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 何かいいことがありそうな3月を迎えました。
 3月28日には、先生のための「春休み経済教室」があります。今月号は、この経済教室の予習をするための記事も掲載しました。毎回、経済教室は準備段階から何回も勉強会を開いて創り上げています。今回も秋から冬にかけて丁寧に準備をすすめてきました。多くの皆様と慶応キャンパスでお目にかかれることを楽しみにしています。それでは3月号のスタートです。
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【今月の内容】 今月は次の5つの内容をお届けします。
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【 1 】最新活動報告・・・2026年2月の活動報告です
【 2 】先生のための「春休み経済教室」申し込み受付中です!
【 3 】定例部会のご案内・情報紹介
【 4 】授業のヒント…【家族会議で経済学習】
【 5 】授業で役立つ本…授業づくりのヒントになる本を2冊紹介します。
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【1】最新活動報告・・・2026年2月の活動報告です
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■東京部会(No.148)をハイブリッド形式にて開催しました。
 日時:2026年2月8日(日)14:00~16:00 
 場所:連合会館で行う予定でしたが、雪のためZoomにて開催しました。
内容の概要:Zoom 15名参加
1.高橋克志先生(埼玉県立宮代町立百間中学校)による「公立中学校における財政×フューチャーデザインの実践」の報告
 2.新井明先生(経済教育ネットワーク)による「76歳、中学生へのFD授業をAIに吟味させる」の報告
 3.梅林知輝先生(埼玉県立川越女子高等学校)による「経済的な見方・考え方を働かせる授業実践について―分野や科目の横断的な取り組みを通して―」の報告
 4.吉田真大先生(渋谷幕張中学高等学校)による 自著『ソーシャル・データサイエンス入門』(教育図書)の紹介
 詳しい内容は
    https://econ-edu.net/2026/02/01/2371/
  をご覧ください。
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【 2 】今月です!! 先生のための「春休み経済教室」 申し込み受付中です
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  いよいよ今月です。 先生のための「春休み経済教室」に行きましょう!
  日時:2026年の3月28日(土)13時~17時
  場所:慶應義塾大学三田キャンパス北館3階大会議室+オンライン(Zoom形式)
  テーマ:エコノミストと考えるフューチャー・デザインの視点を生かした授業のつく      り方
  講演者:西條辰義先生(京都先端科学大学特任教授、フューチャー・デザイン研究セ      ンターディレクター)
授業提案と討論 「フューチャー・デザインの視点を生かした授業をどうつくるか」
問題提起 杉田 孝之先生(千葉県立津田沼高等学校 教諭)
    授業提案 高橋 克志先生(埼玉県宮代町立百間中学校 教諭)
授業提案 大塚 雅之先生(大阪府立三国丘高等学校 首席)
コメント 西條 辰義先生(京都先端科学大学 特任教授)
プログラムは
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2025/12/2026HaruKeizai.pdf
をご覧ください。
  申し込みは
    https://econ-edu.net/application/event-application/       
                          をご覧ください。
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【 3 】定例部会のご案内・情報紹介
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■ 大阪部会(No.97)
日時:2026年4月12日(日)15:00~17:00
 場所:同志社大学 大阪サテライトオフィス(予定)
 お申し込みはこちらです  
       https://econ-edu.net/application/event-application/
                  よりフォームにてお申し込みください。
■ 東京部会(No.149)をハイブリッド形式にて開催します。
日時:2026年4月18日(土)15時00分~17時00分
 場所:慶応義塾大学三田キャンパス(場所は未定)
お申し込みはこちらです 
  https://econ-edu.net/application/event-application/
                      よりフォームにてお申し込みください
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【 4 】授業のヒント
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家族会議で経済学習
執筆者 金子幹夫
1.「ストーリーとキャラクター」とは言うけれど
 先月号では、授業にはストーリーに加えてキャラクターが必要です、ということを書きました。そこでさっそく教材をつくろうとすると、すぐに次の2つの考え方をどのように両立させるのかという問題に直面します。
 1つ目は、「どの教室にも通用する教材は存在しない」という考え方です。
 2つ目は、先月取り上げました「授業にストーリーとキャラクターが存在することで生徒の理解が深いものになる」という考え方です。
 この2つの考え方を両立させようとすると、各教室ごとにストーリーとキャラクターを設定することになります。先月号を振り返り「これは大変なことを書いてしまった」と思ったわけです。

