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何かいいことがありそうな8月を迎えました。
 編集者が住んでいる横須賀では7月6日にはじめてセミの声が聞こえてきました。
 無心に集中したいとき,虫の声は背中を押してくれます。
 今月も,虫の声に負けないように皆様の背中を押すことができるような情報をお届けします。それでは、メルマガのスタートです。 
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 2024年7月の活動報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…授業のヒント…「捨てネタ」の効用⑩
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業づくりのヒントになる本を2冊紹介します。
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【 1 】最新活動報告・情報紹介
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■「先生のための夏休み経済教室」(東京会場)にまだ空席があります
 (1)8月19日の見所
  東証の新教材の紹介、地・歴・公民の三分野から経済の観点をいれた授業提案・専門 家のコメントと、明日の授業のヒントを提供します。
(2)8月20日の見所
  安藤至大先生(日本大学)の労働、諸富徹先生(京都大学)の財政に関する二つの講演と、新科目「公共」の3年目の到達点と課題を現場教員と専門家の討論を通して考えてゆきます。
 ※(1),(2)の申し込み方法は,本メルマガの【 2 】定例部会のご案内・情報紹介「先生のための夏休み経済教室」(2)に掲載しています。
 ※ 「先生のための夏休み経済教室」大阪会場の受け付けは終了しました。

