reader reader先生
 何かいいことがありそうな7月を迎えました。
 向こうの方に見えていた夏休みがだんだんと近づいてきました。
 夏といえば「先生のための夏休み経済教室」です。今回も経済・政治・教育の専門家と現場の教師が登壇します。
 当日を迎えるまでに何回も勉強会が開催されました。どのようなプログラムにすれば生徒の理解が深まるのかを繰り返し検討してきました。皆様とお目にかかれることを楽しみにしています。それではメルマガ7月号のスタートです。
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【今月の内容】
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【 1 】<いよいよ申し込み開始!> 先生のための「夏休み経済教室」
【 2 】 最新活動報告・・・2025年6月の活動報告です
【 3 】定例部会のご案内・情報紹介
【 4 】授業のヒント…どうやって「人と人のつながりを意識する授業」を創るのか?
【 5 】授業で役立つ本…今月も授業づくりのヒントになる本を2冊紹介します。
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【1】<いよいよ申し込み開始!> 先生のための「夏休み経済教室」
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 18年目を迎えた先生のための「夏休み経済教室」の申し込みが始まりました。
 
 (1)大阪会場 大阪取引所4階 OSEホール(大阪証券取引所ビル)
    8月12日(火) 高校対象 対面のみ
    8月13日(水) 中学対象 対面のみ
お申し込みはこちら(プログラムもこちらから見ることができます)
   https://econ-edu.net/2025/06/22/8435/

  (2)東京会場 慶應義塾大学 三田キャンパス 北館3階 大会議室
    8月19日(火) 高校対象 対面+オンライン
    8月20日(水) 中学対象 対面+オンライン       
  お申し込みはこちら(プログラムもこちらから見ることができます)
    https://econ-edu.net/2025/06/22/8438/
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【 2 】最新活動報告
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■ 東京(No.145)部会を開催しました。
  日時:6月21日(土)15時00分~17時00分
  会場:慶応義塾大学三田キャンパス+zoom
  内容の概略: 24名参加(会場13名、zoom11名)
 (1)松平 裕介氏(東京都八王子市立第二中学校)から「経済の視点を取り入れた地理的分野の授業」の報告がありました。
 (2)長谷川 聡氏(東京都立新宿高等学校)から「資本主義と株式会社」の報告がありました。
 (3)吉村慈子氏及び斎藤史貴氏(東京証券取引所金融リテラシーサポート部)から夏休み経済教室の取組み状況に関して報告がありました。
    詳しい内容は
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2025/05/tokyo145report.pdf
    をご覧ください。
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【 3 】定例部会のご案内・情報紹介
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■ 大阪(No.94)部会を開催します。
  日時:2025年7月13日(日) 15時00分~17時00分
  場所: 同志社大学大阪サテライト(対面のみ)
申し込み方法
  お申し込みはこちら
  https://econ-edu.net/application/event-application/
■ 東京(No.146)部会を開催します。
  日時:9月13日(土)15時00分~17時00分
  会場:慶応義塾大学三田キャンパス+zoom
申し込み方法
  お申し込みはこちら
  https://econ-edu.net/application/event-application/
■ 第55回ネタ研
  日時 8月24日(日)9:50~17:00
  会場 高津ガーデン (大阪上本町下車北東徒歩5分)  
  参加費 1日2000円  半日1500円 報告者、学生は半額
  定員 35名(定員になり次第締め切ります)
詳しい内容及びお申し込みはこちらをご覧ください
https://econ-edu.net/2025/05/31/7830/
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【 4 】授業のヒント
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どうやって「人と人のつながりを意識する授業」を創るのか?
 執筆者 金子幹夫

1.肌感覚での理解を実現させるには?
 ここ四ヶ月ほど篠原総一先生による15回の連載(捨てネタの効用)をどのように授業づくりに結びつけるのかについて考えています。
 手がかりをつかむために、前回は連載の中に共通するメッセージを探しました。そのひとつとして「人と人のつながりを意識できるエピソード」を目の前の生徒に合わせて見つけることが、肌感覚での理解につながるのではないかというところにたどり着きました。

