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何かいいことがありそうな3月を迎えました。 2月上旬のある日、新聞に「米の政府備蓄」についての記事が掲載されていました。さらにパラパラと読み進めていくと「インフル薬の政府備蓄」について書かれていました。どちらも政府が備蓄したものを供給するという内容でした。 米もインフル薬も生徒にとって身近な存在です。生徒にとって関心をもってもらえそうな内容を、どうやって教科書の学習内容につなげていくことができるのでしょうか? これはメルマガ3月号の中心課題のひとつです。それでは今月号のスタートです。
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──────────────────────────────────────── 【今月の内容】 ──────────────────────────────────────── 【 1 】春の経済教室 「先生のための春の経済教室」の紹介 【 2 】最新活動報告 2025年2月の活動報告です 【 3 】定例部会のご案内・情報紹介 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。 【 4 】授業のヒント… 貿易授業の本質をどう受け止めるのか? 【 5 】授業で役立つ本…今月も授業づくりのヒントになる本を2冊紹介します。
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──────────────────────────────────────── 【 1 】想像を超えた出会いがあります! 「春の経済教室」 ──────────────────────────────────────── ■先生のための春の経済教室を開催します 会場 : 慶應義塾大学三田キャンパス北館3階大会議室(先着50名)+オンライン(Zoom形式100名) 日時 : 2025 年3月29日(土) 13:00~17:00 内容:チラシをアップしています。ご覧ください。 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2025/01/2025HaruKeizaiFinal.pdf お申し込みはこちら https://econ-edu.net/application/event-application/
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──────────────────────────────────────── 【 2 】最新活動報告 ・・・ 2025年2月の活動報告です ──────────────────────────────────────── ■ 東京(No.143)部会を開催しました 日時:2月8日(土)18時00分?20時00分 場所:お茶の水・連合会館202会議室(JR中央総武線お茶の水駅聖橋口下車5分) +オンライン(Zoom形式) ハイブリッド形式でオンライン会議(Zoom)も併用 内容の概略: 20名参加(会場7名、zoom13名) (1)蘆名伸明氏(埼玉県立飯能高等学校)から「サステナビリティの視点を生かした授 業をどうつくるか」の報告がありました。 (2)新井 明氏から「2025年度共通テストの分析」の報告がありました。 (3)鈴木深氏(東京証券取引所)から今夏の経済教室に関する準備の要請がありました。 詳しい内容は https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/12/tokyo143report.pdf をご覧ください。 ──────────────────────────────────────── 【 3 】定例部会のご案内・情報紹介 ──────────────────────────────────────── ■ 大坂(No.93)部会を開催します 日時:4月20日(日)15:00~17:00 場所:同志社大学大阪サテライト(予定) 大阪市北区梅田1-12-17梅田スクエアビルディング17階 TEL:06-4799-3255 地図 http://www.doshisha.ac.jp/information/campus/access/osaka_o.html 対面のみ。 申し込み方法:下記のフォームにご記入の上送信して下さい https://econ-edu.net/application/event-application/
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■「会計」を通して社会の見方を育む社会科教員向けセミナー (日本教育新聞社、日本公認会計士協会共催) 日時:3月1日(土)13:00~ 福岡会場※当日参加可 開催の案内:https://www.kyoiku-press.com/kaikei_seminar2025/ 申し込み方法:下記のフォームにご記入の上送信して下さい https://form.run/@kyoiku-press-kaikeikyoiku2024