■大阪部会(No.90)を開催しました。
 日時:2024年7月14日(日) 15時00分~17時00分
 場所: 同志社大学大阪サテライト + オンライン(Zoom形式)
内容の概略: 27名参加(会場17名、zoom10名)
(1)田中和代氏(三国丘高等学校)より「総合探究でビジネスプランを考えてみよう」の報告がありました。
 なぜビジネスプランを作り始めたのか?
 どのようなプランを発表してきたのかがはじめに示されました。
 具体的には,第1に自由な発想法として、ブレインストーミングの仕方、マインドマップの活用法を学ぶこと,第2にBusiness Model Canvas を使って、ビジネスプランを作り上げていくこと,第3に日本政策金融公庫の「高校生ビジネス・グランプリ」のエントリーシートの項目を埋めていくことで、ビジネスプランを具現化していく、などの方法が示されました。
(2)阿部哲久氏(広島大学付属中・高等学校)より「公正な税制度を考えよう」の報告がありました。
 これは「公共」の授業で実施される全4時間の授業計画です。導入教材は「窓税」です。税についての素朴な議論から始められた授業は,町家の例に触れたり、消費税・所得税という身近な税の特徴について考えさせたりとすすめられます。
 次は,公平とは何かを学び、消費税・所得税の公平さについて考察します。
 その後、税制によって行動が変わることにも気づかせながら、公正な税制度をグループで議論し提案させます。この学習を通して、効率性、税の帰着、公平性などの「社会的な見方・考え方」を身につけさせようとしたという報告でした。
 この報告を受けて,4人の参加者から発言がありました。
 第1に、いろいろな観点を入れすぎて難しくなっているという懸念が示されました。
 第2に、行動が変わるような税制提案について質問が出されました。
 第3に、誰が何のために税制度を作るのか、立場によって異なることを学ばせるべきだという意見が出されました。
 第4に、諸富徹『税という社会の仕組み』(ちくまプリマー新書)などを参考にしているという情報提供がありました。
(3)河原和之氏(立命館大学)より「ハイジとマルコを切り口に学ぶ授業~スイス永世中立国とアルゼンチン経済低落」の報告がありました。
 内容は,2つの授業案の報告です。
 1つめの授業では、アニメ「アルプスの少女ハイジ」を題材にスイスを取り上げました。 アニメを見て、ハイジの住む場所や家族環境を整理することから始め、スイスの地理的特徴、産業、文化などについて、クイズをはさみながら学習します。
 次に酪農が「移牧」という形態で営まれていることを知ります。
 その後、おじいさんが若い頃傭兵に行っていたこと、スイスはかつて周辺国に傭兵を派遣する国でありヨーロッパで頻繁に起きた戦争を支えていたことを学びます。
 そして、その後スイスは永世中立国として周辺国からも認められ、スイスが安定することでヨーロッパの安定にもつながったとの理解に至る授業案です。
 2つめの授業は,アニメ「母を訪ねて三千里」を題材に,アルゼンチンの地理と経済を学ぶものです。
 主人公マルコは、アルゼンチンに出稼ぎにいった母を訪ねてイタリアから船旅に出ます。
 授業では、アニメをみて出稼ぎ先がどこなのかを当てることから始め、なぜアルゼンチンに行ったのか、当時のアルゼンチンの地理的特徴、経済状況、ヨーロッパとの関係を学びます。
 その後,なぜアルゼンチン経済が低迷していったのかという理由を考えます。
 夏の経済教室では,地理学習において経済的視点が大いに役立つ部分がありますが,経済抜きの方が理解しやすい部分にもふれる予定だという報告がありました。
(4)川村由美子氏(長吉西中学校)より「個人と社会のウエルビーングをめざす生徒の育成~探究活動を通しての課題設定力、言語能力、社会参画の意識向上~」の報告がありました。
 川村氏は、中学校1年生では世界のさまざまな地域の調査、2年生は都道府県調査、3年生は持続可能な社会をめざしての卒業レポートといった探究活動を行わせています。
 川村氏は2022年に中高一貫の成績上位校から、必ずしも成績がよくない中学校に転勤となりました。異動先でも1年生から3年生までの継続した探究活動を行おうとしたのですが,前任校と同じやり方では難しく、授業を一から練り直す必要があったそうです。
 具体的な取り組みとして,徹底した放課後補習によって、宿題を完全提出させることから始めました。
 また、他の教員を巻き込んで、カリキュラムを共有したり、総合、校外学習などでのICT活用を促したりしたそうです。
 その結果、現在の中学校でも探究活動が行えるようになり、課題設定力や言語能力の向上、社会参画の意識の高まりなどが見られるようになったとの報告がありました。
 大阪部会の詳しい報告内容は以下をご覧ください。
 https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/07/Osaka90reportHybrid.pdf
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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■「先生のための夏休み経済教室」
(1)先生のための「夏休み経済教室」(大阪会場)
日時:8月13日(火) 9:30~16:00 中学校対象→申し込み締め切りました         
8月14日(水) 9:30~16:00  高等学校対象→申し込み締め切りました
会場:大阪取引所OSEホール(大阪証券取引所ビル) 
方法:対面各日70名限定開催
内容:チラシをアップしています。ご覧ください。
   https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/06/2024NatsuKeizaiOsaka.pdf
申し込み方法:Webサイト「東証マネ部!」よりお申し込み下さい。
   https://money-bu-jpx.com/news/article051676/
(2)先生のための「夏休み経済教室」(東京会場)
 日時:8月19日(月) 9:30~16:00   中学校対象 (申し込み受付中)          
8月20日(火) 9:30~16:30   高等学校対象(申し込み受付中)
 会場:慶応義塾大学三田キャンパス北館ホール
方法:対面 及び ウエビナーによる配信
内容:チラシをアップしています。ご覧ください。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/06/2024NatsuKeizaiKeioHybrid.pdf
  申し込み方法:Webサイト「東証マネ部!」よりお申し込み下さい。
  https://money-bu-jpx.com/news/article051676/

■ 拡大札幌部会(No.33)を開催します。
日時:2024 年8月10日(土) 14時00分~17時00分
場所:キャリアバンクセミナールーム 札幌市中央区北5条西5丁目7 Sapporo55ビル5階
  (JR札幌駅紀伊国屋のビル) とオンライン会議(Zoom)の併用
申し込み方法:https://econ-edu.net/application/event-application/
        よりフォームにて お申し込みください       
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/07/Sapporo033flyer.pdf

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【 3 】授業のヒント 「捨てネタ」の効用 ⑩
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私ならこう教える~「スシダネ・サーモンの値上がりから教える市場のつながり」
執筆者 篠原総一

