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何かいいことがありそうな7月を迎えました。
 教師にとりまして夏季休業中は、まとまった教材研究ができる絶好の機会です。今年の夏も先生のための経済教室を大阪と東京で開催します。夏の研究にますます勢いをつけるため、ということを意識して今月号のメルマガを作成しました。どうぞご活用ください。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 2024年6月の活動報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…授業のヒント…「捨てネタ」の効用⑨
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業づくりのヒントになる本を2冊紹介します。
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【 1 】最新活動報告・情報紹介
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■東京部会(No.140)を開催しました。
 日時:2024年6月23日(土) 15時00分~17時00分
 会場:慶応義塾大学三田キャンパス東館オープンラボ+オンライン方式
 内容の概略: 24名参加(会場19名、zoom15名)
1) 今村吾朗先生(練馬区立石神井西中学校)より「経済の視点で歴史の授業を造る」の報告がありました。この報告は, 今年度の夏休み経済教室において発表する内容の中間報告です。
 設定した学習課題は,「なぜ、日本は正確な情報(に接する機会)があったにもかかわらず、米英と戦争することを選択したのか?」です。
 ,授業は、歴史上の意思決定場面を行動経済学の視点から考察させ、資質・能力を育成するというものです。
 歴史上の選択について、経済を含めて学び、現代に生きる私たちに生かすことを目指した実践です。今後は、歴史学習を大きな目で見るという実践につなげたいとのことでした。
 会場では「行動経済学の視点が多数、取り上げられているが、生徒に伝わっているかの検討が必要になると」の話しが出されました。また、日清戦争などほかの出来事について行動経済学が使えるのか、応用できるのかなど、日本のいくつかの選択についての授業に発展するのではないかという話しも出されました。

(2)新井 明先生と赤峰 信先生(元東京証券取引所・元中央大学兼任講師)による、「証券市場に関する7つのQ&A」のタイトルによる質疑形式の報告がありました。
 赤峰先生より、株を買うことは社会的に役立つのか?という視点から、株式売買に関するありがちな誤解が、発行市場と流通市場の区別がついていないことによるとの説明がありました
 企業が利益を得るのは発行市場であり、資金調達は発行した時だけです。株式のしくみを、①少量資金を大量資金に転嫁する機能、②リスク分散機能、③短期資金を長期資金にする機能と説明し、株式に換金性をもたせる流通市場の役割が説明されました。
 新井先生より、投資はギャンブルではないのか。投資と投機は、区別できるのかとの質問が出されました。赤峰先生からは、株式投資は、需給ギャップという不可避のリスクをとる点でギャンブルとは違っているとの説明がありました。
 新井先生から,株高は、企業にとってプラスになるのか、社会にとってプラスになるのかとの質問が出されました。赤峰先生は、株高は資産効果であり、アメリカが好景気なのは、株高で、それが消費を刺激していることにあるとのこと。企業にとっては、時価総額があがると敵対的買収がされにくくなり、ストックオプションで役員の利益にもなるなど株高が有利に働くとの説明がありました。
 最後に、新井先生から教科書記述が、結論だけで、スローガン的にやると間違いになる部分もある。個人としての投資と、社会全体としての金融の意味を、ミクロとマクロをつなぐことを知らないと、批判には答えられないと、金融を学ぶことへのまとめがなされました。

