reader reader先生

何かいいことがありそうな9月を迎えました。
あれっ? おかしいな? と思ったのですが8月11日の19時頃に秋の虫が鳴いていたのです。熱帯夜の中、そんなはずはないと思ったのですが、空気の一部は着実に秋に向かっているようです。
空を見上げると、「読書の秋」はいつ来るのかな?と思ってしまいますが、暑いからといって学ばないわけにはいきません。秋の虫に負けないように、猛暑の中で教材研究を続ける皆様のサポートができますように、という想いを込めて今月もメルマガをお届けします。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 2024年8月の活動報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…「捨てネタ」の効用⑪
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業づくりのヒントになる本を2冊紹介します。
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【 1 】最新活動報告
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■ 拡大札幌部会(No.33)を開催しました。
  日時:2024 年8月10日(土) 14時00分~17時00分
  会場:キャリアバンクセミナールーム   Sapporo55ビル5階
内容の概略:34名参加(会場25名、zoom9名)
(1)北海道エアポート(株)社長 蒲生猛氏の挨拶がありました。
「コロナ」によって、多くの人が空港から離れていってしまった。強い意志を持った若い人をつくっていただきたい。空港の存在を分かって欲しいという願いをもっている、とのことでした。
(2)加藤一誠氏(慶應義塾大学商学部教授)より「教科書を使った空港教材づくりに必要な制度や政策-北海道の地域性を考慮して-」の講演がありました。その要旨は次のとおりです。
 第1は、今回の企画は、北海道という特性を考え、航空・空港を使った経済教育、そこに、航空が運ぶインバウンド旅客を合わせ、地域教材をつくれないか、ということが起点となっていることです。
 第2は、基礎知識として空港の設置管理者について説明がありました。ポイントは空港の持ち主に「政府」が入っていることです。
 第3は、空港の運営についてです。地面、基本施設、ビルをどこが管理しているのかという説明がありました。 
 第4に、空港と外部不経済(騒音)についての指摘がありました。騒音対策に必要な費用をどのようにして集めているのかというお話しがありました。
 第5に、空港が、なぜ政府の仕事としているかという理由として、教科書の市場の失敗の部分で記載されているところから想像できるのではないかというお話し及び提案がありました。
 第6に、教科書の知識やネタで、空港という現実の課題を解いてみる教材を考えてみてはどうかという具体的な提案がありました。

(3)川瀬雅之氏(北翔大学生涯スポーツ学部教授)から「空港と教育のコラボ事業」 研究会の立ち上げ、事業概要並びに事業計画についての説明がありました。主な内容は次のとおりです。
 第1は、中学・高校の教員を招いて、研究会(セミナー、シンポジウム等)を開催するといいうことです。
 第2は、公民・政治経済を担当する教員や進路・就職指導担当の教員に参加してもらうといいうことです。
 第3は、地域経済に寄与することを考えるということです。
 第4は、空港の視察を企画するということです。

(4)北海道エアポート(株)総合企画本部経営企画課長武山直弘氏から「北海道エアポートの道内7空港 運営事業」についての説明がありました。主な内容は次のとおりです。
 第1に、道内空港ネットワークを強化していくことが使命であるとの説明がありました。
 第2に、主な事業である不動産賃貸業についての説明がありました。
 第3に、新千歳空港を核にして、より多くの外国の方々に来ていただき、他の6空港へ送客していくという経営戦略の説明がありました。
 第4に、空港人材が不足しているという課題についての説明がありました。

(5)下川欣哉氏(札幌国際情報高等学校)、加藤伸城氏(中標津高等学校)、元紺谷尊広氏(北海学園大学)から「空港・航空を使った教材と指導方法について」、の報告がありました。
 下川欣哉氏が報告した内容は次のとおりです。
 第1に、「空港の仕事を知る」という部分から、試案という形で教材が示されました。
第2に、ICEルーブリック評価表を作成したという報告がありました。
 第3に、授業の流れについての説明がありました。利用状況の調査、道内の空港を1つ取り上げ特徴を調べる、課題及び解決策の検討という流れです。
 加藤伸城氏が報告した内容は次のとおりです。
第1に、ワークシートという形式で地理総合、公共でも活用できるという説明がありました。
 第2に、空港や飛行機に興味をもっていない生徒に、どのように教えるのかという視点が示されました。
 第3にイメージマップの作成について説明がありました。
 元紺谷尊広氏が報告した内容は次のとおりです。
 第1に、公共の大項目Cに準えて「空港を地域資源とした持続可能な地域づくりを目指して」という単元の計画案を作成したという説明がありました。
 第2に、空港に関しての情報収取、整理、考察、問いの設定、解決に向けた見通しについて説明がありました。

