River Silk先生

 何かいいことがありそうな11月を迎えました。
 編集者の学校は11月に文化祭を行います。
「焼きそばいくらで売る?」「材料にいくらかかったの?」「買ってもいいかなという値段にしないと売れないよ」「ライバル店はいくらで売るの?」「売れ残りをなくすためにいつから値下げする?」「インパクトのある宣伝をしよう」「一パックあたりの量を少し増やそう(減らそう)」・・・。授業で話題にできそうな対話でいっぱいです。
 それではメルマガ11月号のスタートです。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 2024年10月の活動報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…授業のヒント…「捨てネタ」の効用⑫
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業づくりのヒントになる本を2冊紹介します。
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【 1 】最新活動報告
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■大阪(No.91)部会を開催しました。
日時:2024年10月20日(日) 15時00分~17時00分
 場所 : 同志社大学大阪サテライト
(1)奥田修一郎氏(高野山大学)から「「持続可能な農業をめざすため」にという授業をつくっていく」と題する報告がありました。
中学校や高校の授業であまり取り上げることのない農業についての授業提案です。
(2)李洪俊氏(大阪市立矢田南中学)から「全国公立高校入試問題の傾向について」と題する報告がありました。
今回は「主権者教育」を重視した公民的分野の出題を取り上げています。
(3)山本雅康氏(奈良学園高校)から地理のワークプリントが配布されました。
   アメリカの大統領選挙の激戦州に関するNHKおよびジェトロの解説を読ませ、取り上げられているペンシルバニア州とミシガン州に関する文章の穴埋め問題です。
   
 詳しい内容は以下をご覧下さい。 
  https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/09/Osaka91report.pdf 
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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■ 空港と教育のコラボ シンポジウムを開催します
日時:2024年11月9日(土)13:30~16:30
 会場:新千歳空港国際線ポルトムホール メインホール
 開催の案内:https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/10/2024SymposiumR.pdf
 申し込み方法:下記のフォームにご記入の上送信して下さい
       https://econ-edu.net/application/event-application/
■ 東京(No.142)部会を開催します
 日時:2024年11月15日(金) 19時00分~21時00分
 場所: 慶應義塾大学三田キャンパス 東館4階オープンラボ +オンライン(Zoom形式)
 開催の案内:https://econ-edu.net/2024/09/29/7596/
 申し込み方法:下記のフォームにご記入の上送信して下さい
       https://econ-edu.net/application/event-application/
■ 第74回ミニネタ研
 日時:12月22日(日)13:00~17:00
 場所:高津ガーデン (大阪上本町下車北東徒歩5分)
開催の案内:https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/08/74thMiniNeta.pdf
 申し込み :qqt36ps9あっとtea.ocn.ne.jp fax 072-996-3627
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【 3 】授業のヒント 「捨てネタ」の効用 ⑬
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私ならこう教える 〜貿易の授業〜
執筆者 篠原総一
「私ならこう教える」シリーズも、ここしばらく profound discussion(かなり重目の話)が続きました。ここでちょっとひと休み、今月は、貿易の教え方について日頃から気になっていることを書き出してみたいと思います。話の中心は、言わずと知れた大理論、リカードの比較生産費説の使い方です。(と思いましたが、やはりつぶやきの二番目は、重い話になってしまいました。)
◾️(つぶやき1)物語の力:ストーリーのない授業は生徒の学びを奪う
授業では、毎時の学びをつないでいくことが肝要です。
例えば貿易授業では、比較生産費説だ、幼稚産業保護論だ、GATTだ、WTOだ、自由貿易圏だといった個別素材をバラバラに教えるのではなく、「それぞれの素材からの学び」を秩序正しくつないでいって初めて、貿易の本質を理解できるようになるものです。ポイントは、こんな当たり前のことを、徹底的に堅守することです。
もう少し具体的に言えば、私が薦めるのは、貿易授業のストーリー(物語りの大筋)を
① 最初に、なぜ貿易をするのか、その理由を納得すること、
② その上で、なぜどの国もいつまでも保護貿易を続けるのか、保護貿易の実際を学びながら、いく種類もある保護貿易政策の根拠を整理すること、
③ 最後に、保護貿易に対する対策の歴史と,現在の対策の仕組みについて考えること、
として、この①→②→③の流れに沿って、各素材(繰り返しになりますが、比較生産費説、幼稚産業保護論、GATT、WTOなど)を、順序正しく数珠つなぎにしていく、という授業展開です。
言うまでなく、このような「物語学習」が成功するか否かは、先生が用意する接続詞の良し悪しに掛かっています。ここで言う接続詞とは、素材と素材の間に、『前の素材がこうだったから、次にはこんな素材について、こういう観点から考えてみよう』といった先生の一言です。接続詞が素材と素材をつないでいくからこそ、生徒は「経済は繋がっている、貿易とはこういう性質の繋がりだ、そしてこんな課題にはこういう考えがあるのか」という見方・考え方の本質に辿りつけるのではないでしょうか。

