reader reader先生

何かいいことがありそうな10月を迎えました。
そろそろ経済学習の単元が始まる季節を迎えます。
2024年の夏は,どこのスーパーに行ってもお米売り場にカップラーメンの箱が積まれていました。高校生からは「お米がないということは、牛丼屋さんも値上げしちゃうのかな」とか「コンビニのおにぎりは値下げしているよ」といった話しが聞こえてきます。
 2024年度だからできる授業づくりの手がかりを今月も探していきたいと思います。
 メルマガ10月号のスタートです!
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 2024年9月の活動報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…授業のヒント…「捨てネタ」の効用⑫
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業づくりのヒントになる本を2冊紹介します。
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【 1 】最新活動報告
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■「先生のための夏休み経済教室」(大阪会場 中学校対象)を開催しました
日時:8月13日(火) 9:30~16:00                  
会場:大阪取引所OSEホール(大阪証券取引所ビル) 
内容の概略:66名参加
  詳しい内容は https://econ-edu.net/2024/09/10/8028/ をご覧ください。
ここでは概略を紹介します。
①JPXの最新の動きと金融経済教育の取組み
東京証券取引所金融リテラシーサポート部鈴木深氏から次の報告がありました。
 第1はJPXの最新の動きについて、第2は金融経済教育の取り組みについて提供元が金融経済教育推進機構になったこと、第3は大学入試問題に関連して投資部門別株式保有比率について、第4は最新の株式市場の動きについて、第5はNISAに関する体験型新教材について説明がありました。
②「経済の視点から地理の授業をつくる」
 福井県美浜町立美浜中学校教諭行壽浩司先生から次の提案がありました。
 行壽先生は「豊作でキャベツを廃棄した」ことを題材にした授業を提案しました。「キャベツ詰め放題千円」のネタやクイズの紹介など複数の提案がありました。
 この提案に対して、立命館大学講師の河原和之先生から、地理分野は地理学5大テーマを押さえることが重要であること、そして地理の授業は地理的思考だけでは分析できない事象もあるため、経済的な見方や考え方からの考察も取り入れてはいかがかというコメントがありました。
③「経済の視点から歴史の授業をつくる」
 名古屋市立南陽中学校教諭佐藤央隆先生から次の2つの授業提案がありました。
 1つ目は「鎖国」をテーマに,2つ目は「鎖国」体制の終わりに関連して資料を活用した授業です。日米修好通商条約第4条を取り上げたクイズの実践などが紹介されました。
 佐藤先生の報告に対して名古屋市立大学経済学部教授横山和輝先生から次のコメントがありました。
 データを重視する際に因果関係を把握することの難しさがあり、それが史料ということになれば、真実がどこにあるのかという問題を考える必要があるとのことでした。
 経済で鍵になるのは意思決定(個人や組織)であるが、歴史における史料から意思決定を判断することは簡単ではありません。先生も一緒に考えるという態度が必要だということでした。
④ 「新しい経済単元の授業提案」
 大阪府茨木市立南中学校教諭梶谷真弘先生から次の報告がありました。
 これまでに経済の視点を取り入れた歴史学習について発表してきましたが、今回は公民的分野の経済の単元構想を作成したとのことでした。
 授業は生徒の素朴な疑問を活用し、判断や意思決定を求めるという内容でした。経済単元を,導入、私たちの生活と経済、消費者と経済、企業と経済、これからの日本経済、財政とこれからのパフォーマンス課題という内容で構成したそうです。
 梶谷先生の報告を受けて福井大学学術研究院教育・人文社会系部門教授橋本康弘先生から次のコメントがありました。
 次の学習指導要領では、ますます探究活動が重視されそうです。背景には非認知能力の育成があります。対話型・協働型授業が重視される中において、PDCA型による授業づくりが期待されているとのことでした。

■「先生のための夏休み経済教室」(大阪会場 高校対象)を開催しました
日時:8月14日(水) 9:30~16:00                  
会場:大阪取引所OSEホール(大阪証券取引所ビル) 
内容の概略:60名参加
  詳しい内容は https://econ-edu.net/2024/09/11/8057/  をご覧ください。
ここでは概略を紹介します。
①「総合探究でビジネスプランを考えてみよう」
 大阪府立三国丘高等学校教頭田中和代先生からSGH(スーパーグローバルハイスクール)での実践報告がありました。目的はビジネスプランの作成により多角的な視点でものごとを見る目を育てることにあります。
 マインドマップの活用法、ビジネスプランコンテストへの参加,出張授業の活用事例が紹介されました。
 田中先生の報告に対して同志社大学政策学部/同志社大学大学院総合政策科学研究科 教授足立光生先生から次のコメントがありました。
 高校生がビジネスプランを考えることは、世の中に目を向けるよい機会になっている。教員の指導過程が適切であったからであろうというものでした。
②「もし公民教師が地理総合の担当を命じられたら」
 大阪府立市岡高等学校教諭関本祐希先生から2つの授業実践報告がありました。
 1つ目はオセアニアと東南アジアの比較地誌について、自動車産業をもちいて経済の視点から考えるという授業です。
 2つ目は学校の中にある地域のコンビニエンスストアの立地について、GISソフトをもちいて地図上に示し、なぜそのようになっているのか、経済の視点から考えるという授業です。
 関本先生の報告を受けて文部科学省初等中等教育局教科書調査官三橋浩志先生からアクティブラーニングと経済地理的な学習が学習地域づくりと関連するような学びができるので取り組みを期待したいというコメントがありました。
③講演「教えるための経済学入門
    -世界を読み解くために必要な経済的見方・考え方-」    
 明治大学情報コミュニケーション学部教授、学科長の島田剛先生による講演がありました。主な内容は次の通りです。
 島田先生の世界銀行、国連、JICAでの現場体験から,経済学をどのように教えているかを紹介していただきました。
 「一国のマクロ経済を分析すること」、「国連などでの交渉について」、「データを使って戦う」の3点について説明がありました。
 比較優位について、弾力性について、国連において日本はどのグループと仲間なのか、そして政策に合わせた分析を行ってしまうことの危険性について教えていただきました。
④講演「これからの世界を読み解く-国際政治学の視点から-」
  同志社大学法学部教授村田晃嗣による講演がありました。主な内容は次の通りです。
 講演の主な内容は[1]ロシアによるウクライナ侵攻、[2]中東ガザの問題、[3]アメリカ大統領選挙についてでした。
[1]について。もしもロシアが盤石であったらどうなっていたのか。日本にとって他人事ではないということ、ロシアが戦争を終わらせる理由がないことについて、経済制裁を解除することの難しさ、インドの影響について説明していただきました。
 [2]について。当事者が一般市民であること、民主主義の弱さが出たことについて、極端な過激性について、なぜアメリカの大学生が怒っているのかについて説明していただきました。
 [3]について。若い候補者が出てこない理由について、なぜ投票日が11月なのか、なぜ投票日が火曜日なのか、大統領選挙人を選ぶのはなぜか、日本はアメリカの言いなりなのかといったことについて説明していただきました。

