River Silk先生

年度末3月、弥生です。
学校では、本当の師走の時節です。学年末考査、卒業式、進級判定、異動される先生はその準備、新学年準備と続きます。3月31日まで生徒対応や保護者対応をしなければいけない先生方もいるでしょう。
ネットワークでは、23日(土)に国際経済をテーマにした「春の経済教室」を開催します。世界の地政学的な変動も視野にいれた講演、授業提案をしてゆきます。
そんな今月も、ネットワークの活動報告と、授業に役立つ情報をお伝えします。
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【今月の内容】
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【 1 】最新活動報告
 24年2月の活動報告です。
【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
 部会の案内、関連団体の活動、ネットワークに関連する情報などを紹介します。
【 3 】授業のヒント…「捨てネタ」の効用⑥
【 4 】授業で役立つ本…今月も授業づくりのヒントになる本を3冊紹介します。
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【 1 】最新活動報告・情報紹介
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■「春の経済教室」が参加募集中です。(既報)
 日程:2024年3月23日(土)13時00分~17時00分
 場所:慶応義塾大学三田キャンパス北校舎大会議室、対面とzoomによるハイブリッド方式
 テーマは国際経済。前半は、島田剛先生(明治大学情報コミュニケーション学部教授)の「途上国に必要なのはフェアトレードなのかビジネスか?」のタイトルで問題提起をいただきます。
 後半は、藤井剛先生(明治大学文学部特任教授)による提言をもとに、杉浦光紀先生(都立井草高等学校)、小谷勇人先生(春日部市立武里中学校)の授業提案と島田先生も加えて、国際経済の授業の作り方について考えてゆきます。
申し込み方法とプログラムは以下からご覧ください。
 2024.12HaruKeizaiHybrid1226f.pdf (econ-edu.net)
 対面会場の座席数(50席)は限られていますので、申込はお早めに。

■大阪部会(No.88回)を開催しました。
 日時:2024年2月24日(土) 15時00分~17時00分
 会場:同志社大学大阪サテライト
 内容の概略:参加者26名(会場14名、zoom12名)
(1)玉木健吾先生(奈良県組合立式下中学校)から「金融&財政単元の実践報告」がありました。
 社会科教育の目標をフレッド・ニューマンの「真正の学び」に置き、その三つの要件を満たすことを目指した6時間構成の授業です。
 単元目標を、アベノミクスが成功したか否か、アベノミクス路線を継続すべきか否かに生徒が答えられるようになることに設定しています。
第1時では、お金の変遷を確認しながら、教科書から日本銀行の仕事を読み取らせ、異次元の金融緩和とその問題点を紹介します。
 第2時では、円高と円安、どっちがいいという為替の問題から今後の日銀の政策を考えさせます。ここまでが金融になります。
 第3時と第4時は財政で、増税、国債の累積、税金の無駄遣い、財政政策の効果を紹介してゆきます。
 第5時は、財政と関連させて社会保障費の問題を扱い、最後の第6時で、当初の問いに挑戦させるという流れの授業です。
 質疑では、内容が豊富でこれを1時間で消化できるのかという質問があり、細かい知識より自分事として受け止められるような授業構成としているが、課題は残るという回答がありました。

(2)李洪俊先生(大阪市立矢田南中学校)から、「2024年度全国公立高等学校入試問題の傾向について」の報告がありました。
 継続的に入試問題を分析されている李先生の報告です*。
 *2020年の分析は以下のホームページを参照
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2020/12/2020ExamHighSchool.pdf

全体を、地理的分野・歴史的分野の中の経済に関する出題、効率と公正に関する出題など5つの分野に分類して、それぞれの問題の特徴、良い面、改良すべき点を紹介されました。
24年度の問題では、経済用語または概念を説明させる問題が登場したこと、マイクロクレジットやエシカル消費などこれまで登場しなかった内容が新に出てきたこと、文章と資料、図版が多くなってきていることが指摘されました。ただ、思考力を問う問題でも最後が選択問題になっていることで、問いのねらいが生かされていない問題があったことなども指摘されました。
 最後に、5つのそれぞれの分野に対する対応、授業改善の方向性が提案されて報告を終了しました。
 質疑では、入試問題を起爆剤にして授業改善を進める点では、まだ現場では十分に受け止められておらず、加えてチャレンジテスト対応に追われていて、指導要領が目指している方向とのギャップがあることなどが取上げられました。

