reader reader先生

11月、霜月。寒くなりました。
今月あたりから高校では、経済の学習が本格化する時期になります。また、中学でも進度が速い学校ではそろそろ経済の学習がはじまる時期ではないでしょうか。
現在、円安が進み、物価高が進行しています。経済の動きに敏感にならざるを得ないと言う意味では、学習のインセンティブにはなるかもしれません。ここから経済の仕組みを理解させるためのどんな知見を生徒に身につけさせるか、先生方の取組みが期待されるとも言えます。
そんな今月も、ネットワークの活動報告と、授業に役立つ情報をお伝えします。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 22年10月に開催された部会の報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…金子Tの授業づくり番外編。
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業のヒントになる本を紹介します。
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【 1 】イベントの案内と最新活動報告
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■「冬休み経済教室」を開催します。
 テーマ:「エコノミストとつくる社会福祉の授業」
 日時:2022年12月27日(火)13時30分~17時00分
 場所:慶應義塾大学三田キャンパス北館会議室+オンライン(zoom形式)
 内容:
<講演>「経済学から見た社会福祉」中島隆信(慶應義塾大学商学部教授)
<パネルディスカッション>「エコノミストと社会福祉の授業をつくる」
 出席者 中島隆信(慶應義塾大学商学部教授)
栗原  久(東洋大学文学部教授)
      行壽浩司(福井県美浜町立美浜中学校教諭)
杉田孝之(千葉県立津田沼高等学校教諭)
 前半は、『障害者の経済学』の著者中島先生の講演、後半は、中島先生を含めて教科教育の専門家、現場教員による討論を通して、中島先生の講演を踏まえた経済教育の観点からの社会福祉の授業の作りか方を考えてゆきます。
 社会福祉を経済の授業でどう取り上げるかを考えている社会科、公民科の先生方、共生社会づくりの教育を考えている先生方、家庭科など社会福祉の授業を担当されている先生方など広くこの問題に関心のある方々の参加を期待しています。
 プログラム詳細と参加申し込みは下記から。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/10/2022.12FuyuKeizaiHybridR.pdf

■札幌部会(No.31)を開催しました。
日時:2022年10月8日(土) 15時00分~17時00分
場所:キャリアバンクセミナールーム+オンライン(zoom形式)
 内容の概略:参加21名(会場8名、zoom11名)
(1) 杉田孝之先生(千葉県立津田沼高等学校)より、「法と経済の考え方を活用した労働の授業設計案」というテーマ発表がありました。
経済の視点から労働市場をめぐる問題点を考察し、情報の非対称性やシグナリングの考え方から分析を行うものです。
討論では、「市場の失敗と最低賃金の問題を切り分けて論じた方が良い」、「法の観点を入れるのであれば、先に法の視点から紹介するアプローチから進めた方が良い」「教科として労働学習でできることは何かを考える必要があり、理論と生き方が乖離すると、学びの意味が出ないのでは」などのコメントがありました。
これを踏まえて更に内容を深めたものにしたいと杉田先生からの発言がありました。

(2)竹内大輔先生(稚内養護学校)より、「特別支援学校で「経済教育」は可能か?」というテーマでの報告がありました。
特別支援学校では「労働力の提供と、これに対して報酬を受ける」という関係を生徒が理解できれば経済教育は可能だが、報酬が適切か否かを判断することは難しいので、第三者がチェックする必要があるとの紹介がありました。
検討では、家庭科とのコラボの視点や、生活綴り方の手法を用いた実証なども考えたらどうかどの意見交換が行われました。

(3)川瀬雅之先生(札幌新川高等学校)より、「現代社会の諸課題と身近な教材についての一考察」と題した紹介が行われました。
これは大学での教科教育法での授業内容の一部の紹介で、高校公民科で行った自らの5点の実践事例(①排他的経済水域から考える、②全体主義と権威主義、③E.H.カー『危機の二十年』を用いたニューディール政策の考察、④地図の見方を変えた北海道の考察、⑤18歳成人に関する資料から考える)が報告されました。
また、小西正雄氏(鳴門教育大名誉教授)の、雑誌『現代社会』1985年学事出版所収の「身近な教材の分析と批判」の中の失敗事例の論考の紹介があり、身近な事例導入の課題も提起されました。
部会内容の詳細は以下をご覧下さい。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/10/Sapporo031report.pdf

