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何かいいことがありそうな5月を迎えました。 教職員の人事異動やクラス替えから約一ヶ月が経過しました。教師も生徒も新しいメンバーに慣れてきた頃でしょうか。 そのような中、「コーヒー豆高騰」の記事が目にとまりました。ここ数ヶ月を振り返りましても、トマト、オリーブオイル、米、初任給・・・と価格上昇についての報道が続いています。清水寺の「今年の漢字」をイメージして2025年前半を表現してみますと「高」となるのでしょうか。忙しい日が続きますが、値上がりする前のコーヒー片手に本メルマガをお読みいただければ幸いです。それでは5月号のスタートです。 ──────────────────────────────────────── 【今月の内容】 ──────────────────────────────────────── 【 1 】最新活動報告 2025年4月の活動報告です 【 2 】<予告> 先生のための「夏休み経済教室」 【 3 】定例部会のご案内・情報紹介 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。 【 4 】授業のヒント…価格と貨幣の授業を考える ~生徒の発言から知識の体系を創る~ 【 5 】授業で役立つ本…今月も授業づくりのヒントになる本を2冊紹介します。
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──────────────────────────────────────── 【 1 】最新活動報告 ──────────────────────────────────────── ■先生のための春の経済教室を開催しました。 会場 : 慶應義塾大学三田キャンパス北館3階大会議室+オンライン 日時: 2025 年3月29日(土) 13:00~17:00 参加人数:73名(会場43名、オンライン30名) 内容の概略 (1)主催者挨拶と趣旨説明 (2) 講 演 東京大学大学院経済学研究科 松島 斉教授 「サステナビリティの経済哲学」 ―サステナビリティの考え方を中高生にどう伝えるか- (3) 授業提案と討論 問題提起 杉田 孝之(千葉県立津田沼高等学校 教諭) 授業提案 阿部 孝哉(大阪府吹田市立豊津中学校 教諭) 授業提案 蘆名 伸明(埼玉県立飯能高等学校 教諭) (4) まとめ 詳しい内容は https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2025/03/2025HaruKeizaiRecord.pdf をご覧ください。 ■ 大阪(No.93)部会を開催しました。 日時:4月20日(日)15:00~17:00 場所:同志社大学大阪サテライト 参加人数:10名 (1)河原和之氏(立命館大学非常勤講師他)から「経済事象から考察する日本近世史」の報告がありました。 (2)篠原総一氏(経済教育ネットワーク代表)から「『経済教育 見直し』のねらい」の報告がありました。 詳しい内容は https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2025/04/Osaka93report.pdf をご覧ください。 ■東京(No.144)部会を開催しました。 日時:4月26日(土)15時00分から17時00分 場所:連合会館会議室+zoom 1「先生のための「春の経済教室」:総括」杉田孝之(千葉県立津田沼高等学校) 2「社会的共通資本を扱う授業を考える」 杉浦光紀(東京都立新宿山吹高等学校) 3「地域から金融を考える意義と課題について?上越市高田を事例として」 仙田健一(新潟県糸魚川市立糸魚川中学校) 4「経済視点で考える近世:江戸時代」 市川慶太(埼玉県さいたま市立白幡中学校) ※ 報告書のリンクは来月号に掲載する予定です。
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──────────────────────────────────────── 【 2 】<予告> 先生のための「夏休み経済教室」 ──────────────────────────────────────── 今年も先生のための「夏休み経済教室」を開催します。 現在、会場及び内容を検討しているところです。 今月号では、大阪会場と東京会場の日程を先取りして皆様にお知らせします。 今年も、皆様にとって魅力的な内容をお届けいたします。ご期待ください! ■ 大阪会場は8月12日(火)、13日(水) 東京会場は8月19日 (火)、20日(水) の予定です。 ※ 会場、内容、申し込み方法は、経済教育ネットワークHP、JPXホームページ、チラシ等で改めて発表します。
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──────────────────────────────────────── 【 3 】定例部会のご案内・情報紹介 ──────────────────────────────────────── ■ 大阪(No.94)部会を対面のみで開催します。 日時:2025年7月13日(日) 15時00分~17時00分 場所: 同志社大学大阪サテライト(予定)