(6)質疑の時間では、ICEルーブリック評価、イメージマップについて、そもそもなぜ空港を取り上げる必要があるのかについて話しあいが行われました。

(7)野間敏克氏(同志社大学教授)から授業提案についてのコメントがありました。
 第1に、空港は幅広い題材として使えることができるという利点がある一方で、短所があるとの指摘がありました。
 第2に、利点として効率と公正、対立と合意がはっきりと出てくるので、生徒たちに考えさせやすいということがあげられました。
 第3に、欠点として話が散らばりやすいという指摘がありました。

(8)北海道エアポート(株)社長 蒲生猛氏の感想
 空港は最新技術の集積しているところであり、企業と共同研究し、それを実際に使おうとしているところを見て考えてほしいという話しがありました。

札幌部会の詳しい報告内容は以下をご覧下さい。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/08/Sapporo033report.pdf

■「先生のための夏休み経済教室」(大阪会場)を開催しました(申し込み人数)
日時:8月13日(火) 9:30~16:00 中学校対象   対面参加者70名+関係者 
    8月14日(水) 9:30~16:00 高等学校対象  対面参加者70名+関係者
会場:大阪取引所OSEホール(大阪証券取引所ビル) 
  ※ 報告は来月号に掲載する予定です。
■「先生のための夏休み経済教室」(東京会場)を開催しました(申し込み人数)
  日時:8月19日(月) 9:30~16:00 中学校対象  対面参加者131名+ Zoom158名
     8月20日(火) 9:30~16:30 高等学校対象 対面参加者94名 + Zoom153名
  会場:慶応義塾大学三田キャンパス北館ホール
※ 報告は来月号に掲載する予定です。
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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■ 東京(No.141)部会を開催します。
  日時:2024年9月14日(土) 17時30分~19時30分
  場所: 慶應義塾大学三田キャンパス 東館オープンラボ +オンライン(Zoom形式)
  申し込み方法:下記のフォームにご記入の上送信して下さい
  https://econ-edu.net/application/event-application/

■ 大阪(No.91)部会を開催します
日時:2024年10月20日(日) 15時00分~17時00分
  場所 : 同志社大学大阪サテライト 対面のみ
申し込み方法:下記のフォームにご記入の上送信して下さい
  https://econ-edu.net/application/event-application/
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【 3 】授業のヒント 「捨てネタ」の効用 ⑪
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私ならこう教える ~独占は市場の失敗か~
執筆者 篠原総一  (注1)

■独占・寡占のとらえ方、独占禁止法の正式名
先生方は、独占や寡占を悪者扱いしていませんか。悪者は言い過ぎだとしても、「独占・寡占は市場の失敗のケース、だから政府の介入が必要」という単純なストーリーを鵜呑みにされているなら、少々困ったことです。生徒が身近に接するのは、主に悪者ではない独占企業や寡占企業だからです。
電気、ガス、鉄道、航空から自動車、家電まで、多くの産業で独占か寡占は普通に観察できるものです。そして独占・寡占企業の多くは、基本的には、競争企業では市場に供給できない大切なモノを生産しているのです。
ただ困ったことに、他の企業からの競争圧力をあまり受けることがないため、独占企業や寡占企業の中には、自分の利益を追い求めるあまり、ついつい消費者に不当に高い価格を押し付けたり、他の企業の邪魔をするような、社会的に不都合な行動に走るものも出てきます。ですから、政府は独占禁止法を制定し、公正取引委員会を通して、「企業に社会の不利益になる行動を取らせないように」監視し、是正させる。これが政府介入の意味なのです。
実際、私たちが一般に「独占禁止法」と呼んでいる法律の正式名は「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」です。「名は体を表す」の例えどおり、独占禁止法は企業の不公正な取引を禁止する法律だということに気づいていただきたいものです。