実は、このような観点から各社の教科書を調べてみると、これはいかがなものか、と思える配列になっているものも目につきました。国際経済単元の中で、「自由貿易、保護貿易の解説」と、「GATT、WTO、地域統合などの解説」の間に、「国際収支、為替レート、金融危機などの長い説明ページ」が挟み込んでいる教科書もありますが、これではせっかくの物語のつながりが途切れてしまうというものです。(*)さらには、各項目の解説部分でも、素材と素材の間に接続詞を挿入しにくい配列になっているものもありました。
ですから、先生方には、教科書のページ順に丁寧に教えていく授業だけでなく、自分の作るストーリーの流れに沿って本文と欄外資料を並べ直してみるという、ややチャレンジングな授業作りにも挑戦していただきたいものです。

◾️(つぶやき2)経済理論の前提条件:仮定の使い方が学びの幅を広げる
学習指導要領解説の中に、概念や理論を使って経済現象のカラクリを紐解いていくという学習アプローチを促す箇所があります。
確かに概念や理論は、上手に使えば驚くほどの学習効果が期待できます。概念や理論は、いくら言葉で説明されてもスッキリしない経済の見方を、「なるほどそうか」と納得させてくれるからです。

▪️教科書で学ぶ経済理論
例えばリカードの比較生産費説(理論)は、数値の大小を比較してみて初めて、さまざまな貿易の仕方(国際間の分業と交換)の中で、比較優位に基づいた自由貿易が最も効率的だ、という交易の本質に生徒も納得感をもてる、というわけです。

しかし、経済の理論は万能ではありません。使いようによれば、真逆の結論を教えてくれる場合さえあるものです。そのことを、経済学の専門家ではない中高の先生方にもお分かりいただけるように説明してみます。(できるだけ簡単に説明しますが、それでもなお中高生には複雑すぎるようです。ですから現段階では、先生だけが、理論にはこんな側面もあるということが分かっていただければ、それで十分だと思っています。)

理論には仮定がつきものです。エッセンスを浮き彫りにするために、論理の邪魔になる条件は切り捨てる、それが仮定というものです。ちょうど、森の中の樹木の幹を観察するために、邪魔になる枝葉を切り落とすようなものです。

教科書の数値モデルでは、
 ・イギリスとポルトガルで、使うことのできる労働(生産要素)量は決まっていること
 ・毛織物とワインの生産に必要な労働量(産業ごとの労働生産性、つまり生産技術)が、イギリスとポルトガルで異なること
の2種類の仮定が置かれています。学者風に言えば、教科書ではこの仮定を数値表で見せ、生徒はその仮定を使って貿易の利益の意味を理解するという仕掛けになっているのです。

▪️教科書では隠されている学び方
ここからは経済学研究の専門家の見方です。私たちには、実は、このような貿易の利益を証明するためには、このほかにまだ別の条件が必要であることが見えています。その隠された条件のうち、中高生のレベルでもなんとかなりそうなものに
 ・イギリスとポルトガルのどちらの国でも、常に、すべての労働者が2つの産業(毛織物とワイン)に振り分けられている(完全雇用の仮定)
 ・労働者は、どちらの産業でも、同じように役に立つ仕事ができる
 ・イギリス・ポルトガル間のモノの毛織物やワインの運搬には費用がかからない
などがあります。

いずれも教科書には書かれていない、いわば暗黙の仮定ですが、現実の経済で、もしこの種の仮定が成り立たなければ、理論モデルの教え(=結論)も様変わりする可能性があるのです。
そのことを、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)をネタにして、自由貿易促進の是非をめぐる理論解釈の形で確認してみましょう。(TPP問題は2008年から2012年にかけて大きな政治課題になりましたが、今では生徒にとっては歴史上の出来事、とても肌感覚で使えるネタにはなりそうにありません。)

当時、中学生、高校生の間で、自由化賛成論者はもちろん比較生産費説(理論)を根拠にしましたが、反対論に立つ生徒は「被害者が気の毒だから」という情緒論に頼りがち、被害者がなぜどのような被害を被るのか、を他の生徒を客観的に説得できませんでした。