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https://econ-edu.net/application/event-application/
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■ 東京(No.145)をハイブリッド形式にて開催します。
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日時:6月21日(土)15時00分~17時00分 場所:慶応義塾大学三田キャンパス東館4Fオープンラボ+zoom 内容:夏休み経済教室の実践報告準備と検討他
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https://econ-edu.net/application/event-application/
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■ 第76回ミニネタ研 日時:5月6日(火)13:00~17:00 場所:高津ガーデン (大阪上本町下車北東徒歩5分) 詳細や申し込み方法は以下をご覧ください。 https://econ-edu.net/2025/03/25/7830/ ──────────────────────────────────────── 【 4 】授業のヒント ──────────────────────────────────────── 価格と貨幣の授業を考える ~生徒の発言で知識に厚みをもたせる実践~ 執筆者 金子幹夫
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1.はじめに 先月は、篠原総一先生による「授業のヒント『捨てネタの効用』」シリーズ④を現場の教師がどのように解釈したのかという一例を示してみました。1億円とか1兆円という大きな金額を肌感覚で捉えるには?という提案でした。 今月は「捨てネタの効用⑤ 価格」と「捨てネタの効用⑦ 貨幣の本質」の2つに注目します。価格や貨幣の授業について皆さんと共に考えていきたいと思います。
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2.捨てネタの効用⑤・⑦の核心 捨てネタの効用⑤のテーマは「価格」です。需要や供給を決める条件をゲーム機購入を例にして説明しています。教師が、商品を買おうとする行為を教えようとするする場合、次の条件を整理する必要があるという内容でした。 その条件というのは①商品のどこに魅力があるのか? なぜその商品を買う必要があるのか? ② 買おうとしている商品のライバルはどの商品か?魅力を比較した結果はどうか? ③ 価格を比較をするとどうか? ④私はいくらまで支出することができるのか?という整理です。 供給側についても同じように整理することができます。具体的な説明は「捨てネタの効用⑤」をご覧ください。 捨てネタの効用⑦のテーマは「貨幣」です。人はなぜお金を欲しがり、依存してしまうのかという問いをきっかけにヒントが示されています。教師は、「貨幣のなぜ」に対する考え方を学ぶことで、お金について肌感覚で教えることができるという内容です。 ここで発信されているメッセージは次のことだと解釈しました。第1に、経済の主役は私たちであり、その私たちの暮らしを支えているのが「モノ」であることです。第2に、モノとモノの取り引きを支える基盤を担っているのが貨幣だということです。 貨幣はモノとモノを交換する権利書のような役割を果たす仲介役にすぎないと捉えることで金融を適切に教えることができるという内容でした。 (捨てネタの効用⑦)
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3.貨幣や金融をモノの経済と関連させて教えるには? 捨てネタの効用⑤と⑦を読み、次のような授業をしたことを思い出しました。実践後に「何かが足りない」と感じていた授業でした。今月号がちょうどよい機会だと受け止め、改良することなくそのままにしておいた実践を公開してしまおうと決めました。 授業は次のように進みます。高校生対象の経済の授業です。 ① 教師が生徒一人ひとりに封筒(定形郵便、長形3号サイズ)を配付します。 ② 生徒が封筒の中を見ると、カードがたくさん(20枚)入っています。 ③ 1つひとつのカードにはお菓子の絵(写真)が描いてあります。 ④ よく見ると20枚のカードは皆同じ絵が描かれています。 ⑤ 生徒は隣の人がどんなカードを持っているのか気になり情報交換を始めます。 ⑥ すると隣の人が自分とは異なるお菓子の絵が描かれているカードを持っていることに気づきます。隣の人がもっている20枚のカードはすべて同じお菓子の絵でした。 ⑦ 教室の中で生徒同士の情報交換がはじまります。「わー、あなたは○○のカードを20枚持っているんだ。わたしは△△のカードを20枚持っているよ」というようにお菓子の名前が飛び交います。 ⑧ そこでワークシートです。