■大阪部会(No.81)を開催しました。
日時:2022年10月29日(土) 15時00分~17時00分
場所: 同志社大学 大阪サテライト+オンライン(zoom形式)
内容の概略:参加20名(会場6名、zoom14名)
(1)李 洪俊先生(大阪市立矢田南中学校)から「高校入試問題の分析報告」がありました。
 コロナの影響で21年の経済分野の出題は減少、22年はそれが平年まではゆかないが少し戻ってきたこと、新学習指導要領のめざす授業スタイルを反映した問題は定着始めていることなどが報告されました。
多面的・多角的な問題、現代の課題に関して選択させる問題、効率・公正に関する問題、歴史と経済に関する問題、時事問題の5つに分類したときに、22年は歴史の問題中に経済に関する設問が増えているという分析も紹介されました。
 質疑のなかで、その背景には、問題が総合的になっていることがあるのではとの回答がありました。

(2)山本雅康先生 (奈良学園中学校高等学校)から「「夏の経済教室」で紹介された教材を使った中学公民の授業実践報告」がありました。
 今夏の経済教室で紹介された金融・情報リテラシー教材のなかの「複利的思考をみにつけよう」(LINEみらい財団)を中核にした1時間の授業実践報告です。
 最初に、「とうしくんとタイムトラベル」(証券知識普及協会)を使った長期・分散投資のシミュレーションを行い、それを踏まえて、信用・信頼の問題、複利の考え方を体験させるという授業構成です。
 授業プリントや生徒の反応の紹介があり、教材としての有効性が確認された実践報告でした。

(3)丹松美代志先生(大阪学びの会代表)から「近世文化史再考」の報告がありました。
 江戸時代に民間の拠出による塾と学問が大阪では発達していたことを、平野の含翠堂、大阪の懐徳堂、そこでの文化活動、学習活動を文献と実地調査をもとにした紹介です。
 含翠堂の連歌会、懐徳堂での中井竹山、富永仲基、山片蟠桃、草間直方などの官学に対抗した当時としては先進的な学問がとりくまれていた事例、その背景なども紹介されました。
 このような地元の文化を残された資料をもとに読み解き、探究する取組みを新科目「歴史総合」で行うとよいという提言がありました。
 部会内容の詳細は、まとまり次第HPにアップいたします。
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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<定例部会のご案内です>(開催順)
■東京部会(N0.131)を開催します。
  日時:2022年11月19日(土) 15時00分~17時00分
  場所:慶應義塾大学三田キャンパス東館5階会議室+オンライン(zoom形式)
  申し込みは以下から。
  https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/09/tokyo131flyerZoomHybrid.pdf
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【 3 】授業のヒント 「金子Tの授業づくりノウハウ」
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「授業のヒント」全6回の連載を終えて
神奈川県立三浦初声高等学校 金 子 幹 夫
0.そもそものはじまり 
 今回の連載は、2022年3月下旬にいただいた「何か授業のヒントになりそうなことを2ヶ月くらい書いてみないか?」という一本の電話からはじまりました。とっさに出た言葉は「もう少し長い期間いただけませんか?」というものでした。この瞬間から,苦しくも楽しい半年がはじまりました。

1.漢字一文字で表現すると?
 年末になると、京都の清水寺で「今年の漢字」が発表されます。ちょっと大げさですが、本稿でもまねをして,今回の連載を漢字一文字で表してみました。その一字は「波」です。理由は次の三点です。

2.理由 その1 空中の波  
 筆者は,教室空間には波が流れていると感じています。その波は教師と生徒との間に生じる呼吸の波です。
教師が発信するメッセージ(知識)の周波数が、受け手である生徒の周波数と一致しなければ、波は途中で途絶えてしまいます。教師は教室ごとに違う呼吸の波を感じ取って周波数をあわせます。こちらから生徒の呼吸に歩み寄ってもいいし,場合によっては教師側の波に強引に誘導することもあります。
どちらにしてもピタッと呼吸の波が合わないと教師は生きたラジオになってしまうのです。そんな感覚を第1回税の授業の紹介や第3回の需要と供給の授業の紹介で触れてみました。