▪️労働者が産業間を自由に移動できない時には、保護貿易の方が有利になるかも 
しかし、実は、上述した隠された仮定が成り立たない時には、同じ理論モデルが自由貿易よりも保護貿易だという結論も引き出してくれるのです。その理屈(頭の中で展開する経済分析)は次のとおりです。
・TPPで貿易自由化が進むと、比較劣位にある農業の市場には安価な海外食料品が入ってくる、そのため農業関係者の所得が減る、ひどい場合には失業者も出てくる
・一方、比較優位にある先端工業部門では、海外からの需要が増え、企業は生産と労需雇用も増やそうとする
・(ここで、教科書のモデル理解では、こうなっています。
 農業部門で失業した人々は、次の日にはコンピュータ関係の企業に再就職して、前から働いているソフト開発者と同じように仕事をしている。このように労働(生産要素)が生産性の低い農業から生産性の高いコンピューター産業に移ったのだから、経済全体もそれぞれの労働者も前よりも豊かになる。:これが自由貿易の根拠です)

・ところが実際には、これまで農業部門で働いていた人は、簡単には情報産業でプログラマーにはなれません。(これが、先にあげた隠れた仮定[=労働者は自由に産業間を移動でき、どちらの産業でも同じように働きの効果をあげられる]が外れた場合です。)
・その結果、仕事はあっても実際には失業者は雇ってもらえない。だから、彼らがどこかで再就職できるまでは、比較優位産業でも、思ったほど生産を増やすこともできない。
・こうして、TPPに加入すると、産業間で生産要素(特に労働)の移動ができない限りは農業関係者だけでなく、しばらくの間は経済全体のGDPも減少してしまう可能性もあることがわかります。(これが比較生産費説を使った保護貿易論の根拠です。)

▪️教科書では隠されている学び方
ここからは経済学研究の専門家の見方です。私たちには、実は、このような貿易の利益を証明するためには、このほかにまだ別の条件が必要であることが見えています。その隠された条件のうち、中高生のレベルでもなんとかなりそうなものに
 ・イギリスとポルトガルのどちらの国でも、常に、すべての労働者が2つの産業(毛織物とワンン)に振り分けられている(完全雇用の仮定)
 ・労働者は、どちらの産業でも、同じように役に立つ仕事ができる
 ・イギリス・ポルトガル間のモノの毛織物やワインの運搬には費用がかからない
などがあります。
いずれも教科書には書かれていない、いわば暗黙の仮定ですが、現実の経済で、もしこの種の仮定が成り立たなければ、理論モデルの教え(=結論)も様変わりする可能性があるのです。
そのことを、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)をネタにして、自由貿易促進の是非をめぐる理論解釈の形で確認してみましょう。(TPP問題は2008年から2012年にかけて大きな政治課題になりましたが、今では生徒にとっては歴史上の出来事、とても肌感覚で使えるネタにはなりそうにありません。)
当時、中学生、高校生の間で、自由化賛成論者はもちろん比較生産費説(理論)を根拠にしましたが、反対論に立つ生徒は「被害者が気の毒だから」という情緒論に頼りがち、被害者がなぜどのような被害を被るのか、を他の生徒を客観的に説得できませんでした。

▪️労働者が産業間を自由に移動できない時には、保護貿易の方が有利になるかも 
しかし、実は、上述した隠された仮定が成り立たない時には、同じ理論モデルが自由貿易よりも保護貿易だという結論も引き出してくれるのです。その理屈(頭の中で展開する経済分析)は次のとおりです。

・TPPで貿易自由化が進むと、比較劣位にある農業の市場には安価な海外食料品が入ってくる、そのため農業関係者の所得が減る、ひどい場合には失業者も出てくる
・一方、比較優位にある先端工業部門では、海外からの需要が増え、企業は生産と労需雇用も増やそうとする
・(ここで、教科書のモデル理解では、こうなっています。
農業部門で失業した人々は、次の日にはコンピュータ関係の企業に再就職して、前から働いているソフト開発者と同じように仕事をしている。このように労働(生産要素)が生産性の低い農業から生産性の高いコンピューター産業に移ったのだから、経済全体もそれぞれの労働者も前よりも豊かになる。:これが自由貿易の根拠です)
・ところが実際には、これまで農業部門で働いていた人は、簡単には情報産業でプログラマーにはなれません。(これが、先にあげた隠れた仮定[=労働者は自由に産業間を移動でき、どちらの産業でも同じように働きの効果をあげられる]が外れた場合です。)
 ・その結果、仕事はあっても実際には失業者は雇ってもらえない。だから、彼らがどこかで再就職できるまでは、比較優位産業でも、思ったほど生産を増やすこともできない。
 ・こうして、TPPに加入すると、産業間で生産要素(特に労働)の移動ができない限りは農業関係者だけでなく、しばらくの間は経済全体のGDPも減少してしまう可能性もあることがわかります。(これが比較生産費説を使った保護貿易論の根拠です。)