「もしもこのカードが本物のお菓子と交換できるとします。満足度を10段階で表してください」と問いかけます。10が「ものすごく満足している」、0が「まったく満足していない」、中間の5が「まあまあ満足している」と目安を示します。 ⑨ ところで、配付したお菓子のカードにはどのようなものがあるのでしょうか? 次のようなものを配付しました。「歌舞伎揚」、「カントリーマアム」、「チョコパイ」、「ブラックサンダー」、「一口サイズのチョコ(個包装されているもの)」、「ムーンライトクッキー(2枚一組で個包装)」、「白い恋人(個包装)」、「鳩サブレ」です。 封筒の数は均等ではありません。「一口サイズのチョコ(個包装されているもの)」が入った封筒を多めに配付してあります。 ⑩ 満足度を記入したら「もっと満足度を上げるにはどうしたらいいでしょうか?」と質問します。 ⑪ いろいろでてくる発言の中から「交換」という言葉をキャッチします。 ※ 「交換」という用語は必ず出てきます。 ⑫ 「それでは『交換』を安心して行うために先生はどのような役割を演じたら皆さんの役に立ちますか?」と発問します。 いろいろとリクエストが出されますが、「先生は見張っていて」というものと「あれこれ口を出さないで」という意見が出されます。 ⑬ 生徒のリクエストを聞き入れた教師は「それでは教室内を自由に動いていいので交換を始めてください。時間は10分です。」と指示を出します。 ⑭ 生徒同士の交換が始まります。教師が注目するのは「一口サイズチョコ」の動きです。この「一口サイズのチョコいくつと○○のお菓子」を交換する、という場面が多く見られるからです。「えー、あっちではチョコ2つでブラックサンダー1個と交換できたのに、あなたはチョコ3つを要求するのか?」といった交渉場面を見ることができます。 ⑮ 制限時間終了後、再び満足度を⑧と同じ方法で表現してもらいます。 ⑯ ⑧の結果と⑮の結果を板書します。 次に交換比率について発言してもらい、その内容を板書します。 一口サイズのチョコ2つ=カントリーマアム1つ 一口サイズのチョコ3つ=歌舞伎揚1つ 一口サイズのチョコ4つ=チョコパイ1つというイメージです。 黒板が生徒の発言でいっぱいになりましたら、次はデータ分析です。板書からどのようなことを読み取ることができるのでしょうか?
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4.生徒の発言から教師が教えたいことをつかみ取る 予備知識を必要としない発問は教室を活発にします。 例えば「歌舞伎揚をもっていた方はどのようなことを考えましたか?」という発問に対して生徒は次のように語ります。 ・歌舞伎揚だけでつまらなかったので何かと交換しようと思った。 ・歌舞伎揚ひとつと交換できそうなのはカントリーマアム2個?白い恋人2個? ・いろいろなものと交換する機会を増やすために、手元に一口サイズのチョコをもっていると便利。 生徒の発言からつかみ取りたいことは次のようなことです。 第1は、自分の持っているお菓子と他者がもっているお菓子との魅力の違いです。第2は、お菓子とお菓子の交換比率が適切かどうかということです。第3は、自分が持っているお菓子で相手がもっているお菓子を手に入れることが可能かどうかということです。 ここに「捨てネタの効用⑤」で示された相対価格や実質所得の考え方に近いものがあると考えました。
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5.貨幣を貨幣として教えないということは? 次に交換を続けている中で「一口チョコ」がほかのお菓子と交換できる権利をもつ便利なものになっていることに気づかせます。ただチョコには欠点があります。それは暑いと溶けてしまうことです。いつでもどこでも交換できる便利なものにはなりきれません。 この部分が貨幣と異なることを生徒に言ってもらいたいです。そして生徒はチョコが交換するときの仲介役である(捨てネタシリーズでは「仲介役にすぎない」と書かれていました)ことを知ります。どのお菓子が欲しいのかを決めるのは、主役としての生徒自身です。
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6.次の学習につなげるしかけ 授業と授業との間にはつながり(ストーリー)があります。本実践を次の授業につなげる手がかりは前述した授業展開⑫にあります。 教師が演じるのは「見張り」と「あれこれと口出しをしない」ということでした。これは生徒に言ってもらいたい言葉です。この発言を、「政府の役割」や「自由競争」という考え方につなげた授業ができるのではないかと思います。 生徒が生活や行動の中で感じ取ったことを、どのように教科書記述につなぐことができるのかを考えた一例でした。 7.改良の余地あり この授業案は、2013年に経済教育ネットワークのワークショップで発表した授業案が元になっています。まだまだ改良できそうなところがありそうなのですが、ピカッと光るアイディアが降ってこないまま年月だけが経過してしまいました。 「先生のための経済教室」や「部会」などでお目にかかった際にいろいろとご意見を伺うことができればうれしいです。今月はここまでです。 (金子幹夫) ──────────────────────────────────────── 【 5 】授業に役立つ本 ──────────────────────────────────────── 今月紹介する本は,新井紀子『シン読解力 学力と人生を決めるもうひとつの読み方』東洋経済新報社2025年と植原 亮『科学的思考入門』講談社現代新書 2025年の2冊です。 ■新井紀子『シン読解力 学力と人生を決めるもうひとつの読み方』東洋経済新報社2025年 ① なぜこの本を選んだのか? いつの日か「先生のための経済教室」でお話を伺ってみたいと思っている先生です。私たちが教室で実践している授業について、新しい発見があるのではないかと期待して選びました。経済教育に関する具体的な記述も登場するので、授業づくりのヒントになると思います。
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② どのような内容か? 1)新井紀子先生はどのような研究者? 新井先生は、国立情報学研究所社会共有知研究センター長教授で数理論理学を研究しています。人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」のプロジェクトディレクターです。また読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の開発をしています。 主な著書として『ロボットは東大に入れるか』(新曜社)、『AI vs.教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)、『AIに負けない子どもを育てる』(東洋経済新報社)があります。
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2) 新井先生はなぜこの本を書こうと思ったのか? 冒頭で教科書の読み方を失敗したというエピソードが語られます。 自己流で身につけた「物語の読み方」で数学や物理・化学の教科書を読もうとしたら、読みこなせなかったというお話しでした。 なぜ「物語の読み方」ではダメだったのでしょうか?私たちは職員室で「本を読まないから教科書が読めないのだ」と言ってしまいますが、どうもその考え方とは異なる捉え方をしているようです。 本書は、教科書を読む力と読書の力は異なると捉えています。そして教科書を読む力を「シン読解力」と名付け、その力を身につけるための手順を解き明かしていくのです。
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新井紀子先生は前述したとおり『ロボットは東大に入れるか』という挑戦をしていました。その開発作業で苦労したのが計算機であるコンピュータにどうやってイラストを理解させるのかという問題でした。 ところがこの難問をチャットGPTは乗り超えてしまったのです。これはものすごい発展に見えますが、同時に危機的状況のはじまりでもありました。その危機というのは「チャットGPTが平気でウソをつく」ということです。えっ?チャットGPTはウソをつくの?と紹介者は思ってしまいましたが、読み進めていくと、チャットGPTはもともと人々に正確な情報を提供するために開発されたのではないことを知りました。 私たちはチャットGPTがつくかもしれないウソを見破ることができるのでしょうか?私たちがAIを使いこなすには“シン読解力”が必要だという説明がいよいよはじまります。
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4)読めばわかるはずの文章が読めない? AIは日々賢くなっているようです。本書で問題にするのはAIではなく子どもたちを賢くすることです。どのようにして賢くするのでしょうか? まずは現状把握です。新井先生はRSTという、誰でも読めばわかるはずの文章(以下「自己完結的な文章」と表現します)を読み解く力を測るテストをつくりました。誰でも読めばわかる文章ですから、みんなスイスイと読み解いていくと思ってしまいますが現実は違いました。誤読している大人や子どもがたくさんいるのです。 実際にどのような問題が出題されているのでしょうか?1つだけ紹介します(p.104)。 Q 次の文を読みなさい。 資金が不足している経済主体と、資金に余裕がある経済主体との間で資金を貸し借り するのが金融である。金融は資金の貸し手と借り手が直接に資金を融通し合う直接金 融と、銀行などの金融機関を介して資金の貸し借りを行う間接金融に大別される。
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直接金融を利用している主体(人や会社)として当てはまるものを以下の選択肢から すべて選びなさい。 ① A銀行に預金している中学生 ② 祖父母からお年玉をもらったBさん ③ C銀行に勤めている人 ④ D大学から奨学金を借りた人
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いかがでしょうか。正解は本書を参照してください。 自己完結的な文章を読み解く力は才能ではありません。スキルだといいます。それでは子どもたちは、このスキルをどこでどのようにして身に付けるのでしょうか?
