reader reader先生

6月、水無月。梅雨なのに水が無い、もう一つ、祝日が一日も無い月です。
ウクライナの戦争は長期化。飽きやすいマスコミ、いや私たちがその悲劇を「消費」してしまうことにならないように心したいものです。
同じように、学校では来月の参議院選挙に向けて主権者教育が行われているはずですが、これも数年前のカネや太鼓で取組んだ雰囲気を忘れてしまわないようにしたいものです。
難しい時代です。日々の多忙感に押しつぶされないで、どこまで社会や世界の課題にアンテナを広げられるか。そんな今月も、ネットワークの活動報告と、授業に役立つ情報をお伝えします。
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【今月の内容】
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【 1 】イベントの案内と最新活動報告
 「夏休み経済教室」のご案内と22年5月の活動の報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…新シリーズ2回目。
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業のヒントになる本を紹介します。
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【 1 】イベントの案内と最新活動報告
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■「夏休み経済教室」のプログラムが決まりました。
・大阪教室
<8月15日(月)中学校向け> 
会場:大阪取引所北浜フォーラム(対面のみ) 9時30分~15時50分
1 「JPXの最新の動きと金融経済教育の取組み」
   鈴木深、橋本ひろみ(東証・大阪金融リテラシーサポート部)
2 「情報で経済を教える」
   塩田真吾(静岡大学准教授)、新井明(目白大学非常勤講師)
3 「歴史で経済を教える」
   梶谷真弘(茨木市立南中)、篠原総一(同志社大学名誉教授)
4 「地理で経済を教える」
   河原和之(立命館大学非常勤講師)、加藤一誠(慶應義塾大学教授)
<8月16日(火)高等学校向け>
会場:大阪取引所北浜フォーラム(対面+ハイブリッド) 9時30分~15時50分
1 「共通テストの趣旨を活かした「公共」経済の授業」
   奥田展大(奈良学園中・高校)、金子幹夫(神奈川県立三浦初声高校)
2 「職業選択を「公共」で教える」
   安藤至大(日本大学教授)、塙枝里子(東京都立農業高校)
3 講演「国際政治(安全保障、戦争、歴史の考え方」
   中西寛(京都大学教授)
4 講演「『教養としてのグロー^バル経済』からのメッセージ」
   齊藤誠(名古屋大学教授)

・東京教室
<8月18日(月)中学校向け> 
会場:東京証券取引所東証ホール(対面+ハイブリッド) 9時30分~15時50分
1 「JPXの最新の動きと金融経済教育の取組み」
   鈴木深、橋本ひろみ(東証・大阪金融リテラシーサポート部)
2 「情報で経済を教える」
   塩田真吾(静岡大学准教授)、新井明(目白大学非常勤講師)
3 「歴史で経済を教える」
   梶谷真弘(茨木市立南中)、篠原総一(同志社大学名誉教授)
4 「地理で経済を教える」
   河原和之(立命館大学非常勤講師)、加藤一誠(慶應義塾大学教授)
<8月19日(火)高等学校向け>
会場:東京証券取引所東証ホール(対面+ハイブリッド) 9時30分~15時50分
1 「共通テストの趣旨を活かした「公共」経済の授業」
   熊田亘(筑波大学附属高校)、金子幹夫(神奈川県立三浦初声高校)
2 講演「経済を教える前に知っておいて欲しいこと」
   柳川範之(東京大学教授)
3 「職業選択を「公共」で教える」
   安藤至大(日本大学教授)、塙枝里子(東京都立農業高校)
4 講演「「公共」での国際社会の教え方」
   中野勝郎(法政大学教授)

中学校向けプログラムは、大阪、東京両会場共通で、地理的分野、歴史的分野、金融を経済や情報の観点からどう教えるか、授業提案と情報提供を行います。
高等学校向けプログラムは、新科目「公共」のスタートを視野に入れて入試、職業選択、国際政治、経済学の新動向など授業に役立つ情報提供と講演です。
講演では、政治学から、大阪では京都大学の中西寛先生、東京では法政大学の中野勝郎先生に最近の国際政治の動向を踏まえたお話しを頂く予定です。
また、経済学からは、大阪では名古屋大学の齊藤誠先生、東京では東京大学の柳川範之先生から、経済学と経済教育関係に関するお話しを頂く予定です。
プログラムの詳細、ポスターはできあがり次第Webに公開します。

