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何かいいことがありそうな6月を迎えました。 世の中が紫陽花でいっぱいになるころ、多くの教育実習生が教壇に立っていると想像します。最新の研究成果に触れている学生さんが何を教えるのかに興味があります。公民科の免許取得を目指している皆さんに、ぜひ本メルマガを薦めていただければうれしいです。今月号は、先生のための「夏休み経済教室」の概要を先取りして紹介します。それでは6月号のスタートです。 ──────────────────────────────────────── 【今月の内容】 ──────────────────────────────────────── 【 1 】最新活動報告・・・2025年5月の活動報告です 【 2 】<速報> 先生のための「夏休み経済教室」 【 3 】定例部会のご案内・情報紹介 【 4 】授業のヒント…連載「捨てネタの効用」で貫かれたメッセージは何か? 【 5 】授業で役立つ本…今月も授業づくりのヒントになる本を2冊紹介します。 ──────────────────────────────────────── 【 1 】最新活動報告 ──────────────────────────────────────── ■東京(No.144)部会を開催しました。 日時:4月26日(土)15時00分から17時00分 場所:連合会館会議室+zoom 内容の概略: 25名参加(会場11名、zoom14名) (1) 杉田孝之氏(千葉県立津田沼高等学校)から春の経済教室の総括という報告がありました (2)杉浦光紀氏(東京都立新宿山吹高等学校)から「社会的共通資本を扱う授業を考え る」の報告がありました。 (3)仙田健一氏(新潟県糸魚川市立糸魚川中学校)から「地方における金融の在り方の 追求を目指す社会科授業-地域金融機関とフィンテックに着目して-」の報告があ りました。 (4)市川慶太氏(埼玉県さいたま市立白幡中学校)から「経済視点で考える近世:江戸 時代」の報告がありました。 (5)吉村慈子氏(東京証券取引所)から夏休み経済教室に向けての開催アピール、配付 資料の印刷に関する事務連絡がありました。 詳しい内容は https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2025/05/tokyo144reportHybrid.pdf をご覧ください。 ──────────────────────────────────────── 【 2 】<速報> 先生のための「夏休み経済教室」 ──────────────────────────────────────── 18年目を迎えた先生のための「夏休み経済教室」の速報です。 「夏休み経済教室」について「大阪会場」、「東京会場」の内容を先取りして紹介します。申し込みについては別途お知らせいたします。今月号では概要のみの告知となります。 1)大阪会場について 【日時】 8月12日(高等学校対象):対面形式 8月13日(中学校対象) :対面形式 【会場】 大阪取引所4階 OSEホール(大阪証券取引所ビル) <8月12日(高等学校対象)のプログラム> ・「『公共』の実践(政治・経済)」 登壇者:大山 正博氏(武庫川女子大学学校教育センター 助教) 新 友一郎氏(兵庫県立神戸高等学校 教諭) ・講演「教育に活かす『マッチング理論』」 登壇者:安田 洋祐氏(大阪大学大学院経済学研究科 教授) ・講演「国際政治の現状をどう見るか」 登壇者:中西 寛氏(京都大学公共政策大学院 教授) ・「経済教育の見直し:授業デザインを一新する」 登壇者:篠原 総一氏(経済教育ネットワーク 理事長) <8月13日(中学校対象)のプログラム> ・「JPXの最新の動きと金融経済教育の取組み」 登壇者:斎藤史貴氏(東京証券取引所 金融リテラシーサポート部) ・「社会科が苦手な生徒に経済を教えるには」 登壇者:佐藤 英司氏(福島大学経済経営学類経済学コース 准教授) ・シンポジウム「河原・奥田授業から経済の授業づくりを“たくさん”学ぶ!」 登壇者:河原 和之氏(立命館大学 非常勤講師) 奥田 修一郎氏(高野山大学教育学部 准教授) 玉木 健悟氏(奈良県川西町三宅町式下中学校組合立式下中学校教諭) 関本 祐希氏(大阪府立市岡高等学校 教諭) 詳しい情報は https://www.jpx.co.jp/corporate/learning/seminar-events/d06/20250812.html をご覧ください。