▪️さらに深い、広い学び
中高生の反対論者も、こうして他人を説得する理論を手にいれるわけです。そして、両陣営が同じレベルの理論武装できて初めて、今度は次の段階の議論に進めるはずです。例えば
  ・貿易自由化の被害者に対する救済・支援策は
  ・失業者などをどのような産業や企業で吸収し、完全雇用に戻し、自由貿易の利益を最大限に活かせる方法は
など、実に建設的で、質の高い議論に進めるというものです。

▪️お願い
今月の私のつぶやきは、ここまでです。
最初にお断りしましたが、せっかくの分析も、このままでは中高生には複雑すぎます。私も、中高生の手に負えるような単純な分析モデルを工夫してみますが、生徒の理解度を熟知しておられる先生方にも、是非、生徒にも分かる単純モデルの開発をお願いしたいと思います。また、開発された授業モデルは、是非、noticeあっとecon-edu.net までお送りいただけるようお願いいたします。
注*)教科書の記載の順番は、教科書会社が作ったストーリーを反映しているはずですが、私にはそのストーリーの狙いを読み取れないだけなのかもしれません。
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【 4 】授業に役立つ本 
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今月も2冊の本を紹介します。
1冊目は加藤雅俊『スタートアップとは何か-経済活性化への処方箋』岩波新書 2024年
2冊目は翁 邦雄『金利を考える』ちくま新書 2024年です。
加藤雅俊『スタートアップとは何か-経済活性化への処方箋』岩波新書 2024年
① なぜこの本を選んだのか?
 先月紹介しました松島 斉先生による『サステナビリティの経済哲学』の中で「社会的アントレプレナー」が主役になるという記述がありました。そこで起業家というのはどのよなものかを知りたくなり出会ったのが本書だったのです。
 加藤雅俊先生は、産業組織論、アントレプレナーシップの経済学、イノベーションの経済学が専門の研究者です。