(3) 吉田真大先生(渋谷教育学園幕張中学校・高等学校)より、「「進学校」の経済教育」のタイトルの報告がありました。
 これは,夏休み経済教室でのシンポジウムに向けた、高校の経済教育の方向と授業実践についての発表です。吉田先生の問題関心は,広く通じる実践だけでなく高学歴だからこそできる教育の可能性というものです。
 「進学校」におけるカリキュラム開発に向けて必要なのは、批判的な視点で、経済学をとらえられるようにすることという指摘がありました。
 報告では「公共」の授業が2つ紹介されました。一つは、「大谷翔平の賃金は公正か」についです。この授業では、隠された仮定を読み解いていき、経済学がどのように規範的言明を導くのかを理解するものです。
 もう一つは、巨大プラットフォーム企業を巡る規制の是非を問う授業で、社会的余剰と取引市場に着目させる授業であり、どちらも改善の余地があるとのことでした。
 課題としては、高校側における数学的知識や歴史学や政治学と比べた共通言語の少なさが取り上げられました。
 質問では「何を『公共』の授業づくりで意識しているのか」ということがあげられました。この質問には、「公共」を身近なところと社会の大きなところをつなぐという視点から、授業のタイトルを工夫したが、身近でなくても想像できることの必要性も感じ始めたという回答がありました。

(4)夏休み経済教室の準備状況について鈴木深氏(東京証券取引所)から情報提供がありました。
 6月中旬から申し込みを受け付け始めています。チラシを学校あてに送付したので、これから申し込みは増えてゆくであろうとのことでした。
部会の詳細は以下をご覧ください。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/06/tokyo140reportHybrid.pdf
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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■「先生のための夏休み経済教室」申し込みを受け付中です。
(1)先生のための「夏休み経済教室」(大阪会場)
 日時:8月13日(火) 9:30~16:00 中学校対象
    8月14日(水) 9:30~16:00 高等学校対象
会場:大阪取引所OSEホール(大阪証券取引所ビル) 
方法:対面各日70名限定開催
内容:チラシをアップしています。ご覧ください。
    https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/06/2024NatsuKeizaiOsaka.pdf
申し込み方法:Webサイト「東証マネ部!」よりお申し込み下さい。
   https://money-bu-jpx.com/news/article051676/

(2)先生のための「夏休み経済教室」(東京会場)
  日時:8月19日(月) 9:30~16:00  中学校対象
     8月20日(火) 9:30~16:30   高等学校対象
  会場:慶応義塾大学三田キャンパス北館ホール
方法:対面 及び ウエビナーによる配信
内容:チラシをアップしています。ご覧ください。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/06/2024NatsuKeizaiKeioHybrid.pdf
 申し込み方法:▼Webサイト「東証マネ部!」よりお申し込み下さい。
   https://money-bu-jpx.com/news/article051676/

■大阪部会(No.90)を開催します。
  日時:2024年7月14日(日) 15時00分~17時00分
  場所: 同志社大学大阪サテライト + オンライン(Zoom形式)
  部会詳細は以下のHPをご覧ください。  
  https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/05/Osaka90flyerHybrid.pdf

■東京部会(No.141)を開催します。
  日時:2024年9月14日(土) 17時30分~19時30分
場所: 慶應義塾大学三田キャンパス 東館オープンラボ +オンライン(Zoom形式)
部会詳細は以下のHPをご覧ください
  https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/06/tokyo141flyerHybrid.pdf  

■ 第53回授業のネタ研究会(第三次案)既報
  日時 8月18日(日)9:50~17:00
  会場 高津ガーデン (大阪上本町下車北東徒歩5分)  
  参加費 1日2000円  半日1500円 報告者、学生は半額
  定員 70名(定員になり次第締め切ります)
  詳細や申し込み方法は以下をご覧ください。
  https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/05/53rdNeta2024.8.pdf 
 
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【 3 】授業のヒント 「捨てネタ」の効用 ⑨ 中高生に経済理論を教えるには
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私ならこう教える 〜 「情報の非対称性と市場の失敗」の経済学
執筆者 篠原総一

