reader reader先生
何かいいことがありそうな4月を迎えました。
 それぞれの出発の月です。
 家具売り場では新小学一年生が学習机の前でご機嫌です。
 私たちの前には、6年前または9年前にご機嫌な顔をしていた中高校生がいます。
 生徒たちはこの間にどのような経験をしてきたのでしょうか?
 その経験を想像しながら、今月も経済教育について一緒に考えていきたいと思います。
 それではメルマガ4月号のスタートです。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 2025年3月の活動報告です
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…「感覚でわかる」をどのように授業化するのか?
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業づくりのヒントになる本を2冊紹介します。
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【 1 】最新活動報告
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■先生のための春の経済教室を開催しました。
会場 : 慶應義塾大学三田キャンパス北館3階大会議室+オンライン
日時 : 2025 年3月29日(土) 13:00~17:00
  ※ 報告は来月号に掲載する予定です。
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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■ 大阪(No.93)部会を開催します
 日時:4月20日(日)15:00~17:00
 場所:同志社大学大阪サテライト
     大阪市北区梅田1-12-17梅田スクエアビルディング17階 TEL:06-4799-3255
     対面のみ。
申し込み方法:下記のフォームにご記入の上送信して下さい
https://econ-edu.net/application/event-application/ 

■ 東京(No.144)部会を開催します
  日時:4月26日(土)15:00~17:00
場所:連合会館会議室+zoom
詳細:https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2025/03/tokyo144flyerHybrid.pdf
申し込み方法:下記のフォームにご記入の上送信して下さい
https://econ-edu.net/application/event-application/ 

■ 第76回ミニネタ研
日時:5月6日(火)13:00~17:00
場所:高津ガーデン (大阪上本町下車北東徒歩5分)
  詳細や申し込み方法は以下をご覧ください。
https://econ-edu.net/2025/03/25/7830/
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【 3 】授業のヒント
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 「感覚でわかる」をどのように授業化するのか?
 執筆者 金子幹夫
 
1.はじめに
 先月は、篠原総一先生による「授業のヒント『捨てネタの効用』」シリーズ⑭・⑮を現場の教師がどのように解釈したのかという一例を示してみました。
 今月は「捨てネタの効用④」に注目して解釈の一例を提案してみたいと思います。

2.「捨てネタの効用」で貫かれている精神
 「捨てネタの効用」で貫かれている精神は「ほんのわずかだけ教科書から離れて、生徒に『なるほどそうか、感覚でわかるぞ』と思わせるようなエピソードや例を投げ込」むことで経済が教えやすい科目になるということです(メルマガ177号)。
 「捨てネタの効用④」では,生徒は,経済学習に出てくる大きな金額を「肌感覚で捕まえること」を中心課題として設定しています。注目したのは大谷選手の「10年7億ドル(約1015億円)で契約」というニュースでした。この金額をもとにして日本のGDPが600兆円であるとか、トヨタ自動車の年間売上43兆円という金額を示すことで生徒は大きな金額を捕まえることができるのではないかという内容でした。
 そこで、本稿では篠原先生が示したヒントを、より一層分厚いものにして生徒に示すことができるのではないかということを教師の目線から考察してみたいと思います。

3.キーワードは「感覚で捕まえる」
 この「教師目線」というのは具体的にどのような目線なのでしょうか。今月号の結論のようなものを先取りしますと、「生徒に示したいこと」を「教師が生徒に言わせる」ことができるのではないかというものになります。
 教師が教えるクラスには、具体的な例を示すことで理解してくれるところもあれば、生きた素材を示してもなかなか受け入れてくれないクラスもあります。本稿では、後者の教師が伝えたいことを教師が言うのではなく生徒に言わせることができるのではないかという提案をしたいと思います。
 そこで注目した言葉は、篠原先生が示した「感覚で捕まえる」です。この「感覚で捕まえる」というのはどういうことなのでしょうか。
 文字や記号で示すことで「わかる」場合もあります。黒板での説明がこれにあたります。ストーリーをもたせた語りで「わかる」場合もあります。生徒の生活経験に関連させた話題で「わかる」場合もあります。ここでは、別の角度から、生徒自身に活動させて「わかる」授業の一案を示してみたいと思います。