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2)東京会場について 【日時】 8月19日(高等学校対象):ハイブリッド形式 8月20日(中学校対象) :ハイブリッド形式 【会場】 対面 :慶應義塾大学三田キャンパス 北館3階 大会議室 オンライン:Zoom <8月19日(高等学校対象)のプログラム> ・「社会的共通資本に関する授業を構想する」 登壇者:樋口 雅夫氏(玉川大学教育学部 教授) 杉浦 光紀氏(東京都立新宿山吹高等学校 主任教諭) ・講演「現代世界の政治情勢と将来の展望-世界のなかの日本のゆくえ-」 登壇者:細谷 雄一氏(慶應義塾大学法学部 教授) ・「『公共』と『歴史総合』が共振する学びをつくる」 登壇者:小川 幸司氏(長野県立伊那弥生ヶ丘高等学校 教諭) ・「経済教育の見直し:授業デザインを一新する」 登壇者:篠原 総一氏(経済教育ネットワーク 理事長)
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<8月20日(中学校対象)のプログラム> ・「JPXの最新の動きと金融経済教育の取組み」 登壇者:斎藤史貴氏(東京証券取引所 金融リテラシーサポート部) ・講演「VUCA時代の中学生に経済を教えるには」 登壇者:中川 雅之氏(日本大学経済学部 教授) ・シンポジウム「VUCA時代における経済の教え方!」 登壇者:関谷 文宏氏(筑波大学附属中学校 教諭) 小谷 勇人氏(埼玉県春日部市立武里中学校 教諭) 松平 裕介氏(東京都八王子市立第二中学校 主任教諭) 市川 慶太氏(埼玉県さいたま市立白幡中学校 教諭) 仙田 健一氏(新潟県糸魚川市立糸魚川中学校 教諭) 詳しい情報は https://www.jpx.co.jp/corporate/learning/seminar-events/d06/20250819.html をご覧ください。 ──────────────────────────────────────── 【 3 】定例部会のご案内・情報紹介 ──────────────────────────────────────── ■ 東京(No.145)部会を開催します。 日時:6月21日(土)15時00分~17時00分 会場:慶応義塾大学三田キャンパス+zoom 内容:夏休み経済教室の実践報告準備と検討他 お申し込みはこちら https://econ-edu.net/application/event-application/
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■ 大阪(No.94)部会を開催します。 日時:2025年7月13日(日) 15時00分~17時00分 場所: 同志社大学大阪サテライト(予定) 申し込み方法 お申し込みはこちら https://econ-edu.net/application/event-application/ ──────────────────────────────────────── 【 4 】授業のヒント ──────────────────────────────────────── 連載「捨てネタの効用」で貫かれたメッセージは何か? 執筆者 金子幹夫 1.「捨てネタの効用」シリーズから生まれた問い 3月から5月にかけての「授業のヒント」は、篠原総一先生による15回の連載(捨てネタの効用)からいくつか選び出し、教師目線で解釈を試みました。 そこで、今月はどのテーマに注目しようかと「捨てネタの効用」を読み解いていたのですが、その前に整理すべき課題があると思うようになりました。その課題というのは「捨てネタの効用」シリーズに共通するメッセージを明らかにすることです。 そこで6月号は、「捨てネタの効用」が発信しているメッセージを一教師が解釈する過程を示してみたいと思います。
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2.肌感覚で理解するということ 「捨てネタの効用」では、「肌感覚で分かる」という言葉が何回も登場します。これはどういうことなのでしょうか。 筆者は、これを生徒と教師がつくりだす「認識の齟齬」という視点で読み解きました。つまりこういうことです。「①生徒は五感を通して日常生活でいろいろな経験をしています」。一方で「②教師は授業でいろいろな情報を発信しています」。 ①は、生徒一人ひとり異なります。皆異なる人生を歩んでいるからです。②は様々な形をとります。文字記号中心で伝える授業もあれば、絵や写真、動画で伝えるものもあります。体験型学習で身につけてもらおうという情報もあります。 ①で構成された生徒の認識と②で発信する教師の認識は一致しません。教師と生徒の間に生じる齟齬は、生徒の人数分発生します。教師はこれらの齟齬をできる限り小さくすることで、授業内容を生徒に伝えていくわけです。 そこで「肌感覚で分かる」授業というのは、教師と生徒がつくりだす認識の齟齬を小さくする授業のことだといったん解釈してみます。いったいどのようにして教師は認識の齟齬を小さくしていくのでしょうか?