■独占・寡占:私の教え方
今月の「私の授業の薦め」は、以上です。以下では、生徒がこのような健全な経済感(一方に偏った視点からではない見方考え方)を身につけるための「私の教え方」をまとめ、最後にその教え方を補強するための授業ネタを付け加えておきます。
まずは、授業のポイントの抜書きです。繰り返しになりますが、大切な teaching pointsを並べておきます。
 ・独占や寡占なら必ず市場の失敗、というわけではありません
 ・市場の失敗を引き起こすのは、独占という市場形態ではなく、「企業の不公正な取引」です
(不当に高い価格をつける、不当な生産調整をする、不当に他企業の邪魔をするなど)
・独占企業・寡占企業も、競争的企業と同じように、不公正なことをしない限り、社会にとっては「良い企業」です  
 ・ただし、独占・寡占企業の中には、他企業からの競争圧力を感じないため、ついつい自社利益を追い求めるあまり「不公正な取引」に走ってしまう企業も出てきます
 ・ですから、政府は独占禁止法を制定し、公正取引委員会を通して、独占・寡占企業に「不公正な取引」を行わせないように、企業の行動を監視監督しているのです
 ・最後に、「不公正な行動」は、競争市場でも頻繁に観察されます。ですから、業態ごとに政府や業界団体がルールを決め、企業の不公正取引を規制しているのです。

■付録:学び方の基本を読み取れない教科書
私が危惧するのは、教科書からではこのような学び(決して難しくはなく、それでいて生徒が肌感覚でコトの本質に迫れるような学び)の基本を読み取れるだろうかという教科書の書き振りです。
例えば、『新しい社会 公民 』(東京書籍、令和3年版、153ページ)では、
   「・・・。市場経済では、多くの企業が商品の供給を競い合いますが、独占や寡占の状態では競争が弱まり、一つの企業が独断で、あるいは少数の企業が相談して、生産量や価格を決めることが可能になります、・・・。競争が弱まると、消費者が不当に高い価格で購入する状況も起こります。そこで、競争を促すことを目的とした独占禁止法が制定され、公正取引委員会がこの法律に基づいて、監視や指導を行なっています。」(下線は筆者)
とあります。他の教科書も大同小異。確かに間違いのない文章ですが、上のように下線でも引かない限り、冒頭であげた単線的な理解と見間違えてしまうかもしれません。あまりにも曖昧な表現であるがゆえに、生徒では「(私がまとめたような)学びの基本」を読み取れない、まさに先月号で私が指摘した「分かる人だけに分かる、分からない人には分からない教科書」の典型のように見えてしまいます。(注3)

■今月の授業ネタ
私が薦める授業では、独占企業や寡占企業の方が、競争企業よりも望ましい(経済の効率が高い)場合もあることをアピールする必要があります。以下、思いつくままに、生徒も肌感覚で納得できそうな例(授業ネタ)をあげておきます。先生方は、この中からさらに分かりやすいネタを拾い上げ、できるだけ単純で簡素な授業を作り上げていただきたいものです。

■ネタ1:なくてはならないモノを供給する独占
電気、ガス、水道などを例に挙げておきます。
電力事業の場合、北海道、関東、関西など全国jを10地域に分け、各域内には1社だけという地域独占の形態をとってきました。その理由は
・発電施設、配電網などへの初期投資に加え、毎年の維持にも莫大な費用がかかる
・2社、3社で市場を分け合うと、収入も2分の1、3分の1になってしまい、
・その収入では、費用があまりにも大きいために、どの企業も赤字になってしまう
・赤字が続けば企業は市場から消えていく
・その結果、電気のない社会になってしまう
・ですから、電気のある社会を維持するためには、かろうじて1社でなら黒字を維持できる程度の価格にすることを条件に、1社だけに事業許可を与え、2社目の市場参加を認めない
という理屈になります。もしこの程度の理論学習が可能なら、生徒の納得感もさらに強くなるのではないでしょうか。
なお電力市場では、最近では、風力発電、太陽光発電などの技術進歩もあり、徐々に小規模企業の参入を許してきたため、現在は独占に近い寡占体制になっています。
また水道に関しては、企業に任せるのではなく、地方自治体(市町村)が独占事業を担当しています。