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5)「真面目に読めば読めるはず」という思い込み 子どもたちは学校教育で自己完結的な文章を読み解くスキルを身につけていくのだ・・・と話が進めば安心するのですが、実態は違うようです。約50万人のデータを分析した結果、このスキルの伸びは15歳くらいで止まってしまうようです。 なぜ止まるのでしょうか?「誰だって真面目に読めば読めるはず」という思い込みがあるという指摘は痛快です。教師は多忙?教育予算が不足?子どもの相対的貧困率?読書時間が減少?IT活用の低さ?本書はこれらとは異なる視点で読むことを苦手とする子どもにアプローチしているのです。
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6)数学科と社会科は言語が違う? その異なる視点というのはどのようなものなのでしょうか? 本書は言語に注目します。学習につまずいた者は、生活言語の獲得に成功した一方で、学習言語の習得に失敗したのではないかと考えられているのです。 生徒が学習言語に出会うのは教科書を読むときです。この教科書を書いている専門家は、学習言語にどっぷりとつかって研究を進めています。その結果、自分の使っている言語が、その研究領域における独特なものだという意識が薄れてしまうようです。 教室にいる教師や生徒は各教科における学習言語の違いを意識することはありません。しかもこの学習言語は各教科ごとに異なるというのです。本書では数学科と社会科における学習言語の違いを例として示しています。
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7)学習言語を意識した指導法はどのようなものか? この学習言語を意識するという考え方はこれまでなかったのでしょうか? かつての教育学では生活言語と学習言語の区別はなかったそうです。児童生徒は生活言語を獲得し、発達に応じて学習言語も身に付けると考えていたようです。よって、学校教育では学習言語を意識した指導法は確立されなかったと説明しています。 それでは、教師は生徒に学習言語を身につけさせるために何をすればよいのでしょうか? はじめに意識することは語彙を増やすことだそうです。 次に国語と英語の教育方法を意識することが挙げられています。主語と述語を意識することや板書した構文を解析するといった方法が説明されています。 さらにこの教育方法を理科・社会・数学にどのように取り入れたら有効かが示されています。
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8)読解力トレーニング方法を公開します 読者の皆様は授業中にどのくらい教科書を使っていますか? 「はい!今日は教科書○○ページの学習です」といって教科書を開かせていますか? 新井先生は「理科や社会や算数・数学の先生たちが教科書を開かずに授業をしたがるのに対し、国語と英語では教科書を開いて授業を進めます」(p.190)と指摘しています。 なぜこの質問をしたのかというと、シン読解力をつけるためのトレーニングは、教科書を読み解くことを授業の中心に据えているからです。 どうやって学習言語の構文に慣れさせるのか。そのためのトレーニング方法が公開されています。本書で紹介されているその方法は、経済を教える教師にとってものすごく参考になります。黙読、音読、聴写、視写、校閲、そして簡単な質問を1つという流れを通して、生徒がどんどん力をつけていくことが想像できるのです。
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9)知識を教え込むのではない・・・という経済教育 ここまで読み進めてきますと、各教科において教科書を読むためのトレーニング方法をはやく確立しなければいけないという気持ちになってきます。授業そのものも「教科書を読んでわかる」ということを軸に計画してみたくなります。 新井先生の「知識を教え込むのではなく、読んで自分でわかるようになるように伴走」 (p.243)するという言葉が心に響きます。新井先生は、児童生徒に学習言語を身につけさせることで、独学できる力を身につけさせたいという思いをもって本書を執筆したのです。
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10)本書の全体像 以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。 第1章 チャットGPTの衝撃 第2章 「シン読解力」の発見 第3章 学校教育で「シン読解力」は伸びるのか? 第4章 「学習言語」を解剖する 第5章 「シン読解力」の土台を作る 第6章 「シン読解力」トレーニング法 第7章 新聞が読めない大人たち
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③ どこが役に立つのか? 生徒は教科書をどのような存在だと認識しているのでしょうか。新学期に真新しい教科書を手にした生徒は「この本に書いてあることが理解できたらうれしいな」と思って期待しているはずです。一方で「こんなにたくさんのことを学べるのかしら」と不安に思っている生徒もいるはずです。 本書は教師が教科書そのものをどのように捉えることができるのかを教えてくれます。「わかりたい!」と思っている生徒の期待に応えるために教師が何をすればよいのか。本書はたくさんのヒントを示してくれます。
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④ 感 想 昨年度、私が教えていた教室に大きなモニターが設置されました。そこに教科書のページ(PDFにしたもの)を映したらものすごく生徒の評判がよかったのです。 「なぜ教科書を書いた先生はこの文を冒頭にもってきたのでしょうか?」、「何か隠されたメッセージがありそうです」、「手がかりを本文中から探してみましょう」といった読解をはじめたのです。 そして鍵になると思われる文を板書して、主語と述語を明らかにしました。難しい用語は別のわかりやすい言葉に置き換えました。日本語を別の日本語に訳すという授業です。 かつて「教科書を教えるのではない。教科書で教えるのだ。」と言っていた先輩から怒られそうなので、この授業は静かに続けました。本書を読み終えた後、昨年度の実践は静かに続けるのではなく、もっとアピールしてもよかったのではないかと思うようになりました。