4.授業案の導入
(1)これ誰だ?
 用意するものは大谷選手のシルエットが描かれた絵です。「大谷選手 シルエット」で何枚か候補が出てきます。
「今日は、この絵から授業をはじめます。これ誰だかわかりますか?」と発問します。
すぐに「オオタニ!」という声が聞こえてきます。以下、次のような対話が展開されます。
 教師:年俸を知っていますか?
 生徒:何名かの発言があり,その中に「1,000億円」という発言がでます。
 教師:正解。ところで、1,000億円ってどのくらい?手に持つことはできますか?
 生徒:そんなのわからないよー。
 教師:じゃあ100万円はどのくらい?
 生徒:親指と人差し指で“このくらい”(約1㎝)と幅を示す。
 教師:正解は・・・このくらい! といってコピー用紙で作成したお札の形に切り取った
    100万円の束を見せる。
 多くの生徒は「まあそのくらいだよね」という反応を示します。

(2)高校生にとっての100万円
 教師:100万円を手に入れるには,どのくらい働けばよいのでしょうか?
    例えば皆さんがアルバイトをするときに平均時給ってどのくらいなの?
 生徒:1,000円は超えているよね。
 教師:私たちがいるA県の最低賃金を知っていますか?
 生徒:A県のホームページを見ると「時間額1,162円」と書いてあります。
    これをもとに計算すると,100万円を手に入れるには約860時間必要です。
 教師:それって1日8時間働くとして何日になるの?
 生徒:・・・約108日になります。けっこうかかりますね。
  正社員になればけっこうはやいんじゃない?
 教師:なるほど。では、皆さんが一生の中でどのくらいのお金を手に入れることができるのでしょうか?
生徒:計算するの?
 教師:端末で「生涯賃金」と入力してごらん。
 生徒:1億5,000万円とか2億7,000万円とかいろいろとあります。男性か女性か?そして大学に進学しているかどうかで違うようです。
先生:では、ここでは2億円という数字について考えてみましょう(クラスによってどの金額を考えるのかを変えます)。
生徒:何を考えるのですか?
 先生:(先ほどの100万円の束を見せて)これを1億円分そろえるとどのくらいになるのでしょう?
生徒:ジュラルミンケース5個くらい? プール1つ分? 体育館1個分?
 先生:では見てみましょう。
日本銀行のホームページを紹介します。何と書いてありますか?
 生徒:1億円パックの大きさは、よこ38cm、たて32cm、高さ約10cmと書いてあります。これってどのくらいの大きさなのかな?
 先生:このくらいかな(と言ってみかん箱かコピー用紙500枚が入った箱を教壇に置きます)。
生徒:この箱に一万円札をいっぱい入れると1億円なんですか?
 先生:そう! もしも生涯賃金が2億円だとすると・・・
 生徒:二箱分か。

(3)大きな金額を可視化すると?
 箱いっぱいに詰まった1万円札を想像すると、生徒たちは「わーこんなにたくさんのお金をもらえるのか」、「一生働いて箱2つか・・・」といろいろな感想を持つと思います。
 その揺れ動く思いをもちながら次の問いかけです。
 先生:この箱を教室にいっぱい詰め込んだら何箱入るのかな?
 生徒:えっ?計算するの?
 先生:やってみよう。面白いことがわかるかもしれませんよ。
 生徒:どうやって計算するの?
 先生:それを考えるのは皆さんですよ。
 教室の計測にはいろいろな方法があると思います。印象に残る授業にするならば、メジャー(測定器)やスズランテープで実際にはかって計算してみることをおすすめします。中にはスマホのアプリで測定しようとする生徒がいるかもしれません。
 さて、実際に計測して何箱入るか計算してみるとどうなるのでしょうか。教室のサイズにもよりますが、筆者が授業をしている教室では1兆円分の箱が入ることがわかりました。