■東京部会(No.128)を開催しました。
日時:2022年5月6日(金) 19時00分~21時00分
場所:慶應義塾大学三田キャンパス東館オープンラボとzoomによるハイブリッド形式
内容の概略:参加者19名(会場6名+zoom13名)

(1) 丹松美代志先生(おおさか学びの会)より「厠・トイレ考(その2)~畿内の厠・トイレ事情」の報告がありました。
これは2021年10月の大阪・東京合同部会で発表があった「厠・トイレ考から中学公民の持続可能な社会づくりの授業を構想する」の続編です。
今回の報告は、農業先進地域の畿内の農業生産と糞尿肥料の関係、また、町方と農村の糞尿の扱いを巡る争い(国訴)、取引秩序の変遷、糞尿販売による収入、都市人口の推移と糞尿の関係など多くの資料を、研究書や府市町村史、国会図書館のデジタルコレクションなどの収集分析からまとめたものです。
質疑では、経済教育の観点から糞尿を肥料とした場合の生産の伸びのデータがあるかどどうかなどの質問がありました。

(2) 阿部哲久先生(広島大学附属中・高等学校)から「正の外部性の視点を活かすようにさせる授業」の報告がありました。
高等学校での実践報告で、環境問題を授業化する時に正の外部性に注目することで、積極的な取組みの可能性に気づくこと、及び、外部経済の概念を用いることで民営化や補助金に対する多面的な捉え方に注目させることの二つのねらいの授業です。
質疑では、正の外部性の捉え方、事例の扱いに関する質問やコメント、授業のねらいと経済概念を使った授業の在り方、また経済概念の理解に関する質疑がおこなわれました。

(3) 塙枝里子先生(東京都立農業高高等学校)から「「公共」の教科書で職業選択はどのように扱われているか」の報告がりました。
「夏休み経済教室」の「職業選択を「公共」で教える」の準備作業のために「公共」教科書の職業選択の部分をリサーチしたものです。
報告では、新科目「公共」の上位4社すべての教科書で「職業選択」が扱われていて、各社それぞれ工夫をこらして扱っていることが分析、紹介されました。
質疑では、家庭科の教科書での扱いが今回「公共」の教科書でも見られているとの指摘があり、「春の経済教室」で紹介されていた、金融での家庭科と公民科と同様の傾向が、この領域でも見られていることが紹介されました。
部会内容の詳細は以下のHPをご覧ください。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/05/tokyo128report.pdf
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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<定例部会のご案内です>(開催順)
■札幌部会(No.30)を開催します。
日時:2022年6月4日(土) 15時00分~17時00分
場所:キャリアバンクセミナールームとZoomによるハイブリット形式
申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/03/Sapporo030flyer.pdf

■大阪部会(No.80)を開催します。
日時:2022年7月2日(土) 15時00分~17時00分
場所: 同志社大学 大阪サテライトとZoomによるハイブリッド方式
申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/04/Osaka80flyerHybridZoom.pdf

■東京部会(No.129)を開催します。
日時:2022年7月22日(金) 19時00分~21時00分
場所: 慶應義塾大学三田キャンパス校舎とZoomによるハイブリッド方式
申し込みは以下からお願いします。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2022/05/tokyo129flyerZoomHibrid.pdf