2.試作品を創るにあたって留意したこと
 とはいうものの、前に進まなければ問題は解決しません。次のように考えて作業を進めることにしました。
 それは「どの教室にも通用する教材は存在しない」という前提に立ちつつも、教室の状況に合わせて改造しやすいシンプルなストーリーとキャラクターを設定するという考え方です。これでしたら、先ほどの2つの考え方を両立させることができそうです。
 作業に入るために、もう一つ確認しなければならないことがあります。それは,作成する教材がどのような目的を持つのかということです。生徒がストーリーとキャラクターに夢中になればいいというものではないからです。

3.教材作成の目的
 今回作成する教材は、これから経済学習に入るというタイミングで使うことを想定したものです。目的は次の2点を設定しました。
 第1は、昨年の先生のための『夏休み経済教室』で取り上げられました「希少性、分業と交換、つながり」、そして「信頼、機会費用、効率と公正」に触れることです。この授業で、これから経済学習をはじめるための準備をするのです。
 第2は、経済学習に必要な考え方に触れる中で、生徒が自力で経済学習の入口までたどり着くことを目指します。この経済学習の入り口は「市場経済の学習」です。生徒の力を湧き上がらせるためにストーリーとキャラクターが必要なのです。

4.生徒がいつの間にか考えていることは?
 作成する教材は、生徒の話し合いが中心になります。はじめに役割分担をします。教師も生徒も、役割を担います。皆で、ある課題に取り組みます。その課題を考えはじめると、いつの間にか「希少性」、「機会費用」について考えているのです。
 そして、気がつくと「つながり」、「信頼」、「分業と交換」を学習する入り口に立っているという教材づくりを目指します。

5.授業の展開
 さっそく試作品を示したいと思います。示した後に、素材選びの理由を説明します。
 授業展開は次のとおりです。
 ① クラスを4人前後の班に分けます。その班は家族だと説明します。

 ② 先生は各班に共通の保護者役です。班員は残りの家族を構成します。
   1人ひとりの役割を2分で決めていきます。

 ③ 役割(兄弟姉妹、祖父母、保護者等々)が決まりましたら保護者(教師)が次のよ  うな台詞を言います。「この前、家族会議で話し合ったペットを飼う件だけど、基本的には反対だ。でもそのあとよく考えて、犬かネコのどちらか一匹だけ飼ってもいいかなと考えるようになった。家の広さや家計のこと、皆の生活を見ていると犬とネコの両方を飼うことはできない。皆で話し合い、どちらを飼うのかを決めてほしい」と。

 ④保護者役の教師は続けて「これから話し合いをしてもらうけれど、多数決を使わない  でほしい。丁寧に話し合ってほしい」と指示します。
  話し合いの時間は、7分とります。(7分間話し合う)

⑤ 7分後。結果が出ていてもいなくても、次のことを考えてもらいます。
  (1)なぜ保護者は1匹だけといったのでしょうか? 理由を推測してください。
  (2)子犬をあきらめることのマイナス面をあげてください
     同様に子ネコをあきらめることのマイナス面をあげてください
  (3)子犬(または子ネコ)を購入しようとするときに、重視する項目上位3つをあ     げてください
この(1)から(3)の回答をつくるのに10分とります。

 ⑥ 10分後、各班の回答を発表してもらい、教師はその回答を板書します。

6.経済学習のはじめに体験すること
 ここで生徒は、これが経済学習のはじまりなのだという3つの体験をしてもらうのです。
 第1は、家族には皆それぞれの生活があるから、ペットに費やすエネルギーには限りがあることです。エネルギーだけではありません。時間や費用も家の広さだって無限ではないことを、板書(先ほどの回答)で知ります。

 第2は、1つの選択をすることは、他の1つをあきらめるという経験です。例えばネコを飼うとしたら、支払うのはペットショップへの代金だけでなく、もし犬を飼っていたら得られたはずの穏やかな時間も、ネコを選んだことによる「コスト」に含まれます。