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■ 植原 亮『科学的思考入門』講談社現代新書 2025年 ① なぜこの本を選んだのか? タイトルから想像すると自然科学に関する文献のように見えますが、読み進めていくと人文・社会科学にも共通する内容であることがわかります。経済学も登場します。 世の中に出回る多くの情報を前に、私たちは無意識の中で起きるバイアスをどうとらえるのでしょうか。今月紹介した『シン読解力』と合わせて読むことで、AI社会における科学的思考をどう教えるのかという手がかりが見えてくると考えて本書を選びました。
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② どのような内容か? 1)植原亮先生は何を研究しているのか? 植原先生は科学哲学・分析哲学、脳神経倫理学を研究している東京大学,大学院情報学環・学際情報学府の准教授です。著書には『道徳の神経哲学』、『脳神経倫理学の展望』などがあります。
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2)本書が目指しているのは何か? 私たちの周りには質の高い情報もあれば疑わしい情報もあります。この疑わしい情報を見抜くためには何が必要なのでしょうか? 本書では「科学的に考える力」があれば、目の前の情報が疑わしいモノかどうかを見分けることができると主張しています。本書は、科学的に考える力が欲しい人に応えることを目指しています。
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3)「科学的に考える」の「科学」とは何か? それでは、この「科学」というのはどのようなものなのでしょうか。 ポイントが2つあります。1つ目は、専門的に確立された用語や概念を使っているかどうか、2つ目は、説明がなぜ成り立つのかを解き明かすことができるかどうかです。この2つで科学といえるかどうかを判別できると教えてくれます。 本書が扱う科学は自然科学だけでなく社会科学も科学として解説してくれます。そこで次に、科学的に考えるというのはどのようなものかを具体的に捉えていくことになります。
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4)科学的思考の核心をなすテーマ 本書は、科学的に考えることについて「因果関係」を用いて具体的に説明しています。 この「因果関係」とはどのようなものなのでしょうか。植原先生は2つの手がかりを私たちに示してくれます。1つ目は「時間的順序について」、2つ目は「反事実条件文が成り立つかどうか」です。 さらに私たちにとって紛らわしい事例(因果関係が逆である例、別に原因がある例、単なる相関関係との混同)も示してくれます。 ところで、私たちはこの紛らわしい事例についていつも適切な判断をしているのでしょうか?
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5)人間には思考のクセがある? 人間は、物事を科学的に捉えようとしても思考のクセがあるようです。本書ではこのクセを「認知バイアス」と名付けて人間の適切な判断について考察しています。 さらに、一人ひとりが日常生活の中で身につけている、この世界を説明する枠組みを「素朴理論」と表現して説明してくれます。 例えば、A型の人は宝くじに当たりやすいのでしょうか?といった問いを一緒に考えてくれるのです。
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6)本当に因果関係があるのか? そこで因果関係にもどります。私たちは因果関係があるのではないかと狙いをつけた事象について、どのような検証方法を用いることができるのでしょうか? 本書では標準的な実験として「対照実験」というものを取り上げています。これはどのようなものなのでしょうか? どのようにして仮説を検証するのでしょうか? 対照実験について知るためには、私たちの身の回りで起こる「いつも繰り返されるパターン」(Aが起きた後にBが起こる)を探すところからはじめます。前のできごとは後のできごとの原因なのでしょうか?ここでの記述は、私たちが経済を教えるときの見方や考え方を思い出させてくれます。 その見方や考え方というのは、反事実的な状況(もしAがなかったらBは起こらなかったはず)を作り出すという考え方や、検証の前後で変える条件は一つだけにするといったことです。 さらに検証過程における注意点も示されます。プラシーボ効果(医学や薬学で指摘されているもの)を考慮しているかどうか? 検証するために集めたサンプルに偏りがないかどうかといったことです。
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7)どの理論が優れた理論なのか? 様々な検証を通して理論が形成されるわけですが、その理論を私たちはどう読み解くのでしょうか? ある仮説が科学的であるかどうかを判別するための考え方を知っておく必要があります。植原先生は「その主張が間違いだと判明することがあるとしたら、それはどんな場合ですか?」と問いかけてはどうかと提案してくれます。 この問いに「そんなことはありえない」「絶対に正しいんだ」という反証を受け付ける余地のない答えが返ってきたら、まともに取り合う必要はないと教えてくれます。 次は本書267ページに掲載されている問題です。 ・問題 以下のAとBのうち反証可能性(何らかの仕方で反証ができること)が高いのはどちらだろうか? A:日本銀行が利上げを宣言すると、その翌日は必ず株価(日経平均)が500円以上 暴落する。 B:日本銀行が利上げを宣言すると、その翌日は株価に何らかの変化が生じる。 皆様はどちらだと思いますか?