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3.歩み寄るのは教える側 認識の齟齬を小さくする手がかりが「捨てネタの効用」第1回目にありました。そこには「ほんのわずかだけ教科書から離れて、どんな生徒にも『なるほどそうか、感覚でわかるぞ』と思わせるようなエピソードや例を投げ込んでやるだけで、『経済も教え易い』科目になる」と書いてあるのです。 それでは、教師はエピソードや例をどのように投げ込むことができるのでしょうか。具体的な例を、本メルマガの189号(2024年10月号)に筆者が掲載しました「編集後記」を手がかりに考えてみたいと思います。内容は次のようなものでした。 ・ある日、筆者は突如声が出なくなったので喉スプレーやトローチを購入しました。 ・治らないので耳鼻咽喉科に行き薬をもらいましたが症状は改善しませんでした。 ・翌日の授業で、ここまでの経緯を生徒に伝えました(出ない声を絞り出して)。 ・すると、ある生徒が鞄から箱を取り出して「これ知ってる?」と言ったのです。 ・これを見た周囲の生徒も「私も持っている」「私も」と鞄から箱を取り出しました。 ・まるでテレビCMのような光景を前に筆者はその商品名を確かめたのです。 ・商品名は「たたかうマヌカハニー」というのど飴でした。 ・授業後に生徒がその飴をひとつくれたので、職員室で口に入れたら声が出たのです。 ・退勤後スーパーに行って買おうとしたら目立たないところに陳列されていました。 ・もしかしたら一部の高校生に熱烈に支持されている商品なのかなと思いました。 という内容です。 この教室にいる生徒は、生活経験の中で「たたかうマヌカハニー」を認識しています。どんな生徒にも「なるほどそうか、感覚でわかるぞ」と思わせるようなエピソードの手がかりが見えました。「よし! これで肌感覚で分かる授業ができる」といきたいところですが、ここで舞い上がってはいけないというのが今月号のポイントになります。どういうことなのでしょうか?
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4.エピソードと教科書記述の接続をどうするか? 教師と生徒との間に共通するエピソードに出会ったのですから、このまま授業を構成すればよいではないかと思ってしまうのですが、話はそう簡単ではないようです。 肌感覚で分かりかけた生徒は、そのエピソードを用いて教科書に登場する理論を理解しようとします。しかし、エピソードと教科書に書かれている表現との間には距離があるようです。教師はその距離をどのように捉えるのでしょうか。
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5.主語に注目すると? そこで手元にある教科書や資料集を見ますと、共通する特徴を発見することができます。その特徴というのは、具体的なヒトが登場しないということです。人間と人間が関わり合って社会を構成しているにもかかわらず、教科書や資料集からは人と人のつながりが直接見えてこないのです。 「たたかうマヌカハニー」という商品は、誰がどういう思いで作り、どのようにして私たちの手元に届くのでしょうか?さっそく教科書や資料集で経済のことが書かれている部分を見ることにします。注目するのは文章を構成している主語です。 パラパラッと見るだけでも「資本主義経済は」、「アダム・スミスは」、「技術革新は」、「重化学工業の発展は」、「世界大恐慌は」、「先進資本主義諸国は」、「マネタリズムは」「現代の経済は」、「財は」、「企業は」、「家計は」、「政府は」、「市場は」、「公害は」、「環境破壊は」といった感じです。 教師は、これらの主語で構成されている文章に、「ヒト」を意識させる仕掛けを創る必要がありそうです。エピソードと教科書記述とを接続させるために「たたかうマヌカハニー」を用いて次のような授業構成を考えてみました。
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6.人が活躍する経済教育 (1)この人たちは何をしているのでしょうか? 一枚の写真を示して生徒たちに問いかけます。写真は「たたかうマヌカハニー」を生産しているカンロ株式会社さんの研究開発風景です。生徒が端末を持っている場合には、検索して見ることもできます(https://www.kanro.co.jp/RandD/thought/)。写真には4人の社員の方が商品開発に向けて研究している様子が写っています。 写真選びで重要なことは、仕事をしている人の視線がカメラ目線でないことです。実際に仕事をしているところを見ることで躍動感が伝わってきます。 (2)商品はどのような思いで開発されたのでしょうか? 多くの生徒が鞄の中に入れている商品がどのようにしてつくられるのかを細かく分けます。生徒にどんどん発言してもらいたいところです。次のような問いをきっかけに教室の雰囲気を柔らかくしてみてはいかがでしょうか。 a:なぜこの商品をつくろうと思ったのでしょうか? b:商品名はどのようにして決めるのでしょうか? c:箱や袋のデザインは、どのようにすると目立つようになりますか? d:なぜ多くの高校生が購入しているのでしょうか? e:大量生産するためにどのような工夫が必要でしょうか? f:もっとも売れるのはどのような店でしょうか? g:商品の評判を知るためにはどのような方法が考えられますか?