「分かる人だけに分かる、分からない人には分からない」教科書
大学で経済学を教える先生から、「中高の教科書は、分かる人には分かるが、分からない人には分からない」ように書かれている、というつぶやきが聞こえてきます。
大学教授は、中高の経済教育の教科書について何を言いたいのでしょうか。私は、これを
『大学で使う教科書に比べると、中高の教科書は、限られたスペースに多くの情報を詰め込みすぎ、理論の説明も端折りすぎ。ところが概念や理論は、第1にそれを使って経済のことを考える道具のはず。第2に、理論はいくつもの前提条件の下で何かを説明するもの。第3に現実と前提条件が食い違えば、理論は説明力を失っていくものです。ですから、理論の説明や使い方を詳細に書き込んでいない教科書を使う初学者(分からない人)は、理論では説明できていない論点に気づかずに(分からずに)先へ先へと進んでいく恐れがある、
という経済学者の警告だと受け止めています。』

理論の前提条件に縛られない授業の薦め
もう少しわかりやすく言えば、経済学者は、
『経済学では、理論、概念、データ、制度の知識などを使って経済のことを分析するという研究手法をとります。
しかし、例えば需要曲線と供給曲線のシフトを使って教科書通りの分析に綴じ込んだのでは、初学者でもその財の価格や生産量の変化は(図で)目で確認できますが、その他の関連財の市場で何が起こるかという、目では見えない重要な論点を見落としてしまいますよ、』
と警告しているのです。

実際の社会では、どんな市場も他の市場と繋がっています。ですから、どこかの市場で価格が上がるとか、新技術が開発されるとか、何か変化があれば、その市場の生産量はもちろん、この市場と繋がりのある別の市場でも価格や生産量が変わるという、「市場のつながり」をどの生徒にも、いつもはっきりと認識してもらいたいものです。「市場の本質は繋がりにあり」、ですから。

そこで今月は、市場のつながりを意識した授業モデルを一つ紹介してみたいと思います。
中高生には不向きな理論の応用ではなく、頼るのは中高生の常識とデータだけ、実際の例を使って市場のつながりを確認していく授業モデルです。

今月の授業ネタ:生きた市場分析
ネタは日本経済新聞電子版「価格は語る」(2024年5月23日)、タイトルは「北欧サーモン、3年で2倍:すし「一皿100円」激減 国産、郵送費安く商機」です。
(https://www.nikkei.com/article/DGKKZO80860580S4A520C2QM8000/)
この記事を見れば、これがそのまま授業で使えること、一目瞭然ですが、記事にアクセスできない先生方の便を考えて、この記事の経済分析の道筋をまとめておきます。

記事の流れはこうです。サーモンの国際価格が3年で2倍になるほど高騰した、その結果、日本の回転すしの市場でこんなこと、あんなことが起こっている、そしてそれが私たちの暮らしや関連産業にこんな影響を与えている、という経済分析です。

1授業第1幕: サーモンの需要が旺盛であることをアピールするために、回転寿司の「人気ネタ」ベスト10を紹介します。マルハニチロ「回転寿司に関する消費者実態調査2024」によれば、
位 サーモン   50.6%
2位 マグロ(赤身) 36.3%
3位 ハマチ・ブリ 31.3%
4位 エビ      29.1%
5位 マグロ(中トロ)27.7%
6位 ネギトロ. 25.0 %
7位 イカ 23.3%
8位 えんがわ    21.0%
9位 イクラ     18.2%
10位 マグロ(大トロ)16.8%
だそうです。これだけでも、なぜこの順位なのか、生徒の興味を惹きつけるに十分な捨てネタですが、この記事では、回転すし店の客は、二人に一人はサーモンを注文する、マグロ(赤身)は三人に一人、ネギトロは四人に一人、といった順位と売れ筋シェアを見せることで生徒を授業に引き込み、同時にサーモンと関連財との関係に気づかせるためのネタになっています。