(3)山本雅康先生(奈良学園中学校高等学校)から、「教材「18歳からはじめる積み立てNISA」の授業実戦」の報告がありました。
 これは、東京証券取引所が作成した積み立てNISAを使った授業実践で、「公共」の経済分野のなかでの実践です。
 教材は、家計の収入から毎月の投資金額を選び、その金額で4つのパターンの投資信託のいずれかを購入し、20年後の運用結果を判定するという構成です。
 生徒の取組み具合、どの金額を選択し、どの投資信託を選んだか、その結果はどうだったか、また生徒の感想を報告では紹介されました。
 授業でこの種のパーソナルファイナンスの教材を使うことに対する批判的な生徒は少なく、この教材に対して生徒が肯定的な受け止め方をしていること、リスクとリターンの理解などを体験的に学ぶことができる教材であることが浮かび上がる実践でした。また、実際にスマホを使って購入させる部分に関しては授業時間内での実施は難しいのではという報告でした。
 検討では、家庭科とのコラボと公共で取上げる意味についての質疑があり、公共の年間計画のどの部分で実践することが有効かどうかに関しての提言などもありました。

(4)米田正樹先生(大阪府立松原高等学校)から、授業実践の報告がありました。
 報告された実践は、3年生「世界史」でのパレスチナ問題と2年生「公共」の社会保障の授業です。
 授業内容の報告の前に、学校や生徒の実際の紹介がありました。観点別評価やデジタル採点の導入、総合学科の高校なので、選択科目が多く、重複部分に関する内容のすりあわせが大変なこと、同じ科目を一人で担当することができないので授業進度や内容の同一性が求められてオリジナルな取組みがしづらいことなどが報告されました。
 そのなかで、報告されたのは、パレスチナ問題でのロールプレイングで、パレスチナやユダヤ、イギリス、フランスなどを動物の家族や不動産屋に擬したシナリオを作成して歴史的展開に興味と参加意識を持たせる工夫をしたものです。
 検討では、ロールプレイは動物ではなく、人間に擬した方がリアリティを持たせることができるのではないか、また、どの国に共感をもつか、どの国にどの程度の責任があるかを考えさせることができるのではという示唆がありました。
 また、社会保障に関しては、学校や生徒の実情から、知識を整理するだけでなく、もっとリアルな生徒の生活実態にせまった工夫ができるのではという提言もありました。
 部会詳細は以下のHPをご覧ください。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/02/Osaka88reportHybrid.pdf
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【 2 】定例部会のご案内・情報紹介
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<定例部会のご案内です>(開催順)
■東京部会(No.139)を開催します。
 日時:2024年4月6日(土) 15時00分~17時00分
 会場:慶応義塾大学三田キャンパス 
部会詳細は以下のHPをご覧ください。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/01/tokyo139flyerHybrid.pdf

■大阪部会(No.89)を開催します。
 日時:2024年5月19日(日) 15時00分~17時00分
 会場:同志社大学大阪サテライト(予定)
 部会詳細は以下のHPをご覧ください。
https://econ-edu.net/wp-content/uploads/2024/02/Osaka89flyerHybrid.pdf

<情報提供>
■NHKラジオで加藤一誠先生の「ビジネス展望」が放送されます。
 3月18日(月)に予定です。早朝6時40分すぎの放送ですが、聞き逃しても「ラジルラジル」などで聞くことができます。

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【 3 】授業のヒント  捨てネタの効用⑥ 鉄道料金の値引き
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価格の決まり方、私ならこう教える
 ~需要曲線、供給曲線よりも、活きた実例を~
執筆者 篠原総一