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■ 第75回ミニネタ研 日時 3月23日(日)13:00~17:00 会場 高津ガーデン (大阪上本町下車北東徒歩5分) 詳細や申し込み方法は以下をご覧ください。 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/09/75thMiniNeta2025.pdf ──────────────────────────────────────── 【 4 】授業のヒント ~貿易授業の本質をどう受け止めるのか?~ ──────────────────────────────────────── 貿易授業の曲がり角 ~「捨てネタ」の効用 をどのように授業化するのか?~ 執筆者 金子幹夫 1.はじめに 先月まで、篠原総一先生による「授業のヒント」コーナー15回の連載をお届けしました。この続きは不定期に皆様にお届けすることになっています。 ところで、皆様は「捨てネタ」の効用 シリーズを活かして、どのような授業案を構想していますか? 今月は「捨てネタ」の効用 シリーズ⑭と⑮(以下、「捨てネタの効用」と略します)で取り上げていました「貿易授業の本質」について,教師目線で考えてみたいと計画しました。とは言いましても、筆者には,全国の教室で通用する授業案を提案する力量はありません。一つのケースとして考えたことを次に示すことになります。読者の皆様は,目の前の児童や生徒を思い浮かべながら、1つのヒントとして読んでいただければと思います。
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2.役割分担の確認 「捨てネタの効用」では,エコノミストと教師の役割分担が示されていました。 エコノミストの役割は,生徒にもわかるように理論を整理することです。教師の役割は、生徒の生活経験を推測し、肌感覚で納得できそうな実例を考えることでした。 そこで、本稿は「捨てネタの効用」をもとに、教師が生徒に実例を示すというのはどういうことなのかを考えてみたいと思います。
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3.授業で実例を示す手立てについて 授業では,教師が探し出した実例が生徒の心に届く場合もあれば、届かない場合もあります。後者の場合、教師ががんばって探し出した実例をめぐる認識と、それを受け止める生徒の認識にズレが生じます。その結果、「貿易って、わかったようでわからない・・・」となってしまうわけです。 この「貿易ってわからない・・・」という状況を作り出さないために、どうやって皆が納得する実例を探し出すことができるのでしょうか。本稿では、この問題そのものについて考えてみたいと思います。 教師が実例を探すという場合、生徒の状況を推測しながらもっとも適切な事例は何かを考えます。この時に手がかりとなるのは生徒の発言です。授業中の生徒から出される発言は授業づくりに向けての大きなヒントを教師に与えてくれます。 本稿では、この生徒による発言を最大限活かしたら、このような授業もできるのではないかという提案をしてみたいと思います。そのために、篠原先生に示していただいた貿易の授業についての全体像を共有するところから出発したいと思います。
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4.授業の全体像を眺めると? 篠原先生が示した「貿易の授業」におけるストーリーの軸は①自由貿易の意義、②保護貿易の弊害、③保護貿易の弊害を軽減する工夫の3つです。 次に、この①の授業案を考えるにあたり、3つのアプローチがあげられています。その3つとは「輸入できなかったらどんなに暮らしが不便になるか?」、「貿易のメリットは?」、「貿易理論の整理」です。 1番目の「暮らし」については教師が考え、2、3番目についてはエコノミストが理論を示し、教師が実例を用意したり理論をわかりやすく再整理したりすることがあげられています。 今月は、この授業の全体像のなかにある「輸入できなかったらどんなに暮らしが不便になるか?」というアプローチについて構想してみたいと思います。