■「先生のための夏休み経済教室」(東京会場 中学校対象)を開催しました
  日時:8月19日(月) 9:30~16:00  中学校対象               
  会場:慶応義塾大学三田キャンパス北館ホール
内容の概略:224名参加(会場125名、zoom99名)
  詳しい内容は https://econ-edu.net/2024/09/15/8087/ をご覧ください。
ここでは概略を紹介します。  
①JPXの最新の動きと金融経済教育の取組み
 東京証券取引所金融リテラシーサポート部鈴木深氏から次の報告がありました。  
 第1はJPXの最新の動きについて、第2は金融経済教育の取り組みについて提供元が金融経済教育推進機構になったこと、第3は大学入試問題に関連して投資部門別株式保有比率について、第4は最新の株式市場の動きについて、第5はNISAに関する体験型新教材につ  いて授業実践の報告がありました。
②「経済の視点で地理の授業を創る」
 埼玉県鳩山町鳩山中学校教諭中西覚先生から次の報告がありました。
 生徒がよりよい社会にしていこうと行動を起こすことにつなげるためには、授業の中で合理的判断を磨くことが必要ではないかというテーマに基づいた実践が紹介されました。
 なぜオーストラリアに羊が多いのか?インドで牛肉は生産されているのか?売れるのか?といった問いを示した実践でした。
 暗記重視の静態地誌から逃れることができ,多面的・多角的な考察・構想・探究に接続させることができるということが示されました。
 中西先生の報告を受けて文部科学省初等中等教育局教科書調査官三橋浩志先生から次のコメントがありました。
 中学校の地理学集は地誌学習であるため、経済の視点は有効である。しかし、経済地理的事象の理解にならないように注意したいとのこと。
 中学校地理学習は、地域の理解を深めることが目標である。地名物産の暗記を乗り超えなければならないこと。そして大事なことは社会を認識できることであるとのことでした。
③「経済の視点で歴史の授業を創る」
 練馬区立石神井西中学校教諭今村吾朗先生から次の報告がありました。
 歴史の授業に行動経済学の視点を盛り込んで歴史的事象を多面的に・多角的に考察できるように試みた授業の提案でした。
 実践では、第一次世界大戦から学習し、太平洋戦争の決断がされた背景を追究しました。単元の途中で行動経済学の授業を実施したとのことでした。
 生徒の記述から、行動経済学の視点を生かした意思決定に関する記述が見られた一方で、行動経済学との関連付けが曖昧な記述も見られたとのことでした。
 今村先生の報告に対し筑波大学附属中学校教諭関谷文宏先生から次のコメントがありました。
 歴史の授業では、将来はこうなるかもしれないという予想を立てる力、対処する力が求められていること。アンカリングを取り上げて、資料を示して選択する際に認知バイアスがかかっていないかチェクする方法があるとの提案がありました。
 中学校でも自己肯定感を大切にして発言させること、そして自分で発言内容を吟味する力をつけなければならないとのコメントがありました。
④ 「見方・考え方を育てる公民的分野の指導(財政)」
 目黒区立第九中学校教諭藤田琢治先生から次の報告がありました。
 今回の発表は、財政の学習をパネルディスカッション形式で行うというものです。着目させる見方・考え方は「受益と負担」です。
 テーマは「よりよい未来のために、より安心できる財政を考えよう」でした。6つの班をつくり、各立場を設定し、生徒が自分事として取り組める工夫をしたとのことでした。
 生徒の記述から「見方・考え方」を働かせたものが見られました。これは、立場を財政について包括的に学習できるように工夫したためではないかという分析が示されました。
 藤田先生の報告を受けて東京学芸大学附属竹早中学校非常勤講師三枝利多先生から次のコメントがありました。
 本実践は①主体的な学びを取り入れた活動型授業、②見方・考え方を育成するもの、③生徒の成長が実感できる実践、④振り返りを大切にした授業、⑤外部講師を取り入れた実践、⑥授業をパッケージで捉えている、⑦日々のグループ活動を活用したところに特徴があります。
 経済的な見方や考え方を育てるために、経済と政治を融合した授業計画が有効ではないかとのコメントがありました。