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生徒はいろいろな角度から発言してくれそうです。1つひとつの発言に対して教師は「どうしてそう考えたの?」と理由を言わせることで発言者も聞いている生徒たちも一緒に考えるようになると思います。 質問の内容ですが、d以外の主語は、冒頭で示した写真に写っている開発チームの人たちです。そしてdの主語は教室にいる高校生たちです。 教師と生徒が対話を繰り返す中で、資本主義、技術革新、企業、家計、市場、そして環境破壊について話しが盛り上がるかもしれません。 教科書に書かれている文の主語に、ヒトを意識させる要素を入れることで「肌感覚での理解」に一歩近づくのではないかという一案です。
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(3)分業・交換・消費は人と人のつながりで行われるということ この授業案は、写真の中に写し出されているヒトをきっかけにすすめられますが、実際に企業では大勢の人が働いていいます。 ひとつの商品を通して、商品開発者、販売促進担当者、工場で働く人たち、営業担当者といった分業について学ぶことができます。消費者との関係から交換についても学べます。 人間と人間のつながりを意識して学びを続ける中で、経済理論に触れることができます。生徒は、経済理論の持つ見方や考え方に接することで、何を学んでいるのかを自覚できると思います。
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7.人が登場することで理解が深まる 授業時間数が限られていることを考えますと、教師は様々な経済理論を、文字記号として伝達するのが効率的なのかもしれません。しかし、生徒たちがこれから迎える人生を充実させるために、そして生徒たちが生きる社会をよりよいものにしていくためには、経済の仕組みを肌感覚で理解してもらいたいわけです。 今月号は、「捨てネタの効用」が発信しているメッセージは何か?ということを立ち止まって考えてみました。経済を教えるということは「人間を意識すること」、そしてその「人間と人間のつながりを意識すること」なのではないか。このつながりを教室で共有できそうなエピソードや例は何か?教師は「この何か?」を見つけることで「肌感覚での理解」が実現するのだと思います。 皆様は15回にわたる連載(捨てネタの効用)をどのように読み取りましたか?いろいろな解釈を出し合って、授業について議論してみたいです。今月はここまでです。
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──────────────────────────────────────── 【 5 】授業に役立つ本 ──────────────────────────────────────── 今月紹介する本は,マイケル・キーン&ジョエル・スレムロッド著 中島由華訳『課税と脱税の経済史』みすず書房 2025年と竹田青嗣・苫野一徳『伝授!哲学の極意』河出書房 2025年の2冊です。 ■ マイケル・キーン&ジョエル・スレムロッド著 中島由華訳『課税と脱税の経済史』みすず書房 2025年 ① なぜこの本を選んだのか? 「公共」を教えている地歴科の先生、そして歴史を教えている公民科の先生が、この本を読んだらいろいろな授業を構想できるのではないかと考えて選びました。お金を集めるための税、人の行動を変えることを目的にした税に関するエピソードを読み進めるうちに、人びとの行動には共通するパターンがあることを読み取れるかもしれません。
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② どのような内容か? 1)著者はどのような人なのか? 執筆者のひとりマイケル・キーンは、G20やIMF理事会のための文書執筆を担当する元IMF財政局次長でした。20年以上にわたり税制についての政策と助言を行っていたそうです。 もうひとりのジョエル・スレムロッドはミシガン大学経済学部教授です。国際財政学会の会長を務めたこともあるそうです。
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2) どのように紹介できるのでしょうか? 本書は約500ページにわたり税の歴史が書かれています。 授業で生徒に話したくなるエピソードが満載です。 「こんなエピソード、あんなエピソードがあった」と紹介することができます。 ところが本書はエピソードを集めたカタログではありません。紹介者は、著者のメッセージをつかみとり、ひとつの解釈を示すことで、授業づくりに役立つ紹介文をつくってみようと思います。