② どのような内容か?
 第1章は「研究者の視点で見るスタートアップ」です。
 注目したのは次の4点です。
 第1は、研究者が「どのような人が起業家になるのか?」、「起業家はどのような環境で生まれるのか」を紹介しているところです。
 第2は、新しい起業の登場が経済にどのような影響を与えるのかという研究成果を紹介しているところです。
 第3は、スタートアップの影の部分を「新規性の不利益」と「小規模性の不利益」という視点から紹介しているところです。
 第4は、スタートアップに対する公的支援について「市場の失敗」を根拠にして説明しているところです。
 第2章は「多様な起業家とスタートアップ」です
 注目したのは次の3点です。
 第1は、起業家には様々な動機を持った人たちがいること、そしてスタートアップの出発点には多様なパターンがあることを取り上げているところです。
 第2は、「連続起業家」の記述です。起業を繰り返し行う個人を連続起業家と呼ぶそうです。ギャンブラーの破産理論によると、繰り返し起業を行う個人ほど起業で成功する確率が高まるそうです。
 第3は、社会起業家についての記述です。前回紹介した松島斉先生が『サステナビリティの経済学』で取り上げていた社会的起業家と関連させて読み解きたい部分です。社会起業家になる人はどのような特性を持っているのかという問いに対して、社会起業家の多くが社会問題の犠牲者であるという指摘を紹介しています。また、社会起業家は奉仕型リーダーとしての性質も持ってるという研究成果も紹介しています。松島先生の本を再読するにあたり、解釈に厚みが増すのではないかと思います。
 第3章は「スタートアップの登場要因」です。
 注目したのは次の4点です。
 第1は、起業する人が増える要因を個人要因と環境要因に分けてアプローチしているところです。スティーブ・ジョブズ、イーロン・マスク、三木谷浩史、松下幸之助、本田宗一郎といった起業家を登場させて説明しています。
 第2は、最近の研究成果が紹介されているところです。学歴と機会費用の観点から起業を分析するという研究、自己効力感と起業の問題を扱った研究が紹介されています。多くの起業家は自分の事業は成功するだろうと考えているのですが、多くの事業は成功しないという研究成果が紹介されています。自信過剰な起業家によるスタートアップは生存確率が低いという記述が印象に残りました。
 第3は、どのような場所で新しい企業が誕生しやすいのかという分析が示されているところです。世界的に見て日本の起業活動の水準は高いのでしょうか?それとも低いのでしょうか?その理由としてどのようなことが考えられるのでしょうか。同様に国内で開業率が高い都道府県はどこで、その理由としてどのようなことが考えられるのでしょうかという分析が紹介されています。
 第4は、起業家になるかどうかについて、遺伝的要因と環境的要因のどちらが影響を与えるのかという研究成果が示されているところです。
 第4章は「スタートアップの成功要因」です。注目したのは次の3点です。
 第1は、研究の視点です。スタートアップの成功要因を研究するには、マラソン競技を見るようにスタートからゴールまでの道のりを見るという分析方法が紹介されています。
 第2は、スタートアップの成功はどういうことを指すのか?というところです。
 生存と成長以外にも成功と言える場面があることを示しているのです。
 創業後に高成長を実現する企業にとっては、M&Aや新規株式公開を実現することが最良のオプションだとも指摘しています。
 第3に、スタートアップが成功するために必要な3つの要素が示されているところです。
 ニッチ戦略、柔道ストラテジーといった戦略が紹介されています。
 第5章は「「起業家の登場」への処方箋」です。
 ここでは、日本の起業活動がどのような状況にあるのか?どのような課題を抱えているのか?を紹介し、処方箋を考えています。注目したポイントは次の4点です。 
 第1は、日本では起業家というキャリア選択をどのように評価する傾向があるのかについて書かれているところです。
 第2は、日本が国際的に見て起業活動が低迷している理由について指摘しているところです。
 第3は、起業教育に関連して「起業は教えられるものなのか」という問題をどう捉えるかを論じているところです。
 第4は、企業の絶対数を増やすために政府が起業のハードルを下げることの是非について考察しているところです。
 第6章は「「スタートアップの成長」への処方箋」です。
 注目した点は次の3点です。
 第1は、政策担当者は創業後初期のスタートアップを支援対象にするのか、それともある程度成長した段階の起業を支援するのかという問題を取り上げているところです。
 第2は、大企業とスタートアップは協力できるかどうかという記述です。
 第3は、産業政策は「保護」の意味合いが強いため「競争」の観点が欠けている傾向があるという指摘です。

③ どこが役に立つのか?
 中小企業の現状と課題を教えるときに役に立つと思います。
 中小企業の単元における学習内容には、政府による起業を促す取り組み、新規事業の育成に重点を置いた法制度、株式会社の設立が容易になった新会社法、ベンチャービジネスの登場等があります。
 本書は、これら学習内容の背景にどのようなものがあるのかを教えてくれます。制度説明だけに終わることのない授業づくりに向けて、多くのヒントを見つけることができると思います。

④ 感 想
 地に足のついた学習をしたいという思いに応えてくれる一冊だと思います。本書に何度も登場する言葉に「アカデミックな研究を通した客観的な根拠をもとに論じる」というものがあります。起業そのものを冷静な頭脳で見つめる姿勢を学ばせてもらったと感じています。

翁 邦雄『金利を考える』ちくま新書 2024年
① なぜこの本を選んだのか?
 金利をどのように日常生活と結びつけて教えたらよいのでしょうか?この問いに答えてくれそうな一冊を探していました。
 本書は、現代の金利に関する知識だけでなく、歴史的な記述も登場します。「公民科」だけでなく「地歴科」の先生にも読んでいただけたらと思い本書を選びました。