■「先生のための夏休み経済教室」(東京会場 高校対象)を開催しました
 日時:8月20日(火) 9:30~16:00  高校対象               
  会場:慶応義塾大学三田キャンパス北館ホール
内容の概略:195名参加(会場94名、zoom101名)
  詳しい内容は https://econ-edu.net/2024/09/16/8100/  をご覧ください。
ここでは概略を紹介します。
①「金融経済の学習での教科間・外部コラボをどう進めるか」
  東京都立農業高等学校教諭塙枝里子先生と筑波大学附属駒場中学校・高等学校教諭 植村徹先生から次の報告がありました。
 塙先生からは、金融経済教育に関して教員に知識や指導方法の蓄積が不足しているという課題が示されました。この課題を克服するために、家庭科と社会科・公民科の連携分業を3つのステップで進めたという実践の流れが示されました。
 次に、植村先生から「家庭基礎」の授業で外部講師を招いての実践報告がありました。事前に授業者の要望を伝えること、生徒の実態に合わせた学習目標の設定、事前に質問を考えさせ、その内容を講演者に提示するといった説明がありました。
 2人の報告を受けて明治大学文学部特任教授藤井剛先生から次のコメントがありました。
 塙先生の実践は、金融分野の「マクロ分野」を総論的に、植村先生は「ミクロ分野」を各論的に実践したもの。授業内容の棲み分けがコラボ授業やカリキュラムマネジメントを考える第一歩となります。
 多忙な中で実践するには壁が高いのですが、まずはコラボ授業の参観から取り組んでみてはいかがでしょうかというアドバイスをいただきました。
②講演「教えるための経済学入門-「公共」、「政経」で学ぶ労働-」
 日本大学経済学部教授安藤至大先生による講演がありました。主な内容は次の通りです。
 経済学は、経済学というレンズを通して個人や社会の最適をどのように考えるのかが課題となっています。ただ、個人の最適と社会の最適はズレているためバランスを取りながらどうつなげていくのかという視点が重要になってきます。
 教科書では、個人の最適化を念頭に置いて、判例をもとにした労働問題を出発点とした記述が多く見られます。ところが現実には裁判や問題化していない「うまくいっている」部分もあります。労働分野全体を立体的に捉える視点を持っていれば深く理解できるのではないでしょうか。
 生徒が腑に落ちる授業をするためには鷹の目で多面的・多角的に話をする必要があるのではないでしょうか。
③講演「人口オーナス時代の日本社会のゆくえを読み解く」
 京都大学大学院経済学研究科・経済学部教授諸富徹先生による講演がありました。主な内容は次の通りです。
 人口減少の問題点として若い世代が子育てする希望が持てない社会になっているという課題が示されました。デンマークでは国家が子育てを引き受けているそうです。
 こども未来戦略「加速化プラン」に何が欠けているのかという説明がありました。
 日本の社会保障支出は医療と年金で80%を占めています。欧米は社会福祉や労働などにも投資されています。人に投資すること、職業訓練でスキルを高めて社会を助けなければいけないというメッセージを投げかけています。
 人口オーナス時代の地域課題は、どこまでインフラに対して地域住民がコストを負担するのかが問われているとのことでした。
④パネルディスカッション
「三年目の「公共」とこれから」
 神奈川県立三浦初声高等学校教諭金子幹夫先生から次の発表がありました。
 生徒に「公共」の経済単元と、「政治・経済」の経済単元の違いをどのように説明するのか?この問いに答えるために「公共」の「扉」の意味を考えたい。
「公共」は「扉」の内側から「扉」の外を見るという「角度」で学習させる。一方の「政治・経済」は、ドローンから空撮された景色のように、社会全体を見る視点で学習させる。
 次に渋谷教育学園幕張中学校・高等学校教諭 吉田真大先生から次の発表がありました。
 吉田先生は「自分ごと」として感じられる事柄の範囲を広げる「感性アプローチ」こそ主権者教育の本丸ではないかと考えました。
 進学校における経済教育では、経済学を専門にしないけれど経済学を知っている人、専門家の議論を理解できる人が庶民との間に必要であり、そのような生徒をはぐくむという視点が必要なのではないかとのことでした。
 二人の発表を受けて東洋大学文学部教授栗原久先生から次のコメントがありました。
 そもそも新科目「公共」の専門的作業等協力者に、エコノミストがいませんでした。
経済リテラシーは、経済事象のみならず広く社会現象を説明するための「文法」のことです。この文法は,修得した文法を活用して、解釈したり、意思決定したりしないと意味がないとのことでした。この後に二人の発表に対してそれぞれコメントが発信されました。 