<その他のお知らせ>
■第51回ネタ研のご案内
日時 8月21日(日) 10時00分~20時00分
会場 高津ガーデン(大阪上本町下車北東徒歩5分)
ネタ研が二年ぶりに再開されます。河原和之先生の多くの卒業生が教員となり現場で活躍されています。その卒業生が一同に会して、研究会を開催します。
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【 3 】授業のヒント 「6回シリーズ 金子Tの授業づくりノウハウ その2」
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      日常生活と教科書の知識をつなげる 
   ~教師と生徒で「知識の地図」を創り共に考える授業~
              神奈川県立三浦初声高等学校 金子幹夫
1.生徒の状況を推測しながらの授業づくり
 本稿は前回の続編です。
 筆者の前にいる生徒は,どうやら租税抵抗が高くないようです。しかも納税を私たちの“責任”だと捉えている生徒が少なからずいるということもわかりました。今回は,この情報をもとに授業案作成について考えることにします。

2.「知識の地図」をつくる
 授業の目的は次の2点です。
第1は,なぜ私たちが生きる社会に税が必要なのか,そしてその税を納めることがどうして義務なのかを理解することです。
第2は,税の仕組みはどのようなところでうまく機能しているのか,そしてどのような課題を抱えているのかということを共に考えるということです。
 筆者が最初に取り組んだのは「知識の地図」づくりです。例えば「神田の三省堂書店がしばらくお休みになる」という知識を伝えるとします。この時,相手がどのくらい東京都内の地図を頭の中に描いているのかという情報は,知識の発信者としてとても気になるところです。
 教師が,学習内容を生徒に伝えようとする時に,生徒がどのような知識を構成しているのかというのはものすごく大事な情報になるわけです。
筆者の前にいる生徒の多くは,文字記号として“税”や“税に関連する用語”を知っています。教師が「国民の三大義務は何ですか」と問うとすぐに3つの義務をあげてくれます。ところが,どうして義務なのかと問いかけると,生徒の方が「なんでそんなこときくの?」という顔をするのです。文字記号で覚えている「税」という用語と,実際に社会の中で機能している「税」とをくっつけてあげる必要があるようです。

3.「責任」と言ってくれないかな? その1
 そこでいよいよ税の授業案について考えてみることにします。
 授業ではじめに共有する問いは「どうして私たちは税について学ぶ必要があるのか?」ということです。はじめに生徒の心を動かす授業を計画します。
 ところがここで大きな問題点に直面します。教師が生徒の心を動かすことに夢中になってしまうと,授業で伝えようとする学習内容の精度が落ちてしまうという問題です。この問題を克服して,より正確な学習内容を生徒に届けるためには,大本となる理論との対話が必要になります。
 今回対話するのは,経済学者宮尾尊弘先生の経済教室8:公共と協力3 「公共財ただ乗りゲーム(囚人のジレンマ)」の授業です。宮尾先生が示されている授業の流れは次の通りです。
 (A)生徒4人が一組で一つの経済を構成しますが、お互いの名前は分かりません。
 (B)その経済で「公共財」提供のために、各人は10万円を払うかどうかを決めます。
 (C)集まった資金の半分は費用になりますが、残りの半分の価値に相当する公共財のサービスが提供され、その額に等しい価値のサービスを各人(10万円を支払ったかどうかにかかわれず)が享受できます。
 もし4人全員が10万円払った場合は、合計額が40万円で、費用を20万円かけて各人には残りの20万円相当のサービスが等しく提供されます。もし3人が払った場合は、15万円相当のサービスが、2人が払った場合は10万円相当、1人しか払わなかった場合は5万円相当のサービスが全員に提供されます。
 宮尾先生は,この授業を「クラス実験」と位置付け,学生に向けて「クラスでもっとも獲得額の多い人がこのゲームの「勝者」であることを告げる」というメッセージを発信しています。
筆者は,この授業を次のように再構成しました。
第1に,“公共財”という用語を「警察」,「消防」と表現しました。生徒の日常生活と結びつけるためです。
第2に,クラスでもっとも獲得額の多い人がゲームの勝者であるという表現を使いませんでした。「あなたは税を納めますか?納めるのならば手元にある用紙にYesと,納めたくないのならばNoと書いて投票してください」と指示したのです。
 同じ街に住む他の住人が誰で,どのような行動をとるのかがわからない状況で,生徒は一人の市民としてどのような行動をとるのかということを感じさせたかったのです。「えっ,私どうしたらいいの?」という場面をつくり出したいのです。
 