経済理論
中高の教科書にも、実にさまざまな経済理論が登場します。市場の価格決定、企業の生産関数、公共財の理論、ゲーム理論、景気循環論、需要管理政策の理論、金融理論、リカードの比較優位原理、為替レート決定理論などなど、リストはまだまだ続いていきます。
実は、いずれも経済の実際を観察し、問題を発見し、課題解決を考える上で、本当に役に立つ見方・考え方なのですが、時間の制約も厳しい中等教育ではどうしても浅く広く、軽く触れるだけになってしまいます。
そんな中で、中学生や高校生にも、短い授業の中でエッセンスだけは十分に教え切れそうな経済理論を探してみました。老エコノミストのこんな探索に引っかかってきたのが、情報の非対称性でした。他にも外部性、公共財などもその候補でした。
元来、理論学習とは論理を追いかけるようなものです。ですから、まだ抽象的思考に慣れていない中高生に歯が立たないのは当然のことです。が、しかし、です。非対称情報に関する経済学なら、上手い例さえ見つけられれば、なんとかなりそうなのです。
今月は中高生にも分かる経済理論の授業の提案です。ネタは、生徒にも肌感覚でわかりそうな中古車市場。狙いは、「経済理論を使うと、なぜこんな問題が起こるのかというカラクリが見えてくるので、その問題の解決策を、思いつきではなく論理的に考えられるようになる」という理論学習の強みを生徒に伝えることです。
授業のシナリオ:「情報の非対称性と市場の失敗」

(1) 授業の準備:上手い例を探す
情報の非対称性は、高校公共の教科書では二箇所で登場します。消費者問題の章と市場の章です。なぜ二箇所にわけたのか、それは同じ「情報の非対称性の存在」でも、社会に与える不都合の種類が二種類ある、と教科書が訴えているからです。
今回取り上げるのは、非対称性情報と市場の失敗です。市場の失敗が起きていくプロセス」を、生徒に肌感覚で考えてもらおうというわけですから、この授業の成否は、先生が事前に選ぶ「例の良し悪し」にかかっています。生徒にも概念がすぐに分かる、そして「隠れた価格調整メカニズム」も見えるような例です。
この分野の研究で使われてきた「例」の代表例を並べておきます。
・中古車市場
・(中古)住宅市場(東京書籍「公共」令和4年版、119ページ)
・保険市場
・雇用者と被雇用者の関係と賃金
・所有と経営の分離
・患者の医師、事故被害者の弁護士、子供の塾や家庭教師選び
などです。
先生には、こんなリストの中から生徒にアピールしそうなものを一つ選んでもらいます。
同時に、あと一つ二つ、授業の振り返りの段階で別の例を持ち出してあげれば、生徒の理解が確実なものになるはずです。
以下では、ジョージ・アカロフ先生が使った中古車市場を例にしてみます。

(2) 授業(第1幕):中古車市場の価格調整メカニズム
どの教科書にも「市場の価格調整メカニズム」が出てきますが、ここでは普通に考えられているメカニズムとは別の、中古車市場ならではの調整メカニズムを取り上げ、中高生にも分かりそうなシナリオを作ってみました。
・日本で販売台数が最も多い車は日産ノートだそうです。そこで、その日産ノートの7年落ち車を例にして、中古車の売り手と買い手の思いを再現してみます。

(2-1)まず、情報の非対称性について。
 ・買い手(需要者)(1):中古車には、例えば燃費が極端に高いとか、電気系統が故障しやすいとか、いろいろ欠陥がありがちだ。でも、同じ年式の同じ型式の車は、外からみただけではどれも同じにしか見えないな。車ごとの「隠れた質」を識別できないから、本当は状態のいい中古車でも、ひょっとするとこの車も状態が悪いかも、と疑いたくなるよね。
 ・売り手(供給者)(1):7年もこの車に乗っている私には、この車の欠陥は分かってる。でも売りに出すときにわざわざ欠陥の状態を伝えたくないよね。