■ 東京(No.141)部会を開催しました。
  日時:2024年9月14日(土) 17時30分~19時40分
  場所: 慶應義塾大学三田キャンパス 東館オープンラボ +オンライン(Zoom形式)
内容の概略:38名参加(会場15名、zoom23名)
詳しい内容は https://econ-edu.net/2024/09/17/8115/ をご覧ください。
ここでは概略を紹介します。
①ロールプレイングで学ぶ金融商品の選択
 井波祐二先生(都立豊多摩高等学校)から「「公共」における消費者教育の実践」の報告がありました。内容は「ロールプレイングで学ぶ金融商品の選択」の紹介です。
 「金融人狼ゲーム」という名前の教材は, 6 人一組、うち 3 人を販売者、他の 3 人のうち一人が購入者、2人がサポーター役となり、販売者がセールスする投資信託の商品のなかの詐欺商品を見分ける 1 時間配当の教材です。
 部会当日は,会場参加者 6 名がそれぞれの役割を実際に演じてロールプレイをおこないました。なぜ人はだまされるのかという心理モデルの紹介や法や規制について触れるという流れでであることが紹介されました。
②経済政策と日本社会ー経済を考えるのに何が必要かー
 杉浦光紀先生(都立新宿山吹高等学校)から「経済政策と日本社会-経済を考えるのに何が必要かー」の報告がありました。
 2年生必修の「公共」において「もし経営者になったら」からはじまり、次に「ファストファンションはなぜ悪いのか」を扱い、その上で、経済成長、金融・財政、日本経済のあゆみという今回の授業実践を行っているとのことでした。
 さらに各クラスで、今回の授業を踏まえた政党作り、政策立案をさせて投票するという取組み報告がありました。
③夏休みの経済教室総括
 (1)鈴木深氏(東京証券取引所金融サポート部課長)より、スライド資料をもとに参加者のアンケート分析が紹介されました。
 満足度は全体としては高かったこと,各講義に対してバランスよく非常に勉強になったとの声が多数寄せられたという報告がありました。
 開催方法について,参加者の属性について、参加の動機などの分析結果についての報告もありました。
(2)杉田孝之先生(千葉県立津田沼高等学校)から、準備状況の紹介や進行役を中心とした近年の内容の深化のための取組みが紹介されました。その上で、夏の経済教室の振り返りから東京高校の 4コマ目からの経済の授業のあり方のパターン分析、大阪中学 2 コマ目の地理と経済の扱いから得られる方法的知見の紹介がされました
④ 大杉昭英先生(元教職員支援センター上席フェロー)から本日の実践報告に対するコメントと見方・考え方に関する解説がありました。
 本日の実践は、学んだことを生かす新鮮な学びとなっている点では指導論としてはオーセンティック・ラーニングになっていた。しかし、両者とも経済からだけの判断になっていたところが課題との指摘がありました。
 生成AIに問うプロンプト作成させるというのは良い試み。これは見方・考え方に関わること。文科省では「見方・考え方」を a discipline-based epistemological approach と表現しています。
 epistemological は認識論的。世界をどう捉えるかという認識の枠組みになる。それにdisciplineという各分野固有の方法論が付く。公民科では、対立・合理、効率・公正は見方の認識の枠組みであり、その中で分析概念が使われてゆく。経済の概念だけを取り出して経済的観点だということにはならないことに留意して欲しいとのコメントがありました。
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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■大阪(No.91)部会を開催します
 日時:2024年10月20日(日) 15時00分~17時00分
 場所 : 同志社大学大阪サテライト 対面のみ
 申し込み方法:下記のフォームにご記入の上送信して下さい
   https://econ-edu.net/application/event-application/

■ 東京(No.142)部会を開催します
 日時:2024年11月15日(金) 19時00分~21時00分
 場所: 慶應義塾大学三田キャンパス 東館4階オープンラボ +オンライン(Zoom形式)
 開催の案内:https://econ-edu.net/2024/09/29/7596/
 申し込み方法:下記のフォームにご記入の上送信して下さい
       https://econ-edu.net/application/event-application/
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【 3 】授業のヒント 「捨てネタ」の効用 ⑫
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私ならこう教える 〜比較優位の原理〜
執筆者 篠原総一
◾️捨てネタ:デイビッド・リカードって誰?
今月の捨てネタは、イギリス国教会(Church of England)を代表する大教会、ウエストミンスター寺院 (West Minster Abbey)です。
ロンドンはテムズ川北岸に聳えるこのゴシック建築は荘厳そのもの。かつて世界を席巻した大英帝国の歴史の証人でもあります。この教会では、千年も前からイギリスの国事行事や儀式が執り行われてきました。最近ではエリザベス女王の葬儀(2022年)とチャールズ3世(現国王)の戴冠式(2023 年)が有名ですが、世界にテレビ配信された儀式の模様を通して、この教会の威厳を目に焼き付けた方も多いかと思います。
ウエストミンスター寺院は、大英帝国が生んだ世界レベルの偉人を顕彰する場でもあります。ウインストン・チャーチルのような政治家から、アイザック・ニュートン、チャールズ・ダーウイン、ジョン・メイナード・ケインズなどの学者を寺院に埋葬しているほか、歴史的に顕著な人物の記念碑を壁面に埋め込んでいます。どの記念碑も、日本の教科書にも登場するほど名のある人物のものばかりです。
その記念碑組の中に、中高の経済学習にも必ず登場する二人の経済学者が含まれています。もちろん、アダム・スミスとデイビッド・リカードですね。二人の「見方・考え方」は、それぞれスミスの道徳的感情論(1759年)と国富論(1776年)、リカードの経済学原理(1817年)の中にあります。私は、中高の経済教育では経済学の理論に頼りすぎない方がよいと思っていますが、この二人の考え方だけは別です。それが、「分業と交換」で成り立つ経済の根本原理であるからです。(注1)
今月は、そのウエストミンスター組の一人、リカードの「比較優位の原理」を取り上げてみたいと思います。

◾️比較優位の原理
比較優位は、公共の教科書ではごく簡単に名前が出てくる程度、これでは暗記学習の対象に成り下がってしまいます。東京書籍「公共」(令和4年版、184ページ)でも、本文で「イギリスの経済学者リカードは比較生産費説によって国際分業にもとづく自由貿易のメリットを説き、・・・」とあり、欄外で例のリカードの「毛織物と葡萄酒、イギリスとポルトガル」の数値例を載せているだけです。
しかし、私は、この原理こそ、貿易の章ではなく市場の章で、1ページ分か、せめて半ページ分の扱いを受けるに値する大切な見方・考え方であると思っています。これこそ、「分業と交換」でなりたつ経済の「分業」の意義を説く考え方であるからです。
今月は、このことを中高生に肌感覚で納得できるような授業のストーリーを作ってみました。授業のネタとして、大学教科書「サムエルソン経済学」の中で使われている「弁護士と秘書」の例を使っています。(注2)