 第3は、信用とつながりを考えるということです。あたりをうろうろと歩いている犬やネコを捕まえて飼うというわけにはいきません。性格の問題や血統といったことも話題に出てくると思います。信用のない人と取引はできません。
 ストーリーとキャラクターを設定して、生徒自身に経済学習の見方・考え方を言わせることで、用語説明中心の授業から脱却できるのではないかという提案です。犬やネコ、そして家族といったキャラクターの構成は、教師の手でいろいろと改造できると思います。

7.市場経済学習の前に立つ!
 ここでは犬を飼うことにしたとして話を進めます。まずグループごと犬の名前を決めてもらいます。このあとに犬をめぐる様々な規制を経験してもらいたいからです。
 名前を決めたら、登録が義務づけられている「飼い主登録」を行います。予防注射も接種しなければなりません。私たちが平和に暮らすために、様々な規制の存在を経験するのです。
 さらに、もしも犬が病気になってしまった時のことを考えます。犬はマイナンバーカードを持っていません。
 さあ、どこから学習を出発させましょうか? 生徒にとって見える部分から学習はスタートします。そして徐々に私たちの見えない部分のことを学ぶ準備を整えていくのです。

8.なぜ犬とネコなのか?
 経済授業における冒頭部分の紹介は、いったんここで止めます。ここから先は、なぜキャラクターに犬とネコを採用したのかを説明します。
 一番大きな理由は昔のテレビコマーシャルです。本稿の構想を考えている時、ある飲料メーカーによるビールのCMが頭をよぎりました。そのCMは、人気の女性歌手による歌をバックに、ペンギンが1人(一羽?)ボクシングの練習をしているというものでした。
 このCMは、当時ものすごく話題になりました。そして、当時の評論家が、企業はコマーシャルに注目してもらいたかったら、動物を使うのだとコメントしたのです。
 筆者は、この理屈がCMだけではなく、授業でも通用すると思ったのです。子犬と子ネコが登場するテレビCMは現在もたくさんあります。今でも注目度は高いはずです。もちろん、クラスの雰囲気によって、ハムスターとか、メダカとか、いろいろなキャラクターが設定できると思います。

9.つながりと信頼
 今月号は、ストーリーとキャラクターを用いた経済学習の試作品を検討してみようという目的を持ってまとめてみました。犬とネコと家族というキャラクター設定を1つの手がかりに、皆さんと検討できればと思います。
 ところで、この後はどのような展開が可能でしょうか? 教える順番は、生徒の眼に見えるところからはじめて、徐々に見えない部分の学習にすすめます。犬を飼うことで見えるものとしては・・・ドッグフード? リードや首輪? 犬小屋? そして飼い主の面々。
 キャラクターたちの動きを一緒に想像していただけませんか? 今月はここまでです。
                          
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【 5 】授業に役立つ本 
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 今月紹介する本は,
  西條辰義『フューチャー・デザイン』日本経済新聞出版 2024年 と
  苫野一徳 岩内章太郎 稲垣みどり『本質観取の教科書 みんなの納得を生み出す対話』集英社新書 2025年 の2冊です。
 『フューチャー・デザイン』は「先生のための春の経済教室」のテーマです。

■ 西條辰義『フューチャー・デザイン』日本経済新聞出版 2024年
① なぜこの本を選んだのか?
「先生のための春の経済教室」の予習を皆でしませんか? という理由で本書を選びました。西條先生は『実践フューチャー・デザイン 静かな社会革命』も2026年1月に出版しています。春の教室までの約1ヶ月間、一緒にFDについて考えてみたいと思います。

② どのような内容か?
1.西條辰義先生の研究は?
 西條先生は京都先端科学大学でフューチャー・デザインの研究をしています。もともとは,公平性や効率性を社会目標とするときに、その達成する仕組みをデザインする、という研究に取り組んでいました。
 ところが,教室実験で見せた学生さんの行動が予想外のものであったことに驚きます。そして、本書のテーマであるフューチャー・デザインに出会うのです。