3.理由 その2 海の波
 「波」という字をあげた第2の理由は,経済に関する知識に関係しています。
 筆者の勤務先は海に近く,毎日校舎から太平洋を見ることができます。「今日は波が高いね」とか「今日は波が小さくて穏やかだね」なんていう会話が校内で聞かれます。
今回の連載で経済教育の知識について考えたとき,筆者は海をイメージしました。海は,こちらに向かって勢いよく押し寄せる波の部分と,広く深い水面下の部分で構成されています。
 経済の学習内容は,波のようにこちらに押し寄せる知識(最新の理論や一時流行している知識)と水面下の海のように長い歴史を持った知識に分けられると認識しています。
 この半年間で筆者は,「あっ?この知識は流行だから原稿の中に取り上げよう」という誘惑に何度も出会いました。その度に「海(知識)全体を見よう」と思い直したのです。波も見る。同時に海全体も見る。これが「波」という字を選んだ第2の理由です。そんな感覚で、第2回の公共財のゲームを扱ってみました。

4.理由その3 研究者の何を感じ取るのか?
 「波」をあげた第3番目の理由は,経済教育に「磁気の波」があると感じ取ったことがあげられます。これは,研究者と教師が経済について何をどう教えるのか,というテーマで話し合っている場において独特の「磁場」を感じるということです。具体的には次のようなイメージです。
 筆者も含めた公民科教師が,教材研究に取り組もうとした場合、文献講読に頼ることになります。何冊も読み解く中で「これだ!」という文献は何度も精読します。ところが実際に教室で経済を教えようとしたときに,何度も限界を感じるのです。ストレートな表現になりますが「あー,これは誰かに教わらないと深く理解できない」という瞬間があると思うのです。
 この感覚を持った教師は夏休みや冬休みに様々な教室,勉強会,研究会・・・つまり研究者と出会う機会を求めて出かけます。研究者がいる部屋で,直接教えてもらうわけです。例えば,大学の先生による講演をきいたとします。筆者が注目することのひとつに,研究者が知識と知識をどのようにつないでいくのか?概念と概念をどのようにつないでいくのか?というものがあります。
 本稿の執筆を支えてくれたもののひとつに研究者と一緒の空間にいることで得た「磁気の波」があったことは事実です。それが、第2回の宮尾先生、第3回の大竹先生の回にでていると感じています。

5.波と波が交差する中での思考
 以上の3つの波を意識しながら経済教育に関する原稿を書き進めてきました。
 波が3つもあるわけですから,とても複雑な世界を対象に書き続けてきたことになります。この中で筆者は不思議な経験をしました。
この不思議な経験は,本連載が抱える次の課題になると思っています。その不思議な経験というのは,授業をしている時の自分と,授業のヒントを書いている自分が完全に一致しないというものです。授業中に「あっ,この感覚を文字にして残しておこう」と感じた直後にキーボードに向かっても,その感覚を文字にできないという経験です。この感覚は何なのか?もちろん筆者の力量のなさが原因のひとつにあることは間違いありません。しかしそれだけで説明できないと思うのです。

第5回、第6回の交換、分業の回は授業では良い感覚だ、これだと思っていたのですが、文字にすると、これって社会全体の分業と交換の話に通じているのかという問いが浮かんで授業の感覚との乖離が生じてくるのです。
このギャップをどう埋めるのか。やっと連載が終わってホッとできるはずなのに、次の課題がおぼろげに見えてきたことに少しだけワクワクしているところです。
6回の拙文をお読みいただいた皆様に感謝するともに、感想、ご批判をいただければ有り難く思います。
*これまでのシリーズ
第1回 https://econ-edu.net/2022/05/01/3982/
第2回 https://econ-edu.net/2022/06/01/4003/
第3回 https://econ-edu.net/2022/07/01/4031/
第4回 https://econ-edu.net/2022/08/01/4061/
第5回 https://econ-edu.net/2022/09/01/4086/
第6回 https://econ-edu.net/2022/09/30/4165/
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【 4 】授業に役立つ本 
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 今月も、授業づくりのヒントになる本を紹介します。
■渡辺努『世界インフレの謎』(講談社現代新書)
①どんな本か
メルマガ3月号で紹介した『物価とは何か』(講談社)の続編です。
https://econ-edu.net/2022/02/28/3891/
元日銀マンの東大教授が現在進行中の物価上昇の謎を追究した本です。