2 授業第2幕:次に、「分析の我がモノ感」を引き出すためのデータ紹介です。
回転すし店でのサーモンの注文数は13年連続で1位、その旺盛な需要を満たす原材料である生食用サーモンの大半は輸入品であること。生食用サーモンの国内市場は推計7万トン、そのうちの85%は北欧と南米からの輸入であること。主産地であるノルウエーから空輸するチルド品の輸出単価(国際価格)は1キロあたり約120クローネ(約1750円)と、3年前の2倍になったことなどです。
ここまでのデータが、
回転すし店ナンバーワン商品の仕入れ値段が大幅に上がった結果、サーモンと、マグロ、イカ、エビなどの関連財の需要や供給にどのような影響を与えるか、
という経済分析のメインパート(授業第4幕)への仕掛けになっています。

3 授業第3幕:この記事では、本格的な分析に進む前に、第2幕で見せたサーモンの国際価格上昇の理由を説明します。需要側の要因として世界的なすし人気の高まり、供給側の要因としてサケ漁のエサ代、燃料代、人件費の上昇のほか、ロシア領空飛行禁止で輸送費が高騰していることを挙げています。
「教科書で教える」授業では、この第3幕は、国際サーモン市場で需要曲線が右方向に、供給曲線が左上方向にシフトしたという分析になっています。

4 授業第4幕:考える授業の見せ場、市場のつながりまで視野に入れた学習のコア部分です。サーモン国際価格の上昇が、日本の回転すし市場(サーモンやエビ、カニ、マグロなど)のほか、ハンバーガーや餃子などの回転すしと競合する市場に与える影響も考えていきます。
 この記事では、①サーモンの仕入れ価格が高くなりすぎて一皿100円のサーモンがほぼ消えてしまったこと、②すしチェーン銚子丸が提供する北欧産「オーロラサーモン」は一皿440 円で、マグロ(赤身)の352円よりも高くなったというデータを紹介し、これではサーモンの売れ行きが落ちるかも、輸入サーモンに代わって国産サーモンが売れるようになるかも、などの分析結果を並べています。
しかし、授業時間に余裕があれば、先生方の授業では消費者の選択行動や企業の供給行動などにも分析の幅を広げてみてはいかがでしょうか。
消費者選択では、サーモンの価格変化だけ見るのではなく、マグロやイカ、エビなどの関連財の価格との比較がキーポイント、まさに機会費用概念の応用例です。供給行動ではサーモンの輸入だけでなく、値段がそれほど上がっていない国産サーモンへ代替、さらにはエビやイカなどの関連財市場の分析に発展できるはずです。
また、ロシアによるウクライナ侵攻以降、政府は補助金を使って石油単価や電気料金の上昇を抑えてきましたが、サーモン業界、寿司業界でも補助金を使うべきでしょうか。一般に、産業によって補助金を出すか止めるか、といった政府の政策決定の根拠を考えてみる学習も可能です。このような問題提起によって生徒の政治参加意識を刺激できるかもしれません。
いずれにしても、理論や概念を使う正統的授業では、理論の前提条件に縛られてしまいますが、中高生の常識とデータに頼る授業では、考える枠を自由に拡大も縮小もできる柔軟性と、生徒が取り組みやすいという親和性を併せ持つ、なかなか魅力的な授業モデルではないでしょうか。

5 まとめ:経済学者は、市場学習の本質は「市場のつながりの学習だ」と考えています。サーモン国際価格の上昇は、回転すしの枠内でサーモン、マグロ、エビ、サワラと、価格や生産量に影響していきます。さらに、それが寿司ネタの中で大きなシェアを持つサーモンの場合、回転寿司以外の外食店産業の価格や生産量にも影響が及ぶことを学んでほしいモノです。
経済はつながっている、しかしそのつながりは複雑な現象です。ですからつながりを論理で追いかける作業は大学や大学院の経済学で、一方的、中高の経済教育は、肌感覚で分かる具体例を用意して、その設定の中で市場のつながりの様子をイメージしていくという頭の体操デルを使う、という中高と大学の教育の分業が好ましいように思われます。