「価格」は実に教えづらいトピックのようです。前回のこのコーナーでは、「価格は、別の財と比べて初めて意味を持つ」という相対価格の大切さを取り上げました。今回は、その価格の決まり方と市場の価格調整の本質についてです。
■教科書にある価格、実際に目にする価格
どの教科書にも、市場価格は需要と供給の比較で上がったり下がったりする、また需給が一致する時の価格を均衡価格というといった内容が(需要曲線と供給曲線の図に頼りながら)書き込まれています。
しかしこれでは、生徒に「分かったような、分からないような」曖昧感が残ってしまうはずです。分かったつもりでも、「教科書にある価格」が「実際に目にする価格」とつながらないからです。
そもそも、需要曲線、供給曲線、均衡などは経済学の道具にすぎません。経済学を使って「経済の実際」を分析するときに役にたつツールではありますが、それは架空で抽象的なものですので、私たちが実際に目で見て納得できる代物ではありません。教科書に沿った市場価格の教え方は、私には、そんな抽象的なツールを、中学生や高校生に肌感覚で理解するように無理強いしているように思えてなりません。

■鉄道料金の値引き
需要曲線、供給曲線を使った「経済学分析」に代えて、私は「生徒が肌感覚でわかる実例を使う市場価格の教え方」を勧めます。そのための捨てネタとして、今回は鉄道料金の決め方(*)の実際を取り上げました。
「戻らぬ「定期」補う収入期待 日本経済新聞(夕刊)、2024年1月16日」で、次のような運賃設定が紹介されていました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB1146V0R10C24A1000000/

(1)JR日本は、JR東日本エリア内であれば全線1万円で乗り放題。新幹線、特急も自由席であれば1万円で乗れる。ただし2月14日から3月14日までの期間限定。
(2)東京メトロが昨年11月に始めた「休日メトロ放題」では、2000円の登録料を支払うと、土日祝日にPASMOで乗車した分の料金が翌月に全額ポイント還元されます。「地下鉄のサブスク」のようなものです。
(3)小田急電鉄では子どものICカード運賃を全区間一律50円にする。京浜急行電鉄も同じく子ども IC運賃を75円均一にしている、また福岡市交通局も地下鉄一日乗車券を休日に限り子ども100円にしている。

■腑に落ちる市場価格の学習
このような「値引き」の新聞記事をネタに使えば、生徒は次から次へと、腑に落ちる市場価格学習に進めるはずです。 
(1) そもそも価格を実際に決めるのは、市場ではなく、企業(売り手)か?それはそうだよね。スーパーでもコンビニでも、最初から価格がついているものね。
(2) では市場で価格が決まるってどういう意味だろう?
企業は価格を決める時、新しい価格でどれだけ売れるか考えているはずだね。
それって教科書でいえば、需要を考えながら決めているということか。  
(3) ポイント還元も値引きのうち。いろんな形の「価格」があるものだね。
(4) 同じ電車や地下鉄だのに、一般の乗客とは別の料金なのでは?
では、一物一価ではない財やサーブスって、どんなものがある?
(5) 値引きしてでも乗客数を確保したいほど需要が少ないってことか?
(6) ということは、この値引きは、需要が供給に追いつかない時に価格が下がるという「市場の価格調整」のことなのかな?
(7) 同業者がこの値引きに追随したら、どうなるの?
ああこれは需要曲線が左にシフトすることらしいな。
最初に値引きの額を決めるときに、競争相手の反応(需要曲線のシフトの具
合)まで予想しているはずだよね。
などなど、学習すべき「経済の見方」のリストはまだまだ続きます。
ここでは鉄道料金値引きの例を紹介しましたが、この種の実例はいくらでも転がっています。いまならホテル料金の急騰、コロナ禍のときならマスクや医薬品の急騰など、いちいち背景を説明しなくても生徒が肌感覚で分かってしまう捨てネタを使えば、抽象的な市場価格分析を、いっきに「我がモノ」として取り組める生き生きとした授業に変えられるのではないでしょうか。