②本の内容は
 全5章です。
 第1章「なぜ世界はインフレになったのか」では、経済学者も中央銀行も読み違えた世界的インフレの要因を探ります。ここでは、インフレの原因はウクライナ戦争ではなくパンデミックが主犯で、それが一時的なものではないこと、現在パンデミック後の新たな価格体系に向けて移行中であるという著者の診断が述べられています。
 第2章「ウイルスはいかにして世界経済と経済学者を翻弄したか」と、第3章「後遺症としての世界インフレ」は著者の結論にいたるプロセスが述べられています。そこでは現在のインフレは供給インフレであるとの診断がされています。
 第4章「日本だけ苦しむ2つの病」では、長期のデフレと突然のインフレという2つの病に悩む日本経済の現状分析が行われます。
 第5章「世界はインフレとどう闘うのか」で、現在欧米が直面している賃金・物価のスパイラルと日本のスパイラルとの違うこと、日本ではまずは賃金凍結状態の解凍を変革の原動力にすべきという提言でまとめられています。

③どこが役に立つか
生徒に「今の物価高の原因はなに?」と聞かれた時に、それはねと、この本を読んである程度答えることができます。
なぜある程度かといえば、著者の供給インフレ説を説明するには、労働供給の減少、賃金の上昇という理論を説明しなければいけないことがあります。また、著者の結論がまだ本当にそうなのか、承認されてはいないこともあります。
それでも、一流の学者がインフレの原因を一つずつ検証してゆくプロセスは、仮説をたてて検証してゆく探究学習のプロセスそのもので、本気で探究学習に取組ませるときの手本となると思われます。
また、本書でとりあげられている事例や「安いニッポン」現象のコラムは直接授業のネタとして使えるでしょう。

④感想
 本書に登場する「賃金・物価スパイラル」は、紹介者が毎年使っている『レモンをお金にかえる法』の続編で登場する言葉です。それが本書で登場しているのにまず驚きました。
 『レモン』では大人たちが「賃金・物価の凍結令」をだすことでスパイラルを一時的に解決しますが、本書では、日本の「賃金・物価のスパイラル」は凍結状態で、その凍結を解消することが重要という結論も、紹介者には新鮮でした。
 もう一つ驚き。戦争はインフレの原因ではないとされたことです。授業では、ウクライナ戦争による供給コストの上昇が円安と絡んで現在の物価高になっていると説明していました。これを修正しなければいけないか、もうすこし考えてみたいと思っています。
 それにしても、研究プロセスの紹介で、ご自身の見立てが間違っていたと素直に書かれている著者の研究の姿勢に感銘をうけました。
 今後、著者の分析や提言に対して他のエコノミストがどう反応するか、それを興味深く見つめてみたいと思います。

■小田中直樹『歴史学のトリセツ』(ちくまプリマー新書) 
①どんな本か
 フランス社会経済史の専門家である著者が、自身が書いた新科目「歴史総合」の教科書を素材に、歴史を面白く勉強するためのコツを歴史学の歴史から説いた本です。

②本の内容は
 歴史って、面白いですか?と問いかける「はじめに」からはじまります。
 第1章「高等学校教科書を読んでみる」では、自身が書いた歴史教科書の一節(産業革命)を素材にその理由を探ります。
 第2章「「歴史を学ぶ」とはどういうことか」では、19世紀ランケからはじまる実証主義の歴史学が歴史教科書の面白くない根本理由であることが紹介されます。
 第3章「歴史のかたちはひとつだけじゃない」では、フランスのアナール学派、イギリスの労働史学、アメリカの世界システム論、日本の比較経済史学が実証主義の批判として取り上げられています。
 第4章「歴史学の危機とその可能性」では、1970年代からの言語論的回転と歴史学、ポストコロニアリズムが取り上げられます。
 第5章「世界がかわれば歴史もかわる」では、著者が時代の節目と考える1989年以降の歴史学の動向を記憶研究、グローバルヒストリー、パブリックヒストリーから紹介しています。
 そして、「おわりに」で全体を総括しつつ、もう一度教科書を読み直し、本文はランケ流の実証史学であるけれど、資料やコラムから生徒が歴史を自分のものとして考えるヒントがつまっていると結論づけます。

③どこが役立つか
 第1章と「おわりに」のところで、「歴史総合」の教科書の叙述を取り上げて、それがなぜつまらなくなっているのか、また、そのつまらなさを超える視点は何かを説いているところが、授業をやる先生にとっての「トリセツ」になっています。
 史学史の潮流をランケから現代まで、わかりやすく、コンパクトに、そして歴史教科書の記述と関連させて書いています。なかなか類書にはない記述です。
 ウオーラーシュテインやサイードなども登場します。公民の先生方にとっては歴史の先生との会話での共通項が生まれるのではないでしょうか。