2.最初はここ1世紀の歴史です
 本書は「将来世代が私たちに『ありがとう』と感謝したくなる社会をデザインしたい」という一文ではじまります。このことを読者に説明するために、歴史的アプローチから記述がはじまります。
 はじめは、地球環境をめぐる歴史が取り上げられます。アンモニアから窒素肥料ができることの意味を問いながら、農業問題から爆薬の問題まで紹介してくれます。 
 教科書にもあります「コモンズの悲劇」が登場します。これに続く「救命ボートの倫理」という比喩は、授業づくりに大きなヒントを与えてくれます。

3.教科書の説明には「時間」が入っていないのか・・・
 歴史的な視点からの説明を読み進める中で、私たちは「将来失敗」という用語が繰り返し登場することに気づきます。これは,「生態系を破壊し、将来世代の資源を奪い、将来世代に大きな負担をかけてしまうこと」を指します。
 少しずつ話題が歴史から現在、そして未来にと移ってきます。この未来についてですが、私たちは未来のことを意識しなければいけないというのは理屈ではわかります。そこで教師は,この理屈を教科書記述とどのように結び付けることができるのでしょうか?
 その手がかりが市場に関する記述にありました。西條先生は、市場メカニズムについて学習するときに「この議論には時間(未来)が入っていない」ことを教えてくれるのです。

4.フューチャー・デザイン登場
 そしていよいよフューチャー・デザインの登場です。西條先生のフューチャー・デザインは2012年にはじまります。きっかけは、マサチューセッツ大学でのセミナー報告でした。
 この報告に登場するのが囚人にジレンマに関するお話しです。報告は、ゲームのプレイヤーが再考ステージを存在を知っているかどうかで判断が異なるというものでした。ギャングのジレンマは、再考ステージを導入することで解決するのではというものでした。
 話しは,このゲームを二つの超大国による覇権ゲームに読み替えるというものに発展していきます。なぜ米ソが互いに相手を破局に追い込む核戦争をしなかったのか? という問いに答えようとするのです。

5.授業案に役立つ話題
 この覇権ゲームは、どのような仕組みになっているのでしょうか? その内側を教えてくれるのが「防犯灯の設置のために互いに10万円出す(協力する)か、出さないか(協力しない)を選択するゲーム」です。これは高校の授業で実践すると面白いと思います。
 さらに,このゲームは生徒にとって面白いだけではありません。「覇権ゲームを無限回繰り返すことで平和が達成されるという見方」を学ぶことができます。再考ステージを設けるために「協力」や「信頼」そして「社会契約」が必要だと学ぶことができるのです。

6.中華料理店で誕生したアイデア
 セミナー報告の後に、中華料理店に行き、本書の中心課題の一つである「仮想将来世代」が誕生します。軽い気持ちで「今の社会に、仮想の将来人を作ったらどうか」と提案したところ「アメリカにはそのような人びとがいた」というお話しが出てきたのです。
 ここから先は,オンタリオ湖の南岸に住んでいたイロコイ・インディアンの話題でいっぱいです。彼らは重要な意思決定をする際、7世代後の人々になりきって彼らの視点で今の意思決定をするのです。ここは読みどころです。
 驚いたのは,イロコイの考え方が、ロック、ベンジャミン・フランクリン、トマス・ジェファーソン、トマス・ペインにも伝わっていたということです。当時のヨーロッパと異なる新たな政治体制をデザインするために、様々な理念をイロコイから学んだようです。
 
7.新しいゲームの開発
 このイロコイから学んだことがもとになって「世代間持続可能性ジレンマゲーム」が誕生します。
 このゲームは,3人が話し合いをしてAかBの選択をするというものです。そして、世代間で簡単には協力が起こらないことを経験するのです。どこかの世代が「ウィン」すると、確実にその世代よりも後のどこかの将来世代が「ルーズ」することになります。
 そこでこのゲームに「仮想将来人」を導入したらどうなるでしょうか? 例えば3人に1人を仮想将来人にするのです。さて、結果はどうでしょう? 持続可能な選択をする人は増えるのか? それとも減ってしまうのか? その理由も含めて読み取ってみてください。