*鉄道の運賃は国土交通省の認可制で、自由に値上げするような値段設定はできませんが、割引乗車券や乗り放題サービスなどは運賃制度の制約を受けずに設定できることになっています。

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【 4 】授業に役立つ本 
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 今月は、現代の経済をどう見るか、それぞれ、経済に対する立ち位置の違いがはっきりしている三冊の本を紹介します。
■小塩隆士『高校生のための経済学入門【新版】』ちくま新書
①どんな本か?
20年ほど前に出た『高校生のための経済学入門』の改訂新版です。高校生向けとなっていますが、教員を含めて一般読者が経済学の全体像を理解するための入門書となっています。

②どんな内容か?
はしがき、おわりにと、序章から7章の全8章で構成されています。
序章では、「経済学を学ぶ前に」というタイトルで、経済学がどう学ばれているか、高校の教科書や入試問題などを紹介しながら経済学教育の現状が紹介されています。
第1章は「需要と供給の決まり方」、第2章は「市場メカニズムの魅力」というタイトルで市場メカニズムの理論が紹介されます。
第3章「なぜ政府が必要なのか」で政府が登場して、市場の失敗、所得再分配が扱われます。ここまでがミクロ経済学の内容になります。章の後半の経済を安定化させるという役割でマクロ経済学へつなぎます。
第4章「経済の全体の動きをつかむ」、第5章「お金の回り方を探る」、第6章「税金と財政のあり方を考える」の三つの章はマクロ経済学の景気、物価、経済成長、金融、財政問題を扱っています。
第7章の「世界に目を向ける」で国際経済が扱われますが、ここは旧版になく今回新に書かれた部分です。

③どこが役立つか?
もし、旧版を持っていたらそれと比較して、変更された部分、変わらない部分を見つけながら読むと、この20年間の経済の変化が読み取れます。
数字の書き換えは別として、書き換えや付け足しが目立つ個所はマクロ経済の部分です。例えば、金融ではアベノミクスに関連して日銀の政策部分が書き加えられています。
財政では、年金、財政赤字、国債の箇所が付け加えられて、人口減少時代の政府の政策、制度の持続可能性に関する著者の見解と問題提起が書かれています。
逆に言うと、変更されていない部分は経済学のコアの部分とみることができますから、そこをしっかり読むことで、教科書の記述の背景にある経済の論理を理解することができるでしょう。
もう一つ役立つというより考えさせられるところは、序章と後書きの経済学を高校生に教える問題点の提起部分です。
序章では、カリキュラムは新しくなったけれど、教科書は、中身が断片的な内容の寄せ集めである上に、ここ数年の経済ニュースをちりばめたものでしかなく、勉強する気がこれでは起こらない、先生たちも苦労されているという指摘があります。
あとがきでは、大学の教員にとっても、経済学は学び時がある学問なので、高校時代に経済学を学んでほしいという希望は強くないとの指摘もあります。そして、こんなことを言いながら高校生のためのという名目の本を書いているのは「まったくの矛盾」といっています。
この矛盾の表明を無責任ととるか、著者の現場教員への挑戦ととるかでこの本の評価が変わるでしょう。その意味では、役立つ本だと思います。

④感想
 20年前に読んだ時も③で書いた著者の「矛盾」は気になっていました。大学の先生方は経済学教育ですが、私たちは経済教育で「学」がないところがミソかと思っていますが、皆さんはどうこの「矛盾」を受け止めるでしょうか。
 新旧二冊を読んで面白かったのは、高校生や大学生の変貌ぶりです。大学生では当時、経済学部は「レジャーランド」化の中核であったことなどが書かれていて、そんな時代もあったのだと懐かしい気分になりました。
 新版では法学部人気が下がり逆に経済学部のステータスが上がってきたことが書かれていますが、本当でしょうか。そんな本の周辺部分が気になりましたが、経済学そのものの解説は、分かりやすく書かれていて参考になるなとの感想を改めて持ちました。
 また、対立する見解をバランスよく紹介するところや常識的な反応に対してやんわりと訂正してゆくところは、著者の経歴が生きているのかとも感じました。