■ネタ2:なくてはならないモノに準ずる産業での寡占
運輸交通、航空、通信サービスなどが分かりやすい例でしょう。
いずれも初期投資、設備の維持コストが大きすぎて、何社もの競争を許可していたのでは供給する企業が全て、市場から消えてしまう、でも2社、3社、4社の範囲ならコストを上回る収入を確保できるような産業です。

■ネタ3:市場規模は大きくても、それを数百社で分けたのでは、収入が費用を賄えなくなる製造業やサービス業での寡占
自動車、家電、製鉄、造船などです。テレビ局や劇場も、同じ理由で寡占状態になっています。
ただ、これらの産業では、競争相手が存在するため、独占の場合に比べると企業が不公正な取引に走る確率は低いと言えます。実際、ネタ1であげた企業に比べると、社会や規制官庁から不公正を糾弾される例は少ないようです。

■ネタ4:デジタル化時代のネット市場の寡占
楽天、アマゾンなど、「取引の場」の寡占です。ちょうどいろんな企業がデパートの売り場を借りて品物を売るように、企業はAmazonや楽天市場に出品し(ネットという架空の店舗スペースを借り)、消費者はそれをみてネット上で購入する、という「売買の仲介」サービスです。この「ネット取引きの場」がなぜ寡占の方が好ましいのか、その理由を厳密に説明するのは「デジタル経済」、「プラットホームの経済学」などの知識が必要ですが、私は、中高生には難しい理論は押し付けず、単に次のような発問をめぐる生徒のディスカッションだけで十分だと思っています。(注4)
  [問い]ネットでスポーツシューズを買おうとするとき、AMAZON、楽天など、いくつかの大きなネット市場がある場合と、大きな市場はないが、代わりにはadidas、Nike、Mizuno、ABCマートなど、メーカーごとに、20種類も30種類もの小さなネット市場が乱立している場合とでは、どちらが便利でしょうか
これだけで、ネット市場の数が多いほどショッピングは不便になる、だから消費者もネット市場は小さな市場の乱立よりも寡占の方が好ましいという結論を納得して受け入れられるのではないでしょうか。

■ネタ5:優れた技術を持っている小さな企業が日本や世界の市場を独占しているケース
理由は説明の必要もないでしょう。地域の小さな優良企業を探してみられてはいかがでしょうか。商工会議所や自治体の商工産業担当部署などに問い合わせてみると、適確な例を教えてくれるはずです。