◾️比較優位を教える授業ストーリー
授業の手順(1):授業の舞台は弁護士事務所
まず、授業のための舞台を弁護士事務所に置きます。
そこでの弁護士の仕事は、個人や企業が抱える問題を法的に解決することです。法律の専門知識を活かしてクライアントの相談に乗る、裁判でのサポートをする、契約書や和解書を作るなどが主な仕事です。そしてどの弁護士も、文書作成、相談者との面談予約の管理、資料収集など、弁護士を補助する仕事をしてくれる事務員(あるいは秘書)を雇っています。
それを経済学風に表現をすれば、弁護士と事務員が共同で「法的に問題を解決する」というサービスを生産する。その生産プロセスで、弁護士資格や専門知識が必要な業務を弁護士が担当し、事務員がそれ以外の業務を受け持っていると言います。また、弁護士と事務員が業務を分けて担当することを「分業」していると言い換えることもできます。
もちろん、教室では、仕事の内訳をここまで細かに説明する必要はありません。ただ、弁護士事務所での業務には、弁護士資格を持つ弁護士だけにできる業務と、その補助をする業務の2種類があることだけは、生徒にもはっきりわかるような授業舞台でなければなりません。

授業の手順(2):最初の問いかけ
授業の舞台ができたら、次は、比較優位の考え方を引き出すための生徒への質問です。
弁護士の中には、裁判所へ提出する文書や和解書、契約書などの文書を、雇っている事務員よりもはるかに短時間で作り上げる能力を持つ人も数多くいるはずです。何でもできる弁護士です。
でも、なぜ、弁護士は、わざわざ自分よりも仕事の遅い事務員を雇っているのでしょうか。自分でやった方が文書作りは早く終わってしまうのに、なぜ自分でやらないのでしょうか。
深く考える生徒なら、この段階で比較優位のカラクリに気づくかもしれません。が、普通は、答えを引き出すための誘導が必要になるはずです。そして、次の誘導質問の狙いは、生徒の眼を、所得と機会費用の比較に向けさせることです。

授業の手順(3):2段階目の問いかけ
弁護士にも時間の制約があります。例えば1日8時間労働とかです。ですから、その8時間という自分の時間(資源)を有効に使えているかどうか、をみていくのです。
仕事の遅い事務員の代わりに、1時間だけ自分で文書作りをすれば、確かに事務員に支払う賃金(例えば時給2000円)は節約できます。しかし、その間は弁護士として「法律相談」はできません。ですから、自分で1時間、文書作りをするたびに、その間の法律相談料(例えば2万円)は諦めることになるのです。
生徒もよく知っている経済の概念を使えば、
・ 「事務経費1時間分を節約する」ことの機会費用は、「その間弁護士として働いていたならば得られたはずの所得(例えば20,000円)」
という計算ですね。

授業の手順(4):2段階目の問いかけから引き出す答え
弁護士が、自分より仕事の遅い事務員を雇うか否か、弁護士は何を基準に決めるのでしょうか。
その答えは、仕事の遅い事務員を雇うときの「節約できる事務経費」と「そのために取り逃す収入(という機会費用)」の比較です。そして、結果は明らかですね。弁護士の時給は事務員の時給をはるかに凌ぐ額です。ですから、結局、「弁護士は、自分よりも能率の低い事務員でも、事務の仕事はその事務員に任せ、自分は、自分にしかできない弁護士業に専念することを認識するはずです。仕事の遅い事務員を雇い、自分は弁護士業に特化することが、限りある自分の時間(生産資源)を有効活用することになる、というわけです。
最後に、これまでの条件を変えて、自分より事務の仕事が早い事務員が現れた場合には、やはり「この事務員を雇って自分は弁護士業に専念する」という選択に落ち着くことを(なぜか、という理由をつけて)確認させます。
そして以上の2種類の思考実験の結果から、(1)事務処理能力が弁護士の方が高い場合と、(2)事務処理能力が秘書の方が高い場合のどちらのケースでも、弁護士は秘書を雇う、つまり分業することを選ぶことがわかります。
生徒が考える授業の場面はこれで終わりにします。あとは、わかったことの整理です。

授業の手順(5):先生による「比較優位」概念と原理の説明
一見すると、自分より働きの悪い(生産性の低い)他人を雇うことはないと思いがちですが、よく考えてみると、それでも他人を雇い、文書整理よりも自分にしかできない弁護士業に特化すべしという、常識ハズレの結果でした。
結論をまとめておきましょう。
・「二つの仕事を比較して、その二つの仕事のうち自分の生産性が高い方の仕事に特化すべし」
・「二つの仕事を比較して、その二つの仕事のうち自分の生産性が低い方の仕事は他人に任
せるべし」
です。経済学では、二つの仕事のうち自分の生産性が高い方の仕事に「比較優位」があり」、逆に自分の生産性が低い仕事に「比較劣位」があると表現します。
そして最後に、この比較優位の概念を使って、弁護士も事務員も、自分に比較優位がある仕事に特化し、相手に比較優位がある仕事は相手に任せる、という分業の組み合わせを確認させます。これが、リカードの「比較優位の原理」の内容です。
授業の手順‘6):授業から学んだ最大のこと
このようにして、リカードの「比較優位の原理」は、
社会では、どんな仕事でも、生産性の高い者が全ての仕事を一人占めするよりも、比較優
位の構造に基づいて他人と共同でことにあたるべし、なぜなら生産性の高い人にも低い人にも、時間(生産資源)に限りがあるから
という、分業の極意であることを念押しして欲しいものです。

授業の手順(7):リカードの「比較優位の原理」の応用
この原理(分業のカラクリ)は経済のあらゆる場面で当てはまる考え方です。そのことを生徒が確認できそうな例を、授業の最後にまとめてみてはいかがでしょうか。候補としては
  ・学校内の文化祭で、クラス単位で複数のイベントに参加する時の生徒間の分業
  ・開業医での医師、看護師、医療事務員の分業
  ・企業内の業務を分担する従業員の間での分業
  ・家電製品の生産で、部品生産企業、物流担当企業、組み立て企業、販売企業などの、
企業間の分業
  ・国を単位とした産業間の分業(これが、リカードの比較優位に基づく自由貿易論の内容
でした)
などなど、生徒も肌感覚で受け入れやすい分業の例は、経済単元のどの箇所にでも見つけることができます。だからこそ、比較優位の考え方に、個別経済現象を見る概念や理論ではなく、経済全般を貫く「原理」だという名前を経済学は与えているのです。

