売れます。これらがGDPのアップにつながるところに平賀先生は違和感を覚えるのです。

4.おかしさの根底にある考え方
 おかしさの一つに、自然環境や人々の生活を無限にあるものとして捉えていた節の存在を指摘しています。
 本書では<公(Public)=官、政府>と<私(Private)=企業>と<共(commons=市民>と、三者を分けて話を進めます。とくに<共(=人びと)>の部分を、経済学が忘れてきた「非営利」な領域として再び強化できるかを考えています。

5.無償労働としての家事を考える
 人も自然も壊さない経済について考える第一歩は女性の無償労働です。なぜ、女性の無償労働からなのでしょうか? それは私たちが毎日を生きるため、経済的な生産を支えるため必要不可欠なのに経済学者や政治家から見落とされているからと指摘しています。
 カトリーン・マルサルの『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』を取り上げて、「見えざる手」が最も効率的な解を与えてくれるといったスミス自身の食事を誰が用意していると思っているのか?という問いを紹介しています。
 家事は家庭内における女性の領分として無償労働として見落とされてきたことを指摘し、このタダ乗りの経済発展が持続可能な形で続くはずがないと指摘しているのです。
6.コメの価格について
 次に取り上げているのは、令和の米騒動です。当時のことを振り返り、価格だけが話題になっていると指摘しています。
 資本主義の経済社会では、「商品」としての農産物が議論の対象にされがちです。一時的に価格が高騰しても、生産のために必要な水路や森林などを含めた農業・農村を維持するコストをコメ価格に反映させることは不可能だという問題点をあげています。
 この令和の米騒動については、渡辺努先生の『インフレの時代』(中公新書2026年)第6章と合わせて読みますと、問題の捉え方に厚みが出ます。米の価格が上がった原因を需要・供給曲線の見方と共に教えてくれます。

7.共有地の悲劇の前提は?
 最近、資料集等に登場するようになりました「共有地の悲劇」が登場します。まったく管理されない、誰もが自由に使える共有地という架空の場所を前提にしているという記述は授業づくりに役立つと思います。
 そして平賀先生はコモンズを、何らかの関係性を持ってつながった人たちが、民主的に話し合ってルールを決めて使っていく、自分たちが自分たちのために自分たちで管理しながら共に利用していくものと捉えているのです。

8.コモンズ論と社会的共通資本
 本書は、コモンズ論と似た考え方として社会的共通資本をとりあげます。経済活動にともなって発生する社会的費用は基本的に内部化されないまま社会的に弱い低所得者層に大きな負担として転嫁していることを数値計算によって明示したと紹介しています。
 ここでは、宇沢先生が経済学者宮本憲一先生の『社会資本論』から、どのような影響を受けたのかという視点で社会的共通資本を紹介しています。
 この『社会資本論』では農業生産のための灌漑や排水設備、運輸、通信、水道等の公益事業がなくては一次、二次、三次産業とも生産活動を行うことができないものと説明しています。社会的共通資本はこの考え方をもとに農村を構想したと解釈しているのです。
 そして農村レベルでも工業部門に対抗できるようになるために、個別の農家ではなく「コモンズとしての農村」を想定するのです。生産、加工、販売、研究開発など広い意味における農業活動を統合的に、計画的に実行する社会的組織を想定します。

9.あらためてお金とは何でしょう?
 従来の経済学が故意か不注意か「忘れてきた」領域を「つながり」を意識して見てきました。次に取り上げるのは、人と人、人と自然のつながりを大切にするためのお金の仕組みです。
 このお金について考えるための手がかりを、岩井克人先生の『貨幣論』とフェリックス・マーティン『21世紀の貨幣論』に求めます。お金とは何でしょう? このことを考えるクイズが出題されています。
 問題です。お金の価値を定めているのは、次のどれでしょう?
 ① モノ(金貨の場合、貴金属の金(ゴールド)の価値によって決められている)
 ② 国家(国が法律で1万円には1万円の価値があると定めている)
 ③ 社会(他の人がそれを1万円と認めるから1万円になる)
 答えは本書でどうぞ。そしてこの問題で問いたいことがお金について考えるための大切な手がかりを示しているのです。

10. いろいろな交換様式
 お金について考えたので、次はそのお金を使っての取引の仕組みについて考えます。
ここではお金と交換できる商品についても考えます。
 取り上げる商品は「食べもの」です。食べものと他の商品は、何が同じで何が異なるのでしょうか?この問題を整理するために柄谷行人が提示した四つの交換様式が紹介されます。その四つというのは
  交換様式A「互酬(贈与と返礼)
  交換様式B「服従と保護(略取と再分配)」
  交換様式C「商品交換(貨幣と商品)」
  交換様式D「Aの高次元での回復」  です。さあ、どのように食べものとお金との交換における問題点を整理するのでしょうか? 読み取ってみてください。

11. 人も自然も壊さない経済めざして
 ここまで紹介してきた様々な理論に共通することは、市場に任せすぎても、政府に任せすぎても、上手くいかないということのようです。
 共通の課題や価値観を持って集まった人たちが、自分たちの生活やコミュニティのために、自分たちで主体的に民主的に考えて、最適な仕組みを作っていくという軸をもってここまで展開してきました。
 教科書的な経済学には記述されていない領域について、人と人、人と自然とのつながりを見直す考えや仕組みについてここまで考えてきたわけです。

12.本書の全体像
 以上が、本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
 序章 お金儲けしない経済学とは?
 1章 家事はなぜ無償なのか
 2章 コモンズとしての食/食の再コモンズ化
 3章 宇沢弘文の社会的共通資本から食を考える
 4章 「お金」の仕組みを考え直す
 5章 「取引」の仕組みを考え直す
 6章 協同組合と社会的連帯経済
 終章 改めて、人も自然も壊さない経済とは
 あとがき

③ どこが役に立つのか?
 本書では「経済学が忘れてきた部分を取り上げる」といった意味の言葉が何度か登場します。経済学が、本当に忘れてきたのかどうかはいったん横に置いておき、経済学習が扱う領域の広さを捉えることができます。教科書に書かれている学習内容と日常生活の中で感じる経済との隙間を埋めることで、経済学習そのものを広く身近に捉えることができると思います。

④ 感 想
 既存の「非営利」に関する議論の多くが「市場の失敗」と「政府の失敗」からはじまっていることに違和感を感じているという一文が印象に残っています。民間企業がダメなら政府に任せればいいでしょう・・・という説明はピンとこなかったと平賀先生は書いています。ピンとこなかった理由は、説明の順番が逆だからだと指摘しています。教える順番と認識の問題が心に残りました。
  (金子幹夫)
────────────────────────────────────────
【 6 】編集後記「~自己観照~」
────────────────────────────────────────
 宇野重規先生の本に登場する「科学技術は、大切な言葉を人間から奪ってしまった」という記述が気になりました。本の内容は昔のお話しなので、現在の様子を書いたものではありません。しかし、この一文を読むと教師は複雑な気持ちを抱くのではないでしょうか。
 本を手に取って読み込む。再読する。そして書いてみる。何度も書き直してみる。この経験をした人だけにしか見えない世界があるのではないかと想像しています。鉛筆片手に、風鈴の音を聞きながらこの夏も皆さんと共に文字を追いかけていきたいと思います。
  (金子幹夫)
Email Marketing Powered by MailPoet