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5.授業の展開は?(案) 生徒に次のように問いかけて、教師は板書していきます。 「戦国時代になくて、今あるものを20個あげてみましょう」 なぜ戦国時代なのか。それは,鎌倉時代や江戸時代と問いかけると、生徒の認識に幅がでてしまうと考えたからです。戦国時代ですと,生徒が抱くイメージが適切かどうかは別にして、ゲームやバラエティー番組、YouTube等、画像で見ている可能性が高いため、認識のズレが大きくならないだろうと判断しました。 授業では、生徒から「はいはい! スマホ! ゲーム! エアコン! 電気自動車!」と勢いよく製品名があがってくると思います。例えば、次の20個があがったとします。 スマホ コンピュータゲーム エアコン 電気自動車 PC 電卓 スマートウォッチ 電気冷蔵庫 防犯カメラ カップラーメン アイスクリーム Suica(プリペイド式電子マネー) ペットボトル バス 電車 銀行 マンション コンビニ のど飴 チョコレート・・・。 そこで次の問いです。 「第2次世界大戦の時にすでにあったものを1本線で消します。さてどれでしょう?」 教室はざわつきます。「のど飴は?」、「チョコレートは?」といった話が聞こえてきそうです。端末で調べさせてもいいと思います。「のど飴は明治時代にあったと書いてあります」、「チョコレートは紀元前にあったと書いてありました」「バスや電車も明治時代あります」、「銀行も!」「アイスクリーム」「電気冷蔵庫」といった発言により、7つの用語に1本線がひかれることになります。 ※ 本当はもっと多いのかもしれません。
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第3問目です。「残ったもののなかで、日本製のもの(Made in Japan)を〇で囲んでみたいと思います。さてどれでしょうか?」 生徒から質問が出ます。「部品とか外国から調達されている場合はどうするのですか?」。 「材料がすべて国内でそろえられ、組み立て等も国内で行われているものには〇印をつけることにしましょう。海外から材料等を仕入れて国内で生産したものは△で囲むことにしたいと思います」と答えます。 さてどうなるでしょうか?端末を操作している生徒からは「あっ、この材料は輸入されています」「えーっ、これも輸入に頼っているのか・・・」という雰囲気でいっぱいになります。黒板は△印でいっぱいになりそうです。
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3つの質問でわかったことは次のとおりです。 第1に、高校生が生活している空間にあるものは,最近できたものが多いことです。 第2に、生徒が関心をもっている製品の多くは,貿易と関連していることです。 第3に、板書された製品について「輸入できなかったらどんなに暮らしが不便になるか?」とアプローチすることで、生徒が肌感覚で納得できそうな授業展開についての手がかりがつかめそうだということです。
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6.アプローチ②に向かうための課題 ここまでで「スマホやゲーム機が製品そのものや部品が輸入できないため、私たちの手元に届かなかったらどう思いますか?」という生徒に向けてのアプローチに見通しが立ちました。 黒板を見ると次の製品が線で消されることなく残っています。 スマホ コンピュータゲーム エアコン 電気自動車 PC 電卓 スマートウォッチ 防犯カメラ カップラーメン Suica(プリペイド式電子マネー) ペットボトル マンション コンビニ そして多くの製品に△印がつけられています。 ここからがたいへんです。教師は、2番目のアプローチで示されたエコノミストによる「貿易のメリット」についてどのような実例を示すことができるかを考えます。
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8.戦略のようなもの 篠原先生は教師が実例を用意する際に2つの注意点を指摘されています。 第1は、教師は、エコノミストが整理した理論のリストのなかから「いくつかを選び出す」ということです。体系(理論)を抽象的に伝えたことでは生徒に教えたことにならないというメッセージだと受け止めました。 第2は、「・・・の理論では・・・」という教え方ではなく生徒が肌感覚で受け止められるような事例から貿易について考えるということです。 この2つの教えをもとに次のような展開(案)を立ててみました。 生徒「調べてみたらスマホは中国やインドで生産されているみたいですが、どうして日本でつくらないのですか?」 教師「どうしてだと思いますか?例えば・・・スマホをつくるための設計はどこの国で行われているのでしょうか?」 生徒「えーと・・・アメリカかな?」 教師「部品はどこでつくられているか調べてみませんか?」 <しばらく調べていると・・・> 生徒「アメリカ、韓国・・・台湾・・・日本でもつくっています」 教師「最終的に部品が集まって組み立てているのはどこでしょうか?」 生徒「中国のようです」 教師「どうして多くの国が関わっているのでしょうか?」 生徒「新製品は、大学や研究機関が集まっているところでないと開発できないから」 「・・・人件費が安いから?」 「・・・高い技術を持っているから?」 「・・・広い土地があって、工場を安く作ることができるから?」 (※この会話の部分は先月のメルマガで紹介しました『新入門・日本経済』の203ページに詳しく書かれています。) この教師と生徒の対話を手がかりに、生徒の発言をエコノミストが作成した理論のリストに整理して板書していくという戦略です。 この対話は、どうして外国で設計されるのか? なぜ外国で部品が生産されるのか? どのような理由で組み立てを外国で行っているのか?について、生徒の認識(想像)をクラス内全員に示してくれます。 理論のリストに近い発言が多く集まったら、篠原先生が示した「いくつかを選び出す」という実践が実現することになります。 理論のリストにあることと異なる発言が続いたとしたら、対話を続けることで異なる認識の再構成を試みることになります。「貿易の理論では・・・」と説明する授業とは対極にある授業展開となるのです。