付記:今回取り上げた記事では、そのほかに、①最近の円安がサーモン価格に影響を与えること、②サーモンの輸入量は減少したが、輸入額は増えている、という経済学習に直結しそうな指摘がありました。前者は輸入中間財市場のどこにでも起こっている問題です。例えば円安が定着すれば、国産木材はどこまで輸入木材にとって変わりそうかなど、生徒にも分かりやすい外国為替学習が展開できそうです。また後者は輸入需要の価格弾力性という概念を応用問題になります。詳しくは稿を改めて、私の教え方を紹介してみたいと思います。

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【 4 】授業に役立つ本 
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 今月も2冊の本を紹介します。
一冊目は,大竹文雄先生の『いますぐできる実践行動経済学: ナッジを使ってよりよい意思決定を実現』(東京書籍 2024年)です。
 二冊目は,(文)ララ・ブライアン+アンディー・プレンティス (絵) フェデリコ・マリアーニ 清水玲奈訳『世界基準の教養 for ティーンズ はじめての経済学』(河出書房新社2024年)です。

■ 大竹文雄『いますぐできる実践行動経済学: ナッジを使ってよりよい意思決定を実現』東京書籍 2024年
① なぜこの本を選んだのか?
 本書は、経済学者の大竹文雄先生が、中高生を相手に授業をしたときのことをまとめたものです。研究者が、学問の内容を中高生にどのように説明するのかを知りたくて本書を選びました。
② どのような内容か?
 はしがき
 大竹先生は20年ほど前から中学生や高校生を対象に経済学の出張授業を行っています。はしがきでは、その経験を活かした2つのポイントを指摘しています。 第1は、中高生相手の授業において、いくら興味深い話しをしても、生徒の記憶とつながらない話題は「なるほど」と理解されるだけにとどまるということです。
 第2は,生徒の記憶に強烈に残っている記憶を経済学で説明するにあたり、社会のインフラがうまく機能していない事例を取り上げることが有効だということです。
 第1章は「感染症で学ぶ行動経済学」です。本章のメッセージは次の5点です。
 第1は『国富論』が本当に伝えたかったことは何かということです。
 第2は「見えざる手」を機能させるために政府にはどのようなことができるのかについて書かれています。
 第3は「見えざる手」を機能させるために、どのようなメッセージが有効かということが書かれています。
 第4に、マスクやトイレットペーパーの事例をもとに、身近な問題を経済学の視点から説明しています。「情報」をどう伝えるのかがポイントだと読みとりました。
 第5は経済学の役割についてです。第1章では「経済学の役割・出番」という表現が3回登場します。いったい経済学はどのような学問なのかを表現を変えて私たちに伝えています。
 
 第2章は「落語で学ぶ行動経済学」です。
 この章の第一文は「行動経済学の基礎について解説」するとありました。
 内容は次の3点で構成されています。
 第1は「埋没費用」です。どうして行動経済学の基礎を説明するにあたり“サンクコスト”をはじめに取り上げたのでしょうか。本書の中に「迷ったら変化を選ぶ」ということが書いてありました。人が迷うとはどういうことなのでしょうか。大竹先生は、この迷いに関するエピソードを挙げやすいものとして「埋没費用」が適切だと判断したのではないかと推測しました。
 第2は「参照点」です。どうして人間は迷うのでしょうか。その仕組みを「参照点」というコトバで分かりやすく説明しています。
 第3は「メッセージの伝え方」です。人間は,これまで自分が取ってきた行動を取り続けようとする傾向があるそうです。そこでメッセージの伝え方を変えることによって人の考え方を変えることができるということが書かれています。
 
 第3章は「ラグビー日本代表で学ぶ日本経済」です。
 前章の行動経済学の次がどうしてラグビーなのでしょうか。
 本章は大きく2つの題材を取り上げています。
 第1は外国人労働者についてです。
 外国人労働者が増えると,私たちの仕事にどのような影響が出るのかをラグビー日本代表メンバーを例に説明しています。説明に用いる概念は行動経済学で重要な考え方である「代替」と「補完」です。
 第2は生成AIです。
 どのようなところにAIを導入することが有効なのか。AIの登場に負けないために、人間が身につけるべき能力はどのようなものかについて書かれています。
 
