「読み解き、考える」経済学習をすすめるために

 執筆者  経済教育ネットワーク代表 篠原 総一

(1)分業と交換のしくみ
 「私たちのくらしは、くり返し営まれている生産と消費によって支えられており、これらのしくみや働きについて考えていくことが、経済の学習である。」(清水書院「中学公民」平成30年版、p.102)

教室では、このように大きい学習目的に沿って、家計、企業、政府が互いにつながっている様(さま)について学んでいきます。基本は、消費、生産、税支払い、政府の社会保障などのように、毎月、毎年繰り返されている経済活動の循環です。
しかし、経済社会は、毎年繰り返される経済活動のほかに、「現在の経済活動」と「将来の経済活動」をつなぐ仕組みもあわせ持っています。
今年の家計の貯蓄が今年の企業の設備投資を支え、それが将来の生産と雇用に結びついていくことも、「分業と交換のしくみ」の一部なのです。
それにもかかわらず、教科書ではその大半が、「現在と将来のつながり」という視点を無視するか、あるいはごく軽く触れるだけであるために、生徒も先生も、経済のこの重要な部分についての学習をパスしがちになってはいないでしょうか。

(2)教科書の記述
たとえば家計については、ほとんどの教科書で、可処分所得を消費と貯蓄に分ける、消費は暮らしを豊かにするための財やサービスを購入する、消費されなかった可処分所得は貯蓄される、とだけ書かれています。
あるいは、たかだか、所得のうち消費されない部分(貯蓄)は、金融機関への預金や証券などの金融商品の購入に使われるという記述までで、家計がなぜ貯蓄するのか、そしてその貯蓄が社会全体の中でどのような役割を果たしているのか、の説明はほとんど見当たりません。

(3)経済は、「現在」と「将来」をつなぐ役割りも
  実際には、家計は将来のことを考えて、所得の一部を貯蓄に回しています。
5年先に必要になる子供の教育費を用意する、いつか病気になった場合に備えて余分に蓄えておくといったように、何年か先のことも考えに入れれば、今年の消費をいくらかあきらめて、それを貯蓄に回すことが賢明な暮らしにつながるからです。
  一方、企業でも、直接金融、間接金融経由で集めた資金を、生産設備の入れ替え、企業内のデジタル化、技術開発の研究などに使いますが、それがその企業の5年先、10年先の生産を支え、ひいては社会全体の雇用機会の確保、GDPの押上げにつながっていくのです。
また政府も、公債発行で集めた資金で道路などの公共資本を充実させて、 それが10年先、  20年先まで私たちの便利な暮らしや企業活動を支える社会インフラになっていくといった、「時をまたぐ仕組み」の一翼を担っています。

(4)「仕組み学習」に取組む先生方へのお願い
もちろん中学生や高校生に3年先、5年先、10年先のことを意識させることは容易ではありません。
しかし、少なくとも先生方には、分業と交換には
① 「現在と現在」のつながりと、
② 「現在と将来」のつながり
の2種類があることをはっきりと意識し、その上で、家計、企業、政府の行動について着実に教えていくという授業を進めて欲しいものです。

そんな問題意識をもって中高の教科書を眺めまわしているとき、偶然、大竹文雄先生が日本銀行広報誌に寄稿された、おしゃれなショートエッセー、『理想的な「おかね」の貯め方』を目にしました。
すぐれた授業作りに励んでおられる先生方には、ぜひ熟読していただきたい一文です。
  「にちぎん」No.63 2020年秋号

(5)授業作りに役立つ大竹文雄先生のメッセージ
  この短いエッセーは4段構成になっていますが、それぞれの段落から「貯蓄の教え方」について一つずつ、合計4つの有用なヒントが見えてきます。

  第1段で、金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」のデータを使って、私たちの貯蓄の具体的な目的を整理します。教育の上では、資料やデータを使って、貯蓄がなぜ私たちの暮らしに役に立っているのか、という貯蓄の目的と意義を読み取る作業に相当します。