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9.安定した授業の展開について ここまで「捨てネタの効用」をもとにした具体的な授業実践について考えてきました。 生徒の発言によって授業の展開が変わるから、この授業案はものすごく不安定なものに感じられるかもしれません。 しかし、生徒の発言は、教室にいる若者が世の中をどう認識しているのかについてストレートに表したものです。教師が生徒の認識に合わせることがないまま「説明したことで教えたことにしてしまう」と、両者の認識がどんどんズレてしまいます。その方がものすごく不安定な授業になってしまいそうです。
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10.おわりに 今回は、先月まで連載されていました篠原総一先生の「捨てネタの効用」にどう応えるのかという1つの例をあげてみました。 全国の先生方は「捨てネタの効用」をどのように授業実践につなげていこうと考えていますか?春の経済教室でいろいろと意見交流できればと思います。エコノミストと教師の対話、そして教師同士の対話のプロセスを皆様と共有することで、より一層創造的なお話しができるのではないかと思います。今月の授業のヒントはここまでです。 ──────────────────────────────────────── 【 5 】授業に役立つ本 ──────────────────────────────────────── 今月紹介する本は、 アングナー著 遠藤真美訳『経済学者のすごい思考法』早川書房 2024年と 橘 玲『親子で学ぶどうしたらお金持ちになれるの?』筑摩書房 2024年の2冊です。
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■ アングナー著 遠藤真美訳『経済学者のすごい思考法』早川書房 2024年 ① なぜこの本を選んだのか? 社会の仕組みを見ようとするとき,教師と経済学者の視点は何が異なるのでしょうか?見る角度が異なるのでしょうか?それとも見るときの道具が異なるのでしょうか?この違いを体験することで、授業づくりに新たな視点を加えることができると考えて選びました。
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② どのような内容か? (1)アングナーとはどのような人? 著者のエリック・アングナーは米国籍の経済学者、哲学者です。 年齢不詳です(2025年時点で50歳くらいではないかと言われています)。 科学と疑似科学の境界について研究をしていたある日、経済学は科学を装っているのではないかと疑い、経済学の博士課程で研究をはじめます。ところが、研究をはじめると経済学という学問は役に立つアイディアであふれていることに気付くのです。経済学のどのようなところに関心を持ったのでしょうか?
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(2)経済学、政治学、物理学、医学・・・ アングナーは、科学には2つの種類があると言います。 1つは「光を求める科学」で、もう一つは「果実を求める科学」です。経済学は後者になると整理しています。では、どのように果実を求めるのでしょうか? 経済学は、世界がどう動いているのか、そしてその世界をどう変えるのかを問うています。この問いを追究するときに経済学者はいろいろな道具を使います。どのような道具を、どのような考え方を用いて使うのでしょうか?
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(3)富む人と貧しい人は何が違う? 経済学者は世界の動きをとらえるときに分析的平等論という考え方を前提にしているそうです。これは,科学は全ての人を本質的に同じものとして扱うべきだとする考え方です。 この考え方を前提にすると,経済学者は富む人も貧しい人も本質的には同じだととらえることになります。貧しい人が合理性に劣っているのではないという見方です。経済学者は、この貧しい人たちが存在する世界をどのように変えようとするのでしょうか。 アングナーは、再分配と自由市場は両立するということを示すため、ランダム比較試験という道具を紹介してくれます。教師が「政府は貧しい人にお金をわたす」という政策について授業で扱う際に有効なヒントを示してくれます。 ところで経済学は政策は考えるけれども一人ひとりの人間について何か役に立つことを教えてくれるのでしょうか?