■終わりに
生徒に伝えるべきメインメッセージは、
「独占企業や寡占企業の多くは、本来は競争企業が供給できない大切なモノを生産している大切な企業であること、ただ競争圧力を受けにくいために市場の失敗を引き起こすような不公正な価格づけや他企業の邪魔をすることがあること、そのため政府や業界団体が市場効率を守るために「企業の行動」に規制をかけている」
というものでした。
そして、このようなメッセージを伝えるために、
教科書では触れられていない「独占企業や寡占企業が競争企業よりも社会の役に立つ場合もある」という独占・寡占企業の好ましい側面と、教科書で触れている不都合な側面を比較する、多面的な学びが有効である
という教え方の薦めでした。
最後に、老エコノミストのつぶやきです。
「独占・寡占と市場の失敗」問題は、経済の問題である以上に、企業倫理の問題かも。市場の効率性を高めるために、お行儀のよい独占、寡占を望みたいものです。
~~~~
(注1)原稿をまとめる過程で、新井明先生(経済教育ネットワーク)から核心をついた助言をいただきました。記して謝意を表します。
(注2)競争市場での不公正:生徒にも腑に落ちそうな例として、①ネット市場で購入した製品が不良品だった、②店舗を構えない業者に修理を依頼したら、すぐに故障が起こってしまったなど、身近なケースをあげておきます。いずれも「情報の非対称性」と「市場の失敗」に関わる問題です。生徒にも先生にも、こんな例から「ルール・規制」問題の本質も学び取ってもらえればいいな、と思っています。
(注3) 東京書籍『公共』(令和4年版、118~119ページ)では、中学教科書に比べるとかなり具体的に書き込まれていますが、独占・寡占の好ましい側面に触れることはなし、です。
(注4)デジタル経済については、安達貴教『21世紀の市場と競争 デジタル化経済・プラットホーム・不完全競争』(勁草書房、2024年)が参考になりますが、中高の先生方が読むにはかなり難解な著作かもしれません。やさしい解説書を見つけたら、あらためて紹介したいと思います。

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【 4 】授業に役立つ本 
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 今月も2冊の本を紹介します。
 一冊目は、ベン・アンセル著 砂原庸介監訳『政治はなぜ失敗するのか』飛鳥新社 2024年です。
 二冊目は、宮垣 元『NPOとは何か -災害ボランティア、地域の居場所から気候変動対策まで-』中公新書2024年です。
■ ベン・アンセル著 砂原庸介監訳『政治はなぜ失敗するのか』飛鳥新社 2024年
① なぜこの本を選んだのか?
 経済的分野の授業案を創るときに、政治的分野の学習内容をどのように意識すればよいのか。単元と単元とのつながりをどのように構想すればよいのか。その手がかりを見つけることができるのではないかと思い選びました。

② どのような内容か?
はじめに
 著者のベン・アンセルはハーバード大で博士号を取得したオックスフォード大学の教授です。冒頭で「私は歴史学から政治経済学に転じた」と記述しています。
 本書の目次は「民主主義」、「平等」、「連帯」、「セキュリティ」、「繁栄」の五部で構成されています。なぜこの5つなのでしょうか。読みながら考えていきたいと思います。
第一部は「民主主義」です。
 次の3点に注目しました。
 第1に、アンセルは「民意などと言うものは存在しない」と言い切っている点です。
 第2は、民主主義に関する議論の中で最も有用な定義はヨーゼフ・シュンペーターが示していると紹介しているところです。
 第3は、民主主義が望ましいものなら,なぜ民主的な決定が難しいのかということを述べているところです。「認識的民主主義」というコトバが心に残りました。
第二部は「平等」です。
 次の4点に注目しました。
第1は「平等のトレードオフ」です。特定の領域を平等にしようとすると、別のところが不平等になるという指摘です。
 第2は「平等の起源」です。私たちの社会に不平等をもたらしたのは何かということを歴史的に振り返っています。高校生が「えっ?」とビックリするのではないかと感じる知識がいくつかありました。
 第3は「平等の罠」、そして「この罠から抜け出す方法」です。「民主主義の実現には、かなりの程度の不平等が必要かもしれない」という文の前後を丁寧に読み取ることで、生徒に「平等の意味」を考えさせる対話ができるのではないかと感じました。
 第4は、経済が成長しているときに不平等が生じる仕組みを説明しているところです。アンセルは「産業革命」を例にあげているのですが、この記述は歴史の授業と経済の授業をつなげるための知識を整理することができると受け止めました。
第三部は「連帯」です。
次の3点に注目しました。