(4)なぜこの授業が必要なのか?
 経済学習には、いろいろなお金の表記が出てきます。生徒たちは金額を見てどのように受け止めるのでしょうか。単なる金額の丸暗記を求めても肌感覚で認識できているのか心配です。
 そこで今回は、100万円はどのくらいなのか?一億円は?一兆円は?と実際にイメージできるような展開を考えてみました。教師が示すのではなく、生徒に実際に計測させることに意義があると思います。
「財政赤字が1,000兆円・・・」という知識を伝えたとしたならば、生徒は「教室1,000クラス分の一万円札か」とイメージするわけです。
 そこで大谷選手の「10年7億ドル(約1015億円)で契約」につなぐことができます。「箱1,000個分か」、「平均的な人は2箱くらいか」というわけです。
 日本のGDPが600兆円であるとか,トヨタ自動車の年間売上43兆円という金額も同様です。

(5)生徒が感覚で捕まえる
 篠原先生が示した「感覚で捕まえる」というのは,生徒自身に捕まえてもらうように教師が導くというのが本稿のゴールになります。
「捨てネタの効用」で貫かれている精神である「ほんのわずかだけ教科書から離れて,生徒に『なるほどそうか、感覚でわかるぞ』と思わせるような授業をどうやってつくるのかという一例になればと思います。
「授業のヒント『捨てネタの効用』」シリーズは、授業づくりの手がかりがまだまだ隠されていると思います。ヒントがどこにあるのかを見つける作業を皆様とともにすすめていきたいと思います。今月はここまでです。
(日本銀行HP https://www.boj.or.jp/z/tour/b/shinkan/1oku.htm を参考にしました)
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【 4 】授業に役立つ本 
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 今月紹介する本は、
渡辺 努『物価を考える デフレの謎、インフレの謎』日本経済新聞出版 2024年と
長岡慎介『イスラームからお金を考える』ちくまプリマー新書476 2024年の2冊です。
 
■渡辺 努『物価を考える デフレの謎、インフレの謎』日本経済新聞出版 2024年
① なぜこの本を選んだのか?
 教師が「価格」について、こういうことを知っていたら授業づくりに役立つという知識がたくさん書かれています。取り上げている時期は1990年代から現代までですが、ここ数年の変化をわかりやすく解説してくれています。
 さらに研究者としての迷いや、読者にどう説明すればよいのかという工夫の経過も示しています。約400ページの本ですが、専門用語で立ち止まることがなかったところから、教材研究に適しているのではないかと思い選びました。

② どのような内容か?
1)渡辺努先生は何を研究しているのか?
 渡辺先生は、「物価」と「金融政策」について研究している経済学者です。
 『物価とは何か』や『世界インフレの謎』といった著書があります。
 研究者になる前は日本銀行の職員でした。
      
2)どのような問題意識を持った本なのか?
 本書が出版された2024年は、長く続いたデフレが終わり、物価と賃金が緩やかに上昇するインフレに移行しつつある時でした。
 渡辺先生は、「インフレはなぜはじまったのか?」、「デフレはなぜ終わったのか」という問いを立てています。なぜこの問いを持つようになったのでしょうか。

3)気になる世の中の動き
 渡辺先生が立てた問いの背景には、心に引っかかる出来事があったそうです。それはガリガリ君(アイス)や鳥貴族の値上げでした。
 渡辺先生は、この値上げを見て「いつもより高い価格を示すと客は他店に逃げるのではないか?」という仮説を立てます。価格を上げるという行為は企業にとって勇気が要る行動のようです。
 ところで価格が動かないという状況は、企業だけを見ていれば理解できるのでしょうか?本書では労働者の賃上げという角度からも私たちに価格据え置きの仕組みを教えてくれます。
 なぜ企業は価格を据え置き続けたのでしょうか。なぜ労働者は賃上げを求めなかったのでしょうか。屈折需要曲線、賃金・物価スパイラル理論という中学、高校の教科書には書かれていない理論で説明してくれます。教師はこういう理論の存在を知っておくことで、生徒にわかりやすい事例を選び、説明することができると思います(理論を教えようということではありません)。