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8)知識の整理 本書は科学的な推論を「演繹的推論」と「非演繹的推論」に細分化して説明してくれます。後者の「非演繹的推論」はさらに①枚挙的帰納法 ②アナロジー ③アブダクションに分けています。そして演繹的推論と非演繹的推論との合わせ技である「仮説演繹法」まで紹介してくれます。 公民科の教科書に登場する演繹や帰納は、2025年に実施された大学入学共通テスト「公共」にも出題されていました。本書で知識の整理をすることができます。
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9)人に何をどうやって説明できるのか? ここまでで科学的思考の基盤らしきものが見え隠れしてきました。現実の社会は複雑です。よって科学は世の中で起こることをそのまま相手にはしないようです。 科学は、世の中で起こったことを図にしたり模型にしたり数式で表したりします。これがモデルを作るということのようです。 本書の中で印象に残った文がありましたので次に紹介します。 「説明が上手な人は、その場面に応じてどんな説明がふさわしいかを見きわめることに長けているのである。大事なのはメカニズムや法則なのか、それとも当てはまる個別の事例か、はたまた技術への応用か。そのつどの目的や関心にかなった説明ができるのは、深い理解に裏打ちされているからこそのものだ」(p.226)という文です。 経済学習では、様々な経済主体の行動について生徒と共に考えます。その時に教師が科学的説明を意識していれば「何かについて単発の説明をして終わるのではなく、その説明がなぜ成り立つのかの根拠まで説明することができる」(p.229)と解釈しました。
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10)本書の全体像 以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。 第1章 科学的思考をスケッチする 第2章 因果関係を考える 第3章 科学的思考を阻むもの - 心理は真理を保証しない 第4章 実験という方法 第5章 科学的に説明するとはどういうことか 第6章 科学的に推論し、評価する 第7章 みんなで科学的に思考する
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③ どこが役に立つのか? 本書は、経済を教える教師に「鳥の眼」を感じさせてくれる1冊だと思います。 経済のしくみは教科書に書かれています。教師はこのしくみを説明するために、記述の背後にある科学的な見方や考え方を知っておく必要があります。本書にある見方や考え方を知っていれば、1つひとつの説明が厚いものになるのではないかと思います。
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④ 感 想 科学的思考という大きなテーマを簡単に理解できるわけはありません。しかし生徒に教える以上「理解したい」という気持ちは持ち続ける必要があります。本書はこの気持ちに応えてくれる1冊だと感じました。新井紀子先生の『シン読解力』と合わせて読むことで、 「これから創る私の授業」というものが見えてきそうな予感がしました。 (金子) ──────────────────────────────────────── 【 5 】編集後記「~自己観照~」 ──────────────────────────────────────── ゴールデン・ウィークが始まりました。空港や駅、空から見る高速道路をテレビ画面で見ている方も多いのではないでしょうか。昔のお話しですが「角瓶と文庫本」が映し出されたテレビCMがありました。男性がローカル線で旅をしていて文庫本を読みながらキャップをコップにしてひとりで乾杯(「文豪と乾杯」とか言っていたような気がします)をするというものです。現代ならば文庫本がスマホに変わるのでしょうか。だとしたら文豪はどのような感想を持つのでしょうか?じっくりと紙の本を精読したいと思いながらゴールデンウイークを過ごしています。 (金子幹夫) ────────────────────────────────────────
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