8.さらに改良します
 この一連の流れを見て、バングラデシュ出身とネパール出身の大学院生が次のように言うのです。「自分のふるさとで、西洋風の経済モデルが想定するように行動する人はあまりいないものの、そのような経済モデルを使わないと論文にはならない」。
 そこで全員が仮想将来人になるという提案が出されます。まず全員が次世代になるとし、次世代から現世代(つまり自分たち)に持続可能な選択か、そうでない選択か、どちらを選択すべきかをアドバイスします。次に全員が現世代に戻り、再び意思決定をするのです。

9.今が未来、過去が今に
 このように改良を続けながら、本書ではフューチャー・デザインについての実践が紹介されます。実践を数多く経験していくと、年配の方が仮想将来人にはなりやすいのではないかと思えるようになってくるそうです。
 それでは若い人はこの実践には向かないのでしょうか? そのようなことはありません。またまた工夫です。参加者がいきなり将来に飛ぶのではなく、「今」から「過去」を振り返るという改良を加えるのです。
「今」を将来に、「過去」を今にと時間軸を移動すると仮想将来人の立場と同じになります。つまり、今から過去を見るというステップを経験するのです。

10.論文が目的でしょ?
 順調にFD実践が改良されてきました。そのような時「あなた方はうちの町でデータをとり、それで論文にするのが目的でしょ」とある職員に言われるのです。これは西條先生にとっては衝撃的でした。
 そこで、FD実践者がどのようにしてFD実践の原則を考え、使っているのかを多くの人に知ってもらう必要に迫られるのです。根本から考えなおし、たどり着いた先はカントの「批判的公開性」の原則でした。

11.カントから教わる
 カントの教えに従い、将来世代に関わりのある案件について意思決定をする場合、なぜそのような意思決定をしたのか、現世代と共に将来世代にも公開するのです。
 公開することを前提に意思決定するなら、将来世代の足をひっぱるような意思決定はなかなかできないことを実験で確認します。一方で公開しない場合には、現世代は自己のために得をする決定をしがちになるそうです。

12. ドゥメイン投票
 ここまで、私たちが未来人になりきり、未来人の視点で今の意思決定をするという実践を中心に考えてきました。ところでこの他に未来をデザインする実践はあるのでしょうか。
 本書ではドゥメイン投票が取り上げられています。子供に投票権を与え、親が代理投票する仕組みです。この取り組みはうまくいくのでしょうか? 意外な結果を本書から読み取ってみてください。驚きます。

13.そして最終章
ここまでの記述で「将来世代が私たちに『ありがとう』と感謝したくなる社会をデザイン」する授業ができそうな気になってきます。
 最終章は「新たな社会のデザインをめざして」と題して「市民が主権を取り戻す静かな革命がはじまるのではないか」と閉じるのです。教師が授業を創るとき、どのようにして問いを構成すればよいのかという「考え方」を読み取ることができそうな1冊です。
本書の全体像
 以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
 第1章 「私たち」は何をしてきたのか
 第2章 フューチャー・デザインは何をめざすのか
 第3章 社会的ジレンマ
 第4章 世代間持続可能性ジレンマ
 第5章 仮想将来人はほんとうに機能するのか
 第6章 岩手県矢巾町――初めてのフューチャー・デザイン実践
 第7章 パスト・デザイン
 第8章 さまざまな実践
 第9章 さまざまな実験
 第10章 フューチャー・デザイン:実践の原則
 第11章 フューチャー・デザイン実践:新たな出発
 第12章 政策提言とダイアログ・マップ
 第13章 投票と無知のベールの有効性
 第14章 将来世代のしあわせ法と市民会議
 第15章 新たな社会のデザインをめざして

③ どこが役に立つのか?
 教科書の経済的分野の記述に「時間軸」をインストールしてくれます。時間軸をインストールすると、生きている人間が、さらに生き生きしてきます。アクティブな人間が登場すると、経済学習の見えなかった部分が見えるようになります。
 そして本書には、生徒が経験しても十分対応できる演習がいくつか紹介されています。生徒の状況合わせて改造できますので、様々な角度から授業案を構想してみてはいかがでしょうか。