(2-2) 取引1回戦
次に、数多くの買い手と売り手が取引をする市場です。(実際には、金融における銀行仲介と同じように、ここでも中古車業車が介在するのが普通ですが、授業では仲介業者のことは伏せておけば良いかと思います。)
・買い手(1):最高に状態のいいノート車になら50万円でも払うが、最悪の状態のノート車には20万円がせいぜいか。でも、車ごとの欠陥の違いは分からなので、中を取って35万円までなら支払うことにしてみようか。
・売り手(1):えーっ、35万円だって。冗談でしょう。自分のノート車は状態がいいし、最低でも50万円は払ってくれないと。とにかく35万円だったら、今は手放さないでしばらく自分で乗り続けてみよう。(50万円の値打ちがある車は、市場価格が35万円では、市場で売られることはありません。)
・ 売り手(2):実は私のノート車は状態が悪い「ボロ車」同然。それでも、たとえ最低でも20万円でも売りますよ。それを35万円もくれるなら喜んで売りたいものです。そうならラッキー!です。
こうして市場では、7年落ち日産ノートで走行距離が同じ車が、最高50万円と最低20万円の間で、例えば35万円で取引されていきます。
ここでのポイントは、買い手が市場価格35万円で購入できるのは、売り主の評価が35万円未満の、状態のあまりよくないノート車だけだという点です。

(2-3) 取引2回戦
話はこれで終わりません。その後、35万円でこのタイプのノートの中古車を購入した人たちが、今度は新しい売り手になっていきます。取引第2回戦の始まりです。
・新しい売り手(3):35万円で買ったこのノートは、乗ってみて初めて分かったけ
ど、燃費が思ったより悪い。これなら、もし30万円以上で売れるなら、いますぐに
手放して、別の中古車に変えた方が得かな。
・新しい売り手(4):35万円も出したのに、このノートは期待はずれ。しょっちゅう
故障するし、走りも意外に不安定。これなら20万円ででも手放したい。
・ 買い手(3):取引1回戦では購入できなかったけど、今度は前より状態の悪い  
車が売りに出されているらしい。そうなら、中には35万円でも買いたい車もある
だろうが、10万円でも買いたくない車に当たるかも。ここは賭けだから、中をとっ
て25万円で買うということにしておこうか。
こうして、2回戦の市場価格は、前の35万円よりも低い水準、例えば25万円に決まる可能性大です。その場合、2回戦では、今度はさらに状態の悪い(値打ちが25万円に満たない)車だけが実際に取引されることになります。

(2-4) 取引3回戦
その結果、取引3回戦では、2回戦の時よりもさらに値打ちの低い(25万円以下の)車だけが売りに出されます。そしてこうした悪循環が続けば、最悪の場合、市場が消滅し、誰も中古車を一切買えない社会になってしまうかもしれません。

(3)授業の幕間:アカロフの理論モデルから分かること
アカロフ理論のまとめです。
・中古車には各々の車には、外観からだけでは識別できない「隠れた質」の違いがある。
・そのため、買い手は対象となる車の質に疑心暗鬼になり、状態の良い車でもその車の質に見合うだけの評価をしない。
・だから、状態の良すぎる車は、値段面で折り合いがつかないため実際に売られることはない。逆に状態の良くない車は、持ち主が評価する値打ち以上の価格がつくので、喜んで売りに出される。
・こうして、中古車市場は状態の良すぎる車や状態の良い車を市場から追い出し、逆に状態の悪すぎる車や状態の悪い車ばかりが実際に売れていく。
・そのため、買い手が市場への信頼を失い、最悪の場合には市場が消滅してしまう。

(4)授業の第2幕:情報の非対称性はなぜ「市場の失敗」?
これが「中古車市場の失敗」の内容ですが、生徒にとっては、なぜ「失敗か」という理由の理解も必要です。そのためには、「失敗しない市場」との比較が、生徒の納得感を勝ち取る授業ではないでしょうか。
  教科書は「需給均衡点で効率的な資源配分が実現される」といった生徒を煙に巻く曖昧な説明で済ませていますが、私は、次のような単純明快な例でことは充分足りると思っています。
(挿入授業) 肌感覚で分かる「失敗しない市場」
・ショッピングモールや駅前に食べ物屋さんが軒を連ねています。中には「美味し
いものを安く食べさせてくれる店」もあれば、「それほどでもないのに値段は高い」
店もあります。
・そこでは、どの店も、客を惹きつけるためにできるだけ美味しくて安い食べ物を出
せるように努力しているはずです。(競争が企業努力を引き出します)
・ しかし、それでもダメな店は店じまいし、代わりに別の店が入店してきます。
・ このようにして、市場の競争は「買い手にとって好ましくない企業」を市場から追
い出し、逆に「好ましい企業」を残していくという役割を果たしていることがイメー
ジできます。
これに対してアカロフの中古車市場は、買い手にとって好ましい売り手を市場から追い出し、逆に好ましくない売り手を市場に残していきます。本来の競争市場とは逆の働きです。経済学ではこれを「市場の失敗」だと呼んでいるのです。(ただし、市場の失敗にはそのほかのタイプもあります。)