4.「責任」と言ってくれないかな? その2
 宮尾先生が実践されたクラスでは,多くの学生さんが10万円を納めなかったと記述しています。ところが筆者が実践したクラスでは多くの生徒が「Yes」と書いて投票しました。
 ある授業で次のような場面に出会いました。
開票結果を黒板に書いている時のことです。ひとりの生徒が立ち上がって「誰だ!Noって書いたのは!名乗りなさい」と言うのです。
教室全体に緊張感が走ります。筆者は立ち上がった生徒に向かって「何でそう思ったの?」と話しかけました。すると椅子に斜めに座り「だって,みんながまじめにお金を出しているのに不真面目なやつがいる」と主張するのです。
そこで筆者は「Noと書いた人にメッセージを一言伝えてみようじゃないか」といって全員に白紙を配付しました。「Yesと投票した人はNoと書いた人にメッセージを書いてください。Noと書いた人は,なぜNoと書いたのか,その理由を書いてください」と言ってメッセージを書いてもらいました。
 
書かれた内容を教室で共有します。
「みんなでお金を出し合うというのは私たちの責任なんじゃないか」というようなことを多くの生徒が書いてくれました。
「安心した社会をつくるための私たちの約束ごと」だというメッセージも複数見られました。
「お金を払うというのは私たちの義務なんだ」という記述もありました。黒板に“責任”,“約束”,“義務”と書きました。税を納めるということの根底には,この3つの用語が示す精神が存在しているのではないかということを共有したのです。
 
5.教科書には何と書いてあるのか?
 次は,ここまでの学習と教科書とをつなげます。ここ数年,公立高校にもWi-Fi環境が整いつつあります。せっかくですからスマホを取り出して調べさせることにしました。
 日本国憲法には3つの義務が定められていますが,英語ではどのように表記されているのかを調べてみましょう,という課題を出しました。
すると,“子どもに普通教育を受けさせる義務”,“勤労の義務”の場合には,義務を「obligation」と表現していることがわかりました。
一方で“納税の義務”の場合には,義務を「liable」と表現していることがわかったのです。三大義務というけれども,何かが違うらしいと生徒は受け止めます。
「それでは,何が違うのでしょう?調べてみよう!」ということになります。
 
教師の方は,事前に次のような教材研究を行っておきます。
『法律英語用語辞典』では“ obligation”は「義務,債務」と,そして“liable ”は表記がなく“liability ”が「①責任②債務③借金④負債」と記述されていました。
英語語源学を研究している田代正雄さんは“liable ”を「責任を負うべき;~を受けるべき」と書いています。
翻訳家の島村力さんは日本国憲法を訳すにあたり“obligation”を「義務」とし,“liable ”を「(法的に)責任がある」と示しています。
理論言語学者畠山雄二さんとジャーナリスト池上彰さんは,日本国憲法第26条をめぐって「shall be obligated to do で『絶対に~する義務がある』という意味になる」ことを指摘しています。その一方で「『勤労の義務』は訓示的(努力目標的)なもので法的拘束力はありません」と解説しているのです。
 授業は教師が調べたことを生徒に向けて発表する場ではありません。生徒の心に残らないような気がするからです。そこで次のように展開してみました。
 「“liable ”ってはじめて聞く単語ですか?」と質問します。多くの生徒はうなずきます。そこで「実は,みんなが持っている教科書に書いてあるんだよ」と紹介します。「誰が一番はじめに見つけるか競争しましょう」と少し盛り上げます。なかなか見つからなくて飽きてしまいそうな時には「教科書の後半かな?」とか,「消費者問題の頁かな?」とヒントを出します。
 しばらくすると「はい,ありました!製造物責任法(PL法)のところ!」という声が聞こえてきます。この部分には「Product Liability」と小さく記述されているのです。
皆がその頁を開いたら「liabilityって教科書では何と訳しているの?」と発問します。「製造物責任なんだから,責任じゃないかな?」と多くの生徒は判断するようです。ここまでくると生徒は黒板に書かれている知識を自分の力でつなげてくれます。