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(4)経済学は個人の問題も考える 経済学者は2つの訓練を積み重ねています。1つは「信頼できる情報か、信頼できない情報か」を選り分ける訓練です。もう一つは、因果関係を導く訓練です。 この訓練を重ねている経済学者は、私たちに生活のうえで役立つ知識を示してくれるのでしょうか。アングナーは「子育て」を例にして「もっとよい親になるにはどうしたらよいのか」という問いに答えてくれます。 子どもの行動と態度がどのように決まっていくのかというアングナーの説明は明快です。そして子育て中の親が合理的な意思決定をするために、何に注目するべきか。経済学者が用いる道具とともに紹介されています。 経済学は未来を予知する学問ではありませんが、「ものごとが説明されるようになること」そして「有益な意思決定ができるようになること」を目指しています。社会全体の問いに立ち向かうと同時に個人のことも考えているのです。
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(5)経済理論と政治理論の見方の違い アングナーは、社会全体の問いとして、気候変動を解決するための経済学者による提案をとりあげています。 ここで経済学者と政治学者の視点の違いを示すことで、経済学者の思考法を私たちに伝えようとしています。政治学者は理想的な社会という視点からものごとを分析しますが、経済学者は我々の生活空間から分析を始めるというのです。 そして我々に発信するメッセージが不安をあおるものであったら効果は逆効果だといいます。気候変動を経済学者の視点からとらえながら炭素税や合理的選択論を語るのです。 それにしても、私たちは環境問題がなかなか改善しないという状況に直面しています。この問題の背景にどのような仕組みが潜んでいると経済学者は考えているのでしょうか?
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(6)非公式なルールに従う人びと アングナーは人間の行動を支配しているのは何かを突き止めようとします。 注目したのは、人びとの行動を支配している非公式なルールです。本書ではこれを「社会規範」と表現しています。人間は、何が正しくて、何がまちがっているのかを判断する際、個人の信念よりも社会規範を優先するというのです。 紹介者は行列のできるラーメン屋さんに並ぼうとするときに、気難しい店主が定めた決まりを探そうとしている自分を思い浮かべました。 アングナーによれば、人間の行動を変えようとするならば、相手に情報を与えるだけでは十分ではないと言います。人間の行動を変えるには、その人に「行動を変える理由があるかどうかを問う」必要があるというのです。 経済学者の言葉では、このことを「均衡を求める」というのだそうです。「きんこう?」。これが経済学者の思考法を理解するということなのか、と感じさせられる一文です。
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(7)経済学者が燃えるとき 経済学者は非効率性を見つけるとがぜん燃えると書いてあります。本書ではパレート非効率という言葉を用いて説明しています。 そして、経済学者はどのような問いを立てているのかを紹介しています。それは、今ある市場を与えられたものであるととらえ、その与えられた市場がどのくらいいいのか(それとも悪いのか)という問いを立てているそうです。「何が起きてほしいのか?」ということを思考の出発点にしていないことが示されています。 このような思考法をもつ経済学者ですが、皆同じような思考法をもつと、経済学者同士の論争なんて起きないのではないかと思ってしまいますが、実際のところはどうなっているのでしょうか?
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(8)論争の例 「人間にとっての幸福度は頭打ちになるのか?」 経済学者のあいだで論争になっていることがあげられています。 それは「幸福度は頭打ちになるのかどうか?」という問題です。幸福度にピークがあるという考え方もあれば、そのようなものはないという考え方もあります。 この論争を考えるためにアングナーは3つのヒントを提示しています。その中の1つを紹介します。 ある日二人でキャンプに行ったところ熊に出会ってしまったというお話しです。一人の人が靴の紐を結び直しました。するともう一方の人が「おい、熊と走って勝てると思っているのか?」と問いかけます。さて、靴紐を結び直した人は何と答えたのでしょうか?