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3)様々なエピソードから見えてくる問題点は? 本書は、ロゼッタ・ストーンやシュメール遺跡の写真を示し、「税の減免」や納税証明書が含まれているという指摘からはじまります。税制は人類史の初期から存在したということです。 その歴史記述について、「ボストン茶会事件の発端は増税ではなく減税だった」ということを説明しながら、「税に関しては、事実よりも誤った通念の方が広く知られている場合が多い」という教訓を教えてくれます。 このほかにもアダム・スミスが憤慨した「窓税」やヘンリー8世がローマ・カトリック教会と決裂したエピソードについて教会税を用いて説明してくれます。 源泉徴収方式、所得税、所得税から独立した法人税、付加価値税導入のエピソードが語られる中で、著者のメッセージが少しずつ見えてきます。政府はいろいろな方法で税を集めようとしている一方で、権力者が考えなくてはいけない問題は一貫しているということです。その問題というのは、どうやって公平性を実現させるのかということです。
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4) どうやって公平性を追い求めてきたのか? 権力者はどのようにして税の公平性を実現させようとしてきたのでしょうか? 人頭税、コミュニティ税、そしてバスチーユ襲撃といった歴史を振り返りながら人びとが税金を不公平とみなすようになった歴史をたどります。これらの歴史は、企業や人びとが税にどう向き合い、どのように応じるのかによって公平か不公平かが判断されることを教えてくれます。 ところで、人びとの公平観というのは、どのような場面で変化するのでしょうか?本書は2つの状況をあげています。1つ目は税負担が政府から受け取る利益に見合っているかどうかということです。2つ目は一人ひとりがそれぞれの経済レベルに応じて税を負担しているかどうかということです。 この二つの状況から、公平かどうかについて答えを出すのは、経済学者ではなく哲学者の仕事だとしてベンサムやロールズが引用されています。
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5)どのように税を設計することで人の心を動かすのか? 多くの人は、いくら公平な税であっても、できることなら納税を回避したいと考えるようです。この人間の心を見抜いた支配者は、人びとの行動を思いどおりに誘導するため、いろいろな税を考えてきました。 本書は、古代ギリシア・ローマの独身税、メディアを抑圧するための新聞税、教科書にも登場する炭素税、そしてたばこ税が人の心を動かす税としてあげられています。世界で初めてビールに税をかけたのが、あの有名な古代エジプト最後の女王だとは知りませんでした。 沈没する商船や、いつまでも完成しない中途半端な建物をつくりだしたのも税に誘導された人びとでした。なぜわざわざ沈没するような船を作ったのか? どうして建物を完成させる直前で放置したのか? 生徒がインセンティブを理解するための例として示すことができそうな話題です。 一方で、税に誘導されそうになったことで引き起こされたイノベーションの事例も紹介されていいます。身近な例で、発泡酒と第3のビールがとりあげられています。 ここまで納税を逃れたいと考える人びとの歴史を追いかけてきましたが、その歴史の中には実際に逃れようと行動に移した人がいます。そこで、次にこの脱税しようとした人、そしてその脱税者に対する策を講じてきた人の歴史を追いかけてみることにします。
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6) 脱税する人、脱税の対策を考える人 過去の有名な脱税犯にはどのような人がいたのでしょうか?マフィア、政治家、プロスポーツ選手、ロックスター、女優が実名であげられています。 なぜウィリアム・テルが息子の頭の上に乗せたリンゴを矢で射抜いたのか?紹介者はその理由をここで初めて知りました。日本で期日どおりに税金を集めた地方自治体の代表者は天皇に拝謁できたというエピソードも知りませんでした。 なぜ源泉徴収制がつくられたのか?そしてその制度設計にミルトン・フリードマンがかかわっていたこと、アダム・スミスが関税委員だったこと、なぜ警察犬の犬種がドーベルマンと呼ばれるようになったのか?どれも本書で知りました。 ハンムラビ王の言動が、今日の行動経済学の実践例だと例えて、納税のインセンティブを語っているところが印象的です。 私たちは、過去の脱税対策から何を学んだのでしょうか?