(5)授業の第3幕:課題解決
情報の非対称性が市場の失敗につながっていく市場の調整メカニズムがわかれば、問題はどこを正せばよいのか、生徒にも見えてくるはずです。答えは「消費者の疑心暗鬼を解くこと」です。
こうしておけば、生徒も的外れの思いつきに走らず、しっかりと論理的に課題解決法を探すことができるようになります。
一方、先生には、「市場の失敗、だから政府の介入」といった安易な結論に走らず、事前に書物やネット、ChatGPTなどを駆使して解決策の実際例を整理しておかれることを勧めます。私は、その中で
 ・車検制度
・中古車業者の工夫
に注目しています。
車検制度では、国土交通省が全ての車両保有者に対して、検査前に細かな整備を済ませることを義務付けているため、買い手も、中古車の間で「隠れた質の差」は無視できる小さくなっている、と思っているはずです。また、中古車業者も自社で買い取った車を整備し、その上で修理補償をつけるなど、買い手の疑心暗鬼を取り除く工夫をしています。ですから、幸いなことに、日本では「中古車市場の失敗」は表面化していないと言えそうなのです。

(6)振り返り:他の例も使ってみる
最後に、中古車市場以外の例を示し、その場合も中古車市場と同じ種類の市場の失敗が起こること、そしてそのための問題解決の手段としては、それぞれの例ごとに、政府ではこんな規制法が、民間ではこんな工夫があるという、復習兼確認の授業を加えられてはいかがでしょうか。
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【 4 】授業に役立つ本 
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 今月も2冊の本を紹介します。
一冊目は,今年の「先生のための夏休み経済教室(東京会場)」で講演してくださる諸富 徹先生の『税という社会の仕組み』ちくまプリマー新書2024です。
 二冊目は,小塩隆士先生による『経済学の思考軸 ――効率か公平かのジレンマ』ちくま新書 2024年です。

■諸富 徹『税という社会の仕組み』ちくまプリマー新書2024
① なぜこの本を選んだのか?
 紹介者は、かつて諸冨先生が書かれた『私たちはなぜ税金を納めるのか―租税の経済思想史』(新潮選書)を読み、授業づくりに活用しました。その諸冨先生の最新刊が出されたことを知って、迷わず購入しました。税に関する授業づくりの基盤を一層厚くすることができるのではないかと思い本書を選びました。