6.目指したい授業
ここまでの実践は,あくまでも筆者のフィールドに限定したものです。すべての教室に通用するとは思っていません。
その上で振り返りますと,筆者が“納税の義務”というフレーズを覚えて,この文字記号を定期試験の解答用紙に再現するということで税を理解したとは限らないということにこだわった授業だということを書き留めておきたいと思います。
一人ひとりの生徒が持っている生活を入り口にして,教科書に書かれている知識と結び付ける1つの道筋を探し求めた授業を目指したのです。
 この授業の先に,本授業第2番目の目標である税の仕組みはどのようなところでうまく機能しており,同時にどのような課題を抱えているのかということを考える場面が待っているのです。
 次回は,文字記号の再生という点に少しこだわって,経済の授業について考えていきたいと思います。
 
【参考文献】
宮尾尊弘先生の経済教室8は
https://docs.google.com/document/d/15Ps3C5ouQWGYZKvR3BLo8ot2HTSFDdx5zyeujlcr6lM/edit
尾崎哲夫『法律英語用語辞典』 自由国民社 2009年 p.275
田代正雄『語源中心英単語辞典(改装版)』 南雲堂 2005年 pp.196-197
島村力『英語で日本国憲法を読む』グラフ社 2001年 pp.78-81
畠山雄二 池上彰『英語版で読む日本人の知らない日本国憲法』KADOKAWA 2016年 pp.154-170

また先月号のシリーズ第一回目
教室の扉を開ける前に-「税」の授業をつくるは
https://econ-edu.net/2022/05/01/3982/ 
に掲載されています。
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【 4 】授業に役立つ本 
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 今月は、過去、現在、将来、三つの時代を見据えた授業づくりのヒントになる、経済と歴史の本を紹介します。
■ブランシャール・ロドリック編『格差と闘え 政府の役割を再検討する』慶應義塾大学出版会
①どんな本か
・先進国で深刻化する格差問題に対して、どのような対応が可能か、欧米(主にアメリカ)の経済学者、政治学者、思想家がワシントンにある中立系シンクタンクであるピーターソン国際経済研究所に集まり、2019年10月に行った大規模なカンファレンスの記録です。
・ブランシャール、マンキュー、アセモグルなど経済学のテキストでおなじみの有名な経済学者を含む総勢30名が登場し、現在の主流派経済学者による現状分析、それを踏まえた現実的処方箋とその評価を巡る議論が紹介されています。

②本の内容は
・ブランシャールとロドリックによる全体の総括である序章「格差拡大を逆転させる手段はある」をはじめとして、全体が11のテーマ、29章に渡って様々な問題提起と議論の要旨が掲載されています。
・11のテーマは次の通りです。
Ⅰ状況の展望、Ⅱ倫理と哲学の次元、Ⅲ政治の次元、Ⅳ人的資本の配分、Ⅴ貿易、アウトソーシング、海外投資に対する政策、Ⅵ金融資本の(再)分配、Ⅶ技術変化のスピードと方向性に影響を与える政策、Ⅷ労働市場のついての政策、制度、社会規範、Ⅸ労働市場ツール、Ⅹ社会的セーフティネット、Ⅺ累進課税
・大きく、データでの現状確認、政治や哲学からのアプローチ、経済学からは貿易、投資、金融、労働、社会保障、税制など幅広いテーマが取り上げられています。

③どこが役に立つか
・ずばり、序章の総論部分と第1章のルカ・シャンセルによる「先進国の格差を巡る10の事実」の箇所だと言えるでしょう。その際、読むなら第1章からが良いと思います。
・第1章では、具体的データをもとに格差が先進国で拡大している状況が説明されます。グラフが付いているので、そのグラフを見るだけでも格差の現状とそれをもたらした原因がつかめるはずです。
・序章では、このカンフェランスのコーディネータである二人の編者による政策の整理があります。特に、格差に影響を及ぼす政策の分類が書かれている表0.1は参考になるはずです。(アマゾンの「試し読み」で見ることができます)
・この表では、政府が介入する経済段階を、生産前、生産、生産後の三つに分け、格差の種類を、下位層、中間層、上位層の三つに分け、3×3の9セットの政策マトリックスを提示して、それぞれの政策が以下の章で議論されてゆくことが示されています。