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7)成功した税制改革に共通すること 税制についてデザインする財務大臣は、税率を引き下げつつ税収を増やすことを夢見るそうです。ところが実際にはうまくいきません。その中でも、長い歴史の中で成功した税制改革には2つの共通点があるそうです。1つは明確なビジョンで2つ目は政府トップのリーダーシップです。 税制のタブー(例えば聖書やコーランの非課税に反対すること、イギリスにおいて食料品に売上税を課税することなど)を意識しながらいかにリーダーシップを発揮して明確なビジョンをルールの中に示すのか。これが未来の税金を語ることにつながるようです。
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8)課題探究のテーマ? シュメールから現代までの「税」を見てきました。これらの歴史から、課題探究のテーマ探しに役立ちそうな話題がいくつか見つかります。例えば、 ・税は反乱や抵抗運動の原因になっているが、その根本には権力をめぐる深い原因が潜 んでいるのではないか。 ・政府は「税」という言葉以外にも「~料」とか「~金」といった名称を使うことがあ るがなぜか? ・いったい誰が税の真の負担者なのか? ・税制における累進制と効率性をどのように調整して設計することができるのか? ・デジタルサービス税について国際的にどのような改革が必要なのか? まだまだ本書の中から課題探究のテーマ設定につながりそうな話題を見つけることができそうです。
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9)本書の全体像 以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。 第I部 強奪と権力 1 すべての公共のことがら 2 われわれが来た道 3 別の名前で 第II部 勝者と敗者 4 まずまずの公平性 5 財政の強大な動力源 6 誰でも平等に扱われるわけではない 7 留まるか、移り変わるか 第III部 行動を変える 8 悪い行ないを改める 9 巻き添え被害 10 ガチョウの羽根のむしり方 11 世界市民 第IV部 税金はひとりでに集まらない 13 誰かがやらなければならない 第V部 税をつくる 14 税の喜び 15 来るべき世界の形
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③ どこが役に立つのか? 公民科の教師だけでなく地歴科の教師にとっても教材研究に役立つ本になると思います。授業では、私たちが直面している税に関する問題が、けっこう大昔から存在していることを学べそうです。 税の学習指導案を作成するにあたって、歴史的視点、哲学的視点、政治的視点、経済的視点の整理ができていると、生徒が抱く様々な問いに適切に対応できるのではないかと思います。本書は視点の整理に役立つと思います。
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④ 感 想 「経済学ではなく哲学の問題だ」という記述が複数回出てきます。経済学の仕事は、例えば社会的コストを提示すること、数値化することとありました。税負担が公平かどうかは哲学が考える問題だというのです。 「公共」の学習内容は多くの学問(もちろん哲学、経済学も含まれています)を基盤にして構成されています。今月紹介しましたもう1冊の『伝授!哲学の極意』と合わせて読むことで、「どうして『公共』には哲学や経済に関する学習内容があるのか」ということを考えることができると感じました。
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■ 竹田青嗣・苫野一徳『伝授!哲学の極意』河出書房 2025年 ① なぜこの本を選んだのか? 本書は哲学をテーマにした本ですが、中盤から後半にかけて民主主義、資本主義について多く語っています。「公共」の授業を担当されている方は、そろそろ「公共の扉」の次を意識するころだと思います。 「公共」の学習で青年期や哲学を学びながら、どのようにして政治的分野、経済的分野につなげることができるのかという手がかりを見つけることができると思い選びました。
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② どのような内容か? 1)著者は二人です 竹田青嗣先生は哲学者で早稲田大学名誉教授です。『自分を知るための哲学入門』や『現象学入門』は、私たちに哲学をわかりやすく教えてくれます。 苫野 一徳先生は哲学、教育学を研究している熊本大学大学院教育学研究科・教育学部准教授です。教育学がご専門ですので、すでに著書を読まれた方も多いのではないでしょうか。本書は師弟関係にある二人の対談形式で構成されています。