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(9)わたしの判断は適切なのか? 経済学者がもつ思考法の一端が見えてきました。 ちょっと耳が痛くなる話ですが、アングナーは「専門領域で働く人(銀行員、企業幹部、土木技師)は自信過剰なところがある」と指摘しています。ということは「教師は自信過剰になりやすい」とも解釈できます。 教師が適切な判断をするために経済学は何を教えてくれるのでしょうか。本書は3つの戦略を紹介しています。行動経済学が教える自信過剰になりにくい方法は教師に多くのことを教えてくれます。
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(10)経済学者とお金持ち いよいよ本書も終盤にさしかかります。ストレートに「お金持ちになるには」経済学者はどのような思考方法をもっているのかというテーマが登場します。今月紹介するもう1冊の本のタイトルにそっくりです。 アングナーはここで4つのアドバイスを示しています。さらに「道ばたに500ドル札が落ちていたら」というたとえ話をきっかけに、もうけ話に対する考え方が紹介されています。 経済教育の視点では「マクドナルドとA&W」の広告についての事例が授業づくりに結びつきます。A&Wはマクドナルドとの競争に勝つために牛肉の使用量を増やしたのに、お客さんの勘違いで売上げが伸びなかったという例です。「数値をパッと見ることによる誤読の例」として授業で取り上げたら生徒は注目すると思います。
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(11)囚人のジレンマを解決したのは? ここまで、個人の問題から社会の問題に至るまで、様々な大きさの問題について経済学者がどうみるのかを紹介してきました。 見方の1つには市場が解決するというものがあります。同様に国家が解決するというものもあります。アングナーは最後にコミュニティというもう一つの主体をあげています。 囚人のジレンマに関する問題を解決する主体としてコミュニティがあげられているのです。オストロムの説を紹介しながら、市場と国家を超えた集まりとはどのようなものなのか。「民営化して市場に任せる」という考え方をオストロムはどう評価しているのかを説明しながら経済学者の思考法を紹介しています。
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(12)目次の紹介 以上が、経済教育の視点から一教師が分析した本書の内容です。目次の構成は次のようになっています。 序 章:世界を救うには 第1章:貧困をなくすには 第2章:心を整えながらしあわせな子どもを育てるには 第3章:気候変動を食い止めるには 第4章:悪い行動を変えるには 第5章:必要なものを必要な人に届けるには 第6章:しあわせになるには 第7章:謙虚になるには 第8章:お金持ちになるには 第9章:コミュニティをつくるには 第10章:終 章
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③ どこが役に立つのか? 「公民」の教科書は多くの学問領域を背景に記述されています。その中のひとつである「経済学」の見方や考え方を書いた研究者はどのような思考方法で世の中を見ているのでしょうか。その手がかりをつかめそうな一冊です。 授業で紹介できるエピソードに出会うことができます。そして経済学習をとりまく大きな磁場のようなものを受け止めることができると思います。
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④ 感 想 経済学者がもつ思考法の一部に触れることができました。世の中をみる視点、どのような事象に敏感なのかを知ることで授業づくりが変わるのではないかと思います。 教師は、学問が形成する大きな流れを背景に毎時間の授業を創りつづけます。流れをつかまなければ授業そのものが澱んでしまうかもしれません。 躍動感あふれる授業案を考えるために、本書タイトルの冒頭が「憲法学者」、「政治学者」、「哲学者」となった書籍(たとえば『憲法学者のすごい思考法』のようなもの)の出版を心待ちにしています。
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■ 橘 玲『親子で学ぶどうしたらお金持ちになれるの?』筑摩書房 2024年 ① なぜこの本を選んだのか? 本書を読み始めたときには「中学生や高校生の読み物としてよいのではないか」と受け止めていました。ところが読み続けているうちに「経済を教えようとしている教師が読むことで授業のヒントをつかむことができるのではないか」と感じるようになりました。多くの教師や生徒に紹介したいと思い、本書を選びました。
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② どのような内容か? 紹介者は、本書の内容を次のように解釈しました。 (1)本書の目的 本書の目的は「家庭という安全な場所で、子どもが市場経済(他人の世界)のルールを体験できるようにすること」にあります。 小中学生でもわかるように書かれています。ところが教師が読むと「ハッ」とする記述に何回も出会います。