2.「それどこで買ってきたの?」の視点
 ところで、どうやって「人と人のつながりを意識する授業」を創るのでしょうか? イメージしている入り口は、「それどこで買ってきたの?」とか「それ誰がつくったの?」という生徒の視点です。
 これは、生徒の足場をつくる授業と表現できそうです。生徒の足場ができたら、そこからいろいろな人間が見えてきます。その人間同士のつながりを見ながら交換であるとか分業について学びはじめるというのはどうでしょうか。
 この足場づくりをしないで教科書を読み始めると、生徒は企業目線で世の中を解釈しようと試みることになります。例えば、企業はどこで素材を買うのか? 部品はどこで仕入れるのか?どこで組み立てるのか? どのようにして消費者のもとに届けるのか?といったようにです。
 これで世の中の仕組みを意欲的に解釈しようとする生徒もいます。ただクラス全体を見ますと、生徒の眼を出発点にして人間と人間のつながりを見た方が、世の中に隠された本当の姿を見抜く力がつくのではないかと思うのです。

3.「人間と人間のつながり」を見る際に気になるところがあるのです
 それでは、生徒の眼を出発点にして人間と人間のつながりを見る授業を構想してみましょう!と意気揚々と指導案を考えようとすると気になるところがあるのです。
 それは、生徒が「公共」で学ぶ「人間」についてどのように認識しているのかがわからないというところです。
教科書を見ると、「公共」にはいろいろな人間が登場します。このいろいろな人間を教師がどう認識しているのでしょうか? そして生徒の眼はどのように人間を捉えているのでしょうか? さらに、同一単元において教師が描く人間像と、それを受け止める生徒の人間像にはどのような齟齬があるのでしょうか?
「人間と人間のつながり」を考えるにあたって、「公共」が示す様々な人間像を整理しておきたいというのが気になるところなのです。具体的に見てみましょう。

4.迷いのある人間、架空の人間、躍動する人間
 「公共」が示す様々な人間像について、ざっくりとですが青年期、政治的分野、経済的分野について順番に見ていくことにします。
 さっそく青年期の学習内容です。そこには欲求不満を抱えたり、自己実現を目指したり、心理・社会的モラトリアムの時期にいる「迷いのある人間」像が登場します。
 エリクソンやハヴィガーストが掲げた発達課題では、平均的な人間像が取り上げられているようです。
 一方で、乳児期から老年期までの発達段階を学ぶところでは、学習内容と自分という人間像とを重ねて理解しようと試みる生徒もいるようです。
 ところが、政治的分野の学習にすすむとどうでしょう。例えば哲学者ロックは、人間をものすごく抽象化して捉えます。自然状態が本当にあったかどうかはわかりません。もしも国家や政治権力がなかったとしたら、という仮の状態での人間像を示しているようです。
 そして政治的分野の後半になりますと具体的な人間像が語られます。 社会に参加する人間、主権を行使する人間、国際的に活躍する人間像です。
 1冊の教科書の中にはいろいろな人間像が登場します。それでは経済学習ではどのような人間像を見ることができるのでしょうか?

5.経済の学習に登場するいろいろな人間像
 経済的分野の学習では「選択する人間」が登場します。放課後に遊ぶのか勉強するのかを「選択する人間」、そして卒業後に進学するか就職するかを考える「選択する人間」です。ここで機会費用やトレードオフといった概念が紹介されます。いったい私の選択は合っているのでしょうか? と思い悩みながらも決断する人間像が登場します。
 授業が進み、「市場の役割」や「需要と供給」を学習するようになると、高校生にとってお手本となる人間像が描かれます。正しい情報持ち、正確に計算して選択を繰り返す理想的な人間像です。
 さらに、働く人、消費する人、お金の貸し借りをする人、税を納める人、若者や高齢者といった身近な人間像を見ます。

6.1つひとつの人間像に説明がないということ
 ここまで見ても、いろいろな人間像が語られます。人間は複雑な生き物ですから、抽象的に捉えたり具体的に捉えたりして学習するということはわかります。ただ、各単元において、どのように人間を捉えているのかという前提部分の多くは、教科書記述の中で省略されているようです。
 よって、読み手である生徒の中には、各人間像の違いを曖昧にしたまま次の単元に進むなんてこともでてくるのではないかと想像します。
 すぐに役立つことはありませんが、「公共」が示す様々な人間像を整理しておくことで
「人間と人間のつながり」を考える授業に厚みが出てくると思うのです。例えば、生徒が授業中に次のようなことをつぶやいたら、どのような対応が選択肢として考えられるでしょうか?