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2)哲学者は世界をどのように捉えているのでしょうか? 「公共」の教科書では、ソクラテス、プラトンからロールズ、センまで約25人の哲学者が登場します。2単位の授業でたくさんのことを教える時間はありません。どうしましょう? 山で道に迷ったら上に登って全体を見渡すべきだという考え方があります。本書は、哲学者が世界をどのように捉えているのかを、上から全体を見渡しているかのように教えてくれます。 世界を捉えるものには哲学と宗教があります。歴史的には宗教が先に誕生します。宗教による説明は物語調です。やがて交通や技術が発達して共同体間の交流がはじまると、物語ではない世界説明が必要になってきます。そこで登場したのが哲学となるわけです。 「公共の扉」には宗教と哲学が登場します。本書の第1章は、教師が宗教と哲学をどのように接続させながら教えることができるのかという手がかりを示してくれます。
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3) 教師は哲学をどう捉えて教えるのか? 「公共の扉」で教える学習内容の全体を捉えるヒントがまだありました。ここでは2つほど紹介します。 1つ目は、哲学は絶対の真理を追い求める学問なのかどうかということです。答えはノーです。哲学は、共通了解が可能な普遍的原理を捉えようとしていると教えてくれます。 2つ目は、「自然科学のアプローチ」と「人間や社会を認識するためのアプローチ」を分けることです。私たちが「社会とは何か?」という問いを生徒に示したとすると、そこには「よい社会とは何か?」という価値も含んだ問いになります。人間や社会のことを認識しようとする場合、自然科学の手法をそのまま当てはめることはできません。 この2つを意識するだけで、「公共の扉」の全体像を捉える眼が変わると思います。
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4) 哲学者の枠組みも整理できないか? 「公共の扉」の枠組みを捉えたところで、教科書は一人ひとりの哲学者を紹介していくことになります。ここでも本書は教科書の解釈に有効な手がかりを与えてくれます。 例えばホッブズ、ルソー、スミス、ミル、カント、ヘーゲル、マルクスといった太文字で登場する人物を2つの枠組みに分けるとしたらどうしたらよいでしょうか? 本書はこの七人の思想家を「社会の真実を客観的に認識するという発想を持った人物」と、「まったくそのような発想を持っていない人物」に分けて説明してくれます。 もうひとつ。これも太文字で登場する「真善美」です。なんで「真善美」なのでしょうか。そして「真善美」の中でもっとも優先されるのはどれでしょう?私たちの日常生活を例に、わかりやすく説明してくれます。 5)哲学者と哲学者のつながりをどう整理するのか? 哲学者の枠組みが整理できました。ところで、哲学者間の時系列でのつながりはどう見るのでしょうか? 本書は冒頭で「哲学はリレーによって成立する」という大切な考え方を示しています。 例えば「市民社会」の原理はロック、ルソー、カント、ヘーゲルのリレーによって鍛えられてきたという考え方を大切にする必要があるということです。 市民社会の原理だけではありません。戦争の原因については、一万年前の食料革命まで遡るところからスタートし、ホッブズ、ルソー、ヘーゲルへのリレーを描いています。 人間が世界を説明する方法についても、ギリシア哲学まで遡り、カント、ヘーゲル、ニーチェ、フッサールといった哲学史のリレーを描いています。 この哲学史のリレーのところで、苫野先生は竹田先生に「現象学を中高生でも理解できるように教えてほしい」とリクエストします。この説明は、哲学の考え方をどのように教えることができるのかという手がかりを私たちに示してくれます。
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6)「公共」の学習内容を整理する 「公共の扉」を学んでいる生徒は、次に憲法、政治、経済といった学習に取り組みます。目の前の生徒に「どうして憲法や政治、経済を学ぶのでしょうか?」と問いかけたらなんと答えるでしょうか? 「私が将来力強く生き抜くため」と答える生徒もいれば「よりよい社会を作るにはどのようにすればよいのかを考えるため」と答える生徒もいると思います。 「公共」は自分の人生のことを考える科目なのでしょうか?それともよりよい社会をどのように形成していくのかを考える科目なのでしょうか? そもそも先生は、「公共」をどのような科目だと捉えているのでしょうか?教師と生徒の間に形成される科目観の違いをどのくらい意識しているのでしょうか? 本書は、哲学の視点から「人間の問い」と「社会の問い」を分けて、しかし決して切り離すことなく整理してくれます。 前者は「いかによりよく生きることができるのか?」と問いながらカント、ヘーゲル、ニーチェの思想を教えてくれます。後者は「人間が共存し、ともに楽しく生きられる社会とは?」と問いながら暴力の縮減と自由の確保について考察していくのです。