 第1は、連帯の歴史です。印象的な文は「19世紀初頭以降、国家は保護者から提供者に転じた」というものでした。警察,学校,ワクチンなどが例としてあげられています。
 第2は、連帯の罠です。政治がなぜ失敗してしまうのかについて“時間軸”や“楽観主義バイアス”を用いて説明しています。
 第3は、政治の失敗を成功に導く方法はあるのか?という問いに対して「ある」と述べている部分です。シンプルな解決策が提案されています。
第四部は「セキュリティ」です。
 次の3点に注目しました。
 第1は、私たちは「安全なバブルの中で生活できている」という指摘です。平和な社会は当たり前の社会だと思い込んでいることにショックを受けるべきだとも書いています。平和があるからこそ長期的な投資が可能になり、信頼を生み出すと書いてありました。
 第2はセキュリティの罠に関することで、圧政についてと無政府状態について指摘しているところです。
 第3は、セキュリティの罠から逃れるために「監視する力を高める」必要性を訴えているところです。
第五部は「繁栄」です。
次の2点に注目しました。
 第1は「さしあたり私たちを豊にするものは、長い目で見れば私たちを貧しくする」という記述です。この流れで、なぜ国民純生産(NNP)という概念が開発されたのかという歴史的経緯が書かれているところに注目しました。
 第2は、「本書のこれまでの全章には妖怪がつきまとっていた。集合行為という妖怪である」という一文に注目しました。ここまでの流れを総括した記述が見られたのです。ここでは「ただ乗り」、「囚人のジレンマ」、「しっぺ返し戦略」で論を展開しています。
おわりに
 どうしてアンセルは「民主主義」、「平等」、「連帯」、「セキュリティ」、「繁栄」の順番で書き進めていったのかについての答えが見つかりました。
 アンセルは、はじめは個人と個人とのつながりから論じはじめました。次に人とのつながりに話しを広げます。その中で、安心して生きるための工夫について考えます。そして最後に安心を長続きさせるために持たなければいけない考え方について主張したかったのだと読みとりました。

③ どこが役に立つのか?
 シンプルな問いをタイトルにしている本に惹かれます。
 生徒は時々ものすごく大きな問いを教師に投げかけるからです。
 この大きな問いに対して教師が準備できることは「問いの細分化」です。
 細分化した問いの中で、手に負える問いはどれで、どのような順番に並び替えて再構成すればよいのでしょうか。
 本書は、どうして政治は失敗するのか?という“生徒が知りたい”と感じる問いを、どのようにして細分化しているのか。そしてどのように再構成しているのかという「考え方」を学び取ることができそうな本です。

④ 感 想
 政治的分野の本かと思い読み進めていくと、経済的分野に登場する用語にたくさん出会うことができました。効用,トレードオフ、インセンティブ、ジニ係数、逆選択、モラルハザード等です。一つひとつの段落を、教科書を思い浮かべながら読み進めることで知識が再構成されていくのかなと思いながら読み進めることができました。

■ 宮垣 元『NPOとは何か -災害ボランティア、地域の居場所から気候変動対策まで-』中公新書2024年
① なぜこの本を選んだのか?
 2024年8月8日に「南海トラフ地震臨時情報」が発表されました。紹介者は阪神淡路大震災のことを思い出しました。この地震が発生した1995年はNPO元年といわれています。
 あらためて防災教育について考えなくてはいけないと思っていたところ本書と出会いました。NPOやNGOは公民科の教科書に掲載されている大切な用語です。NPOについての知識を整理しようと思い,本書を選びました。

② どのような内容か?
 まえがき
 宮垣 元先生は慶應義塾大学総合政策学部の教授です。専攻は社会学、経済社会学、非営利組織論、コミュニティ論です。
 本書はNPOについて「知っているようで、よく知らない組織」と感じている多くの方々を念頭に置きながら書いています。
 序章は「社会に浸透するNPO」です。
 宮垣先生は,冒頭の第一文でNPOを一番わかりやすく伝えようとしたのだと思います。その第一文は「民間の組織でありながら企業ではなく、人びとのために活動しながら行政でもない存在」というものです。
 次の3点に注目しました。
 第1は、本書の問題意識で「NPOや、それに関係する人や活動のなかの世界と、ふだんNPOとかかわり合いのない人たちとの距離の隔たり」というものです。
 第2は、なぜNPOが必要なのかをまとめたところです。社会が複雑化する中、課題への細やかな対応は、政府や企業では難しいことを指摘しています。
 第3は、授業で使えそうなエピソードです。紹介者はChatGPTがNPOだということを初めて知りました。
 第1章は「求められる時代背景」です。
 次の3点に注目しました。
 第1は、非営利組織は日本でも古くから存在していたという指摘です。近代国家成立以前から存在していたのではないかということでした。