7.生徒からの発言を考えてみませんか?
 一緒に考えてください。場面は、需要と供給の学習をしているところです。授業中に生徒が「ネットで漫画の古本を買うときに、一番安いのは買わないよ」、「一番下(価格が安いという意味)から2番目か3番目の方が安心だね」と発言したとします。
 さて、教師はどのように対応すればよいのでしょうか? 中学校3年生の場合、高等学校「公共」の場合、「政治・経済」の場合、「家庭科」の場合、そして何よりも学校やクラスの状況の違いによって、対応は異なります。みなさんは瞬時にどのような設計図をアタマの中に描き、最初の一言で何を発しますか? 今月はここまでです。
     (金子 幹夫)
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【 5 】授業に役立つ本 
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 今月紹介する本は,犬塚美輪『読めば分かるは当たり前? 読解力の認知心理学』筑摩新書 2025年と大竹文雄『経済学者のアタマの中』ちくまプリマー新書 2025年の2冊です。
 
■ 犬塚美輪『読めば分かるは当たり前? 読解力の認知心理学』筑摩新書 2025年
① なぜこの本を選んだのか?
 数理論路学者の新井紀子先生は『シン読解力』で、教科書記述に用いられている言語について言及していました(メルマガNo.196で紹介しています)。紹介者は、教科書に書かれている言語にはどのような特徴があるのかという問いをもって文献を探していました。
 本書は、この問いを細分化する手がかりが示されています。生徒が教科書を読むというのはどういうことなのか? という問いをもっている先生に読んでもらいたいと思い選びました。

② どのような内容か?
1)犬塚先生は何を研究しているのか?
 東京学芸大学で教育心理学、認知心理学を研究しています。読み書きの心理プロセスと指導法開発がご専門です。
 著書には『論理的読み書きの理論と実践』、『生きる力を身につける-14歳からの読解力教室』があります。

2)「読解力」という言葉をよく聞きますが・・・
 犬塚先生は、なぜ本書のタイトルを「読めば分かるは当たり前?」としたのでしょうか?
 教師が生徒に「本をたくさん読めば、そのうちに読めるようになる」とか、「本の内容が分からないのはよく読んでいないからだ」とアドバイスするのは適切なのでしょうか?
 本を読むことについて一緒に考えてみませんか、と私たちに呼びかけるためにつけたタイトルなのかなと想像して読み進めていきました。
 本を読まない生徒、読めなくて困っている生徒を前に、教師にはどのようなことができるのでしょうか。まずは、問題を正確に捉えることからはじめます。

3) 問題の捉え方について
 例え話です。サッカーができる力をサッカー力と名付けたとします。そして「これをすればすぐにサッカーが上手になります」と言われたとしたらどうでしょう。すぐに無理だとわかります。サッカー力という捉え方が雑だからです。
 サッカーを「数学」や「読解」にかえて解釈しても同じです。「これをすれば読解力が向上します」といった捉え方は、雑な捉え方だということになります。
 雑だということは、種類の異なるものを「あれも、これも」とごちゃ混ぜに集めたということです。よって、種類を整理して解決できそうな問題から順番に考えていくという作業が必要になります。犬塚先生は、どのように整理していくのでしょうか?

4)読解力の地図を描くとは?
 本書が目指しているのは「読解力の地図」づくりです。
 ごちゃ混ぜになったものを整理する枠組みを地図のように表し、そこに整理して並べようとしているようです。
 地図づくりは、私たちがよく見るカーナビゲーションと似ています。現在地はどこか?目的地を設定したか?そして目的地に向かう適切なルートはどうなっているのか?といった感じで地図の作成を説明してくれます。

5) 地図の上をどう歩くのか?
 読解力という地図を手にして、現在地から目的地を眺めているとします。犬塚先生は、目的地に到達するために、必ず通らなければいけない地点が2カ所あると教えてくれます。
 1つ目の通過点は、「書いてある内容を要約する」ということです。それでは2つ目は?それは、書いてあることに自分の知識を加え、頭の中に再現して思い浮かべるという理解です。表象構築という言葉で表しています。
 この2つの目の通過点を超えるとゴールが見えてきます。すると、ゴール地点に2つのことが書かれています。1つは「心を動かす読解」、もう一つは「批判の読解」です。
「趣味は読書です」と言っている生徒は「心を動かす読解」にたどり着くのでしょうか。そして教材研究をする社会科教師は「批判の読解」にたどり着き論理的な判断を目指すのかと想像しました。少しずつごちゃ混ぜになった読解力の中身が整理されていきます。