4)インフレはなぜはじまったのか?
 本書はパンデミックに注目して分析しています。パンデミック前の消費は、モノ消費からサービス消費に流れていました。ところがパンデミック以後は、商品をタイムリーに消費者に届けるため国外に生産拠点を置くという体制を見直し始めたことを指摘しています。貿易量が頭打ちになり脱グローバル化がすすむと、インフレ率を高める効果があると説明しています。

5)デフレはなぜ終わったのか?
「物価は据え置き」という予想が払拭されたことを理由としてあげています。
 背景には、米欧の激しいインフレやロシアのウクライナ侵攻があられていました。
 本書はこの時の様子を、物価、賃金、金利に起きた5つの変化として取り上げていました。その上で「慢性デフレを引き起こしたのも、慢性デフレの幕引きをしようとしているのも、どちらも消費者」であるという考え方を示しています。
 賃金については早川仮説という興味深い捉え方をしています。これは、97年労使密約というもので「企業が正社員の雇用を守る代わりに、労組は今後、賃上げを要求しないという暗黙の約束を交わした可能性」があるというものでした。

6)デフレはどうして慢性化していたのか?
 デフレが慢性化した原因は、買い手、売り手のどちらに原因があるのでしょうか?
 本書は売り手に問題があるという立場から論じています。
 ここで注意しなければならないのは、価格調整のスピードです。マクロ経済学の中心課題である価格調整のスピードに留意しながら約30年続いた慢性デフレを説明しています。
 渡辺先生は,慢性デフレの始まりは、経営者がこれ以上の賃上げをしないという戦略を唱え、労働組合がそれに応じたことにあるという仮説を立てています。
 この仮説を支持するならば、デフレ脱却の政策面のポイントは、いかにして企業に賃上げさせるかということになります。

7)物価の問題を考えるのは誰か?
 本書は、デフレでもインフレでも、物価に望ましくない状況が起きたときに対応するのは中央銀行(日銀)という立場を一貫してもっています。
 その上で物価を財政面から説明することについて詳しく記述しています。ここでは、財政赤字があるにもかかわらず政府が減税したときの人々の行動について考察しています。多くの人々は、将来の増税を予想して減税分を貯蓄に回すため消費は増えないという考え方は、生徒も感覚として理解できるのではないかと思います。

8)インフレやデフレは悪なのか?
 ここまで“インフレ”や“デフレ”という用語をためらうことなく使ってきましたが、渡辺先生は、一般の人が理解する“インフレ=悪”と経済学者が使う“インフレ=悪”とが異なることを指摘しています。
 この違いがわからないと、政府や日銀が行っている政策の背景が理解できないのです。経済学者は何に注目しているのでしょうか?価格のばらつき、そして生産者や消費者の意思決定と絡めて違いを説明してくれます。
 
9)日銀が2%のインフレを目指す理由
 本書では、この2%の理由を2つあげています。この理由を示すプロセスで、価格のばらつきには2つの原因があること、そしてそれぞれに対処方法が異なることが指摘されています。
 一方で、この2という数字の理由には不完全な部分もあることを認めています。生徒から「何で2%なの?(何で1%や3%ではないの?)」という質問に直接答えることは難しいですが、その背後にある理論に触れることができます。

10)異次元緩和というのはどういうものであったのか?
 量的・質的金融緩和政策という正式名称を持つ異次元緩和とはどのようなものだったのだったのでしょうか。もう一歩進めて、マネー量を増やす政策はなぜうまくいかなかったのかを考えます。
 読者は,マネーの供給を増やすと市場金利が下がるという流れがうまく機能したのかどうか?そして総需要が増えれば物価が上がるという流れがうまく機能したのかどうかという視点で読み取ることができます。

11)非伝統的金融政策の終了から浮かび上がる問い
 2024年3月、日銀は非伝統的金融政策の終了を決めました。
 この後、政策金利が上がるということと供給されるマネーの量が増えるという状況を迎えることになります。
 渡辺先生は日銀で働いていたときに、先輩から「金利とマネーの量はコインの裏表だ」と教わったことが書かれています。現在(2024年3月以降)の政策をどのように理解すればよいのかについて教えてくれます。
 そして、最後に日本銀行がこれから解かなければならない難問を2つ示して本書を閉じています。