◾️終わりに
今月は、学習指導要領が薦める「概念や理論を理解して」という部分の教え方として、リカードの比較優位の原理を取り上げました。そして、せっかく「理論を理解する」授業をお見せしたので、来月は、「理解した概念や理論を使って社会の問題について考える」部分の教え方として、比較優位の原理(という抽象的な理論)を使って国際貿易をどう考えるかという授業ストーリーを用意しようと思っています。
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[付録]この稿での授業の数値例モデルを作ってみました。教科書に出てくるリーカードの数値表のようなものです。数値を使ったモデルの方が説得的だと思われる先生には参考にしていただけそうです。
舞台設定(数値モデル)
 ・弁護士事務所では、資格を持った弁護士が法律相談を受け、弁護士を補助する事務員が文書を作っています。
・この弁護士は、1時間4件の法律相談を引き受ける能力があります。
・弁護士は1日8時間働きます。
・その間、評判の良いこの弁護士事務所には、ひっきりなしに相談者が訪れます。
・弁護士の法律相談料(=価格)は、1件あたり5000円です。
・一方、事務員は、契約書、訴状、和解書などの法的文書の作成と書類の保管などいろいろな仕事を担当しています。
・事務員は1時間あたり法律相談2件分の書類を作成できるとしておきます。
・事務員の時給は2000円です。
・最後に、比較優位の理解のキーになる仮定です。この弁護士は器用な人で、事務員の仕事の(書類整理など)を事務員よりも早く上手にこなしてしまうとしておきます。仮に、この弁 
護士は1時間に4件分の文書を作成・管理できるとして置きます。(再確認ですが、事務員の働きは、1時間に2件分の文書処理でした。)
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注1) 原理:原理の「原」は基本的なもの、根本的なもの、「理」は理由、法則、原則のことです。「原理」は、この二つを合わせて物事の根本的な法則や理由を指し、それに基づいて物事が成り立つことを示します。ですから、経済の原理とは、経済社会の基本的な法則、原則、理屈を指すものだと私は理解しています。
注2) サムエルソン「経済学」:英語版、Samuelson Economicsの初版は1948年の出版で、その後版を重ねに重ね、現在は2022年に出版された第23版です。この有名な教科書は、76年もの間、世界中の学生がお世話になってきた、他に類をみない超ロングセラーなのです。
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【 4 】授業に役立つ本 
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今月も2冊の本を紹介します。
 一冊目は、根井雅弘『経済学者の勉強術』人文書院 2019年です。
 二冊目は、松島 斉『サステナビリティの経済哲学』岩波新書 2024年です。
■ 根井雅弘『経済学者の勉強術』人文書院 2019年
① なぜこの本を選んだのか?
 今年(2024年)の「先生のための夏休み経済教室(東京会場)」で,慶應義塾大学商学部長の牛島利明先生とお話をする機会に恵まれました。
 紹介者は牛島先生に「文献を読まれるときに、本に線を引いたり書き込みをしたりするのですか」という質問をしました。先生は、読む目的によって読み方が異なることを詳しく説明してくれました。
 教師も授業を創るために本を読みます。研究者はどのように文献を講読しているのか。教師はそこからどのようなヒントを得られるのか。この問題関心から本書を選びました。