6)読解力の地図を理解する頭の仕組みはどうなっているのか?
 読解力の地図づくりで、目的地と中間地点(2カ所)が示されました。この地図で目的地を目指すプレイヤーのアタマの中ではどのようなことが起こっているのでしょうか?
 この謎を読み解く道具として「心のメモ」と「スキーマ」が紹介されています。いったいどのようなものなのでしょうか?
 心のメモは、情報を少しの間記憶しておく働きです。小説を読むときに、登場人物や場面を覚えているからストーリーがつながるということを思い起こせば納得です。
 スキーマは、整理された知識の枠組みです。私たちは本を読むときに、すでに持っている知識の枠組みを通して解釈しようとしているのです。
 なんだか読解力なるものが分かってきたような気がします。ところが、これだけではダメだということを知って愕然とします。まだまだ先があるのです。

7) 人類にはまだ身につけていない能力がある?
 まだ何を知る必要があるのでしょうか? それは目的地を目指すプレイヤーが抱えている歴史にヒントがあるようです。
 人間の脳には「言葉を使う」時に言語的な情報をつかさどる部分があるそうです。これは、人類が何万年もの長い歴史の中で身につけてきたものだそうです。ところが文字の歴史はわずか六千年です。このわずかな間に、文字を読むことをつかさどる部分の形成が充分に行われなかったのではないかと指摘しているのです。
 これは困ったことです。読解するための地図や道具をそろえても、皆が読めるというわけではないようです。教師にはどのような手立てが残されているのでしょうか?

8) 読めるようになるために単語に注目すると?
 教師に残されている手立てを考えます。ここに、本を前にして「読めない」と立ち止まっている生徒がいるとします。この地点が「現在地」です。さっそく「目的地」に向かうために文章の中にある「単語」と格闘します。
 読むことを苦手とする人が文章を見た時、そこには意味が分かる単語もあれば、分からない単語もあります。本書は、文章に出てくる単語を①日常語彙 ②専門用語 ③学習語彙の三つに分けて、その特徴を教えてくれます。そして読むことを苦手とする人が「知っている単語を増やす」ために、どのような工夫をすればよいのかについて提案してくれます。
 なるほど、こうすれば「読める」に一歩ずつ近づくことができるのだとわかりかけてきました。この読解に関する考え方は、一般の書籍だけでなく教科書にも使えそうだと思い読みすすめいくと衝撃的な一文に出会うのです。

9)教科書を読むのは難しい?
 その一文というのは「教科書を読解するというのは案外難しい」というものです。どういうことなのでしょうか?
 私たちが本や教科書を読むときに、二つのルートがあります。
 一つは、読み手が1つひとつの記述を積み重ねて、大きなまとまりにしていくという読み方です。どのような絵が描かれているのか分からないジグソーパズルをつくっているようなイメージです。
 もう一つのルートは、読み手が「これから読むのは次のような内容です」という前置き文を読んだ上で読解に移るというものです。教科書の説明文を読んでも分からないという生徒は、この前置き文にあたる説明を加えることで理解できるようになるというのです。
 ということは、前置き文がないままに教科書を読もうとしても腑に落ちるまで理解するのは難しいということになりそうです。
 生徒が社会科の教科書を読むときには、教師が関連する知識を事前に示すというサポートが重要ということになるのでしょうか。

10)物語は説明文よりも読みやすい
 本書は終盤で「なぜ物語の方が説明文よりも読みやすいのか?」という問いを立てて検討しています。私たちが手にしている「社会科」の教科書に物語はありません。これは切実な問題です。どうして説明文は読みにくいのでしょうか?
 物語は、因果のつながりの中に様々な出来事や登場人物が描かれます。たいていの場合、物語はこの出来事に対する課題解決という形をとります。一方で、説明文には登場人物が課題解決をするなんてことはありません。
 この「授業と教科書の問題」は、私たちに大きな問題を示しているようですが、同時に大きなヒントも示していると受け止めることもできそうです。