 第4章は「風しん抗体検査で学ぶ行動経済学」です。
 最終章で,なぜ風しんについて考えるのでしょうか。大竹先生は,最終章で高校生と行動経済学を使って政策選択について議論したかったのではないかと推測しました。ポイントは2点です。
 第1はナッジは3つに分類することができ、重要なことが2つあるということです。
 第2はどのようなところに力点を置いたナッジが有効かを示しているところです。
③ どこが役に立つのか?
 本書の49ページで「行動経済学とは、心理学や社会学の成果を経済学に組み入れて、より現実の人間像に近づける試みを行う経済学の一分野」という定義が示されていました。
 経済的分野の授業を創ろうとしている教師にとって「現実の人間像」をどのように教材に組み込むことができるのか。本書を読むことで、その手がかりをつかむことができます。
④ 感 想
 アダム・スミスの顔は、経済的分野の学習をするときによく教科書に登場します。本書も第1章にスミスの顔が出てきます。紹介者は大竹先生が、どうしてスミスを最初に登場させたのかという問いを持ちながら読み進めていきました。
 なかなか答えには出会えませんでしたが、「あとがき」にその手がかりを見つけました。大竹先生は「高校の教科書の記述に違和感を持ったことがきっかけ」(p.233)でスミスを冒頭で取り上げたと書いてありました。
 経済学者が高校の教科書記述のどこに違和感を持ったのかという視点で再読すると、教材づくりの視点がより深まるのではないかと感じました。 

■ 文 ララ・ブライアン+アンディー・プレンティス 絵 フェデリコ・マリアーニ 清水玲奈訳『世界基準の教養 for ティーンズ はじめての経済学』河出書房新社2024年
① なぜこの本を選んだのか?
 6月に筑波大学附属高校の熊田亘先生から本書について「とてもいい本です。今年度の経済分野の導入に使おうかと考えています。」というお便りをいただいたことがきっかけです。熊田先生は2022年に開催された「先生のための夏休み経済教室」において「共通テストの趣旨を活かした「公共」経済の授業」の発表をされています。
 さっそく取り寄せたところ,これは経済教育に取り組んでいる皆様に紹介し,授業について語り合う材料にしなければいけないと思いました。
② どのような内容か?
 はじめに
 本書は冒頭からワクワクする絵と文で構成されています。
 はじまりの一文は「経済学とは選択についての学問なんだ」というものです。
続けて「選択」、「希少」といった用語が取り上げられています。
 第1章は原始人の絵から物語が始まります。
 テーマは「すべてが足りない」です。
原始人の会話を読みながら「供給」「需要」「機会費用」「効用」「アイデア」「資源」「労働」「資本」とはどういうものかを理解することができます。
 後半は「分業」、「特化」、「余剰」、「交換」がストーリーと共にテンポよくすすめられていきます。
 第2章は砂漠で大きな岩に向かって彫刻をしている人物の絵からはじまります。
 テーマは「市場」です。
 物語は、作る・買う・売るというすべての段階で「価値が生まれるという魔法みたいなことが起きている」(p.24)ということをわかりやすく説明してくれます。
 「文学賞で、償金額が高い年は応募数が多かった」という事例から供給について説明しているところが紹介者の心に残りました。
 第3章は古代ローマの人と思われる人物が話しをしているところから始まります。
 テーマは「選択」です。
 ここでは「最後通牒ゲーム」が紹介され、人は利己的なのか、インセンティブとは何か、バイアスは選択にどのような影響を与えるのかといった話題が提供されます。
 注目すべき記述は、コモンズの悲劇を防ぐためにはどのような考え方が有効なのかというオストロム(ノーベル経済が受賞受賞者)の解決策が紹介されているところです。
 