② どのような内容か?
プロローグ
 本書は根井先生が大学生になる前に社会学者清水幾太郞先生にファンレターを送るところから始まります。なぜ清水先生とのエピソードを冒頭に持ってきたのでしょうか。きっと本書を貫くメッセージを支えるために最も適切な話題だと判断したと想像します。そのメッセージとは何かを読み解きたくなるプロローグでした。
第1章は「好きな著者に親しむ」です。
 根井先生がなぜ経済学の研究を志したのかというきっかけが書かれています。
 本章は,“書き方”について教師に役立つメッセージを発信しています。
 「曖昧な日本語はだめ」ということ。「いつでも英語に訳したらどうなるだろうかを考えていること」。この二点は教師が生徒に発信するメッセージを考える際に、心がけなければならないことだと受け止めました。
 “読み方”については「本を雑巾のように使う」という表現が心に残りました。本に下線を引くこと,書き込みをすることについて書かれています。
第2章は「古典をどう読むか」です。
 研究者は古典をどのように読んでいるのでしょうか。
「専門家は翻訳を読んだくらいでは『読んだ』とは言わない」という一文が印象的でした。古典研究では、分野を超えた文献も合わせて読まないと新しい発見はできないということをシュンペーターの古典講読を例にして語っています。
 古典研究のためには通説を押さえていること,アカデミックな訓練を受けることが紹介されています。訓練というのはどのようなものなのでしょうか。伊東光晴先生(根井先生の博士課程での指導教授)が横浜国大でケインズ経済学の講義をしていたときに最前列に座っていた宮崎義一先生が「おい、そこは違うぞ!」と授業中に指摘するというエピソードが印象的でした。
第3章は「文章を書く」です。
 第3章は「一流の物書きは、文章が伸び縮み自由でなければならない」という伊東先生の言葉から始まります。第1章で示されていました「日本語から簡単に英語に移せるような文章を書く」ということについて詳しく説明されています。
 事実と意見とを分けて書くこと。エッセイや小説と学術論文は何が異なるのかということは読んでいて痛快です。著者と編集者の関係についても書かれています。
 教師にとって心に留めておきたい部分は第3章の後半にありました。それは「先に考えて、それを言葉にする」のではなく「色を塗っていくうちに自分の考えが次第にはっきり形を取っていく」というものです。
 教師が教材研究のために手にする文献は、はじめから「体系」があったのではないということです。授業案を作成するとき、授業後の振り返りをするとき、そして論考を書こうとするとき、教師がはじめにすることは「まずは書いてみよう」ということになるのでしょうか。
第4章は「書評の仕事について」です。
 根井先生が書評をどのようにして作成していくのかという経過が書かれています。
内容を正確に書くこと。問題点があれば補足的に示唆することといった姿勢が書かれています。週刊朝日、毎日新聞、信濃毎日新聞、日本経済新聞に掲載された書評が具体的に挙げられています。
第5章は「新しいアプローチを求めて」です。
 本章は、書評の仕事が経済学史や現代経済思想を教えるのに役に立ったということを具体的に描くところから始まっています。
 授業創りの視点からは「競争市場が資源の効率的配分をもたらすことは、当時のミクロ経済学の教科書でも教えているものの、それがイノベーションの促進にも必須であることは決して論証されていなかった」(p.163)という記述を読み取ってみたいと思いました。大企業の方がイノベーションの遂行上有利であるとシュンペーターは考えていたと説明しています。
第6章は「未来志向の学問を」です。
 本章は根井先生が専攻している経済学史が衰退産業になりつつあるという告白から始まっています。根井先生は「経済学」をどのように捉えているのでしょうか。経済を教える教師は,どのようなメッセージを受け止めることができるのでしょうか。
 章の後半に答えの糸口を見つけることができそうです。そこには「文化人類学、法学、経済学、歴史学、哲学、心理学、政治学、社会学は、たった一つの学問を形成しているにすぎない。なぜなら、これらの学問はみな同じ対象を、すなわち人間、集団、社会を扱っているからだ」(p.209)と書いてありました。
 この一文は教師と生徒が持っている教科書のことを語ってるようにも解釈できます。根井先生はこの学問の枠組みを見抜くためのヒントとして「方法論的個人主義の考え方」を紹介しています。私たちに経済学のものの見方、他の社会科学他人文科学の見方がどのように異なるのかを示してくれているようです。
 エピローグ
 エピローグでは今日の教師が抱えている問題を具体的に取り上げています。一冊を徹底的に読むまで次の本には手を出さないという考え方をどう思うのか。そして電子書籍と紙の本についてどう考えるのかについて書かれています。

③ どこが役に立つのか?
 研究者がどのように本を読んだり、文章を書いたりするのかという考え方を読み取ることができます。同時に、具体例としてたくさんの経済学者が登場するので,教科書に登場する人物の背景を感じ取ることもできます。
 研究者同士のエピソードが満載であるのも本書の魅力のひとつです。

④ 感 想
 教師が本を読む姿勢に,多大なる影響を与える一冊のように思います。授業を創る教師が「本を読む」という行為をどのように受け止め、どのように変えようとしていくのか。読み方を意識することで、本に関する話題が職員室で話される日もやってくるのではないかと感じました。

松島 斉『サステナビリティの経済哲学』岩波新書 2024年
① なぜこの本を選んだのか?
 SDGsの授業案作成において困ることの一つに,授業が立体的な構成にならないというものがあります。道徳的にならないように、そして決意表明にもならないように,深く考えさせる授業を創りたいのだが・・・と困っていたところで出会ったのが本書でした。