④感想
・主流派経済学による政策提言の流れが変わってきたなというのが一番の感想です。
・1980年代からの新自由主義による規制緩和、自助努力による小さな政府指向の流れはグローバリゼーションと相まって強力な潮流をとなってきましたが、格差拡大という現実に直面して修正せざるをえない段階になったことがわかります。
・編者が、このカンフェランスが10年前に開かれていたら、内容は違っていただろう、議論の内容は大きく様変わりしていると書いているところが印象的でした。
・解説が、今アメリカの大学で教壇にたっているマルクス経済学者の吉原直毅氏が書いているのも興味深いところです。登場する論者たちは資本主義とは何かを真剣に考えていないと言う吉原さんのコメントがどこまで正鵠をえているかを確認するのも、ちょっと大変だけれど有用かと思ったりしています。
・第28章で、ステファニー・スタンチェヴァという財政学者が新しい研究のエビデンスを出してもそれが浸透しないこと、その理由として専門家への不信とテレビのタレント経済学者の影響を上げていました。アメリカだけでなく日本でも同じようなことが起こっているんだろうなという感想を持ちました。

■中島隆博編『人の資本主義』(東京大学出版会)
①どんな本か
・立命館大学の稲森経営哲学研究センターによる、2018年からはじまっている「人の資本主義」研究会のカンファレンスの一部をまとめた本です。
・前の『格差と闘え』が、現在の経済制度を前提にして政府の政策による格差問題に対する現実的な処方箋をめぐるカンフェレンスであるのに対して、こちらは「人の資本主義」なる概念をもとにしたこれからの社会の在り方を問う思想的な色彩が強いカンフェレンスです。

②本の内容は
・コーディネータの中島隆博氏(中国思想の専門家)の序論「はじめに」以下三部11章からなります。
・第Ⅰ部は「資本主義の問い直し方」と銘打たれ、「人の資本主義」の意味と可能性についての覚え書き(小野塚知二)、人の資本主義への視点(広井良典)、歴史性・普遍性・異質性から見た経済(安田洋祐)の三氏による問題提起と討論です。
・第Ⅱ部は「ディスコースの変容と資本主義」と銘打たれ、歴史的ディスコースにおける資本主義(山下範久)、なぜ利己的個人か(野原慎司)、国家と資本主義(國分功一郎)、共生社会と資本主義(堂目卓生)、欲望と社会を巡るパラドックスへの一考察(丸山俊一)の四氏による問題提起と討論です。
・第Ⅲ部は「持続可能な社会の構築と資本主義」と銘打たれ、脱成長そして地球の有限性の中の資本主義(広井良典)、ポスト資本主義コミュニティ経済はいかにして可能か?(中野佳裕)、人口減少社会で気づく持続可能性の経済学(倉坂秀史)の三氏による問題提起と討論です。

③どこが役立つか
・経済史・経済学史をベースとした文明論的な視点での問題提起と討論なので、興味関心のかる箇所を読むことで、授業のヒントが得られるでしょう。
・あえて挙げれば、第Ⅲ部が持続可能性、脱成長、人口減少社会などを取り上げているので、一番公民や公共の教科書との親和性があるかもしれません。

④感想
・問題提起の文章も、それをうけての討論も『格差と闘え』にくらべて読みやすいのですが、二つを並べてみると、新自由主義的な社会のあり方に批判的な視点は似ていますが、政策の提言を打ち出してその実現を念頭に議論する欧米と、文明論的な広がりで資本主義を論じる本書の論者との違いが際立っていて、興味深いというか、切迫感、リアリティの違いがあるなというのが実感です。
・にもかかわらず、この本を取り上げたのは、現在の社会科や公民科の授業の流れや構成にかなりの親和性があるのではと思ったからです。
・どちらが良い、悪いではなく、文明論的に眺めた現代社会を変えてゆく政策的なリアリズムが求められているし、同時に、政策的なリアリズムの土台にある価値観や社会観を見つめ、相対化してゆくことが求められているのではと感じています。