12)全体像
 以上が、『物価を考える デフレの謎、インフレの謎』の大きな流れです。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。 
 第1章 デフレとは何だったのか
 第2章 なぜ今デフレが終わり、インフレが始まったのか
 第3章 デフレはなぜ慢性化したのか
 第4章 インフレやデフレはなぜ「悪」なのか
 第5章 異次元緩和の失敗から何を学ぶべきか

③ どこが役に立つのか?
 価格をめぐって家計、企業、政府、日銀がどのような考え方のもとで行動しているのかを受け止めることができました。
 絵本『レモンをおカネにかえる法』を教材として取り上げたいのだけれど、生徒から「絵本・・・?子ども扱いしないで!」という声が聞こえてきそうでためらっている先生にとって本書は役立つと思います。絵の背後に潜む経済的な見方や考え方を紹介することで、中身の濃い授業展開が実現しそうです。
※ L・アームストロング著 B・バッソ絵 佐和隆光訳『レモンをお金にかえる法
“経済学入門”の巻』河出書房新社 2005年

④ 感 想
 各章のタイトルをはじめ、文章の小さな塊が次の展開に入るとときに“疑問形”でつないであるので、どんどん読み進めることができます。
 一つ一つの疑問文は、生徒が持つであろう問いに近いものだと思います。「先生教えて」と言ってくる生徒に答える知識の基盤を私たちにインストールしてくれる本だと思います。

■長岡慎介『イスラームからお金を考える』ちくまプリマー新書476 2024年
① なぜこの本を選んだのか?
 イスラームとおカネ?
 イスラームのことも知りたいし、おカネのことも知りたい。
 本書のタイトルを見た瞬間、読んでみたくなりました。
 社会科教師の心を動かす本なのではないかと思い選びました。

② どのような内容か?
1)長岡慎介先生は何を研究しているのか?
 長岡先生は,京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授です。経済学で修士を、地域研究で博士の学位を取得しています。
 中東や東南アジアでのフィールドワークを通してイスラーム経済の思想や実態を分析しています。著作には『お金ってなんだろう?――あなたと考えたいこれからの経済』があります。

2)この本の目的は?
 長岡先生は、世界金融危機(2008年)以降、資本主義が抱えるさまざまな問題を解決するヒントを、イスラーム経済の取り組みや、その背後にある独自の知恵に求めています。
 そこで、イスラーム経済の取り組みを紹介しながら、その取り組みが提起している独自の経済(お金)の知恵を本書で紹介しようとしているのです。

3)イスラーム世界はどんな世界?
 本書ははじめにイスラーム世界の全体像を紹介しています。
 注目すべき記述は「救済」と「利己的」という用語です。
 ムスリムはアッラーとの間で契約を結び、救済を目指してこの世を生きていきます。この救済は個人目標であり、極論すると自分さえ救済されればよいというものです。ところが、利己的な考え方を持った人々で構成されている宗教ですが驚くほど「助け合い」が進んでいることが紹介されています。 
 長岡先生は二つのことに注目しています。1つ目は「人を助ける」という考え方が日本で生活している多くの人と異なっていることです。2つ目は「地理的概念」です。物理的距離とは関係ない仲間意識が強く働いているところにイスラーム世界の特徴があるととらえているのです。

4)イスラームではお金儲けをどうとらえているのか?
 そこで、人を助けることと仲間意識に注目しながらイスラームと金儲けについて考えていくことになります。
 イスラームではお金儲け自体が信仰行為です。ただしその際に3つの教えを守ることが求められます。それは「利子の禁止」、「ギャンブルの禁止」、「喜捨の義務」です。
 なぜ利子やギャンブルが禁止されているのでしょうか?この問いについて、不労所得、不公平、運不運といった言葉を用いてわかりやすく教えてくれます。
 喜捨の役割が、豊かな人から貧しい人へのお金の再分配であること、そしてこの考え方の背景にあるイスラーム独自の考え方を知ることができます。