② どのような内容か?
 松島先生はなぜ本書のタイトルを『サステナビリティの経済哲学』としたのでしょうか。 現在の経済学は持続可能なものではないということなのでしょうか。この問いを持ちながら内容を紹介したいと思います。
はじめに
 本書の冒頭の文はJ.S.ミルが予測したことを取り上げています。
 経済成長が停滞する一方で社会が物質的な豊かさではなく、精神的な充実や文化的な発展を求める定常状態に移行するというものです。
 なぜこの文を第一文に持ってきたのでしょうか。
 松島先生は経済学の枠組みにサステナビリティに必要な概念を取り入れることに挑戦する必要があると指摘しています。そのために経済学自身も持続可能になる必要があるとも述べています。
 現代の経済学を批判し,どのような道に進むべきかを考えたときに,J.S.ミルによる予測がその手がかりを与えてくれると確信して第一文が書かれたのだと読み取りました。
第1章は「大義の経済学」です。注目したのは次の点です。
 第1は「大義」というタイトルです。第1章のタイトルですから,強いメッセージが込められているはずです。本章は「人は利己心を超えて社会のために役立ちたいと思う存在だ」という文で始まっています。一人の人間が見つける社会的目的が大儀だと指摘しています。
 第2は「見えざる手を超える」という節のタイトルです。本章のタイトルは,現代の経済学のあり方に正面から挑戦するためにつけたと解釈しました。故に「見えざる手を超える」必要があることを早々と示す必要があったのだと思います。ではどのように超えようとしたのでしょうか。
 第3は「サステナビリティ」です。現代における最も重要な社会問題を持続可能性という理念で表現しています。そしてこの問題発生の原因として「コモンズの悲劇」を取り上げています。経済学はこの悲劇をどのように受け止めてきたのかが書かれています。
 第4はオストロムの主張です。これは多くのコミュニティにおいてコモンズの悲劇が起きていないというものです。
 第5は社会問題の規模です。小中規模のコモンズにおける問題と地球規模の問題は異なるという指摘です。この問題を整理するために本書では「新しい資本主義」と「新しい社会主義」という二つのシステム構想を提案しているのです。 
第2章は「ドグマをあばく」です。注目したのは次の点です。
 第1は松島先生が伝統的な経済学の授業で説明されている内容の力点を変えなければいけないと主張している点です。
 第2は教科書に掲載されている用語が多数登場するところです。「外部性」、「機会の平等と結果の平等」、「自由貿易」、そしてコモンズの悲劇をハーディン自身がどのように捉えていたのかについて「早い者勝ち」という言葉を使って解説しているところに注目しました。
 第3は教材づくりに向けての話題提供です。「パンデミック時におけるマスクの売買について」、「工場建設を賛成する者と反対する者との間における政治的決定について」の例は、教材化に向けての話題を提供してくれます。
 第4は新しい資本主義の提唱です。医療、教育、住居といったサステナビリティに関係する問題を解決するために「新しい資本主義」を提唱しています。ここで主役とし登場するのは「社会的アントレプレナー」です。
第3章は「新しい資本主義」です。ここでは4つの主語に注目しました。
 第1番目の主語は「世界市民」です。冒頭で、世界市民は倫理的動機に基づいた経済行動を行うように経済システムを変革することでサステナビリティに貢献できるよになると示しています。この世界市民というのは生産者、消費者、投資家を指しています。
 第2番目の主語は「企業」です。松島先生は第3章で企業を再定義すると書いています。SDGs前の企業の定義とSDGs後の企業の定義を比較します。その上で、SDGsの目標を企業の戦略にどのように組み入れることができるのかという課題を示しています。
 第3番目の主語は「個人(従業員)」です。なぜこの会社で働くのかという勤労観(職業観)と、その企業が形成している大義とを、どのように重ねることができるのかという課題が示されています。
 第4番目の主語は「経済学」です。複雑な組織としての企業を経済学はどのように捉えてきたのかが示されています。順番は、初級レベルのミクロ経済学、中級レベルのミクロ経済学、組織の経済学、サステナビリティの経済学です。
 このサステナビリティの経済学に登場する企業のひとつが「社会的企業」と呼ばれるものです。第3章では,営利企業と非営利企業との中間に位置する社会的企業を取り上げることで企業の再定義を試みています。
第4章は「新しい社会主義」です。注目したのは次の点です。
 第1はプロットです。なぜ資本主義、社会主義の順番で執筆しようとしたのでしょうか。
 松島先生は,新しい資本主義がサステナビリティのための社会的責任を果たすことができると考えるのは楽観的すぎると表現しています。そこでもう一つの構想が必要だとして「新しい社会主義」を提案しています。これで執筆の順番が理解できました。
 第2は新旧の違いです。「新しい社会主義」は古い社会主義と何が異なるのでしょうか。本章では「暗黙の協調」、「報復の連鎖」という考え方を紹介しながら「国単位で捉える約束」から「世界市民単位で捉える約束」という視点を提案しています。
 この構想は非現実的だと思われるかもしれませんが、情報ネットワークの進展で実現する可能性はあると判断しています。
第5章は「社会共通資本を超えて」です。注目したのは次の点です。
 第1は今後の経済学の進む道です。 現代の経済学はサステナブルな学問を目指しているとはいえない。経済学には意識改革が必要だと訴えています。その際にマーシャルが定義した経済学を拠り所としています。
 第2は経済学と社会科学の関係です。なぜ経済学は数学的手法と統計学を用いた分析を重視するのか。どうして人々の日常生活、倫理的なこと、社会的要素を軽く見る傾向があるのかについて教えてくれます。

③ どこが役に立つのか?
 現代の経済をどう捉えたらいいのか?その経済のことが書かれている教科書をどう読めばいいのか?そして教室で実践する経済の授業そのものをどう構想したらよいのか。経済学習そのものを大きな視点捉えることの大切さを実感できる意義は大きいと思います。

④ 感 想
 読んでいて疑問に思ったことはカッコの解釈です。
 気になった記述は「コモンズ(社会的共通資本)」と「サステナビリティ(社会的共通資本)」「サステナビリティ(SDGs)」です。なぜここでカッコを使ったのでしょうか。
 カッコの使い方に注目して読むと,他にも「SDGs(持続的な開発目標)」、「サステナビリティ(持続可能性)」があります。
 後者の2つは,言い換えることができるものという意味でカッコを使ったのではないかと推測しました。そこで同じように前者の3つも言い換えることができるとすると、さらなる精読が必要になります。
 なぜならば本書のタイトルそのものが「SDGsの経済哲学」であったり「社会的共通資本の経済哲学」とも解釈できるからです。本のタイトルに込めた松島先生の構想がどこまで深いのかを読み取る力量が紹介者にはありません。
 手がかりとして見つけた一文は198ページの「SDGsは社会的共通資本を補完する重要なガイドラインの役割をなす」と書いてあるところです。
 もしかしたら本書ではカッコを2つの意味(①「補完する、ガイドラインの役割をなす」という意味 ②言い換えることができるという意味)で用いているのかもしれないと想像しました。松島先生は春の経済教室にご登壇の予定です。ぜひ先生に質問してみたいです。また、本書を講読した先生方のお話を伺いたいです。
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【 5 】編集後記「~自己観照~」
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 9月上旬に声がかすれて出なくなってしまいました。「これはまずい!」と思い、すぐに“喉スプレー”と“トローチ”を購入しました。翌日耳鼻咽喉科に行き薬をもらいました。それでもよくならないので困っている・・・ということを授業で生徒達に言いました。
 するとある生徒が「これ知ってる?」と箱のようなものを鞄から出したのです。すると周囲の生徒も「あっ私ももってる」、「私も」「私も」と、多くの生徒が同じ商品を机の上に出したのです。その商品名とは「たたかうマヌカハニー」というのど飴。休み時間に親切な生徒がひとつくれました。職員室で口に入れてみると、わずか2分で声が出るようになったのです。
 注目点は2つ。テレビやネットで話題になっているとは思えない商品をなぜ多くの高校生がもっていたのか?そして、なぜスーパーの飴売り場でこの商品が目立たない下の方にワンフェイスで陳列されているのか?一緒に考えていただけませんか。

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