② どのような内容か?
 「はしがき」では、「市民革命」を経験した国と経験していない国とでは租税観がどう異なるのかという問題が提起されています。
 第1章は「私たちはなぜ税金を納めるのか」です。注目すべき記述は次の3点です。
 第1は「納める」という用語です。「はしがき」では「住民は税を払っている」と書いています。そして本章では「納める」と聞くと,下から上に向けてのお金の流れを感じると指摘しています。なぜ章のタイトルを「税を納める」としたのでしょうか。問いを持ちながら読み進めることになります。
 第2は税の種類です。私たちは,授業で税を教えるときに公共財やサービスの対価である税と政策手段としての税を区別して教えます。第1章では,政策手段としての税がいつ登場したのかが示されています。
 第3は「大きい政府」と「小さい政府」です。この2つの政府では,どちらが経済成長しやすいのかについて示されている点に注目しました。 
 第2章は「税制の歴史的展開」です。注目すべき記述は次の3点です。
 第1は、複式簿記が誕生した理由を知ることができます。税と深い関わりがあったことを紹介者は初めて知りました。
 第2は、アメリカ二大政党制の歴史です。大統領選挙がある今年は、生徒から多くの質問が寄せられそうです。税負担を題材に二大政党制についてわかりやすくまとめてある本章で、知識の整理ができます。
 第3は、世界大恐慌がなぜ起きたのかです。生徒に分かりやすく説明するためのストーリーがまとめられています。
 第3章は「日本の税制の発展史」です。「公民科」教師で、あまり歴史を教えた経験がない方は本章がおすすめです。注目すべき記述は次の2点です。
 第1は,魏志倭人伝です。諸冨先生は魏志倭人伝に記録されている税については「収める」という用語を使っています。他は「納める」です。これはなぜでしょうか。第1章での問いをここで受け止めました。
 本文を読み解いていくと「国家が法律に基づいて全国統一的に課する税金の始まりは、『律令』の制定まで待たねばなりませんでした」という記述があります。ここから、一個人が他の個人からお金を集める場合には「収める」を使い、献上するという意味が含まれる場合には「納める」を使っていると読み取れそうですが、ここは諸富先生に質問してみたいところです。
 第2は、大宝律令の時代、秀吉時代、江戸時代と、誰が誰からどのように税を集めていたのかを分かりやすく整理しているところです。
 第4章は「これからの世界と税金」です。注目すべき記述は次の2点です。
 第1は、新しいタイプの税金であるグローバル・タックスと環境税について取り上げているところです。
 第2は、財源調達手段としての税金とは異なる税金が、いつころ、どのような理論を背景に登場したのか説明されているところです。
 第5章は「税金を私たちの手に取り戻す」です。注目すべき記述は次の2点です。
 第1は、納税倫理はモデル化できるのかというテーマです。経済学で代表的なモデルが紹介されています。
 第2は、税そのものを歴史的に分析する中で「なぜ税金は変化するのだろうか?」という問いについての答えが書かれているところです。
 第3は、自由落下法則です。ここから、私たちがなぜ税についての授業をしなければならないのかという理由を見つけることができそうです。

③ どこが役に立つのか?
 2点挙げます。
 第1は、税についての「見方・考え方」を示しているところです。
その中の1つに「単一税だけで全てを賄う税制はうまくいかない」という記述があります。本書はこの記述を繰り返し用いています。なぜ何度も書くのでしょうか。142ページにある「所得や賃金ベースだけに重い税金をかけていくのは単一税に近く、それはこの人口減少下の日本においては非常にきつい途だといえる」ことを言いたかったのではないかと読みとりました。諸冨先生に質問してみたいところです。
 第2は、日本の歴史、世界の歴史と「税」について流れるように整理しているところです。

④ 感 想
 迷わずに購入し、読み込んでよかったというのが率直な感想です。いろいろな知識がつながるという感覚を楽しみながら読むことができました。税そのものについての問い、税の歴史についての問い、税に対する心の持ち方に対する問いというように、問いの細分化ができたと感じています。

■小塩隆士『経済学の思考軸 ――効率か公平かのジレンマ』ちくま新書 2024年
① なぜこの本を選んだのか?
 『高校生のための経済学入門』の続編が出版されたということで,迷うことなく購入しました。研究者が高校生向けに研究内容をまとめた本は,教師にとってものすごく参考になります。
 今回、小塩先生が書かれた前作の応用編は,どのようなメッセージを発信しているのかを知りたくなり本書を選びました。