④ 感 想
 本書のはしがきに「目先の利益を差し置いてでも、将来世代のしあわせをめざすことでしあわせを感じること」という記述があります。そういえば、本メルマガ204号において『たとえば『自由』はリバティか』で幸せについて読み取ろうとしました。205号では
『日本人の幸せ―ウェルビーイングの国際比較』の読み解きに挑戦しました。私たちは無意識のうちに「先生のための春の経済教室」を目指した文献を講読していたのかもしれないと感じました。学校の図書室で購入して、いろいろな教科の先生に読んでもらってはいかがでしょうか。

■ 苫野一徳 岩内章太郎 稲垣みどり『本質観取の教科書 みんなの納得を生み出す対話』集英社新書 2025年
① なぜこの本を選んだのか?
 経済学習そのものを見つめ直す授業づくりに結びつきそうだと思い選びました。教師は、限られた授業時間数の中で経済を教えています。その時に「経済の本質的なことが見えていなくてはいけない」と思うのですが、その本質的というのはどういうものなのでしょうか? この本質とはどういうものなのかを皆さんと共有してみたくなり本書を選びました。

② どのような内容か?
1.はじめて聞く言葉ですが?
 本質観取という言葉を紹介者ははじめて聞きました。どうやら、生活経験の中から「~とは何か」という問いを立て、「そもそも」を考える思考方法のようです。
 これを本書では「人びとが共に本質観取をする哲学対話」と表現します。それでは、この哲学対話とはどのようなものなのでしょうか?
 本書において哲学というのは、「~とは何か?」という問いを立て、その本質に迫る洞察を深めていくことです。「対話?」、「洞察?」。わかったようでわからない感覚をもったまま、私たちは歴史の世界に導かれていきます。

2.きちんと理解するために歴史を知る!
 私たちが出会って間もない「本質主観」のイメージをつかむためには、歴史を振り返るのが有効だと言います。筆者の流れに乗ろうと思い読み進めていくと、授業で発問してみたくなる問いが続々と登場します。
 なぜ古代の哲学と言えばギリシアなのか? なぜ他の場所でなかったのか? そして、なぜ人々は共通理解を得るために神話でなく哲学を必要としたのか?といった問いを投げかけることで、生徒の声が聞こえてきそうです。
 
3.ソクラテスとプラトンの活躍
 魅力的な問いに引き込まれて読み進めていくと、いつの間にか歴史の世界に入り込んでいました。登場する多くの哲学者は「観察」にもとづいて存在の根拠を推論します。世界は水でできているとか、空気でできているといったおなじみのものです。
 しかしやがてこれは、本当に存在するものは何かという問いをめぐって認識の対立を引き起こします。ソフィストたちの登場です。この対立を治めようとしたのがソクラテスとプラトンということになります。
 この2人はディアレクティケー(問答法)と呼ばれる方法を使い対立を治めようとします。ソクラテスは「共通理解を実際につくってみること」に力を注ぎます。プラトンは「共通理解に至る筋道と可能性を示すこと」に力を注ぐのです。

4.水槽の脳?
 もう少し歴史が続きます。このプラトン哲学について、イデアの世界が本当にあるかどうかなど、私たちは確かめることができないという問題点が挙げられます。この問題を突破しようとしたのがデカルトです。
 デカルトは、哲学を私に見えているもの(感じていること)から出発します。「水槽の脳」というところを読んでみてください。これは多くの中・高校生が関心を持つ話題だと思います。そしてプラトンとデカルトを引き継ぐフッサールの登場です。

5.独特の考え方?
 ここで理解してもらいたい考え方が登場します。例えばここに一冊の本があったとします。その考え方というのは「目の前に本が一冊ある」という判断を保留するという考え方です。保留するってどのようなことなのでしょう。
 この考え方によると、保留した後、自分の意識の中で何が起こっているのかを観察します。そこに本が存在していて、<私>に本の近く像や意味が与えられています。次に、そこに本が存在するという確信を持つ、という順番で考えるのです。
 