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7)そして経済教育について語ります 暴力が縮減され、自由が確保された公正な社会は実現可能なのでしょうか? 本書は、資本主義経済に支えられた自由な市民社会の原理がこれを可能にすると主張しています。それでは、この資本主義をどのように捉えたらよいのでしょうか? 哲学の視点から、資本主義経済は、分業・交換・消費によって生産力を持続的に拡大していくものだと捉えます。 なぜ中国やイスラム社会は商業が栄えたのに資本主義経済として発展しなかったのか? なぜスミスの「見えざる手」は「神の見えざる手」でないのか?を考えながら資本主義経済を語っていくのです。
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8)現代の経済が抱える課題をどう考えるのか? 資本主義経済を哲学の視点で捉えると、現代社会が抱える課題はどのように見えるのでしょうか? 大きな時代の流れとして、産業中心の資本主義から金融中心の資本主義に移りつつあるという軸を示しています。その上で、気候問題、SDGs、人口問題を語ります。 現代の課題を語りながら、あらためて哲学史を振り返りますと、歴史に残る哲学者は、その時代が抱えていた問題について、ギリギリのところまで考え抜いていたことがわかると指摘しています。 教科書で紹介されている思想家が、一体何を問題にしていたのか?どこが「ギリギリ」なのか?私たちは、その哲学者たちが渡そうとしているリレーのバトンをどのような姿勢で受け止めるべきなのか。読み進めているうちに、そんなことを考えている自分に気がつく1冊です。
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9)本書の全体像 以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。 【目次】 はじめに 第1章 哲学をよみがえらせる 第2章 哲学の根源をたどる 第3章 何を、どこから、どのように考えるか 第4章 現代社会をどう考えるか 第5章 未来社会をどう作るか 第6章 哲学をどう始めるか おわりに
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③ どこが役に立つのか? 「公共」で学習する青年期、哲学、政治、経済といった学習内容全体を見渡すことができます。制度説明や哲学者の思想をカタログ紹介のように教えてしまうと、「教師のメッセージは生徒に伝わっているのか?」と不安になってしまいます。教科書に書かれている知識の背景に何があるのかを明らかにしてくれる1冊だと思います。
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④ 感 想 「公共」で何を教えたいのですか?と問われたときに何と答えたらよいのでしょうか。 教科書は、生徒が「どのように社会に参加するのか?」、「どのように主権者として行動するのか?」「どのように国際社会で行動するのか?」「そのために必要な学問の見方や考え方にはどのようなものがあるのか?」を考えるための道標なのだ、ということを感じさせてくれる1冊だと思います。 (金子) ──────────────────────────────────────── 【 6 】編集後記「~自己観照~」 ──────────────────────────────────────── 今月紹介しました『課税と脱税の経済史』の中にモナコ公国公妃であるグレース・ケリーが登場します。ケリーはアメリカでの女優時代にヒッチコック監督作品の「ダイヤルMを廻せ」に出演しています。編集者は小学生の時にヒッチコック劇場に夢中でした。映像の捉え方がものすごく独特なのです。カメラはテレビを見ている人の視線で動きます。サスペンスの巨匠は、視聴者に「肌感覚」でスリルと恐怖を感じ取ってもらおうとしたようです。教材研究もヒッチコックの視線でアプローチすることで「肌感覚での理解」に近づくのかなと思いました。 (金子幹夫) ────────────────────────────────────────
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