5)イスラーム経済の特徴
 イスラーム経済の特徴は,大きく2つに分けることができます。
 第一は無利子銀行、第二は助け合いです。
 それぞれどのような特徴があるのかを読み取ることでイスラームを教えるための知識に厚みが出てきます。1つずつ見ていきましょう。

6)イスラームで銀行をつくることができるのか?
 第一番目は、無利子銀行です。
 利子が禁止されているイスラームで銀行をつくることができるのでしょうか?アッラーの教えを守りながら銀行をつくることができるのでしょうか?ここで登場するのが「ムダーラバ」という商売方法です。
 この方法では,お金の貸し借りについて独特の考え方があることを教えてくれます。借りたお金は返すのが当たり前ですが、ムダーラバの仕組みでは返さなくてもよい場合があるのです。
 どういう場合なのでしょうか?なぜ返さなくてもよいのでしょうか?アッラーの教えに適ったお金の貸し借りを読み取ることでイスラームで銀行ができる経過を理解することができます。ムダーラバの仕組みが、無利子銀行に応用されていることを私たちは知ることになります。

7)助け合い
 第二番目は助け合いです。
 本書ではザカート、サダカ、ワクフといったイスラーム式助け合いの仕組みを紹介しています。注目すべき記述は、新しい考え方を持っているイスラーム学者がイスラームの教えを再検討しているところです。老朽化した商業施設が復活する経過をぜひ読んでほしいと思います。
 
8)ムスリムの世界だけのお話なのか?
 本書の最後には、イスラーム経済の教えが地球社会全体にどのような影響を与えそうなのかについて語っています。
 長岡先生は、深刻化する気候変動問題を解決するためにイスラーム式助け合いがとても魅力的だと指摘しています。
 その魅力的な考え方をイスラーム以外の人々が活用できるのでしょうか?本書では「イスラーム経済の知恵を私たちが活用することは十分可能だ」としています。その理由をイスラームの歴史と私たちの歴史を分析することで説明しています。
 この説明の中で、株式会社が誕生した経緯、信用金庫のルーツについて、CSRについて知ることができます。

9)本書の全体像
 以上が、本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。 
  第1章 イスラーム世界へようこそ!
  第2章 つながる信仰と金もうけ
  第3章 無利子銀行の挑戦
  第4章 伝統と革新のイスラーム式助け合い
  第5章 イスラーム経済の知恵から学ぶ

③ どこが役に立つのか?
 「公共」や「政治・経済」の授業で,生徒に知識と知識がつながる喜びを体験させることができそうです。教師自身も「もっと調べてみよう」という心が動かされる一冊になると思います。
 どうして利己的に動く人々で構成されている社会において助け合いが盛んに行われるのか。政治的分野で学習する利己や利他、経済的分野で学習する利己や利他と関連させて知識を整理することにより、各単元を横断した授業づくりに一歩近づくと思います。

④ 感 想
 読み進めていきますと解釈にブレーキがかかることはありませんでした。
 スイスイ読むことができる本に出会うと怖さを感じます。きちんと読み込んでいないのではないかと思うからです。再読すると解釈が浅いことに気づきました。章をまたいでつながる部分も発見できました。教科書記述を思い返しながら再読すると,授業づくりに役立つ一冊になると思います。
                                (金子)
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【 5 】編集後記「~自己観照~」
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 年度末のある日、職員室に電話がかかってきました。なにやら大切な契約のお話しです。お話しが終盤にさしかかると、先方が「それでは本人確認をさせていただきます。今お話しされているのはご本人様ですか?」、「はい」。「○○様の生年月日は△月☆☆日ですね」、「はい」。「ご住所は・・・で間違いないですか?」、「はい」。全て先方が情報を提示して私は「はい」と答えるだけでした。これで本人確認できるのかな?そもそもこの方(組織)を信頼してもいいのかな?個人情報の取り扱いについてどのように教えたらよいのでしょうか。皆さんの体験談を伺ってみたいです。
                             (金子幹夫)
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