12) 本書の全体像
 以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
第一章 三つの読解
第二章 読んで理解するための心の「道具」
第三章 文字を読むのは簡単か
第四章 単語を知っているということ──ボキャブラリー
第五章 文の意味を読み解く
第六章 文章全体を把握する
第七章 表象構築のために何ができるか
第八章 心を動かす読解
第九章 状況モデルの批判とアップデート
第一〇章 おわりに──読解力の地図は描けたか

③ どこが役に立つのか?
 本を読むことが苦手な生徒を前に、教師がどのようなことを知っていればよいのかという知識の整理ができます。「読解力」という言葉をどのように細分化して検討することができるのかを経験できます。
 そして、「社会科」教科書をどのようにすれば生徒に理解してもらえるのかという問いの根底に潜む問題につて整理することができます。

④ 感 想
 大学入学テストで会話文が多い理由を少しだけ想像することができました。
 会話文では、様々な出来事が登場人物によって説明されます。そして目の前に示された課題をどのようにして解決していくのかというストーリーが描かれています。
 受験者は説明文を読むより物語を読んだほうが読みやすいですし、出題者も前提条件や場面設定を明確に示すことで何を問いたいのかというメッセージを発信することができます。リード文における説明文と会話文の違いは、単なる形式の違いを超えた深い意味があるのかもしれないと感じました。

■ 大竹文雄『経済学者のアタマの中』ちくまプリマー新書 2025年
① なぜこの本を選んだのか?
 今月紹介しましたもう1冊の本である犬塚美輪先生の『読めば分かるは当たり前?』に、
「教科書の説明文を読んでも分からないという生徒は、前置き文にあたる説明を加えることで理解できる」とありました。そこで経済を教える教師は、どのように前置き文としての補足ができるのかを考えることになります。
 本書は、教科書の内容をわかりやすく教えるために必要な前提部分(しかも教科書に書かれることがない)を知ることができるのではないかと思い選びました。

② どのような内容か?
1) どうして本書を書くことになったのか?
 筑摩書房編集者である伊藤笑子さんが、大竹先生による中学生向け出張講義の内容を出版したいと依頼したことがきっかけで本書が誕生しました。
 経済学の研究者が、中学生向けに、アタマの中をどのように説明してくれるのでしょうか? 教師にとりましては、内容だけでなく表現方法も気になるところです。

2)失望から始まった経済学との出会い
 本書は、大竹先生の実家が自営業で、儲けることに興味があったこと、そして大学入学後の経済学部での学びは失望の連続であったというお話しからはじまります。
「私は現実の経済の動きを理解したいのに、それとはかけ離れたことを学んでいる感じがしたのです」(p.23)と大学入学当時のことを振り返っています。
 ところがこの失望は、自主ゼミとの出会いにより払拭されます。「経済学が現実的なものになる」経験をしたからです。いったいどういうことなのでしょうか?
 
3) なぜ経済学が現実的なものとして理解できるようになったのか?
当たり前の話しですが「現実的なものになる」前は、「現実的なものになっていない」わけです。なぜ「現実的なものになっていない」のかというと、経済学の考え方をきちんと習得していなかったからだそうです。
 きちんとミクロ経済学の考え方を理解することで、経済の動きが「現実的なもの」として理解できるようになったという経過が書かれています。そして、自主ゼミでの研究中に運命的な学問との出会いがあったことが書かれています。

4) 経済学者になるまでの道のり
 その運命的なものとは「情報の経済学」との出会いです。これは、人間が不完全な情報のもとで取り引きをするかどうかを決めると考える経済学です。この考え方により、経済学がものすごく現実的になります。
 求めていた経済学に出会った大竹先生は、研究の道を志すようになります。そして実際に、どのようにして経済学者になったのかという経過が書かれています。
 ところで経済学者はどのような仕事をしているのでしょうか? 社会科教師にとって、本書に示されている「経済学マップ」は、教科書記述の学問的背景を整理するために必要な資料になるはずです。