■平賀緑『食べ物から学ぶ現代社会』岩波ジュニア新書
①どんな本か?
 タイトル通りの食べ物を切り口にして現代の経済や社会の在り方を解き明かし、これでよいかと問題提起をしている本です。サブタイトルは「私たちを動かす資本主義のカラクリ」。

②どんな内容か?
 はじめに、おわりにと、序章から第5章までの全6章の構成です。
 はじめにでは、一日の食費が330円しかなかったらどうするかからはじまり、マンキューの経済学は希少な資源の管理問題を扱うという定義が紹介され、世の中それだけでは説明できない大きな問題たくさんあるのではと異議をとなえます。
 序章では、はじめにで提示した異議の背後にあるのは資本主義経済であり、そのロジックを食べ物から追求するとして、聖護院だいこんやコンビニスイーツなどから分析してゆきます。
 第1章は、小麦を素材に、食べ物が商品になってゆく過程を追いかけます。
 第2章では、現代社会のグローバル化を、モノとカネの動きから紹介しています。ここでは比較優位の理論だけでは説明しきれない現象を食、ものづくり、おカネの動きから追求しています。
 第3章は、市場を支配する巨大企業を、アグリフードビジネスを紹介しながら分析します。
 第4章は、現代社会の金融化の現象がテーマです。ここではマネーゲームになってしまった金融化の現実を自身の体験も踏まえて紹介されています。
 第5章は、技術革新の問題を食のデジタル化、ビッグデータの支配の問題として分析します。
 おわりにで、ここまでの記述を総括するとともに、現在の経済学は現実を十分に説明できないという経済学批判と、ここまで取り上げてきた問題を超えるため著者の提言が書かれています。

③どこが役立つか?
 三つの点で役立つでしょう。
 一つは、具体的事例の紹介です。食べ物は生徒にとっても身近な導入素材になります。日頃食べているファストフードやこなもん、野菜、果物、お菓子などが教材のネタになるでしょう。ここでは、農業問題という枠ではなく、経済全体のシステムに組み込まれた食べ物というアプローチができるはずです。
 二番目は、教科書にでてくる現代の主流派経済学の記述を裏側から見ることができる点です。著者は、教科書で登場する需給曲線や比較優位などの理論は完全競争市場や多くの前提があって成り立つ点を、現実と違うじゃないかという生活者の実感から攻めています。
その著者の姿勢から、だから現代の経済学は間違っているのではなく、なぜそのような前提で理論が構築されているか、現代の経済学の存在理由を改めて考える手がかりを得ることができるでしょう。そして理論と現実のギャップをどう説明してゆくかを考える中で、生徒の素朴な疑問に答えることができると思います。
 三番目は、探求授業のモデルとなることです。第5章の技術革新の箇所では、ChatGPTに「食におけるイノベーションを教えて」という質問をして、その答えに対して突っ込みを入れるという取り組みをしています。これなど、生徒に取り組ませてもよい新しい授業スタイルになるでしょう。

④感想
 この本に出てくる用語には、資本主義、使用価値、交換価値、搾取などがあります。かつてマルクス経済学を学んだことのある紹介者にとっては懐かしい言葉だなという印象でした。
 著者は、丹波の農村での農業生活、香港の国際金融センターでの仕事など多彩な経歴を経て経済学を本格的に学びはじめたと書いています。その経歴や取り組みから書かれたこの本は、アグレッシブです。その意味では、突っ込みどころも結構あり、読んでいて面白い本でした。
 先に紹介した小塩本、次に紹介する田内本と比較しながら、どの本が現代社会を理解するのに最も説得力があるか、先生方がご自身で考えてみると良いのではと思います。

■田内学『きみのお金は誰のため』東洋経済新報社
①どんな本か?
 元ゴールドマン・サックスのトレーダーだった著者の手による小説です。サブタイトルは「ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」」です。