次いで第2段では、伝統的な経済学の知見を使って、消費と貯蓄の合理的な決め方について、さらりと説明しています。
M・フリードマンの恒常所得仮説と、F・モディリアーニのライフサイクル仮説ですが、もちろん先生方も生徒も、仮説の名称や理論内容については無視して下さい。
要は、今年の暮らしだけでなく将来のことも考えるならば、バブル期のように所得が一時的に増えるときでも、逆にバブル崩壊で所得が大幅に減少するときでも、消費水準はあまり変えない方が家計にとっては合理的な選択になるということです。
分かりやすい例として、宝くじで300万円当たったとき、その年と次の年だけは豪奢な消費をして、その間はとても楽しかった、でも蓄えには回さなかった。ところが、その後、何年か不況が続き、所得も半減したため、消費も激減せざるをえなかったと考えてみましょう。このような暮らしはいかにも不合理です。運よく宝くじに当たったら、その年の消費はほどほどにして、将来のために貯蓄しておく方が合理的だということは、中学生、高校生も簡単に気づくはずです。
このように、所得が増えるときには、消費は所得の増加分ほどには増やさず、増加分のほとんどは貯蓄しておきなさい。逆に所得が減少するときには消費はそれほど減らさず、貯蓄を減らすか過去の貯蓄を取り崩しなさい。それが合理的な貯蓄の決め方だ、というのがこれまでの経済学の教えなのです。(*註)

大竹エッセーはここでは終わりません。第3段では新しい経済学(行動経済学)の知見を援用して、現実には家計は合理的な行動はとらず、所得が増えるときに貯蓄はほとんど増やさず、逆に消費ばかり増やすという事実を私たちに気づかせてくれます。教育の上では、可処分所得と消費・貯蓄の関係を示すデータを読み取り、その上で「なぜそのような行動をとるのか」という理由を考える作業です。
大竹先生はその理由を、私たちが将来のことより今の楽しみを優先してしまうという、行動経済学で「現在バイアス」と呼ぶ行動をとるからだ、と説明されます。(分かっちゃいるけど、止められない、という困った行動です。)
ですから、所得が上下に変動する中で消費をできるだけ増減させないことが合理的であるにもかかわらず、私たちは、所得が増えたとき、ついつい消費も増やしてしまうというわけです。

最後の第4段は、データや資料を読み取り理解した結果を使って解決策を考えるという作業です。それを、大竹先生は、「(長い目でみると)一見不合理だが、所得が多いときも少ないときも一定額の貯蓄を続けることだ。・・・将来の自分が誘惑に負けることを予期してルールを設定することが、実際には「ベストな選択」になる」とまとめています。
 言い換えると、「増えた所得は今使ってしまいたい」という誘惑を退け、毎年同じ額を貯蓄にまわすというルールを自分で作ることが、誘惑に負けた行動よりもはるかに賢明な暮らしに近付ける、という生活設計の勧めだということです。企業に勤めている人なら、毎月の給与から一定額を天引きする貯蓄も一法だということでしょうか。

(6)「読み解き、考える」経済教育へ
 このような考え方、教え方の4つのプロセスを「家計の経済活動」の学習に活かすことができれば、「資料やデータを読み解いて、その結果を使って課題について考える」教育としても、さらには、貯蓄学習や、「分業と交換のしくみ」を学ぶ上でも、生き生きとした授業を作っていけるのではないでしょうか。

*註) 実は、ここまでの論点を書き込んだ教科書もいくつか存在します。東京書籍『新しい社会 公民』(平成30年版、p.121)はその一つです。ただし、この教科書では、貯蓄の仕方についての記述は、残念ながら「消費と貯蓄への配分は合理的に行う必要があります」だけで、どうすれば合理的な貯蓄行動になるのか、という説明はありません。また同じ教科書の企業、政府、金融の説明個所でも、家計の貯蓄がどう使われているかといった経済循環に気づかせる記述も見当たりません。