 第2は、ボランティアそのものが1990年代以降に互酬性を強調した捉え方に変わっていったという指摘です。
 第3は、NPO概念のわかりにくさは,学術的な定義、社会的な定義、法制度的な定義で示されるものがそれぞれ異なるからという指摘でした。
 第2章は「複雑な顔を持つ組織」です。
 次の3点に注目しました。
 第1は、1つの組織の中に「財やサービスを供給」する面と「なにかの運動をする」面という2つの顔を持っていること指摘しています。
 第2は、NPOには2種類の顧客がいるということを指摘しています。
 第3は、NPOは,活動をすることの意味と組織にいることの意味の2つを合わせ持っている組織であることを示しています。
 第3章は「NPO法とはどのようなものか」です。
 次の2点に注目しました。
 第1は、市民による自由な活動と、国が制度として規定することの難しさを論点にしているところです。
 第2は、NPO法と認定NPO法の知識を整理しているところです。法人格を付与することと税の優遇措置とを整理して理解しなければいけないことがわかります。
 第4章は「参加意識と活動実態」です。
 次の3点に注目しました。
 第1は、私たちNPOをどのように認識しているのかという分析です。日本は社会貢献に関する意識自体は低くないのですが、NPOについては「よくわからない存在」だと受け止めているのはなぜかという疑問が残りました。
 第2は、NPOの規模を図ることの難しさについてです。すべての非営利活動が登録されているわけではないという背景を語っています。
 第3は、NPOで活動している人の姿を描いています。男性?女性?参加のきっかけは?参加者の年齢層は? ここから課題も見えてきます。
 第5章は「市民による公益活動の長い歴史」です。
 次の2点に注目しました。
 第1は、古代から現在に至るまでのNPOに関する歴史が興味深いエピソードと共に語られているところです。世界最古のNPOはどこか?東京都内にある某有名私立大学も最初はNPOが運営するフリースクールだった?といった記述が心に残りました。
 第2は、長い歴史から見えてくるNPO像をつかむことができるところです。印象に残ったのは「社会運動から市民活動へ、ボランティアからNPOへと、類似するさまざまな活動が前者から後者へと矛盾なく置き換わったわけではない」という一文でした。
 第6章は「なぜ社会に必要か 非営利組織の存在意義」です。
 次の2点に注目しました。
 第1は、NPOについて政治的分野ではどうみるのか?経済的分野ではどう見るのか?という視点が示されているところです。前者は現職政治家の行動で、後者では契約の失敗という用語で説明しています。
第2はNPOの限界が4つ示されているところです。不十分性、偏重性、パターナリズム、アマチュア的という用語をもとに解説しています。
 第7章は「分かちあう組織」を創るです。
 次の2点に注目しました。
 第1はNPOと社会の関係を二つの側面から捉えたところです。
 第2は本書の最後の部分であらためて「わたしの存在」にこだわった記述をしているところです。規範や技術に関して論じるだけでは不十分であるという思いを語っています。

③ どこが役に立つのか?
 家計、政府、企業の隙間をつなぐ知識を整理することができます。
 しかも、仕組みに関する知識を整理するだけでなく、利己的な人、利他的な人、時間軸を意識する人、しない人といったように、人間の行動そのものについて生徒に投げかける問いをつくることができそうな一冊です。

④ 感 想
 提案です。本書を読み終えた後にNPOセンターを訪れてみてはいかがでしょうか。
 各都道府県、市町村には公設公営・公設民営の「市民活動サポートセンター」のようなものが設置されています。生徒の中には、このセンターが提供している情報をもとにボランティア活動に参加している人もいます。
 実際に活動している人々の姿を見ることで本書の記述内容をより一層厚みを持たせて授業に活かすことができるのではないかと感じました。
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【 5 】編集後記「~自己観照~」
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 ある日の午後。何気なく引き受けた家庭科室での「家庭科」自習監督で衝撃を受けました。こんなに面白い映画があったのか・・・それだけではありません。チャイムが鳴って帰りのホームルームがはじまろうとしているのに誰も教室にもどらないのです。タイトルは『今日も嫌がらせ弁当』。高校生も夢中になってみてしまうスクリーンの中にいる高校生の姿。作者の感性に憧れました。経済教育でも高校生の感性に触れる場を創れないものか。ますます作者に憧れました。     (金子幹夫)  

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