② どのような内容か?
 第1章は「金利を上げ下げする力はどこから来るのか」です。次の4点に注目しました。
 第1に、金利を決める要素は,インフレと借りた金を使って得られるもうけの大きさだとしているところです。一国全体の金利は、経済全体においてもうけを産む力を反映することを具体例を挙げながら説明しています。 
 第2は、この金利を巡る金融政策について、なぜ中央銀行が金利を動かすのか?どうやって動かすのか?を取り上げているところです。
 第3は、金利の動かし方について、オーソドックスな手法がある一方で、現在は別の方法で動かしていることを示しているところです。
 第4は、2024年3月に新聞で報道されたYCC(イールド・カーブ・コントロール)がどのような歴史的背景をもっているのかをまとめたところです。
 第2章は「金利はなぜ「特殊な価格」なのか」です。注目したのは次の3点です。
 第1は、金利が存在している理由を、貸倒れリスクの観点から示しているところです。
 第2は、金利が需要と供給を調整する役割を果たすことができるのかを検討しているところです。アカロフが論じた情報の非対称性の問題は、スティグリッツによって金融に応用されることになります。そのスティグリッツが「お金の借り手は返済を踏み倒すつもりならば、金利はいくら高くてもいい」ということを見抜いたかどうかというエピソードが印象的でした。
 第3は、金利をめぐる社会規範が歴史的にまとめられているところです。西欧の金利に関する社会規範や古代・中世日本の金利についてまとめられている記述は教材研究をする上で助かります。
 第3章は「消費者金融の金利は高すぎるのか低すぎるのか」です。注目したのは次の2点です。
 第1は、政策としての金利と消費者金融から借りたお金に関する金利は別世界のものだと指摘しているところです。翁先生は第3章で消費者金融を取り上げることで、政策としての金利と日常生活で触れる金利を比べて論じることができると考えたのではないかと読み取りました。
 第2は、日本銀行考査局の職員が、サラ金は銀行員にお金を貸さないという都市伝説が本当かどうかを検証したというエピソードです。
 第4章は「住宅ローンの金利は上がるのか下がるのか」です。
 この章は、公民科だけでなく家庭科の先生も参考になる話題がたくさん登場します。注目したのは次の3点です。
 第1は、住宅ローンの全体像をつかむことができるところです。
 第2は、サブプライム・ローン問題について歴史的、社会的にまとめているところです。「サブプライム・ローンは、挽肉に混じった大腸菌のようなもの」といった例えで説明しています。
 第3は、リスクの認識についてです。初期の低金利に手を出すことで、後にどのようなリスクが待っているのかを借り手は認識できなかったのではないかという研究成果を紹介しています。 
 第5章は「金利はなぜ円高・円安を起こすのか」です。
 この章では、金利と為替レートがどう関連しているのか?影響はどのような形で国民に波及していくのかが書かれています。注目したのは次の3点です。
 第1は、為替レートの決まり方を理解するには、固定相場制のメカニズムを振り返ることが有効だとしているところです。
 話しは、固定相場制と金利の説明、変動相場制に移行するとどうなるのか、その先にある購買力平価説とビッグマック指数について、そのビッグマック指数が示す数値とは異なる現実の為替レートといった流れですすんでいきます。
 第2は、為替レートの予測はなぜ当たらないのかを説明したところです。為替レートを動かすのは新しい情報であること。新しいということは、今知ることができないということ。よって予想が困難だと説明しています。ケインズの美人投票問題と同じ問題を引き起こすと指摘しています。
 第3は、金利の影響を受ける為替レートの動向が国民生活にどのような影響を与えるのかを記述した部分です。
 2020年代以降、世界的なインフレが進む中、日銀が超低金利政策を維持したため円安が進行したと考察しています。その上で、円安の恩恵およびダメージを受けるのは誰なのかが示されています。

③ どこが役に立つのか?
 本文に負けないくらい「補論」が役に立ちます。これは各章ごとに後半に設けられたコーナーです。
 取り上げている話題が豊富です。モーセやルターが登場します。イスラム銀行の内側を紹介しています。質屋さんの仕組みが描かれています。日本の平安時代の質屋さんもでてきます。ねずみ講が登場し、サブプライム・ローンとの関連について説明しています。 
 歴史や倫理で学習する内容とつながる記述は、経済的分野の立体的な授業づくりに役立つと思います。

④ 感 想
 教師が抱いている金利の概念と生徒が受け止めてる金利の概念は想像以上に離れていると感じるときがあります。ほら!これが金利だよと手に取って示すことができない学習内容を教えるときに、教師はどのような知識をもっていればいいのでしょうか?
 このような問いに関する手がかりを見つけることができる一冊だと感じました。
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【 5 】編集後記「~自己観照~」
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 本メルマガを編集するときに使っているノートは万年筆で書いています。
 お気に入りはウォーターマンのカレンでしたが壊れてしまいました。今はセーラーのプロフィットで頑張っています。この万年筆のペン先に使用する金の価格が高騰しています。よって万年筆の価格も上昇し,販売本数は下降しているようです。
 教師が教材研究をするとき、「書いてからキーボードを打つのか」それとも「キーボードを打ちながら書くのか」、「キーボードのみで思考を続けるのか」。皆様の職員室ではどのような筆記用具が使われていますか。興味があるので教えてください。

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