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(2)人生ゲーム 経済を学ぼうとするにあたり、次のように大きく世の中を捉えるのがコツなのだと学ぶことができました。その内容は次のようなものです。 欲しいものを手に入れるには5つの攻略法があります。 ①奪う ②はたらく ③借りる ④あきらめる ⑤交渉するです。 ①の奪うはルール違反です。このことを私たちは政治的分野で学びます。④あきらめるは、トレードオフについては解決しますが、生きていくのが難しくなります。②③⑤について考えていく必要があると捉えるのです。
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(3)公共? それでは、私たちが生きている空間はどのように構成されているのでしょうか。本書は3つの空間があるといいます。 ①愛情空間、②友情空間、③貨幣空間です。①、②の外側は政治空間でもあります。 この政治空間で、誰もがみんなの役に立つようなことをすることを「公共」とよぶと書いてあります。自分を中心にして①②③と同心円状に世界がつくられていると教えています。ということは、①と②の間に公共の扉があるのかな?と想像しました。
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(4)なぜ勉強するのか? この3つの空間で生きている私たちに光りをあてます。 もしも子どもが「AIがあるのだから勉強しなくてもいいではないか?」と質問したとします。どのように答えますか? 本書は、この質問について複利の説明と関連付けて子どもに答えているのです。人類最大の発明である複利について説明した上で、実は複利の法則は勉強にもあてはまるのだといっているのです。
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(5)努力は報われるのか? これも子どもからの質問です。この質問に限界効用の逓減という考え方を用いて答えようとしています。 授業で限界効用の逓減を教えるのは難しいです。紹介者は教えたことがありません。本書はそこにチャレンジしています。子どもでもわかるような説明とはどのようなものなのかを学ぶことができます。 今月紹介しましたもう一冊の『経済学者のすごい思考法』でも取り上げられていた(148ページ)幸福度について、本書も取り上げています。橘先生は「限界効用が逓減するまでは、お金が増えれば増えるほど、幸福度はぐんぐん上がっていく」と書いています。 この理論を本書は「努力の限界効用逓減」法則として取り上げているのです。さて、私たちの努力はすべて報われるのでしょうか?報われないところがあるとするならば何か対策はあるのでしょうか。その戦略が示されていました。
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(6)どうしてギャンブルはダメなの? 子どもからの質問は続きます。今度はギャンブルについてです。 人生とは、小さなギャンブルの積み重ねだと書いてあります。 このギャンブルの定義は「リスクのある選択」です。 では「リスクとは何か?」を理解するためにゼロサムゲーム、プラスサム、マイナスサムと順番に説明してくれます。順番に読み進めていくと「あー、なぜギャンブルはダメなのか」と読み手が気付く構成になっています。
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(7)どうすれば将来の自分は成功できるの? 大きな問いです。本書はこの問いについて「時間には値段がある」という視点で接近していきます。 金利は時間の値段である。そしてこの時間の値段というのはタイムマシンの乗車賃だというたとえで話を進めていきます。さらに、すべての成功した人に共通する性格は一つだと断言します。それは経済学の見方・考え方を用いて、あるものを大切にするというものでした。そのあるものとは、子どもの読者だけでなく大人も納得する答えだと受け止めました。
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(8)ウィン-ウィンのゲームはあるのか? 成功し続けるための戦略は? それはギャンブルに参加するのではなくウィン-ウィンのゲームに参加することです。どうすればそのウィン-ウィンのゲームに参加できるのでしょうか?それは市場での取引を考えるということになります。市場こそが豊かさを生み出す場所で参加者全員が得をするプラスサムのゲームだと教えてくれます。 市場では公正なルールのもとで自由に交換ができます。自由というのは選択できることだと教えてくれます。交換できるのはお金と商品だけではありません。アイデアやネットワークだって交換できるのです。この交換は私たちに力を与えてくれます。世の中に出てからのさらなるチャレンジが可能となるのです。