■歴史学研究会編『「歴史総合」をつむぐ 新しい歴史実践へのいざない』(東京大学出版会)
①どんな本か
・本年度からはじまった新科目「歴史総合」の授業づくりのために、歴史学研究会の歴史家と現場教員による参考書として編集された本です。
・教員だけでなく、高校生や大学生が読んでも面白い、考えさせる内容の本となっています。

②本の内容は
・「歴史総合」の構成に即して大きく四つの章とそれぞれの章の15のテーマ、さらに29の具体的な事例から構成されています。加えて「教室から考える「歴史総合」の授業」からなっています。四つの章と取り上げられている事例は以下の通りです。
・歴史の扉
 吉田松陰、飢餓と飽食、飽衣、占領と沖縄基地、アイヌ人々への同化の5つの事例が取り上げられています。
・近代化と私たち
 女性の政治参加、主婦と働く女性、産業革命、時間認識、共産主義、立憲政治、イスラーム世界と近代化、近代日本の宗教の8つの事例が取り上げられています。
・国際秩序の変化や大衆化と私たち
 身体装飾、ファッション、プロテストソング、成田空港、兵士からみた世界大戦、戦争へのプロセスの6つの事例が取り上げられています。
・グローバル化と私たち
災害を巡る民衆心理、感染症、日本からの移民、移民国家アメリカ、キューバ危機、人の移動、アメリカの公民権運動、パレスチナ問題、アメリカの環境運動、震災からの地域復興の10の事例が取り上げられています。
・教室から考える「歴史総合」の授業
 補講として、今を主体的に問う、生徒の関心から問う、図像資料を読み取るの三つが紹介されています。

③どこが役に立つか
・29の事例のなかで関心を持った箇所なら基本的にどこでも役立つでしょう。その意味ではネタの宝庫の本です。
・文献紹介の情報ガイドが親切です。一つ一つの事例は短くコンパクトなので、文献を手がかりにさらに追究もできます。紹介者は、時間認識の変化のところで紹介されている、角山栄『時計の社会史』や西本郁子『時間意識の近代』を図書館から借りて読み出しました。
・補論の、二人の現役の先生のこのテキストを使っての授業例の紹介もガイドブックとして親切です。ちょっと残念なのは、二人の先生がいずれも大学附属の高校で教えている先生で、公立高校でこのテキストがどう使われるか、そんな観点からのガイドがあると良かったのではと思います。

④感想
・一読、やられたと思いました。「歴史総合」だけでなく、「公共」もしくはそのなかの経済だけでもこれと同じような、生徒も読め、授業に役立つ事例集を専門家が書き、現場教師がその使い方をガイドする本が欲しいと思いました。
・歴史教育の世界では専門家と現場の距離が近いのに対して、経済教育ではその距離がかなり遠いという現実を見せつけられたようにも思いました。
・もう一つ思ったのは、「歴史総合」を学んで歴史の流れが理解できるかどうかということでした。確かに面白いけれど、通史を学ばないと不安だなと感じる生徒もいるのではというのが昔人間の杞憂です。テーマと通史の二つを両立させるのは難しいというのが正直な感想です。(新井)
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【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
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 5月15日は沖縄復帰50年でした。その日と翌日の沖縄の新聞二紙(琉球新報と沖縄タイムス)をネットワークメンバーの西原ともこ先生から送っていただきました。
全国紙でも復帰を巡る特集がありましたが、現地の新聞紙面からは当事者としての切実な声が聞こえてきました。それだけではなく、人々の生活ぶりが広告や記事からも浮かび上がります。そういう息づかいはネットでは得られないものです。
 さて、沖縄に関して、6月23日は何の日か。お分かりになりますか。(新井)
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