②どんな内容か?
主人公は、中学2年生の男の子。将来はいい大学に入って給料のいい会社で働こうと漠然と思っています。
その彼が、ひょんなことから投資銀行で働く女性と出会い、”ボス”と呼ばれる謎の大富豪の屋敷で雨宿りをすることになり、ボスは3つの謎が解けたら、お金でも屋敷でもくれてやると言ってきます。
その3つの謎とは、
―お金自体には価値がない。
―お金で解決できる問題はない。
―みんなでお金を貯めても意味がない。
その謎を解く過程でお金や経済についての見方を学んでゆくというストーリーです。
目次を紹介しておきます。
プロローグ 社会も愛も知らない子どもたち
第1章 お金の謎1「お金自体には価値がない」
第2章 お金の謎2「お金で解決できる問題はない」
第3章 お金の謎3「みんなでお金を貯めても意味がない」
第4章 格差の謎 「退治する悪党は存在しない」
第5章 社会の謎 「未来には贈与しかできない」
最終章 最後の謎 「ぼくたちはひとりじゃない」
エピローグ 6年後に届いた愛

③どこが役立つか?
 目次でもわかるように、前半の3つの章が「謎」を解き明かす貨幣論の部分です。
ここでは、貨幣の発生史が扱われます。なぜ価値がないのかの謎解きがされます。また、貨幣の交換手段としての役割が紹介されます。そして、貯蓄や投資の役割が説明されてゆきます。
 章のタイトルはすべて逆説です。お金に価値がある場合、ない場合、お金の先にある価値を生み出すのは労働、生産であること、貯蓄は投資に回ることで社会的な意味をもつことが説明されます。
 このあたりは、授業の導入の問いかけのスタイルに活用できるでしょう。
 後半の2つの章では、お金にまつわる社会問題が解かれます。格差、年金問題、財政赤字と持続性、貿易赤字、円高・円安などが登場します。
 小説スタイルなので、ずばり結論が書かれているわけではないので、もし活用する場合は、課題の部分のやり取りをピックアップして、参考にしながら授業に生かすとよいと思われます。
 なお、最終章は、ボスと投資銀行の女性との謎解きです。

④感想
 この本、購入して紹介するかどうかで迷いました。
 これまでこのコーナーで紹介してきた経済学者が書いた教養小説風のものはあまり成功しているとは思えなかったからです。特に、大人が子供に教えるという構図のものは、著者の言いたいことを上から目線で語るスタイルなのであまり気乗りがしません。ちなみに、この本は、著者の前著『お金の先には何がある』の小説版になっています。
 正直、読後感としては、その迷いは当たってしまいました。小説としてのレベルもそうですし、お金に関する経済的な説明や課題へのアプローチがゆるいところが目につき、記述の正確さを求めるとするとどうかな、と個人的には感じました。
 それでも紹介したのは、一つは、著者が某社の「公共」の教科書に参加していること、投資銀行というリアルな世界の経験者からの発言であることへの興味です。また、なにより昨今の投資教育ブームでのハウツーものと違い、本のタイトルが語っているように、投資の社会的意味をきちんと述べていて、そこの部分に共感したことがあります。
 この本、15万部を超えるベストセラーになっています。アマゾンの評価なども絶賛が多いのですが、それに惑わされず、興味関心があったら、先生方ご自身が手に取って判断されるとよいかと思います。(新井)
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【 5 】編集後記「みみずのたはこと」
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学年末のメルマガですが、編者も学年末になります。
前担当の猪瀬先生から引き継いで編集をはじめたのが2010年6月の17号でした。丁度第一次リタイアをした直後だったこともあり、気軽にお引き受けしましたが、今回まで165回も、「たはこと」をつぶやかせていただけたのはネットワークを支えていただいた皆様のおかげと思っています。
何事にも潮時があります。次号からは新しい編者で、新しい意匠のメルマガが登場します。乞うご期待です。
「たはこと」は卒業ですが、これからもネットワークのお手伝いはさせていただこうと考えています。ちなみに役割は黒子です。残念ながら黒幕にはとてもなれそうにはありません。これが限界で、最後の「たはこと」でした。(新井)
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