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(9)世の中に出て働くとはどういうこと? 本書では「仕事」というのは「誰かのために必要なことを代わりにする」ことだと説明しています。では「誰かのために必要なこと」というのはどのようなことなのでしょうか? これを「エントロピーの管理」という言葉で教えてくれます。エントロピーというのは「乱雑さの単位」だそうです。掃除や洗濯をしないと部屋があっという間にゴチャゴチャになってしまうという例で乱雑さを示しています。そして「この世界で起きていることの99%は『エントロピーの管理』」だというのです。この考え方を応用して、子どもに「どうしてお手伝いをしなければいけないの?」という質問に答えています。
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(10)ここで分業の登場 それでは、人が働くことで,人びとの役に立つ機会を増やすにはどうすればよいのでしょうか。本書は人的資本を大きくすることだと指摘しています。では人的資本はどうやれば大きくすることができるのでしょうか?その答えが「分業」だと説くのです。みんなで手分けして、一人ひとりの得意なことを分業によって大規模に組み合わせるのです。
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(11)どのように分業するといいのか? 本書は、分業の組み合わせについて、できすぎ君としずかちゃん(ドラえもんの登場人物)を例にして説明してくれます。教科書でおなじみの「比較優位」についての説明です。教材研究のなかで教師がよく見る例は、弁護士と秘書をとりあげたものではないでしょうか。中高校生にとっては、ドラえもんの方が納得してもらえそうです。
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(12)全体をとおして 本書は「合理的に考えること」、「トレードオフ」、「複利」、「限界効用」、「ゼロサムゲーム」、「金利」、「市場取引」、「交換と分業」、「比較優位」といった内容を親が子どもにわかりやすく教えるにはどうしたらよいのかを示していることがわかります。
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(13)目 次 以上が本書の内容です。最後に本書の目次を紹介します。 ステージ1 なにかを選べば、別のなにかをあきらめなければならない ステージ2 お金はどのように増えていくのか ステージ3 楽しいことはすぐに慣れてしまう ステージ4 人生で大事なことはすべてギャンブルが教えてくれる ステージ5 時間には値段がある ステージ6 市場(しじょう)でお金を生み出すには ステージ7 はたらくってどういうこと? ステージ8 ハックする あとがき
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③ どこが役に立つのか? 大人が子どもに経済をわかりやすく伝えるために用いている材料が参考になります。今月号のメルマガが発信しているメッセージの1つに「教師の役割は、生徒の生活経験を推測し、肌感覚で納得できそうな実例を考えること」があります。実例を挙げるというのはこういうことなのかという道標になる一冊だと思います。
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④ 感 想 本書のタイトルは『どうしたらお金持ちになれるの?』です。これは本屋さんやネットで注目される題名だと思います。もしも経済教育に関する研究会で本書をテキストとして取り上げるとしたら・・・当日のテーマは「経済教育における問いの設定」とか「小学生に教える“経済学から見た世の中の仕組み”」ということになるのかなと想像しました。 実例を示しながら生徒に教えるのはどういうことなのかを学べる1冊になりました。 (金子) ──────────────────────────────────────── 【 5 】編集後記「~自己観照~」 ──────────────────────────────────────── 首都圏の企業に就職している卒業生が教えてくれました。「いま、九州がすごいです。福岡から目が離せません」と力説していました。細かな業種というよりも、経済全体の勢いが違うというのです。確かに、自動車工場が多いし、IT企業も多いと聞きます。最近では車載用電池工場がつくられると報道されていました。空港にある滑走路の一部は24時間運用できるようになるそうです。教科書にはない生きた経済を感じた一時でした。社会で活躍している卒業生たちは「経済学習」を今どのように感じているのかなと思いました。今年ももうすぐ卒業式がやってきます。 (金子幹夫) ────────────────────────────────────────
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