5)マップを手にしてどこに向かうのか?
 地図をもった経済学者は、いったい何を考えて歩み続けるのでしょうか?
 経済学者はいつも「世の中をよくするために、どうすればいいのか?」を考えていると中学生に説明しています。それでは、世の中をよくするために経済学者がとる手立てとはどのようなものなのでしょうか?
 その一つが、人の行動を捉えるというものです。人の行動は、物理法則ですべてを説明できません。ベストな選択をしたと思っていても、思い込みだったということがけっこうあるわけです。そこでどのようにすれば適切な選択ができるのかを考えています。
 そして、「よくしたい」と思っている世の中の捉え方にも経済学独特のものがあると教えてくれます。経済学者はいつも複数の目標をもっていること、そして、無駄をどのようにしてなくすのかを考えていることを紹介しています。
 前者はトレードオフとして、後者はパレート最適につなげてわかりやすく説明してくれます。パレート最適については「ピザを切り分ける」例をあげて説明しています。「中学生には、こうやって説明するのか」という分かりやすい例え話でした。

6)やがて中学生に身近な話題に・・・
 大竹先生の人生を振り返るところからはじまったお話しは、やがて聞き手である中学生の身近な生活にと移っていきます。私たちは、どのような時に合理的意思決定からズレてしまうのでしょう?と問いかけるのです。
 中学生にとって伝統的経済学が想定する人間は遠い存在ですが、行動経済学が想定している人間は身近な存在として受け止められるようです。
 ここから行動経済学者のアタマの中が一気に紹介されます。取り上げるのは、サンクコストの誤謬、保有効果、現状維持バイアス、損失回避、極端回避性です。
   
7)隣の単元との架け橋が見える?
 「それ、あるある」と中学生の声が聞こえてきそうな話題を紹介する中で、大竹先生は、経済学が何を目標にしているのか? そして「経済学を学ぶと、こんなにいいことがある」と繰り返し述べています。
 経済学者は、いつも人々の生活や生命について意識していること、そして仕事そのものは人々に選択肢を示すことだと述べています。
 示された選択肢は、誰がどうやって選ぶのでしょうか? 私たちは知っています。そのために「社会科」では政治的分野を学習しているからです。
 
8) 本書の全体像
 以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
 第一章 経済学者とはどういう仕事か
 第二章 経済学者はどのように世の中を捉えているか
 第三章 行動経済学とはどんな学問か
 第四章 経済学は社会にどう「役に立つ」のか
 第五章 経済学者のアタマの中

③ どこが役に立つのか?
 大学の先生が中学生を対象に経済的な見方や考え方を教える時、どこに一番光をあてて教えるのか? 教師が毎日教えている生徒を思い浮かべながら読むことで、明日の授業づくりが変わってくるのと思います。
 中学生を対象にした記述ですが、教材研究の手がかりを示している箇所がたくさんあります。例えば、ミクロ経済学とマクロ経済学が分析手法としてどのように構成されているのかを整理するところは、経済学習の全体像を写し出しています。
 スミスの『道徳感情論』やケインズの思想の中に行動経済学の要素が見られるという記述は、歴史的なつながりを厚く意識することができます。

④ 感 想
紹介者が「授業に役立つ本」のコーナーで紹介しようと思い購入した本の中には、読み進めていくうちに「(紹介する本として)何かこれは違うな」と感じるものがあります。
 部屋の隅に積んだ未紹介の本を見て「せっかく途中まで読んだのだから、終わりまで読まないともったいない」と感じる心はサンクコストなのでしょうか。
 読まなければダメだという心、いやいや今はタイミングが合わないだけで時期をずらせば読みたくなると信じる心・・・明らかなことは、紹介者は合理的に本を選んでいないということでしょうか。皆さんと本選びについてお話ししてみたいです。
                               (金子)────────────────────────────────────────
【 6 】編集後記「~自己観照~」
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 先日、東京の豊洲で開催されているラムセス大王展に行ってきました。冒頭の4分間で流されるショートムービーが驚きです。ラムセス2世を軸に古代エジプトの歴史をものすごくわかりやすくまとめていました。中学生や高校生が見たら、エジプト考古学をもっと学んでみたいという生徒が増えるのではないかと想像しました。一つ一つの展示は、ショートムービーの知識を使って楽しく見ることができます。見る人の立場に立った全体の構成は、まさに授業づくりそのものだと感じました。
                            (金子 幹夫)
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