② どのような内容か?
 第1章は「出発点はあくまでも個人」です。
 注目したのは次の3点です。
 第1は,経済学は発想の拠点を個人におくことです。
 第2は,効率と公正の2本立て構造をどのように考えるのかということです。
 第3は,幸せをどのように語るのかということです。
 読み進めていく中で,「なぜ私たちはGDPという尺度を受け入れているのか?」という疑問や「収入が多いほど人は幸せである」という文は正しいのかということを考えている自分に気がつきます。
 第2章は「経済学の2本立て構造」です。
 注目したのは次の3点です。
 第1は,経済学が効率性と公平性の観点を重視していますが、世間では公平性の観点を重視する人が多いという問題を取り上げているところです。
 第2は,経済学そのものは公平性をどのようにとらえているのかというところです。小塩先生は,経済学は巧妙に議論をすり替えて説明しているところがあると指摘しています。ここで取り上げられている「格差について考えるゲーム」は,紹介者も実践してみたくなりました。生徒が「格差が生まれること」についてどのように考えているのかを共有しながら授業をすすめることができそうです。
 第3は,経済学が取り組むべき重要な課題が示されているところです。効率性と公平性は同時に議論すべきものです。ところが,時として効率性の議論を始めに行い,公平性については後回しにすることがあります。この時に抜け落ちてしまうものをどのように扱えばよいのかという課題です。

 第3章は「教科書では教えない市場メカニズム」です。 
注目したのは次の3点です。
第1は,経済学の教科書に書かれている内容で「どこか無理がある」と感じる部分を紹介しているところです。
 第2は,人々は市場メカニズムの不十分さと,どのように付き合っているのかというところです。
 第3は,市場メカニズムでは乗り越えられないものがあるというところです。
 第4章は「経済学は将来を語れるか」です。
 注目したのは次の3点です。
 第1は,厚生経済学の第一定理は,時間という概念が入っていないと指摘しているところです。
 第2は,人口が増加する場合と減少する場合とでは経済学の果たす役割が異なるというところです。
 年金改革をめぐる賦課方式と積立方式について、人口が減少する状況においてどうあるべきかが示されています。さらに人口減少の圧力に立ち向かうための政策が提言されており,授業者の知識を整理することができます。

③ どこが役に立つのか?
 2点挙げます。
 第1は,経済を教える教師が知っていたら役に立つ知識が随所に登場することです。
 第2は,随所に登場するエピソードがあげられます。例えば、ベーシックインカムという考え方の源流にフリードマンの存在が見えるという場面が紹介されています。GDPとベンサムとの関連という場面も印象的でした。

④ 感 想
 今月紹介しました諸富先生の本と関連した感想になります。本書72ページに「税を収めさせる」という記述があります。なぜ「納める」としなかったのかが読後の問いとして残りました。
 答えは小塩先生の記述から探すしかありません。再読中に「収める」という語の主語が「発展途上国」というところが気になりました。辞書では「収める」は中に入れるという意味が強いようです。一方の「納める」は,あるべきところに落ち着くといった場合に用いるようです。
 小塩先生は発展途上国には「所得税の仕組みが整備されてい」(p.72)ない場合があると書いています。ここから,税が本来あるべきところに納める仕組みが確立されていないと捉えて「収める」という言葉を使ったのではないかと読みとりました。 ぜひ小塩先生に質問してみたいというのが読後の感想です。
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【 5 】編集後記「~自己観照~」
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 勤務校での「総合的な探究の時間」は,各教師が設定したテーマに基づいて授業がすすめられていきます。年度初めに全クラスを集めて集会を開きます。そこで1人ひとりの教師が「私は〇〇というテーマでみんなと一緒に課題を追究したい」と説明をします。
 編集者(私)もテーマを決めて説明しました。その内容は「新聞を読もう」です。新聞購読者が減っているということで,せいぜい集まっても5,6人だろうと思っていました。ところが希望者が30名近く集まったのです。「バイト先でよく読むから」,「新聞読むと勝ち組には入れるから」といったことを私に話してくれました。高校生は,本当は新聞が好きなのではないかと感じました。学校に新聞がたくさんあれば,みんな読み始めるのではないかと思うのですがいかがでしょうか。一緒に考えていただけますか。(金子幹夫)

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