6.独特の考え方と本書の問題とのつながり
 この考え方のもとで共通の条件が見出せたなら、『<私> たちにはこう見える』という共通了解が得られるはずです。本書はこれらを「相互承認」と「共通理解」という観点から捉えます。
 そこで本質観取です。これは概念や事柄が私(私たち)にとって「こう見える」という意味を取り出す作業のことをいいます。
 ここで注意すべきは、この本質というのはイデアではないことです。「それぞれの私」が体験を交換しながら編まれていく共同作品のことをいうところに注意が必要です。この編まれていくときに「相互承認」と「共通理解」が重要になってくるのですね。

7.本質観取の手順
 本質観取にはコツがあります。本書は、哲学者西研の説明をアレンジして紹介します。
本質観取は形而上学的な真理を問うものではありません。基本的なルールは「互いに認め合う」、「共通理解をめざす」、「沈黙は尊重される」というものです。
 本質観取の手順を読むと、まるで授業の展開場面のようです。その手順というのは、問題意識の確認と目線合わせ→さまざまな体験例、具体例を出す→キーワードを見つける→本質を言葉にするというものです。私たちも実践可能だということがわかります。

8.本質観取が生み出すものは?
 この本質観取を私たちが実践すると、どのようなことが起こるのでしょうか? 本書では、この本質観取が広がっていくと、民主主義社会の成熟に確実に寄与すると教えてくれます。その理由は、ヘーゲルとルソーが提示した原理から導き出せるというのです。
 ヘーゲルは「自由の相互承認」を、ルソーは「一般意志」の原理を示しました。この2つは哲学的には近代民主主義の本質に位置付いています。
 前者は、誰もが対等に自由な存在であることを、互いに認め合うことです。後者は「みんなの意志を持ち寄って見出し合った、みんなの利益になる合意」です。民主主義社会における法や権力の「正当性」の根拠は、この一般意志にしかありません。
 これまで本書では、本質観取は相互承認と共通理解を目指す対話であると述べてきました。これはまさに「自由の相互承認」と「一般意志」を目指す対話です。本質観取とは、民主主義の営みそのものなのです。

9.本書の全体像
 以上が、本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
 第1部 理論編 本質観取を理解する
  第1章 本質観取を知る
  第2章 哲学の始まり
  第3章 共通理解の原理
 第2部 実践編  やってみよう! 本質観取
  第4章 本質観取のやり方
  第5章 ファシリテーターに挑戦しよう
  第6章 本質観取の実例
  終章 本質観取は哲学の本質である

③ どこが役に立つのか?
 教師が、学習内容の本質は何か? を考えるときの拠り所になると思います。決められた内容を教科書の順番通りに教えていけばよいと考えていると、生徒から「何で今日はこの学習をしなければいけないの?」という問いに答えられなくなってしまいそうです。
 経済の何を、どう教えればよいのか? について教材研究する時の道標になる1冊だと思います。

④ 感 想
 本書は、表紙を見ると苫野一徳先生、岩内章太郎先生、稲垣みどり先生の執筆と書いてありますが、どこを見ても分担が書いてありません。その理由は「あとがき」にありました。「対話を重ねて書き上げた共同作品」だったのです。章と章とのつながりに違和感を感じることなく心地よく読めたのは、対話の成果だと知りました。「あとがき」には中学生や高校生にも読めるようにとあります。春休み前の授業で「このような本を読んでみませんか」と紹介できる本だと感じました。
(金子幹夫)
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【 6 】編集後記「~自己観照~」
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 本原稿の締め切り日が迫っている、ある日の通勤中のことでした。静かな住宅地を歩いていたら、突然犬の鳴き声が街中に響き渡ったのです。
 それは犬の鳴き声ですが、筆者には「なぜ私を素材として使わないのだ?」という声に聞こえたのです。「動物がキャラクターになるって楽しそうだな」と感じた瞬間でした。この素材がよいかどうかはわかりません。ただ、目と耳を研ぎ澄ましてゆっくり歩くことで、新しい教材と出会えるような気がします。ヒントは 本メルマガ200号で紹介しました、シャリー・ティシュマン著 北垣憲仁 新藤浩伸訳『スロー・ルッキング よく見るためのレッスン』東京大学出版会 2025年 にあります。来月号に向けても、ゆっくりと歩み続けたいと思います。
                 (金子幹夫)
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