 第4章は株式会社で働く社員や中小企業でものづくりをしている人が登場します。
 テーマは「生産、利益、競争」です。
 企業は大小にかかわらず利点と欠点があること、たくさん生産すればいいというものではないこと、競争、独占、寡占についてが描かれています。
 企業や人々の行動をかえるためにインセンティブをどのように変えることができるのか。先月紹介しました諸冨先生の文献と合わせて読んでみてはいかがでしょうか。
 第5章は家庭内の冷蔵庫、お菓子売り場、学校の教室といった場面でストーリーが展開していきます。
 テーマは「経済システム」です。
 ここでは資源をどのように分配し交換するのかというルールについて説明しています。
 第6章は建物を外から見た絵が描かれています。
 テーマは「マクロ経済学」です。
 ここでは経済の全体像を考察します。GDP、そして「GDPだけを見ていたら、他の本当の大切なことを忘れてしまう」(p.79)という指摘のもと“無償労働”や“環境”といったことがあげられています。
 第7章は船乗り、メーカーの社員、税関の職員、政治家と有権者といった絵が描かれています。
 テーマは「国際貿易」です。
 比較優位について,無人島に漂着した二人の人物が働くことで、魚とココナッツを採るという場面設定で分かりやすく説明されています。
 第8章は、科学者、減税を主張するデモからローマ帝国の人々と多様な人々が描かれています。
 テーマは「大きな問題(といくつかの答え)」です。
 戦争について、平等について、天然資源について、そしてなんと火星移住についてまで、世界が直面している様々な問題が取り上げられています。
   
③ どこが役に立つのか?
 「コモンズの悲劇」や「成功する経済とは何か」という問題について一歩先を見通して論点を整理しているところが役に立ちます。
 また数字を読みとる際に「1つの数字だけ見ればいいのか」、「大きな数字を理解する方法」、「グラフの読み方で見誤りやすいところ」等、どこに留意すればいいのかという見方も示しています。
 
④ 感 想
 最後通牒ゲームの実験はチンパンジーでも行われたことがあるという記述がありました。経済で取り上げられる人間は、あるときは最大の効用を追い求める人であり、あるときはものすごく人間らしい人であったりと振り幅が大きいことが分かります。
 「今学習している人間はどんな人を想定しているの?」ということを意識して授業を創らなければいけないとあらためて受け止めたところです。
 もう一つ。本書はとてもいい本なのですが翻訳の一部に「?」というところがあります。
教科書では需要曲線と供給曲線を示すとき,縦軸は価格(P)を、横軸は量(Q)としています。この「Q」はQuantityです(Qualityではありません)。グラフにPやQがあった場合には注意が必要だと感じました(増刷の時には訂正されていることを希望します)。

■ 新刊情報
 今月は、さらに3冊の新刊を紹介します。
 この3冊は、今年の「先生のための夏休み経済教室」(大阪会場)で登壇します梶谷真弘先生(編著者)、行壽浩司先生(著者として13個の授業ネタを掲載)が執筆されたものです。
・梶谷真弘 編著『見方・考え方を鍛える!学びを深める中学地理授業ネタ50』明治図書 2024年7月
・梶谷真弘 編著『見方・考え方を鍛える!学びを深める中学歴史授業ネタ50』明治図書 2024年7月
・梶谷真弘 編著『見方・考え方を鍛える!学びを深める中学公民授業ネタ50』明治図書 2024年7月
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【 5 】編集後記「~自己観照~」
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 編集者が通勤中に乗る電車に、少し変化がありました。それは、車内で読書をしている人が増え始めたということです。
 もう一つ。電車内で読書をしている人の隣でボーッと座っている人の多くは、本を読んでいる人を見ると、自分のスマホを取り出して何かを読み始めるのです。
 読書をしている人は「スマホを見ているだけではダメだ」と思い、本を読み始めたのでしょうか。そしてその人を見てスマホをとりだした人は「何かを読まなくてはだめだ」という思いを強く抱き、本を買い始めるのでしょうか。すべて推測です。
 ところで職員室はどうでしょう。本を読む人は?新聞を読む人は・・・。圧倒的にPC画面を見続けている教師が多いように思えます。この状況をどのように捉えたらよいのかを一緒に考えていただけますか。(金子幹夫)  

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