④感想
 プリマーブックなので、読者は高校生のはずですが、これは歴史を教える教員向けの本です。「歴史総合」を担当しなければならなくなった公民の先生にとっての良質なトリセツ本だと思いました。
 教科書の記述のつまらなさから始まっているので、教科書批判にゆくかと思っていたら、自分が書いた部分であることを第1章の途中でばらす構成になっていて(p35)、「あれま」と紹介者もだまされました。なぜつまらないかの三つの理由の一つ、上から目線から分かったようなことを述べるというのは、納得です。
 この本の歴史の部分を全部経済と置き換えたらどんな本になるのか、何を「経済学のトリセツ」として先生方に伝えるべきか考えさせられました。

■小熊英二『基礎からわかる論文の書き方』(講談社現代新書)
①どんな本か
 社会学者による、慶應のSFCでの「アカデミック・ライティング」の講義をもとにした、論文の書き方の本です。
 単なるハウツー本ではなく、論文とは何か、研究の意味、具体的なテーマの取り上げ方など実際に論文(エッセイ)を書くためのヒントが詰まっています。

②本の内容は
 第1章で、「論文とは何か」が説明されます。レポートとの違い、論文の構成が提示されます。
 第2章は、「科学と論文」で、理系論文の内容からはじまり、人文・社会科学系論文へと展開します。
 第3章は、「主題と対象」で、主題と対象の違い、主題の決め方の方法が説かれます。
 第4章から第8章までは、「はじめての調べ方」「方法論(調査設計)」「先行研究と学問大系(ディシプリン)」「方法(メソッド)」「研究計画書とプレゼンテーション」と論文を書く時の調査からはじまり先行研究、どの学問大系のどの流派の立場書くかなど、方法が具体的に述べられてゆきます。
 第9章から第11章は、「構成と文章」「注記と要約」「校正と仕上げ」と、より具体的に文章作法も含めての作法が紹介されてゆきます。
 最後に、この本を書く理由の紹介がされます。

③どこが役に立つか
 ずばり、紹介者もふくめて高校までの教員に役立つ箇所は、第1章の最初にでてくる「ハンバーガー・エッセイ」のところでしょう。
 これは、アメリカで教育されているエッセイの書き方ですが、日本流に言えば、結論を先に出す序論、それを論証する本論、最後の結論の三段構成の書き方です。
 「公共」のある教科書では、章のまとめの箇所で、この「ハンバーガー・エッセイ」の方式で課題論文を書くように指示しています。このスタイルが普及することで、論文指導が楽になり、生徒が書く論文の内容もレベルアップするでしょう。
 もう一つ役立つのは、教育研究を志している先生にとってです。単なる実践報告ではなく、実践から論文に飛躍するためのヒントが得られるはずです。
 ほかにも、授業をすすめる際に、主題や課題を提示できるかどうかは「問いを立てる」ことが出来るかどうかというような指摘が随所にあり、論文の書き方だけでなく授業をどのように組み立てるかのヒントが得られるでしょう。
 第7章の「方法」で扱われている量的調査・質的調査の箇所は、教育評価の量的評価・質的評価に応用することが出来る箇所です。

④感想
 小熊さんの本は大部で有名ですが、この本も新書でありながら450ページを超えるボリュームです。でも、各章冒頭にはポイントがあり、文中、学生との対話が入っていて、読みやすくかつ内容が深められているなと思いました。
 ディシプリンやメソッドの章は、論文の書き方というより、学問論になっています。これはSFCのような多様な学問を専攻しようとしている学生対象の講義から出来た本だなと感じる箇所でした。
 ちなみに小熊さんの本では、父親をインタビューしてまとめた『生きて帰ってきた男』(岩波新書)がオススメです。この本に登場する小熊さんの父の軌跡は、一庶民の歴史でありながら、時代の精神を浮かび上がらせる名著だと思っています。
(新井)
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【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
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 先日の大阪部会での丹松先生の報告に平野の杭全神社が登場しました。私事になりますが、私の息子は赴任先の大阪で結婚したので初孫の初参りは杭全神社でした。私は東の文化圏の人間です。でも、そんなご縁があり、大阪に親近感をもつようになりました。だいたい大阪以外の人で杭全神社って読めますか?
 百聞は一見に如かず、身近なテーマをもとに関心を持たせるというのが授業づくりの常道ですが、まさにそんな気持ちが浮かんだ部会でした。(新井)
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