本書は、河原和之氏の最新の書下ろし教材集です。集められた授業教材はすべて、コロナ禍の社会課題を介して生徒に歴史や経済を学んでもらうもの、今なら強烈なインパクトが期待できる「授業のネタ」ばかりです。

本書の目次(項目)
1.プロローグ           コロナ禍、ポジィティブ授業のすすめ
2.ネタの効用          「コロナ危機!」世界と日本のこんなネタ
3.歴史(1)世界史        ペスト流行がもたらしたルネサンス
4.歴史(2)奈良・平安時代    墾田永年私財法が大仏建立の詔と同じ年に発令された理由
5.人権・差別           “自粛警察”とコロナ差別
6.経済(1)市場原理       なぜドラッグストアでマスクが販売されていなかったか
7.経済(2)景気         コロナ不況って何?~経済活動の「自粛」がもたらすもの~
8.経済(3)株式         コロナ禍の株価は?~わくわくドキドキ株式売買ゲーム~
9.経済(4)生活         マンダラチャートで考える「コロナ禍」負の連鎖から
10.SDGs(1)国際        誰一人取り残さない~新興国、途上国の課題とパートナーシップ~
11.SDGs(2)人口・少子高齢   空き家と学生アルバイト
12.SDGs(3)パートナーシップ  コロナ禍、こんな支え合い
13.SDGs(4)医療        医療体制の崩壊を食い止めるために
14.未来志向(1)教育支援    「効率」と「公正」からコロナ禍の学生支援緊急対策を検証する
15.未来志向(2)ポストコロナ   ダイヤモンドランキングでコロナ後の世界と日本を考える
16.エピローグ

 本書は二つの意味できわめて重要な出版である、とみました。
 第一は、すぐれた教材を多くの先生方に公開してくれたことです。収録された教材の一部 (4, 6, 7, 8) については、すでに経済教育ネットワークの各地の勉強会で内容検討を行いましたが、多くの先生から、使いやすい、そして何よりも生徒の興味を惹きつけるユニークな授業ネタであるとの評価でした。
 第二に、私はこちらの方が本書の大きな貢献だと思っていますが、著者(河原和之先生)の授業づくりの手法が読み取れることです。

 翻って、わが国では、欧米や中国に比べ、授業で教科書の代わりに、手作り教材を使う先生が多いと言われています。とくに社会科、中でも経済の分野でその傾向が強いようです。それにはそれ相応の理由があるでしょうが、私は「その因たるや「教科書の書きぶり」にあり」と思っています。  
 私のように長く大学で経済学教育に携わってきた者には一目で分かることですが、公民や政治・経済の教科書には「経済学の概念」や「単純化しすぎた理論」の影が見え隠れしています。言い換えれば、教科書とは、暗黙のうちに、生徒に、「概念や理論を通して「実際の社会のこと」を学ばせる」教え方になっているように見えます。しかし、これでは、まだ抽象度が十分に発達していない中学生や高校生にとって、教科書に沿った授業が面白いはずはなく、むしろ苦痛な暗記物になってしまいます。例えば、需要曲線、供給曲線の理解を通して、魚市場のセリの取り引き量と価格や、その魚介にスーパーでつけられる値段や、一連の取引の効率性、公平性について学べ、考えよと言われても、99.9%の生徒には無理な相談だということです。

その方法とは、
(1) まず「社会のコト」の選び方です。需要曲線、供給曲線、均衡価格といった理念的な道具や概念から教え始めるのではなく、生徒が実感できる実際の「社会のコト」を選びます。ここでは、「生徒の腑に落ちる」授業ネタでなければなりません。
(2) ついで、生徒が実感できる実際例を巡って、様々な意見交換を促していきます。多面的、多角的な学習ですが、その学習のプロセスの中に、役に立ちそうなデータや資料と、教科書でてくる概念や理論も投げ込んでいきます。こうして、「社会のコト」に関する現状分析を進め、同時に「社会の課題」を見つけ出していきます。
(3) 最後に、現状分析の結果と概念・理論を使って、生徒なりに課題について考えを練り上げていきます。

 本書では、(1)「ネタの選び方」については目次に、(2)(3)の授業の進め方については各教材の中で展開される「生徒と先生の議論のやり取り」のシナリオに、具体的かつ詳細にまとめられています。これが、私がいう本書の第二の貢献です。

 河原先生の授業は絶妙のようです。ある卒業生曰く、「「あのむちゃくちゃヤンキーで他の科目はテスト0点当たり前の彼が、社会科だけ80点を取っている!なんてことが本当に起こっていたあの授業!」だったそうです。(「週刊ひがしおおさか」より )。


本書は、一人の例外もなくすべての生徒が前のめりになれる「授業」を作るためのエッセンスが盛り込まれている、しかも時宜を得た好著だと思います。

*本書は、コロナ禍が注目を集めて間に、早く出版することを優先したため、通常の書籍出版ではなく、自費出版の形をとられたそうです。そのため、一般に販売されていませんので、本書の閲覧、入手については、出版元に問い合わせられるとよいかと思います。
 発行 ROKUJIGEN (子どもの環境・経済教育研究室)もしくはメールmichiko★rokujigen.co.jp(★をアットマークに置き換えてください)

(経済教育ネットワーク 理事長 篠原 総一)

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